第二十七話 霊長類最強の男と勝手に騒ぐ者達
◆シクソン領ハムレー・領主代行の館
「――――以上の理由により勇者教会異端審問部は、花祭り期間中クズミチ・ユウタ及びハムレーの町の調査を実行致します」
漆黒の軍服に身を包んだ異端審問官が羊皮紙に記された通達を淡々と読み上げる。
その内容を対面で聞く男の名はクズミチ・ユウタ。
魅了の恩恵を授かりし転生者にして、このハムレーの実権を握る勇者である。
「クズミチ・ユウタ。貴方には幾つもの容疑がかけられています。恩恵による一般人への洗脳行為、町の私物化、違法な人身売買への関与――――どれを取っても勇者称号への剥奪だけでは済まされない重罪ばかりです」
「いやだなぁ、キーラ審問官殿。俺は勇者ですよ? 守るべき民を傷つけるような真似するわけないじゃないですかぁ」
全くの濡れ衣だとばかりに大げさに困惑してみせるユウタ。
中性的な黒髪の青年は謳うように自身の無実を訴える。
「魅了能力の悪用なんてしていません。町の私物化? 人身売買? 冗談じゃありませんよ。僕はこの愛すべきハムレーの町を身を粉にして守っているだけです」
「では何故町中に魅了の術を展開しているのですか?」
町に蔓延る魅了術。
その発生源は間違いなくクズミチ・ユウタである。
しかし彼は魅了術の展開を肯定した上で、なおも余裕を崩さず口を回した。
「安全対策の一環です。花祭りはハムレーにとって重要な意味を持つ伝統行事なんですよ。一年に一度の大事なお祭りを無頼な輩に台無しにされては困る。だからこの期間中は、僕らのハムレーに危害を加えようとする者のみに作用する特殊な魅了術をかけさせて頂いているという分けです」
「貴方の能力は異性に特化した仕様の筈ですが?」
「えぇ、そうです。だからこれはあくまで一環。対女性用の防犯術に過ぎません。男性向けの対策も当然用意しています」
ぺらぺらとそれらしい事を語るユウタ。
その後も彼は審問官の追求を煙に巻く様な論法で躱し続けた。
「……わかりました。今日の所はここまでとします」
「おや? もうお帰りですか? もしよろしければもう少し僕とお話ししていきませんか。何だったら滞在中はこの屋敷に泊って下さいよ。そうすればいつでも好きなだけ僕の尋問が出来ますよ」
「宿は取ってあるので結構です。それでは」
一礼し、部屋を出ていくキーラ審問官。
有益な情報を引き出せなかった為かその顔は最後まで険しい物であった。
「さて、レイラ」
審問官を屋敷の外まで見送ったユウタは、エントランスの階段を昇りながら囁くような声で女の名を呼んだ。
「ここに」
エントランスの景色の一分が歪み、黒衣のローブを纏った女が姿を現す。
最敬礼のポーズで主に忠誠を示すその女にユウタは張り付けたような笑みで告げる。
「ダミーの用意は?」
「傍目につきやすい場所を二十七つ、洞察力の問われる箇所を四十程用意致しました」
「駄目だ。明日の朝までに倍まで増やせ」
主の無茶な注文にレイラは躊躇いなく「かしこまりました」と頷いた。
クズミチ・ユウタに仕える彼女の脳内に主の命令に口答えをするという思考回路は存在しない。
主が「やれ」と言えば必ずやる。それが彼女にとっての至上命題であり、最大の幸福なのだ。
「それと『檻』の存在だけは何があっても隠し通せよ。あれを見られたら流石の僕も少しまずい。あぁ、後出来ればあの女の身ぐるみ剥いどいて。まぁ向こうは上級勇者だし、お前ら如きじゃどうあがいても太刀打ちできないからこれは出来ればでいい。多分あいつ僕の魅了を無力化する系統のアイテムを持ってるはずだからそれさえ奪えば格段に話が早くなる」
そうレイラに命令を取りつけながらユウタは心の内でキーラ審問官を嘲笑していた。
(女の分際で僕を嗅ぎ回ろうだなんて本当、愚かだな。上級勇者だろうが異端審問官だろうが女って時点で勝負にもならないっていうのに)
最初に異端審問官の監査が入ると聞いた時のはおよそ一か月前。
その時は流石のユウタも肝を冷やしたが、こうして直接お会いした審問官様はよりにもよって女だったのだ。
女。それはクズミチ・ユウタにとっておもちゃであり、道具あり、性欲のはけ口でもあるとても便利な『物』だ。
彼が少し力を使えばたちまち服従し、奉仕する弱くて愚かな肉人形。
(どんなオモチャを使っているのか知らないけど、それさえ剥がせば僕の奴隷だ。あーあ、折角色々と準備したのに全部無駄になっちゃったなぁ)
だからユウタは審問官が女という時点で徹底的に下に見た。
油断や傲慢と言い換えても良い。
彼は例え異端審問官の監査が入ろうと、それが女である限り何ら問題ないと考えていたのだ。
女性蔑視どころではない。女性は全てにおいて男に完全に劣っているという歪みの極致の様なメンタリティ。それがクズミチ・ユウタという男の心底なのである。
「あぁ、レイラ。分かっているとは思うけど、命がけでやれよ。お前らの代わりなんて幾らでもいるんだ。バレそうになったら自爆でも何でもして死ぬ気で止めろ」
「はっ」
主の最低な発言にひたすら傅くレイラ。
その胡乱な瞳に嘆きや苦しみは欠片も存在しない。
まるで従順な機械人形のような彼女の姿を見てユウタを傲然と鼻を鳴らし、そのまま紅い絨毯のしかれた階段を闊歩するように昇りつめた。
(『犬』も『家具』も『檻』の中だもんなぁ。とりあえずいつも通りお嬢様●して、それからどうするかなぁ)
最低最悪の暴君は、今日の夕食を考えるようなノリで本日の『お楽しみ』について考えを巡らす。
彼のお気に入りのオモチャ達は現在人目のつかない檻の中。
異端審問官が立ち去るまでの間、彼は自分自身の歪んだ性欲を抑えなければならない。
ここでもしクズミチ・ユウタにまともな思考回路があれば『何故このタイミングで異端審問官の監査が入ったのか』と頭を悩ませていた事だろう。
しかし彼にはそういった俯瞰的な物事への洞察力が致命的に欠けていた。
魅了勇者にとって自身の見える範囲こそが全てであり、見えないものは無いも同然だったのである。
だから勇者教会が己の悪事に本格的なメスを入れようとしているこの時さえ、彼の頭の中にあったのは自身の愉悦をいかにして満たすかというその一点のみであった。
(あーあ、退屈だなあ。とりあえず明日、適当な女でも捕まえて遊ぶかなぁ)
留まる事の知らない性欲猿は、ひたすら女体の快楽を求め、続ける。
遊ぶ為の玩具は、どれだけいても困らない。
直ぐに壊れてしまうのが玉に疵だが、幸い今は祭りの時期。獲物なら掃いて捨てる程いる。
だから今日は程々にしておくかと、身勝手な我慢を心に決めてユウタは本日の性行為に走るのだった。
◆シクソン領ハムレー・高級宿屋アカシヤ
ティーの洗脳を解除した一行は、その足取りで依頼人との待ち合わせ場所へと向かった。
「よう、旦那」
指定された高級宿屋アカシヤには既に依頼人のアイズ・ジャシィーヴィルが待ち構えていた。
全身黒ずくめに目元には相変わらずの黒包帯。どう見ても不審者そのものであるざまぁプランナーは、初対面の時と何ら変わりない不敵な笑みを浮かべて彼らに近づいてくる。
「盗賊退治とは、また随分と御活躍だったな」
「遅れてすまない」
「いやいや、旦那は良い事をしたんだ。引け目を感じる必要はねぇよ」
パンパンと労うようにアラガミの腰を叩くアイズ。
当たり前の様に今朝の出来事を知っている辺り大変気味が悪い。
(こいつ、本当に何もかもが胡散臭いのよね)
相も変わらずなアイズの不審者ム―ブに訝しげな視線を送るティー。
目は口ほどに物を言うというが、どうやら彼女の素直な気持ちをチンピラが受信したらしい。
金髪エルフと目があったアイズはドスの聞いた声で凄みながらこちらの方へと近づいてきた。
「あん? テメェ、ちんちくりん何こっち見てんだコラ?」
「再会早々随分なご挨拶じゃない。ていうか私よりチビのアンタに『ちんちくりん』とか言われても全然悔しくないんですけど」
うぷぷと笑ってみせる金髪エルフ。
その豪胆さは、先程まで洗脳されてキスされてのたうち回っていた娘と同一人物とは到底思えない図太さがあった。
「いい度胸してんじゃねぇか金髪。依頼人にそんなデカい口叩いておいてタダで済むと思うなよ」
「あら? どんな目にあわせてくれるっていうの? 言っとくけど契約違反なんて起こしたら即告発してやるんだからね。覚悟しておきなさいこのチンピラ野郎」
「あンだと?」
「何よ!」
互いに至近距離で睨みながら罵詈雑言を浴びせ合う金髪と銀髪。
とりあえず他の宿泊客の迷惑になるのでアラガミは二人を引き離してチェックインを済ませた。
「始めましてアイズさん。ジュデッカ・レヴァンテインです」
気を取り直してジュディのターン。
彼女はどこぞの金髪エルフと違いたおやかに挨拶を済ませた。
「へぇ、あんたが噂の」
顎に手を当てじっと美女の様子を伺う銀髪チンピラ。
そんな彼の不躾な態度を見てティーはチャンスだとほくそ笑んだ。
(あのチンピラの事だから絶対余計な口を挟んで怒られるはず。うけけっ、アンタは知らないだろうけど相手は伝説の吸血妃よ。どんな酷い目に会うか見物だわ)
性根が腐っていた。
「話は旦那から聞いてますぜ奥方。旦那の大事な人に出会えて光栄だよ」
しかしそうは問屋は卸さず。
アイズは失言を吐くどころか露骨なおべっかを使い、ジュディのご機嫌を取りに行ったのだ。
「まぁっ! まぁまぁっ! 奥方だなんて! 嫌ですわ、私そんな光栄な関係ではありませんのに」
「違うのか。いやぁ、旦那と暮らしていると聞いていたからてっきりそういう関係だと思っていたんだが俺の勘違いか?」
「いえ、あの、それは……」
「失礼かもしれないが、俺としてはアンタの事を奥方と呼びたいんだ。だってそうだろう? 旦那程の男に似合うのは、アンタみたいな極上の女だ。あまりにしっくり来過ぎて他の呼び名なんて思いつかねぇよ」
ジュディ大喜びである。
そして対照的に金髪エルフは、目論見が外れた事や『奥方』などという面白くなさ過ぎるワードを聞いた事による怒りや焦りや妬みや嫉みの交通渋滞によってそのご尊顔が大変な事になっていた。
(私とした事が、奴を侮っていたわ)
顔面を混雑させながら内心で臍を噛むティー。
遅ればせながらも、彼女は自身のチンピラ評が間違っていた事に気づいたのである。
(ジュディの弱点を的確につく見事なまでのゴマすり戦術。間違いないわ。こいつ、ただの毒舌クソ野郎じゃない。こいつの本質は、ゴマすりクソ野郎!)
強きに媚びへつらい、弱きを徹底的にくじく――――それがゴマすりクソ野郎という生き方である。
金髪エルフの様に気にいらなかったらとりあえず噛みつくという狂犬思考とはまるで対極に位置するその在り方に、ティーは戦慄を禁じ得なかった。
(初対面の相手にこんなに媚びれるもんなの? まるで盛りのついたメス犬じゃない! ○ッチだわ! ビッ○がいるわ!)
チンピラの恐るべき所は、至高の美女であるジュディの前で一度も容姿を褒めるような言葉を使っていない所である。
彼が吸血妃に向ける言葉の数々は、いずれも「いかにアラガミに相応しい女であるか」のその一点のみ。
ジュディを最も喜ばせるおべっかポイントを的確についているのだ。
これは中々出来る事ではない。
何故なら多くの男性は、まず吸血妃の絶世の美貌に惚れこみ、そしてその溢れる想いをそのまま口に出してしまう。
“美しい”、“貴方は世界の宝だ”、“どんな宝石よりも貴方は輝いている”――――どれもおしなべて事実であり、真実だろう。
けれどそこに抜本的な罠が存在するのだ。
ジュディは自分が傑出した美貌の持ち主である事など百も承知なのである。
彼女は自身の美しさを鼻にかけないだけで、その端麗な容姿を客観的に理解しているのだ。
そんな彼女にとってキレイとか美しい等という美辞麗句は「あなた、女ですね」と言っているに等しき当たり前の事であり(無論、愛しの旦那様だけは例外である)、どれだけ熱烈に称えた所で彼女の琴線には微塵も触れはしない。
畢竟、ジュディを喜ばせたいのならば、まず第一に彼女に惚れては駄目なのである。
(その点、こいつは分かってる。分かった上で別の男に相応しいと、最もクリティカルなおべっかを吐いている)
その事がティーには信じられなかった。
衝動的にジュディを口説かないだけでも奇跡的なのに、その上この男は伝説の吸血妃の心理を完全に理解し、ゴマをすったのである。
(なんて奴なのアイズ・ジャシィーヴィル! こんな、こんなレベルのゴマすりクソ野郎がいたなんて!)
良く分からないが敗北感に打ちひしがれたティーは、そのまま床に崩れ落ちた。
一流の口先女だからこそ分かってしまうその超絶技巧。
自身とは別のプレイスタイルながら、ここまでやれる男の存在にティーは少なからず尊敬の念を抱いた。
「何をやっているんだティー?」
そしてペテン師達の口先技術などまるで興味のないアラガミにとって、突然崩れ落ちる貧乳の姿は大層奇特に見えたという。




