第十一話 上に立つ者
突然現れた大きなウサギのような獣耳をした少女は、ブレイクたちを一瞥した後、すぐにヴァヴェートたちをキッと睨み付けた。
「もう! あんたたちいい加減にしなさい! 殺意を仕舞う! サーラちゃんに迷惑かけるなって、この前言ったばかりよ!?」
「うるせぇ! 今いいところなんだよ、ババアは黙っ……!?」
ヴァヴェートが喋り終わる前に、彼は地面に叩きつけられていた。あまりにも早い動きに、ここにいる全員、何が起きたのかわからなかった。
「ババアじゃなくてお姉さんでしょ? その目に巻いてる包帯を取ってしっかり見てみなさいよ! 私のどこが老けて見えるわけ!?」
叩きつけられたヴァヴェートの横には、教会の屋根にいた筈の少女が立っており、拳を握っている右手の甲は少し赤くなっていた。
「まぁまぁ落ち着いてマリアさん」
「言い出しっぺのあんたにも原因があるのよ、分かってる?」
マリアと呼ばれた少女を嗜めるように、曇海が困り眉で彼女に近づく。しかし、マリアが一言言い終わった次の瞬間、一瞬で曇海が仰け反り地面に倒れる。
ブレイクはあまりの勢いに何が起きたがわからなかったが、彼女の手の形から察して、おそらく彼の額にデコピンを食らわしたようだ。曇海の額からは煙と少量の血が出ていた。
彼女はその場から動くことなく、端の方で気配を消していたティワトに顔を向けた。
布で分かりづらいが、彼は棒付きの飴を舐めていた。しかし、その視線に気付いたティワトは、飴を手品のようにパッと消した。布には『(;゜∇゜)』の顔文字が浮かんでいた。
「ティワト」
「はい、なんですか? やるなら腹はやめてください。昼ご飯を思いっきり吐いてしまう」
「やらないわよ、二人を運んでさっさと戻りなさい。さすがにデカイ男二人も運べないわ。説教は後でするから」
「はぁ、そうですか。ではマリアさん、お先に失礼します。そちらの人間の皆さんも、また別の場所で戦いの続き……それと話し合いもしよう。それでは」
気絶したヴァヴェートと曇海を雑に抱えたティワトは、軽い足取りで家の屋根から屋根へと飛んで行き、姿を消した。
そして、ティワトが姿を消したとほぼ同時に、呼び出しを受けた棚部が到着した。
マリアはティワトを見届けたあと、振り向いて棚部を視界に捉える。
振り向いた際に、長くふわふわの後ろ髪をサッとかき上げたマリアは、棚部相手にも先程と変わらない態度で話し掛ける。
「あら、せっかく来てくれたところ悪いけど、もう終わったわよ。ごめんなさいね、今回の件は完全にこちら側に非があるわ」
「まぁ、大体予想はつく」
「でも、人間を大勢連れて街中を歩かせたあんたにも責任はあるのよ。ここだから良かっただけで、少しでも別の地区だったらどうなってた事やら」
マリアがそう言って視線を送る先、棚部から少し離れた後ろでは、桜音姉妹やノーザイがブレイクたちの傷の手当てしている。
棚部は少し後ろを見て、すぐに前を向いて会話を続ける。
「あぁ、だからこの地区だけ見て回らせたんだ。ここなら、お前ら人外が耐えきれずに襲ってこない限り安全だからな。今回みたいに後先考えずに行動する馬鹿に襲われても、ノーザイとサフィナがいれば最悪の事態にはならない。それに、こちらは被害者としても立ち回れるしな」
「あいつらが馬鹿なのは認めるわ。でもこの世界では、被害者だからと言って優しくしてくれる相手なんて、片手で数えられる程しかいないわよ。そんなもののために、仲間が傷付き死ぬかもしれなかったなんて、意外と薄情なのね。そんなんじゃ、人外はあんたらを更に嫌悪してしまうわ」
そんな言葉とは裏腹に、マリアは棚部の後ろを心配そうに見つめていた。少し離れた所にはブレイクたちがいるはすだ。
何度も棚部の後ろに視線を向けるマリアが少し気になったが、棚部はマリアから視線を背けずに言葉を返す。
「……そんなの関係なく、俺たちに嫌悪を示している人外は多いだろう。だが、いろんな所で暴れてるお前らにも、嫌悪を示す人外が意外といるってことを忘れない方がいい」
「知ってるわよそんなこと。でもね、ここは “弱肉強食” 。弱いやつは強いやつに喰われるか従うかしかないの。そこら辺にいる人外に私たちが殺られるとでも? 人間上がりの半端者がトップのチームに、私たち人外に勝てる見込みのないやつらに、肩入れする相手は少ないわよ」
マリアの言葉に棚部は少し驚く。人外にはバレてしまう程、自分の人外化が進んでいるという事にだ。
だが、それに対して突っ込むつもりはない。そこから話を広げると、向こうにいる徳札たちに聞こえる可能性があるからだ。
棚部は冷静に言い返す。
「それは大した問題じゃないな。お前らのような力しか見ないで集まった粗野なチームより、それぞれの繋がりで集まった仲間思いなチームの方が、遥かに優秀でコントロールしやすいからな」
「繋がりなんて後から来るわ。力で全てを捩じ伏せて、飴と鞭で依存させれば一瞬よ。……強大な力の前では、最初にできた繋がりなんて、すぐに消えちゃうんだから」
最後にポツリと呟いたマリアはとても悲しそうな顔をして、一瞬だけ視線がブレイクの方を向いていた……ような気がしたが、棚部は少し後ろを見ただけで正確に確認はできなかった。
一瞬見せた悲しそうな顔はどこへ行ったのか、マリアは先程までと同じ表情に戻っていた。マリアは棚部に背を向け、サーラの家がある方角へと向く。
「はぁ、あんたとお喋りしに来たわけじゃないわ。サーラちゃんのところに行って、謝ってこないと」
マリアが背を向けたのと同時に、サフィナとノーザイが棚部の元へ駆け寄ってくる。
二人はとても心配そうな表情をしていた。
「棚部さん……その、大丈夫なんですか? 日にち的にこの時間帯は体調が……」
「あぁ、今は大丈夫だ。どっかの誰かさんが、快く身代わりになってくれるらしいからな」
「……それってどういう意味?」
「二人が気にする必要はない。とりあえず俺の事は心配しなくていい。今やらなきゃいけないのは、ここで起きたことの対処だな」
サフィナやノーザイが何やら棚部を心配している様子だったが、満身創痍の徳札たちを介抱していたため、ブレイクはあの三人の会話までは聞き取れなかった。
そんな中ひとりの人物が現れ、周りの観衆は皆、道を開けていく。そこに立っていたのはサーラだった。




