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第二十八話 霊長類最強の男の修羅場





◆シクソン領ハムレー・高級宿屋アカシヤのロビー




「積もる話も色々あるだろうが、とりあえず今日は休もうぜ。旦那達も長い馬車旅で疲れただろう」




 チンピラらしからぬ気の利いた台詞を吐きながらアラガミの手に鍵を一つ渡すアイズ。



「花祭り期間中って事もあってか、部屋はダブルの二部屋だけだ。んで、こっちの部屋の鍵は大型亜人向けのやつ。旦那でも問題なく寝られるサイズの筈だ」

「感謝する」



 「良いって事よ」とサムズアップを決めるざまぁプランナー。

 手抜かりのない男である。



「で、こっちの鍵は普通サイズの部屋用だ。とりあえず俺様が持っとくが、部屋割りは三人で勝手に決めてくれ」



 鍵をジャラつかせながら選択権をこちら側に委ねるアイズ。

 空いた部屋に自分が入るつもりなのだろう。



(とはいっても、選択肢なんてあってないようなものよね)



 常識的に考えて男部屋と女部屋に分けるのが最適解だろうと結論付けるティー。

 男同士と女同士ならば余計なトラブルや心労も少ない上に、戦力バランスも丁度いい。



「ここは無難に行きましょジュディ。私とアンタで――――」



 と金髪エルフが無難な意見を提案しようとした次の瞬間、まさかの人物が先んじて動き出した。




「はい。では私と旦那様が同じ部屋で寝泊まりさせて頂きます」



 ジュディである。

 至高の美貌を持つ吸血妃は、あまりにも自然に霊長類最強の男に寄り添いながら、とんでもない部屋分けをほざき始めた。


 頭を抱えながら、努めて優しい声でジュディを諭すティー。

 それはまるで聞き分けのない子供に常識を教える母親の様であった。



「いいこと、ジュディ。アンタがそいつと居たい気持ちはわかるわ。でもね、ダブルで二部屋なら男と女で分ける方が色々と都合が良いの。だからアンタは私と一緒。分かってくれるわよね」

「嫌です」


 子供みたいに頬を膨らませながら駄々をこねるジュディ。

 そんな彼女にティーは優しく微笑んだ。

 普段の彼女ならここで我が儘を言うジュディにあれやこれやと口うるさく言っていた事だろう。

 しかし今夜の彼女は一味違った。

 彼女はまるで良く出来た大人の様に穏やかに、そして決して怒ることなく健やかな声音で




「ねぇ、アラガミ。ジュディがみんなを困らせるわ」



 アラガミに言いつけたのである。




「なっ! ちょっとティーさん! それは卑怯ですっ」

「卑怯じゃないわ。正論よ。だって私は何一つ間違った事を言っていないもの。そうでしょアラガミ?」



 慌てふためく吸血妃とは対照的に金髪エルフは目を細めながら霊長類最強の男に同意を求めた。



(ジュディはアラガミに弱い。そしてアラガミは道理を重んじるタイプ。そうなれば結果は必然――――)



 脳内の算盤を叩きながら、アラガミを見やるティー。

 予想通り霊長類最強の男は、金髪エルフの意見に同意した。




「そうだな。ティーの意見が正しい。男女混合ではお前達も動きづらかろう」

「旦那様っ!」

「駄目だジュディ。社会に溶け込むならば時として我慢も覚えねばならん」



 有無を言わさぬアラガミの物言いに、しゅんと落ち込む吸血妃。

 しかし我らが霊長類最強の男は、アフターフォローも抜かりなかった。




「先程の礼も兼ねてハムレー滞在中は、毎日俺の血を吸っていい。それでどうか手打ちにしてくれないか?」

「旦那様の尊い血を毎日!?」



 破格の報償に顔を輝かせるジュディ。

 尻尾があれば思いっきりフリフリしていた事だろう。



「勿論だ。だからジュディ、ちゃんと良い子に出来るな」

「はいっ。ジュディは良い子になりますっ」



 無垢な笑顔を輝かせる吸血妃の頭をぽんぽんと優しく撫でるアラガミ。

 そんな様子を、金髪エルフはほくそ笑みながら見守っていた。



(うけけけけけけけけけっ。ついにあの吸血妃に一矢報いてやったわ! ざまぁみなさいジュディ! 何もかもが自分の思い通りに行くと思ったら大間違いよ)



 自分の意見を通した事に大喜びするティー。

 しかし当のジュディは旦那さまからご褒美を約束され、夢心地といった様子である。

 まさに試合に勝って勝負に負けたという有様だが、本人達が全員幸せそうにしているのならそれはきっとwin-winなのだ。そういう事にしておこう。



「貧乳の一人負け――――ぶほぁ!?」



 そういう事にしておこう。



「それじゃあアラガミ。私達は部屋に行ってるわね」



 ジュディを連れて上の階へと昇っていくティー。

 余計な事を言った誰かさんの鳩尾を殴り飛ばした右腕には、大量の荷物が掲げられており彼女が見かけほど華奢ではない事が伺える。



「旦那様、また後でお会い致しましょうね」


 一方、旦那様との別れを悲しむ吸血妃の荷物はそれ程多くない。

 彼女は余計な物は持ち込まない小ざっぱりとしたタイプなのである。



 先行く二人を見送るアラガミ。

 その後彼は、乳神様の一撃によってすっかり伸びてしまったアイズを担ぎあげ、大量の荷物ごと自身の部屋へと運ぶのであった。






◆シクソン領ハムレー・高級宿屋アカシヤ207号室






「どこだ、ここは?」



 アイズ・ジャシィーヴィルが目を覚ますと、そこは見知らぬ天井であった。

 

「どこだ、ここは?」



 黒の包帯で覆われた両目で上方を見上げる銀髪チンピラ。

 彼の疑問に対する解答は、アイズが寝そべっているベッドの傍から返ってきた。



「起きたかアイズ。安心しろ。ここは俺達の部屋だ」



 巌のようなその声の持ち主に、アイズは詫びと礼の言葉を投げかけた。



「悪いな、旦那。随分迷惑かけちまったみたいで」

「無事ならばそれでいい。後でティーに謝っておけ」

「ケケケ。善処するぜ」


 そう言いながら、ごろんとベッドに横になるアイズ。

 ふかふかのシーツが疲れた体をじんわりと癒していく行程は大変心地の良いものだ。

 そんな彼の様子を、霊長類最強の男はいつもの仏頂面で確認する。

 持ち込んだ荷物をチェックしながらの片手間であったが、アラガミの慧眼はチンピラの疲労状態を的確に見抜いてみせた。



「疲れているな」

「分かるのか旦那」

「ティーの打撃は確かに強烈だったが、ここまでお前が眠りこける程のものではなかった」

「成程ね、旦那らしい観点だ。まぁアンタの洞察は当たってるよ。……こっち来てからずっと徹夜続きだったもんでな。実はこうしてベッドに横たわるのも久しぶりで――――」



 言いかけた所でアイズは急に眉を潜めながら起き上り、些か冷静さを欠いた声でアラガミに問い質した。



「旦那、俺はどれくらい眠っていた?」

「およそ二時間ほどだが」


 アラガミの解答にアイズは舌打ちをし、そのまま急かした足取りでベッドを飛び出した。



「何かあったのか?」

「悪い。説明している時間はないんだ。とりあえず俺はこの宿から出ていくから、戸締り頼む。それと」



 駆けるアイズの足跡が台詞と共にピタリと止まる。

 不審に思ったアラガミが振り返るとそこには衝撃の光景が待ち構えていた。



「!?」



 虚無的で感性が殆ど死滅している男荒神王鍵あらがみおうけん

 そんな彼をして驚きの声を上げる程の現象が、207号室で起きていた。


 この短期間の内に一体何が起こったのか。

 端的に説明するならばそれは以下の様になる。

 

 “いるはずの人間が消えていて、いないはずの誰かがここにいる”


 まさに怪奇現象。

 ともすれば魔法よりも非現実的な出来事が、霊長類最強の男の目の前で突発的に発生したのである。


 詳細を確かめるべく、そっと廊下側へと移動を始めるアラガミ。


 その中心というか元凶の人物は部屋の廊下でぼうっと佇んでいた。

 論理的に考えてその人物は当然、ざまぁプランナーのアイズでなければならない。


 だが、違う。

 その人物は銀髪チンピラとはかけ離れた容姿をしており、そして先程まで207号室にいた筈のアイズは煙の様にいなくなっていたのだ。



「お前は、誰だ?」



 いつも通りの仏頂面で謎の人物に話しかけるアラガミ。

 呼びかけられた彼女(・・)の視線がゆっくりとこちら側へ向けられていく。



 少女の髪色はアラガミと同じく白色であった。

 

 しかしディテールが違う。霊長類最強の男の髪が完全に漂白された様な白色なのに対し、彼女のショートボブヘアーは白の中にほんのりとした桜色が含まれている。

 

 背は百五十センチ少々といった所か。アイズよりは大きいがティーよりは小さい程度である。

 

 しかし小さいとは言ってもそれは身長の話。全体的に丸みを帯びた身体はトランジスタグラマーといっても差し支えない肉付きであり、そのあどけない相貌も合わせて非常に蠱惑的だ。


 そして特筆すべきはその服装である。

 上はサイズの合わないぶかぶかの白衣一枚。

 そして下半身はあろうことか下着すら履いてない。

 すっぽんぽんなのである。


 格好だけで見れば完全に痴女であるその少女は、しばらくの間アラガミをじっと見つめ、そして突然開放的な笑みを浮かべて




「だんなだぁーっ!」



 抱きついてきた。




「だんなー! だんなー! 生だんなーっ! 会いたかった、会いたかったよー!」



 女の子のやわらかい部分を色々押しつけながら子供の様にはしゃぐ少女。

 色々と危ないのは言うまでもないだろう。



「落ち着け。そして質問に答えるんだ。お前は誰だ? そして何故俺の事を知っている?」

「えぇー? そんな事どうでもいいじゃんかー。折角ボクと旦那が出会えたんだよ? 嬉しくなーい?」

「むしろ不気味だ」



 こういう時にきっぱりと言い切れるのがアラガミの良い所である。



「えへへ。そういうさっぱりした所もボクは好きだよ」



 しかしボクッ娘痴女も負けていないようで、ぐいぐいと迫って来る。

 流石に体格差があり過ぎて押し倒される心配こそないが、それでもボクッ娘痴女の猛攻は無視できるものではなかった。



「質問に答えないのならば追い出すぞ」

「むぅっ。じゃあ逆にボクが色々話せばだんなは抱いてくれるのー? だったら何でも話しちゃうよー!」



 話にならなかった。

 脈絡がなさ過ぎる上にひたすら求愛してくるボクッ娘痴女。シチュエーションを考えれば最早ホラーに近いこの謎存在に対し、アラガミはとうとう色々諦め、黙って部屋から追い出そうと決意する。




「旦那様ー、お夜食をお持ちいたしましたよー」




 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 ドア越しに聞こえてくるのは彼を愛してやまない吸血妃の声。

 直感的にまずい、と判断したアラガミはじりじりと部屋の奥へと後退を始めた。



「旦那様、旦那様ー?」



 遠慮がちに続くノック音。ゆっくりとボクッ娘痴女をベッドに置き、余計な事を言わないようにと念を押す。



「状況をややこしくしたくない。静かにしていてくれ」

「おっけー」


 結構軽いノリで了承してくれたボクッ娘痴女。

 案外話の分かる痴女なのかもしれない。



(後はジュディか)



 やましい事はまるでないのだが、相手は彼を病的に慕う吸血妃である。

 もしジュディがボクッ娘痴女見つけた何をしでかすかわかったものではない。

 事を穏便に済ます為、アラガミは居留守を使う事を決意した。



「待ってジュディ。多分アラガミは寝てないわ」



 しかしまたしても問屋が卸さなかった。


「まぁっ、ティーさん。そんな事まで分かるのですか?」

「何となくだけどね。いつもはもっと薄ぼんやりとした感じなんだけど、今日は凄く調子が良いみたい」


 えっへんと誇らしげに語るティー。

 よりにもよってこの状況で一番真価を発揮してはいけない女が絶好調である。




(これは、まずい)



 アラガミの額に嫌な汗がにじむ。

 いつもは毒を吐くだけの貧乳であるが、彼女の保有する【気配感知】のアビリティは非常に強力なものである。

 常時でさえ、半ば予知じみた精度でモンスターを感知する彼女の力。

 それが絶好調ともなれば壁一枚挟んだ207号室の現状など手に取るように分かるだろう。



「……妙ね。アラガミ以外にもう一人誰かがいる?」



 そして案の定、痴女の存在に勘づく貧乳探知機。



「アイズさんと二人で泊っていらっしゃるのですから当然ではないのですか?」

「いや、これはアイツの生体反応じゃない。もっと柔らかくて丸っこくて……巨乳?」



 その瞬間、周囲の空気が凍りついた。



「……旦那様?」



 ドア越しに放たれるジュディの声が輪をかけて優しくなった。



「何やら立て込んでいらっしゃるようですので、少々強引に開けさせて頂きますね」



 楽園の音楽の様な声音と同時に、部屋のドアノブがひとりでに動き出した。

 原理はわからないがきっとジュディの魔法だろう。

 彼女は最強の魔法使いである。

 鍵の開閉など朝飯前に違いない。



「少々不作法ですが、お許し下さいまし」



 そのままゆっくりと開け放たれる207号室のドア。

 一気に開かれない辺りが非常にホラーチックで心臓に悪い。



(……この状況は、非常にまずい)



 後ろには下半身剥き出しのボクッ娘痴女。

 そして前方には不気味なオーラを纏った伝説の吸血妃。



 戦慄の夜が、始まろうとしていた。





















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