第二十四話 霊長類最強の男と新たなるクエスト
◆中央大陸シクソン領ハムレーへの道中
勾配の激しい坂道を登る一台の大型馬車がある。
筋力特化のバイコーン四頭によるその走行は非常になだらか且つスピーディに斜面を駆け抜け、一目見ただけでそれが特別製である事が伺える程豪奢であった。
湾岸都市ランテスを出発したその馬車が向かう先は、遥か南方にあるシクソン領の町ハムレー。
勇者教会所属の魅了勇者クズミチ・ユウタに独裁された悪しきハーレムの巣窟である。
権力者たちによって隠蔽された闇の真実。
しかしこの馬車に乗る者達は、その真相を知ってなお、かの町へ向かおうとする強者共であった。
「はい旦那様、リンゴですよ。あーん」
「うむ」
「ちょっとジュディ。アラガミの膝の上から降りなさい。行儀悪いわよ」
何を隠そう我らが霊長類最強の男とその仲間達である。
いつも通り超然としているアラガミ、何やら難しい顔で書類とにらめっこをするティー。
そして
「旦那様、美味しゅうございますか?」
至高にして絶世の美貌を持つ吸血妃、ジュデッカ・レヴァンテインが何故かいた。
うさぎさん型に切り向かれたリンゴを甲斐甲斐しく旦那様の口元へ運ぶジュディ。
その姿はさながら新婚ホヤホヤの新妻の様である。
「ジュディ、あんた分かってんでしょうね。私達ピクニックに行くわけじゃないのよ」
お気楽な吸血妃に苦言を呈すティー。
断じて嫉妬心から出た言葉ではない。断じて。
「わかってますわティーさん。お仕事、ですわよね?」
「えぇ、そう。……って言ってもかなり特殊な仕事だけどね」
膝に広げた紙の束を見つめながら小さく溜息をつくティー。
アイズの依頼を引き受けたはいいが、今になって少々荷が重いなと後悔を滲ませる金髪エルフであった。
「これ見る限り、クズミチ・ユウタって奴は相当好き勝手やってるみたいね」
「あぁ。相当タチの悪い手合いのようだ」
二人が目を通しているのは、事前にアイズが用意してくれた大量の嘆願書である。
なお、当の本人は事前に色々と仕込んでおくとの事で、一週間以上前に現地へと旅立っている。
そんな張り切りまくりのざまぁプランナーから渡された紙の束。
そこには怨恨と憎悪に満ちた男達の想いが克明に記されていた。
“愛する妻が、やつの元に行っちまった。おまけに娘まで……頼むざまぁプランナーさん。あのクズミチ・ユウタってやつを懲らしめて俺の家族達を取り返してくれ”
“あんなに優しかった彼女が、ある日突然婚約を破棄したいと言い出した。これからはクズミチ・ユウタ様に生涯を捧げるんだそうだ。そんなはずはない。何かがおかしい。あり得ない。絶対に何かあるに違いない”
“全部失った。俺の財産が、安息の日々が、仲間達が……全部全部クズミチ・ユウタに奪われた。あいつだけは、絶対に許せない”
家族、恋人、友人、仲間。
その関係性こそ違えど、ざまぁプランナーに恨みの叫びを託した男達は一様に大切な女性を奪われていた。
どうやらクズミチ・ユウタは行く先々で手頃な女を見つけては魅了し寝取るという男の風上にも置けない非道な行為を日常的に行っていたようなのだ。
無論、本来守るべき民草を洗脳して手籠にするなど、勇者にあるまじき行為である。
しかしアイズの調べによれば、クズミチ・ユウタは一般人への魅了能力の使用容疑を一貫して否認しているそうだ。
“いやいや。ボクは魅了能力なんて使ってないよ。タダ単純に男として魅力が強すぎるってだけの話で、だから能力なんて使うまでもなく女の子達が寄ってきちゃうってだけの話。いや、実際さボクも困ってるんだよ。だってちょっと優しくしたらみんなコロっと惚れちゃって愛して欲しいって言うもんだからさ? ねぇ、これって罪かな? 僕はタダ惚れられやすいってだけで魅了能力なんて使ってないんだよ。ホントホント、女の子達に聞いてみなよ、みんな自分の意志で好きになったって言ってくれると思うぜ”
こんな反吐が出そうな供述を平然とほざくのがクズミチ・ユウタという男らしい。
そして彼は自身の生殖器の大きさが魅了行為を行っていない証拠だと教会に触れまわったそうだ。
“見てよボクの●●●。すっごいおっきいでしょ! これ使ったらどんな女の子達もメロメロだぜ? ねっ、だからさ魅了能力なんて使う必要ないんだっでば!”
呆れを通り越した変態クズ勇者であるが、あろうことか教会側はこの最低な意見を一理あるものとして受諾したのだそうだ。
何もかもが腐っているとティー内心で毒づいた。
「ティー。ひとつ問いたいのだが、いいか?」
「何かしら?」
アラガミの質問を許容するティー。
いつの間にやら寄って来た吸血妃が、つまようじで刺したリンゴのウサギさんをあーんしてくれた。
「何故クズミチユウタは許されているのだ? 仮にこの男が供述通り能力を使っていなかったとしても、奴が働いた不貞行為の数々は無かった事にはならないだろう」
「そうね、アンタの言い分は正しいはアラガミ」
口の中のリンゴをしゃくしゃくさせながら彼の疑問をもっともだと肯定するティー。
「でもね、そういう無理や道理を力づくでねじ伏せるのが奴らのやり方なのよ」
「それだけの権力が教会にはあるという事か?」
「えぇ。魔王軍への抑止力っていう明確な価値があるからね。多少の不都合や横暴は見て見ぬ振りっていうのが国の基本的なスタンスよ」
ティーの発言にアラガミはかすかな違和感を覚えた。
ティーが嘘や隠し事をしているという類のものではない。
例えていうなら、それは常識や社会そのものに対する根本的な非合理性への懐疑のようなもの。
取るに足らない、けれど喉に小骨が引っかかったような不可解性。
もしもアラガミが思考に重きを置く几帳面なタイプであったのならば、この違和感を口に出して伝えた事だろう。
「ふむ」
しかしご覧の通り、この男は基本的に細かい事を気にしない性質なので、結局その違和感は彼の腹の底へと飲み込まれる事となった。
「要するに悪徳貴族のようなものか」
「ニュアンス的にはそんな所ね。王族程じゃないけど大体の無理は通ってそれを悪用する。……最低の屑どもよ」
ティーの言葉には単なる批判以上の刺があった。
過去に勇者と何かあったのだろうか。
「いずれにせよ、クズミチ・ユウタの行いを見過ごすわけにはいかんな」
「えぇ。報酬は別にしても、知っちゃった以上は無視できないわ」
決意を固める二人の冒険者。
それをニコニコと眺めながら、吸血妃は二人の口に一個ずつリンゴのうさぎさんをあーんするのだった。
◆
こうして彼らの二度目の旅は始まった。
行く先は魅了勇者クズミチ・ユウタが支配するハーレムの町ハムレー。
目的はクズミチ・ユウタへのざまぁ執行と住民の解放。
チートと権力を使って好き放題に暴れ回る最低の生殖猿とアラガミ達の戦いが、始まろうとしていた。




