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第二十六話 霊長類最強の男と魅了勇者の洗礼





◆中央大陸シクソン領ハムレー




 四日間の馬車旅を終え、アラガミ達はようやく目的地へと辿り着いた。



 悪徳勇者クズミチ・ユウタによって洗脳支配された退廃の町ハムレー。

 来訪した彼らがまず初めに抱いた印象は、一言で表すならば「煌びやか」であった。



 到る所に散りばめられた極彩色の花々。

 賑やかしい音楽に陽気な歌声。

 光魔法を加工した魔法具の光球は退廃の町を真昼の様に照らし、町行く人々はエール片手にドンチャン騒ぎである。




「すっごいわね」



 思わず感嘆の声を上げるティー。

 アイズの話や道中で拾った情報からどうしても荒んだ景観を想像していた金髪エルフであったが、かの町は荒むどころか見事な発展を遂げていたのだ。


「『花祭り』の最中って事もあるんでしょうけど、それにしたって中々良い所じゃない!」



 キョロキョロと辺りを見回しながら楽しそうにはしゃぐティー。

 訪れた時期が丁度『花祭り』と呼ばれる祭事の最中だったこともあり、町全体がとても賑わっているように見える。

 様々な出店、着飾った女達、鼻孔をくすぐる花の香りはとても心地よくて、なんだか自然に身体がほぐれていく。



「私、なんだかこの町気にいっちゃったかも!」



 ハムレーの町にすっかり好印象を抱いたティー。

 一方そんな金髪エルフとは対照的に、霊長類最強の男と吸血妃は何やらゴニョゴニョと内緒話に勤しんでいた。



「旦那様、これは……」

「いや、もう少し様子を見よう」



 二人の視線はやたらとハイテンションな貧乳へと注がれているが、当の本人はまるでどこ吹く風だ。




「こんな楽しそうで良い匂いのする町の支配者が悪いやつとは思えないわね!」

「……そうか」

「だってこんなにみんなを楽しませているのよ、きっとクズミチ・ユウタさんは良い人よ!」

「さん付け、ですか」

「えぇ、そうよ。というか様ってお呼びした方がいいかしら。あぁ、ユウタ様、早くお会いしたいしたいしたいしたいしたいしたぁああああっい!」



 ジェットコースターもかくやというスピードで加速度的におかしな事をほざき始める金髪エルフ。

 そのイカレポンチな醜態ぶりを見て二人は疑念を確信に変えた。



「魅了されてますわ」

「間違いない」



 即墜ちだった。

 雑と言ってもいいレベルの早さである。



「ジュディ、すまないがティーを正気に戻してくれ」

「仰せのままに」



 流麗な動作で一礼し、そのまま「したいしたい!」と連呼する貧乳の傍へと近寄る吸血妃。



「なっ、ちょっ、待ちなさいジュディ。私はそんな趣味は無いの! 私がしたいのはユウタ様だけ――――」

「はいはい。失礼致しますね」



 駄々をこねる金髪エルフを軽くいなしながら、そっと唇を近づけるジュディ。

 そしてそのまま至高の美女の口は錯乱するティーの口元へと重なっていき



「んっ」

「あっ」



 二人は熱いキスを交わした。




「……!? !? !? !!!! !!!!!!!!」



 混乱し、動揺し、驚愕後に羞恥と憤怒。

 めくるめく感情の万華鏡に振りまわされながらも、金髪エルフは渾身の力で吸血妃を引き剥がした。



「ちょっとジュディ! あっあああああんた、何てことしてくれちゃったのよ! 私、始めてだったのよ! なのになのによりにもよってアンタがキ――――うがぁあああああああっ!」



 あまりの衝撃に地面をのたうち回る金髪エルフ。

 しかし当の下手人はどこ吹く風といった様子で微笑んでいた。



「ふふっ。ティーさんの始めて、いただきましたわ」

「ふざけんじゃないわよ! こんなのノーカンに決まってんじゃない!」

「申し訳ありません。クズミチ某に奪われるくらいならと思いまして」

「はぁっ!? なんで私があんな奴に――――?」




 否定の途中で、自身の変化に気づくティー。

 先程まで湧いていたクズミチ・ユウタへの親愛の感情がまるでない。

 あるのは最低の勇者に対する嫌悪と憎悪。彼女本来の魂の在り方だ。



「ねぇ、私。もしかして洗脳されてた?」



 青ざめた金髪エルフの質問に至高の美女は頷きで返す。



「えぇ。そうです。恐らくこの街全体に張り巡らされた魅了の術の影響を受けたのでしょう」



 嫌な汗が頬を伝う。

 もし仮にジュディの話が本当だとするならば、クズミチ・ユウタの能力は想像以上に厄介だ。



 町全体を覆い尽くす程の射程範囲、彼に悪感情を抱いていたティーすら容易に魅了する出力、そして感染から洗脳までの速攻性。



(これって、相当ヤバい状況なんじゃないの?)



 単純な力ではなく、搦め手に特化した勇者。

 その想像を越えた魅了能力の前では正気を保っている事すら難しいだろう。



「安心して下さいまし。ティーさんの魂を汚染していた魅了の毒は、私がしっかり解毒しておきましたから」



 キスの真意はそういうことだったらしい。

 感謝の気持ちと他にやりようはなかったのかという気持ちに煩悶としながらも、ひとまずティーは一番優先すべき疑問を口にした。



「助けてもらった所、悪いけど……奴の術が町全体にかかっているなら、また私洗脳されるんじゃない?」



 彼の能力の持続性についてはわからないが、それでも数秒数分と言う事は無いだろう。

 数時間、数十時間、最悪半永久的という線だってあり得る。


 そうなれば正気に戻ったところで意味は無い。

 解除された傍から再洗脳を受けていたら依頼どころの話ではないだろう。


 しかしそんなティーの憂いを、吸血妃ジュデッカ・レヴァンテインは事もなげに吹き飛ばした。



「大丈夫ですわティーさん。先程貴方の唇へお邪魔した時に対魅了魔法をかけさせて頂きました。この程度の術ならば問題なく遮断致しますのでどうか落ち着いて下さいな」



 最強の魔法使いの対抗魔法。

 心強すぎるジュディのアシストに、ティーは素直に感謝の気持ちを伝えた。



「ありがとジュディ。アンタがいてくれて助かったわ」

「いえいえお気になさらないでくださいな」



 ニコニコと可憐な笑みを浮かべる吸血妃。

 余談だが彼女がかけた魅了術への対抗魔法は、現在町に散布されているクズミチ・ユウタの恩恵のおよそ数兆倍の威力でも完全に遮断するチートスペックである。

 しかし彼女はその事実を誇る事はおろか伝える事さえしなかった。


 何故ならばジュディにとってこの程度(・・・・)の術は、わざわざ語る価値さえなかったのである。



「大した手間ではありませんので、こういった雑事ならいつでもお申しつけ下さいな」



 数奇な運命により、人の世に降り立った吸血妃。

 その力は、愛しの旦那様と同じく全くもって規格外であった。














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