第十五話 妹と妹
今日は大雨だ。じめじめとする中、ずぶ濡れになりながら来たノーザイ以外は、誰も外に出ようとはしない。
そして今、リビングにはサフィナと百花の二人っきりだ。
数日前に町中で人外との戦いを強いられ、人外の圧倒的な力を知ったブレイクや徳札たちは、時間がある度に地下の練習場へと向かっている。
そして百奈は図書室にいる。なんでも調べたい物があるとか。
ノーザイと広岡は棚部から話があると言われ、一緒に諸室へと向かった。
百花はずっとタイミングを計っていた。今日こそサフィナに聞く時だ。二人しかいない絶好のチャンス、今を逃せば次のチャンスがいつ訪れるか分からない。
サフィナは今、百花の分まで紅茶を用意してくれている。紅茶を持ってサフィナが席に座った時に、それとなく話し掛ける。これが百花の作戦だ。
サフィナが紅茶を持って来て席に座った。
百花が口を開こうとする前に、サフィナが喋った。
「なにか悩み事があるなら、私で良ければ聞きますよ」
優しく聞いてきたサフィナに百花は動揺して、挙動不審な動きをしてしまった。
「えっ、あっ……。な、なんでわかって」
「ふふ、すごい視線が刺さってきたので。何か聞きたいことや、言いたいことがあるのかなと思ったんです」
「うぅ……。ごめんなさい。あたし、その、貴女に教えて貰いたい事が二つあって……」
確かに百花は、サフィナが後ろを向いてるからと、じっと見つめすぎていたかもしれない。バレていたのが恥ずかしい。
でも、恥ずかしさを抑えて今聞かないといけないのだ。
「私にですか?」
「うん。あのね、一つ目は……料理を教えて欲しいの!」
「料理、ですか。料理なら私よりも、棚部さんや高峰さん、それこそお姉さんの百奈さんに教えて頂いた方がいいと思いますけど……」
サフィナがそう言うのもわかる。ここの家には、サフィナ以外にも料理が上手な人達がいる。実際、ここでは料理の出来る人達が、それぞれ当番制でご飯を作っている。
サフィナが上げた三人だけでなく、ブレイクや広岡なども含む六人のメンバーが料理当番に入っており、みんな美味しいご飯を作ってくれている。
それでも、百花はサフィナしかいないと思っている。
「じ、実は、姉さんのためにお菓子を作りたいの。みんなの料理はとても美味しいと思うわ。でも……お菓子は、貴女のが一番美味しかったの。……料理じゃなくてお菓子作りって言えば良かったわね、ごめんなさい。混乱させてしまって」
「いえ、大丈夫ですよ。それに、一番美味しいって言われると嬉しいです。ただ、ちょっと照れますね」
そう言うサフィナは本当に照れているようで、手で少し押さえている頬が仄かに赤くなっていた。
二人はキッチンに立ち、お菓子作りを始めた。
******
二人がお菓子作りを始めてから数時間後、棚部と広岡、ノーザイは話が終わり諸室からリビングへと向かう。
三人が二階に着くと、リビングの扉の前で高峰が張り付き、中の様子を覗いていた。そしてその高峰のすぐ後ろでは、白金も中を覗いていた。
少し離れたところでは、ブレイクと徳札が窓際に寄りかかって、高峰と白金を呆れた目で見ていた。
おそらく全員、練習を終わらせたのだうろ。そんな四人を見て棚部は問いかける。
「お前らなにしてんだ?」
「今はやめといた方がいいって言われたので……」
ブレイクがそう答えるが、棚部はよく分からなかった。
ノーザイが二人の後ろに付き、扉の隙間からリビングを覗く。少し奥にあるキッチンを見たノーザイはハテナを浮かべて聞いた。
「サフィナと百花がお菓子作りしてるだけじゃん。なんでみんなここで待機してんの?」
「……あぁ、そういうこと」
ノーザイが言ったリビングの様子を聞いた広岡は、高峰の方を見ながら何かを察したらしい。
ノーザイの疑問に対して、高峰はなぜか緊迫した様子のまま、小さめの声でノーザイに聞こえるよう答えた。
「ノーザイさん。あの二人のほんわかした空間に男が割って入るなんて重罪だ。もう少し待機して見守るのがいい」
「皆さん、リビングに入らないんですか?」
高峰が話し終えてすぐ、図書室から二階のリビング前まで来ていた百奈の声に、高峰と白金が驚く。
「うぉっ!」
「おぁっ!」
二人は驚いて躓き、リビングの扉が大きく音を立て開かれる。
その音に百花はびっくりして、危うく持っていた物を落としそうになった。
「な、なに!? なんの音!?」
百花の声に高峰は咄嗟に起き上がって前を見るが、時既に遅かった。
「やってしまった……!」
「はーよっこらしょっと」
頭を抱える高峰と起き上がった白金の後ろから、待機していた他のメンバーがぞろぞろとリビングへ入っていく。
さすがにあの音で二人が気付かないわけもなく、キッチンから振り向きリビングへと視線を向ける。サフィナは少し驚いた表情をしたが、すぐに笑みを浮かべてブレイクや高峰たちを見る。
「あら、皆さん勢揃いですね」
「ね、姉さん!?」
百花の視界は、他の誰よりも先に百奈を捉えていた。
そして、自分が持っている焼いたばかりのクッキーが入った鉄板、それが見られた事を悟る。
「百花、それ……」
「あ、これ、これはその……姉さんに喜んで欲しくて、そのお菓子作りの練習を……」
「私のために? ……ねぇ百花、貴女が作ったお菓子、全部私が食べるわ。いや待って、百花が私のために作ってくれたお菓子よ、食べずに家宝にするわ」
「もう! 姉さん、そういうのいいから! あたしが恥ずかしいよ……!」
あまりの嬉しさに涙を流しながら、百花のクッキーを全部持ち去ろうとする百奈と、それを必死に止める百花を微笑ましく眺めながらサフィナは男性陣に声を掛ける。
「ふふ、皆さんの飲み物入れますね。珈琲と紅茶どちらがいいですか?」
それぞれが二択の中から選んでいく中、ブレイクと徳札は手伝ってくれるようで、サフィナと一緒に飲み物の準備をした。
百花はどうにか百奈を止め、焼いたクッキーは少し冷ましてから全員で食べることになった。
みんながクッキーを美味しそうに食べ、紅茶や珈琲を飲んでいる中、サフィナは隣に座っている百花に声をかける。
「そうだ、百花さん。二つ目のお願いですが、他の方達に教わる前に、私が指南してもいいですか? まずは基礎が大事なんです。そこから徐々に成長して、練習の難易度を上げるんです。徳札さんたちは、ここ数日でもうそこまで来てるんです」
サフィナの言葉に、百花は自分がサフィナにもう一つお願いしていた事を思い出した。
少しでも何か役に立ちたいと、戦い方やいなし方を身に付けるには誰に教えてもらうのが良いのか、それを聞きながらお菓子作りをしていた途中でみんながリビングに入ってきた……というより雪崩れ込んできたのだ。
百花は考えた。基礎もできていない子供が、更に強くなろうと日々練習に取り組んでいる彼らに混ざっても、邪魔になるだけである。それに、彼らの大事な練習の時間を潰すことになってしまうかもしれない。それなら、サフィナの提案に乗るのが一番いいだろう。
「……そっか、そうだよね。武器の扱いどころか、基礎すら全然できないあたしが急に入ってきたら、実力差がありすぎて逆に迷惑になっちゃうよね。……あたし、サフィナちゃんの提案に乗るよ。ありがとう、サフィナちゃん」
「ふふ、百花さん。これから皆さんに追い付くため、自分なりに頑張りましょう」
「うん。頑張る。そしていつか、みんなに追い付いて見せるよ」
二人の少女は互いに笑顔を向け、ひとつの約束を交わした。
ザアザアと音を鳴らしていた大雨はいつのまにか止んでおり、外には綺麗な虹が架かっていた。




