第二十五話 霊長類最強の男と真夜中の襲撃者達
◆中央大陸シクソン領満月湖
ランテスを発ってから早三日。
その日アラガミ達は、満月湖と呼ばれる湖のほとりで休息を取っていた。
「旦那様」
宙天が星に染まり、良い子のティーちゃん等はとっくに爆睡していた夜陰時。
自ら買って出た火の番を黙々とこなす霊長類最強の男の前に至高の美女が現れる。
「ジュディか」
「はい。貴方のジュディでございます」
にこにこと星空よりも尊い微笑を浮かべながらアラガミの隣に腰掛けるジュディ。
そのまま彼女は無言でむぎゅっと旦那様の腰元に抱きつき、気持ちよさそうに頬をすり寄せた。
「もう直ぐ旅も終わりですね」
「あぁ。このまま行けば明日にはハムレーだ」
シルクのような吸血妃の髪をそっと撫でながら、頷き返すアラガミ。
愛しの旦那様の手つきは見かけによらず大変テクニシャンであり、ジュディはこのナデナデだけですっかり夢心地である。
いつもであれば小姑のようにグチグチと文句を言ってくる貧乳も、今は絶賛おねんね中だ。
元より夜はヴァンパイアの領分である。ジュディはここが好機とばかりに身体を密着させ、甘えに甘えた。
「あの、旦那様」
「なんだ?」
「もし旦那様さえ御嫌でなければ……その、お情けを所望したく存じます」
もじもじと顔を赤らめながら思い切ったおねだりをするジュディ。
そんな彼女の願いをアラガミはいつも通り仏頂面で引き受けた。
「いいだろう。存分に吸うがいい」
男らしい宣言と共に吸血妃をお姫様だっこする旦那様。
ぱぁっと顔を綻ばせるジュディの顔をくしゃりと一度撫で、そのままゆっくりと自身の首筋を近づけていく。
「あぁっ、旦那様っ! 旦那様っ!」
ハッハッハッとまるで発情期の犬の様に興奮する吸血妃。
無理もない。彼女の目の前には世界中の誰よりも尊いお方の血液が目の前にぶらさがっているのだ。
伝説の吸血妃のテンションは、最早暴発寸前である。
「落ちつけジュディ、俺は逃げん。ゆっくり自分のペースで吸うんだ。そして出来れば粗相は控えてくれ」
「はいっ。ジュディは漏らしませんっ」
ふざけた会話であるが、当人達は至って真剣である。
古城調査での一件以来、定期的にジュディに血液を提供しているアラガミであるが、その度に吸血妃が嬉ションしてしまうのが、目下かなり上位な悩みであった。
「あぁ、旦那様。私は今、世界で一番の果報者です」
「うむ」
幸せそうに喜ぶジュディ。
そのまま彼女の桜色の唇がゆっくりとアラガミの首筋へと近づいていき――――
「……旦那様」
「あぁ、何かが近づいて来ているな」
しかしその寸前で二人は行為を中止した。
「足音は複数。二足歩行です。ある程度音を立てずに移動している事から、一定水準以上の歩行技術を持った者達の犯行かと思われます」
謎の集団が野営するアラガミ達の元へと近づいて来ている、それは間違いない。
しかしこの時点で何らかの犯行と決めつけるのは些か早計であるのだが、旦那様との逢瀬を邪魔された時点でジュディの中では万死に値する犯行と定義されていた。
「旦那様。何者かは分かり兼ねますが、私にお任せ下さい。直ちに事態を収拾致します」
「どのように片付ける?」
主の問いに、吸血妃は恋する乙女の顔で答えた。
「鏖殺です」
当然ながら却下された。
「ジュディ、お前はティーと御者の護衛にあたってくれ。侵入者とは俺が話をつけてくる」
「しかし」
抗弁しようとする吸血妃。
しかしアラガミは、そんな彼女の頭を軽く撫でながら諭すようにして言葉を説く。
「お前が後ろを守ってくれれば、俺は何の憂いもなく戦える。頼むジュディ、これはお前でなければ任せられない仕事だ」
「旦那様……」
「吸血の時間は後で必ず用意する。だからそれまで待てるな?」
「はいっ」
元気よく返事をする吸血妃に感謝の言葉を伝え終えると、アラガミは超音速の機動力で夜の闇へと消えていった。
「尊い。全てが尊い」
そしてそんな主の疾走をジュディは胸を高鳴らせながら見送るのだった。
◆運の悪い盗賊さん達
その集団をアラガミが見つけたのは、直ぐの事であった。
超音速機動で移動していたので当然ではあるのだが、それ以上に彼らが野営地の真近まで迫っていたというのも大きな要因である。
「失礼する」
集団の背後を回り込むようにして登場する霊長類最強の男。
三メートル近い巨体が宵闇の中から現れた事によるショックは相当の物だったのだろう。アラガミの姿を目視した謎の集団は軽い恐慌状態に陥った。
「ひっ、ひぃっ! 化物!?」
「お頭、あれはヤバいって! 撤退しよう、撤退」
「こ、ここここここ殺されるうぅうううううううっ!」
あんまりな言い様である。
しかし霊長類最強の男は化物扱いされても特に何とも思わなかったのでそのまま謎の集団に声をかけた。
「落ち着け。少なくともお前達を殺すつもりはない。見張りの一環として声をかけただけだ」
淡々と語りかけるアラガミ。
彼らの視線が自身に集まった事を確認した霊長類最強の男は、ゆっくりと自己紹介を始めた。
「俺は荒神王鍵、冒険者をしている。ここにいるのは野営の為で明日の朝には立ち去るつもりだ」
彼の言葉を聞いた謎の集団は、しばらくの間ひそひそと耳打ちを始め、やがてそれが終わると一斉に刃物を抜きだした。
「へっへっへっ。新種のモンスターかと思えばタダの冒険者かよ。なら遠慮なく狩らせて貰うぜぇ」
リーダーらしき男が下卑た笑みを浮かべてククリナイフを構える。
その姿をアラガミはいつも通りの仏頂面で眺めていた。
「その様子を見るに、お前達は賊という事で間違いないな」
「おうよ。ただし唯の盗賊じゃないぜ? 俺達は泣く子も黙る『セサミストリート40』の第四十支部さ。へっへっへっ。これが何を意味しているかわかるよなぁ?」
ちっともわからなかった。
「セサミ……まぁ、いい。お前達は賊で、俺達の馬車を襲う為にやって来たという認識で間違いはないか?」
「そうとも! 悪いがどれだけ泣こうが喚こうが全部頂くぜぇ? 馬車も、財産も、女も、お前の命も何もかも、俺達が搾取してやる」
清々しいまでの外道である。
しかし霊長類最強の男は眉ひとつ潜める事なく対話を続けた。
「ふむ。大体把握した。ついでにもう一つ尋ねさせて欲しい。お前達の出身はハムレーか?」
情報収集と情状酌量の余地の確認の為に問うたアラガミの質問。
しかしそれを聞いた盗賊達は一斉にゲラゲラと笑いだした。
「ハムレーって、あんな町全体が風俗店の様な場所にどうして俺達が住まにゃならん? 俺達は奪う側の人間だぜぇ。あんな淫売奴隷共の町なんぞに住むわけねぇだろ」
愉快そうに断じるリーダー格の盗賊。
アラガミの質問の趣旨と若干ズレていたが、それでも利用者からの声が聞けた事は収穫であると彼は黙したまま納得した。
「わかった。もういい。こちらが問い質したたい情報は概ね聞けた。後の判断は司法機関に任せるとしよう」
その傲岸不遜な物言いに、盗賊のリーダーは嘲るような笑いで返す。
「デカイ口は後が惨めだぜ冒険者? いくらてめぇが強かろうがこの人数相手に勝負になるかよ」
そう言って後ろに控える部下達を自慢する盗賊のリーダー。
格好つけたポーズでナイフを構える盗賊達の数は合計五十人超。
リーダーの言う通り勝負にもならないだろう。
ただしその対象は彼らという事になるが。
「安心しろ。最初に伝えた通りお前達を殺すつもりはない。五体満足の状態で司法機関に届ける事を約束しよう」
「抜かせぇっ!」
アラガミの気遣いを挑発と捉えた盗賊のリーダーは、そのまま部下達を一斉に突撃させ霊長類最強の男の串刺しを目論む。
だが――――
「ふむ」
その可愛い子分達は、間髪おかずに地に伏した。
「はっ?」
唯一人残された盗賊のリーダーは、暗視能力に優れた瞳を見開きながら事態の異常さに震撼する。
「おっおおおおおおおおおおおおおおお前、何をしたぁああああっ?」
彼がここまで恐慌した理由は、何も目の前の男が強者だからではない。
アラガミが何をしたのか、全く分からなかったからだ。
部下が倒されるだけならば、まだ分かる。
だがしかし、何故自分の部下達は同時多発的に倒れたのだろうか?
加えて目の前の大男は、目立った動きを何一つとして取っていないのだ。
盗賊リーダーの目からは、自分の愛すべき部下達がひとりでかつ同時に倒れたようにしか見えなかったのである。
「……そうか。このレベルは見えないのか」
大男が気になる事を言っていたが、最早関係ない。
リーダーは半狂乱になりながら、必死にその場を後ずさろうとする。
「化物、ばけものぉおおおおおおおおっ!」
顔を涙で濡らし、股間を尿で満たした小悪党。
逃げ出す惨めな悪漢を、けれどアラガミは決して見逃さない。
「お前達の行為は決して看過できるものではないが」
一歩。
それだけで霊長類最強の男は、盗賊のリーダーとの距離を縮め
「お陰で新技の性能を確認する事が出来た」
そのまま、神速の手刀をリーダーの首元に叩き込むアラガミ。
「礼を言うぞセサミ某」
そして彼が律儀に礼を述べた頃にはリーダーはすっかり落ちていた。
◆無事逮捕
そうしてアラガミが盗賊団を制圧した翌日、彼らは捕縛した団員達を近くの町へと突き出した。
「『セサミストリート40』って言えばかなり大きな組織よ! その支部を一つ潰すなんてお手柄じゃない」
ティーによれば彼らの組織は中央大陸中に根を張る盗賊のシンジケートのようなものらしい。
そんな彼らの支部を一つ丸ごと潰したというのはアラガミが想定していた以上に大事であったと、霊長類最強の男は彼らを引き渡す際に始めて知ったのだった。
「ひぃいいいいいっ、俺達が悪かった! もう盗みはしない、改心する。だからお願いだから食べないでくれぇえええ」
引き渡しはとてもスムーズに行われた。
五体満足なはずの盗賊団が全員、借りてきた猫の様に大人しかったからである。
「……アンタ何したのよ」
とティーが訊くと
「普通に倒しただけだ」
という要領を得ない答えが返って来た。
そんな中身のまるでない頓珍漢な解答に
「流石、旦那様です」
と敬愛の眼差しを向ける吸血妃。
あの後約束通り旦那さまから血液を頂けたので(やっぱり粗相を犯した事以外は)ご満悦である。
いつも通りといえばいつも通り。
最後の夜にちょっとしたトラブルに陥りながらも、彼らはそれを無事乗り越え再びハムレーの道を走り出す。
「さあ、このままハムレーまでラストスパートよ」
「うむ」
力強く駆け抜ける四頭のバイコーン。
目的地のハムレーは、もう目と鼻の先である。




