第三十話 霊長類最強の男と洗脳された町
◆ハムレー滞在二日目・高級宿屋アカシヤ207号室
退廃の町ハムレーに朝の光が降り注ぐ。
いつも通り朝六時きっかりに目を覚ましたアラガミは、そこで自身の身体に纏わりつく違和感を察知した。
何が起きているのだと右手でシーツを剥がそうとする霊長類最強の男。
しかし樹の幹の様なアラガミの右腕は何かの力でガッチリとホールドされていた。
「んっ」
肩の力でそっとシーツをずらすと、そこには美しき吸血妃の姿があった。
品のあるネグリジェで身を包んだ彼女の姿はとても刺激的かつ幻想的である。
しかし常日頃からジュディと同じベッドで寝ているアラガミとしては最早見なれた光景であった為、彼は特に何かを思う事もなく反対側の腕でシーツ剥がしを試みた。
「むにゃ」
しかしまたしても彼の腕に違和感が纏わりつく。
先程と同じ要領で左側のシーツをずらすと、今度は金髪エルフが爆睡していた。
(どういう……事だ?)
それは決してティーのネコさんパジャマ姿を見た感想ではない。
何故、自分のベッドの中でティーが眠っているのかという根本的な問題についてアラガミは問うているのである。
そして答えの出ぬままアラガミは上体を起こし、シーツの中に隠れた三人目の人物を確認した。
ジュディ、ティーとくれば消去法的に考えて彼の胴体に乗っかっているのはボクッ娘痴女の筈である。
昨晩、彼が床についた後も三人娘は楽しそうにお喋りしていた光景を脳裏に蘇らせながら最後の一人の様子を伺うアラガミ。
黒の長袖に銀の長髪、小柄の体躯で目元を覆うように黒の包帯が巻かれている。
「おはよう旦那」
いつの間にやら再び入れ替わっていたざまぁプランナーが死にそうな声で朝の挨拶を口にした。
◆朝食と作戦会議
疲れ顔のアイズが何か食べたいと願い出たので、アラガミは四人分の朝食を注文した。
連絡用の魔法通信具(電話とレンジを合体したような作りのものである)でフロントに連絡を入れる事約二十分、やって来たハムレーの朝食は地球で言う所のエッグベネディクトのような代物であった。
焼いたマフィンと脂身のベーコンの上に白身鮮やかなポーチドエッグが乗せられ、その上から豪快に盛り付けられたオランデーズソースが非常に食欲を刺激するこの一品は、まさにニューヨーカーの朝食そのものである。
ここで一般的な異世界転移者であれば、「何故異世界に地球と同じ料理が?」と首を傾げた事だろう。
しかし霊長類最強の男は食文化と異世界の関係について毛ほども興味が無かった為、そのまま何の疑問の抱かずに朝食を受け取った。
テーブルの上に朝食を並べ、寝ぼすけな娘達を起こすアラガミ。
「おはようございます旦那様」
「おはよアラガミ」
勝手にベッドに潜り込んだ二人は特に恥じらう様子もなく席についた。
ジュディは兎も角、ティーはそれでいいのだろうか。
ともあれ無事朝食にありついた四人は、そのまま濃厚な卵料理を堪能しながら依頼の話を始めた。
「チームを二つに分けたいと思う」
依頼主であり、司令塔でもあるアイズが最初に告げたのは、今回の作戦における役割分担についてであった。
「実行部隊と陽動部隊――――つっても合わせて四人ぽっちの少数編成だが、それでも馬鹿正直に団体行動するよりは幾分マシだろう」
添え物のプチトマトを飲み込みながら、アラガミ達に作戦の要旨を伝えていくざまぁプランナー。
入れ替わりによる休憩と朝食を摂取したお陰か、彼の血色は幾分良い方向に変化していた。
「実行部隊、つまり実際に色々やる班は俺と旦那がやる。奥方と金チクは魅了勇者の注意を惹きつける役に回ってもらいたい」
戦力的にも役割的にも理にかなったアイズの采配。
しかしそれに異を唱える者がいた。
「ねぇ、金チクって誰の事?」
ティーである。
「てめぇの事だ。金髪チンチクリン。縮めて“金チク”。覚えやすいだろ?」
「……あっそ」
あんまり可愛くないので却下したいティーであったが、下手に噛みつくとまた話が長くなるのでスル―する事に決めた。
大人の判断である。
「んじゃあ、具体的な作戦プランに移っていくぜ。まずは――――」
◆シクソン領ハムレー・勇者大通り
その通りは、かつて『華の路』という名で親しまれてきた。
綺麗に舗装された道と、町の人々の懇意によって作られた花壇のレーンは人の優しさの結晶の様な眩さを持ち、その様を時の領主は「この華の路こそがハムレーの繁栄である」と称えたそうだ。
しかしそんな『華の路』は今のハムレーにはどこにもない。
道の端々に見えるのは魔法具で作られた極彩色のネオン。花壇は全て撤去され、空いたスペースには別の『花』を売る店が立ち並んでいる。
「酷いもんだろ」
「あぁ」
かつての面影を失い、今では勇者大通りの名で呼ばれているその道をアラガミとアイズは並んで歩いていた。
「町を歩けば美女だらけ。ブスとババアはどこにもいない。ちょっと極端すぎると思わねえか?」
アイズの指摘にアラガミは、頷きをもって返す。
霊長類最強の男の視線に移る町の人々の姿は、誰もが若く美しい娘ばかり。
たまに老婆や個性的な顔立ちの女性を見かけたかと思えば、彼女達は皆首に滞在許可書をぶら下げた部外者であり、人口構成に大きな隔たりがある事は一目瞭然であった。
「間引き――――いや、隔離か?」
「ご明察だぜ旦那。この町のブスとババアは、クズミチ・ユウタが勝手に判断した『醜さ』の罪で現在仲良く投獄されてんのさ」
耳を疑うとはまさにこの事だ。
人の容姿や造形など所詮は個人の嗜好に過ぎないものであり、断じて絶対的なものではない。
それを主観的に決めつけ、あまつさえ美醜を理由に投獄など常軌を逸した所業である。
「何故そのような悪業が罷り通る」
「そりゃあ当然、洗脳さ。この町の女はな、魅了の恩恵と勇者様のデッカい棒に夢中でどんな事でも笑顔で従っちまうのよ」
ざまぁプランナーによれば、クズミチ・ユウタの魅了術は投獄されている女性達にすら及んでいるらしい。
醜いと蔑まれた女性も、身売りを強要された少女も、人ではなくモノや家畜として扱われている女達も一様に彼を賛美し、自らの境遇を受け入れる――――それがこの町の現状だとアイズは涼しい顔で語ってくれた。
「ちなみにまともな男達は、クズミチ・ユウタがやって来て早々に町を追い出された。今残ってんのは大半が勇者に乗っかったクズ野郎と、奴の元からの知り合いばかり。後は寝取られた女を人質に取られ、奴隷同然の扱いを――――」
「もういい。十分に分かった」
彼の話をアラガミは途中で遮り、静かに首肯した。
これ以上の解説は洗脳された町の人々への侮辱に当たると考えたからだ。
「旦那はこの手の話嫌いかい?」
煙草片手に尋ねるアイズ。
彼の質問にアラガミはかぶりを振った。
「どうも思わん。過去に同様の話を聞いた故、これ以上は不要と判断したまでだ。既知の情報の二度聞きは、合理的ではない」
その機械じみた返答に思わずアイズは噴き出してしまった。
「くはっ。なんだそりゃ。照れ隠しにしちゃ、随分可愛げがあるじゃねぇか」
「? 別に照れたつもりはないのだが」
平坦な調子で返す霊長類最強の男の意見に、再び笑い転げるアイズ。
しかしそこにはいつもの嘲弄とした様子は微塵もない。
親愛を尊び、美徳への快哉を力いっぱい吐き出すようなその笑い方は、とても心地の良いものである。
「なんだが少しだけ旦那の人間性が見れた気がするよ。……成程ね。あぁ、うん。今ので確信したわ。アンタとなら良い仕事ができそうだ」
本人の全く理解できぬ領域で勝手にざまぁプランナーの好感度が上がった事にいまいち納得のできないアラガミ。
けれどアイズの士気が少し上がった事だけは、確かなようだ。
「旦那、景気づけにこれしようや」
ノリノリで拳を突き出すアイズ。
どうやら拳を合わせろという事らしい。
「良いだろう」
ゆっくりと拳を合わせて行き、そのまま二人は口々に仕事の抱負を語った。
「解放するぞ、この町を」
「そしてクソ野郎に渾身のざまぁを」
固く拳をぶつけ合い、男の誓いを交わす実行部隊。
一つの町の存亡を賭けたざまぁプランの産声が、高らかに鳴り響いた瞬間である。




