第二十二話 霊長類最強の男、ざまぁプランナーに会う
◆湾岸都市ランテスオーガニック喫茶『ケンゼン』
「とりあえず場所を移そうぜ。喉カラッカラなんだわ」
と銀髪チンピラ包帯野郎アイズ・ジャシィーヴィルが言ってきたのでアラガミ達は近くの喫茶店に入る事にした。
訪れた喫茶店の名前はオーガニック喫茶ケンゼン。
保存料、着色料ゼロの無添加コーヒーがウリらしい。
ついさっき似たような話を聞いたばかりだ。
白と黒を基調としたロココスタイルの店内で、とりあえずコーヒーを頼む三人。
「ねぇ、アラガミ。本当にこんな得体の知れない奴の依頼を受ける気?」
霊長類最強の男を無理やり屈ませて耳打ちする金髪エルフ。
すると霊長類最強の男は、いつも通りの仏頂面で頷いた。
「問題ない」
しかしティーはアラガミの「問題ない」をちっとも信用していなかった。
何せ伝説の吸血妃を懐柔した男である。
そんな男の「問題ない」発言など、せいぜい詐欺師が「嘘つかない」って言ってるのと同義だと、金髪エルフは考えていた。
(その物言いだと少なくとも吸血妃クラスにヤバい奴ではなさそうね)
だからティーがアラガミに問うたのはその程度の格付けの為であり、半ば確認作業の様な物であった。
しかし、そんな金髪エルフの行動に反感を覚える者がいた。
対面に座る銀髪チンピラである。
「なんだぁ金髪、何コソコソと旦那に吹きこんでやがる?」
ドスの聞いたテノールが店内に木霊する。
やれやれと肩をすくめ、ティーはいつもの調子で切り出した。
「あのね、私はアンタがしつこく女の子に絡んでいる所を見てたのよ? 女の気持ちも考えないで、しかも怪しい場所に連れ込もうなんてゲス以外の何者でもないわ!」
どうやら連れ込もうとした場所自体はまともな喫茶店だったようだが、だからと言ってチンピラの罪が消えるわけではない。
……罰は十分すぎる程受けていた気もするが、それはそれである。
「あぁん? てめぇ、知らねぇのか!? 女を侍らせるのは男の甲斐性なんだよぉ? メスがいて、オスがいる。そしたらヤる事は一つだろうがぁ?」
「最低の理屈をぺらぺらと語るんじゃないわよっ! アンタみたいなゲスの極み、誰も相手になんかしないんだからねっ!」
「てめぇみたいな貧乳こっちから願い下げなんだよブス。俺の気を惹きたいならまずはその無い乳を盛り上げてきなぁっ!」
その瞬間、ティーの中で何かがキレた。
人にはそれぞれ言ってはいけない禁句というものがある。
金髪エルフの場合、それは自身の慎ましやかな胸についてであった。
常日頃から巨乳を呪っているティー。
牛乳だって飲んでいる。
バストアップ体操だってやっている。
にも関わらず成長しないその胸を、金髪エルフは他の何よりも気にしていた。
それを目の前の男は「貧乳」の一言で片付けやがったのだ。
許せる筈もない。生かして返す気もない。
依頼だろうがなんだろうが知った事かと、ティーの中に眠る怒れる乳神さまが目を覚ます。
「オマエをコロス」
金髪を逆立てながらにじり寄る様はまさに怒髪天。
「上等だ乳なし。てめぇの無い胸えぐってやるよォ!」
対するアイズも好戦的だ。
両手を荒ワシのように掲げ、徹底抗戦の構えを取る。
一色即発。今まさにチンピラと乳神の仁義なき戦いが勃発しかけたその時――――。
「やめないか二人共。営業妨害だぞ」
霊長類最強の男が冷静な意見を説いた。
「店内で過度に騒ぐのはご法度だ。意見の対立は構わないが最低限の節度はわきまえろ」
それは決して怒気を孕んだ言葉ではなかった。
説教というよりは諭すようなその物言いに勃発間近の二人は口々に抗弁を垂れる。
「でも旦那、こいつが――――」
「だってアラガミ、そいつが――――」
しかし霊長類最強の男は、短く首を横に振り彼らの上訴を棄却した。
「駄目だ。トーンを落とせ」
その有無を言わさぬ判決に、二人はしぶしぶ頷き従った。
◆ざまぁプランナーという仕事
「ざまぁプランナー?」
運ばれてきたコーヒーカップに口をつけながら、ティーは聞き覚えのない言葉に首を傾げる。
アラガミの介入によりなんとか喧嘩別れを避けた一行。
仕切り直しに互いの自己紹介が交わされたのだが、その際に銀髪チンピラが名乗ったのがこのざまぁプランナーである。
「何それ? 聞いた事もないんだけど」
ティーの素朴な疑問にアイズは「けけけ」と笑いながら答える。
「簡単に言やぁ復讐代行業みたいなもんよ。依頼された『ざまぁ』対象をあの手この手で貶めて、二度とデカい顔が出来ねぇ様に心をバキバキに折る――――その為の立案から実行までをプランニングするのが俺の仕事ってわけよ」
「えーっと、その『ざまぁ』っていうのが良く分からないのだけれど。ざまぁ見ろって事?」
馴染みのない言葉のせいでイマイチ理解の追いつかないティーにアイズは舌うちで答えた。
「ちっ。まぁこの世界じゃまだ浸透してない文化だからな。いいぜ貧――――あぁっ、わかった言わねえよ旦那。ちょっとからかっただけだって――――とにかく具体例を出して説明してやるから、それ聞いて把握しろ」
そう言って煙草を取り出すチンピラ。
一瞬、乳神さまが降臨されかけたが、霊長類最強の男の活躍により事なきを得た。
「そうだな、例えばこんな話はどうだ? ある所に一人の男がいた。年齢は十八前後でこれといった特徴はなし。どこにでもいる普通の奴だ」
魔石をしこませたライターで煙草に火を移し、気持ちよさそうに煙をくゆらせるチンピラ。
一度息を吐きだすと、アイズは話を再開した。
「だがそいつは一つだけ他とは違うモノを持っていた。ギフトとか恩恵って言えばわかるだろ」
「まさかその男性は天聖者だったの?」
ティーの気づきに頷きで答えるチンピラ。
「そう。その男は他の世界からやって来た異世界人だったんだよ。んで、転移してきたそいつはこの世界の慣わしによって無事、天から舞い降りた聖者『天聖者』として認定された。まっお決まりのパターンだわな」
異世界からやって来た転生転移者は、神と契約した者として往々に重宝されている。
中でもここ中央大陸における転生者信仰は非常に篤く、彼らは古来より天聖者という名で広く敬われてきた。
「天聖者に認定されたという事は、その人は勇者教会に入ったのよね」
「あぁ。自分は転移者だと常々吹聴して回っていたその馬鹿は、あっさり教会にスカウトされ、そして勇者としての洗礼を受けた。異世界勇者様の誕生だ」
その名前を聞いてティーは思わず眉をひそめた。
勇者。
この世界においてその存在は様々な側面を持つ。
そして彼らを管轄する勇者教会もまた、一筋縄ではいかない組織である。
現地人であるティーがその名を聞いた途端複雑そうに顔をしかめたのがその証だ。
「なんだ金髪? お前も勇者に恨みを持ってる口か? 嫌なら別の話に変えてもいいんだが」
「大丈夫よ。気にしないで頂戴」
アイズの提案を断りながら、横目で隣の霊長類最強の男を見やるティー。
気遣いを帯びたその視線にアラガミはいつもの仏頂面で答えた。
「俺の事は気にするな。一先ずアイズの話を聞いて欲しい」
恐らく温泉で知り合った時にでも聞いたのだろう。
やけに大人しいのもその為だとティーは勝手に納得した。
「勇者になったその男は」
アイズはシガレットケースから煙草を取り出し、手慣れた手つきで火をつける。
「教会の指示に従いながらもそれなりに楽しくやっていた。凡人共の前で神の力を使えば賞賛され、魔王軍との戦いで刺激的な体験もした。そこそこの財産を手に入れそこそこの女達に囲まれ、傍から見れば非の打ちどころのない様なリア充生活を満喫していたそうだ」
順風満帆と呼べた男の生活。
しかしそれを壊したのは当の男本人であった。
「退屈してたんだろうよ。刺激的な生活つっても何度も同じ事をくりかえしてりゃあ飽きが来る。教会は勇者に「こうあるべき」って理想像を押しつけるきらいがあるからな。徐々に窮屈感を覚え、段々良い子ちゃんでいる事に疲れていく気持ちもまぁわからんでもない」
自由に振舞えない。
一番になれない。
上には上がいて、同じ勇者でも隔絶した格差がある事を思い知らされた。
増長。退屈。嫌気。諦観。自棄にコンプレックス。
そういった複数の要因が澱のように溜っていき、彼は堕落の一途を辿っていく事になる。
「特に捻りもなく腐っていった男は、やがて暴力の快楽に呑まれていったんだ。まぁ、暴力つっても武者修行とかモンスター相手にぶつけるような健全なタイプじゃない。そのクズ野郎は、自分より遥かに弱い奴らを対象にウサ晴らしをするようになったのさ」
勿論、彼は弱い者虐めを無差別に行っていたわけではない。
彼は獲物の種類とシュチュエーションを独善的な尺度で定義し、ルールに則った弱い者虐めを行っていた。
「奴の手口はこうだ。まず標的は男のみ。それも無害そうな一般人は除外して、ガラの悪そうな男を選ぶ。女をナンパしている軽薄そうな男なんかが格好のカモになった。しつこく絡まれて嫌そうにしている女の目の前に颯爽と現れて、そいつはカモに向かって言うんだよ“待て、女の人が嫌がっているんだ。無理強いは駄目だよ”ってな」
そして彼はあの手この手でカモを挑発し、先に相手に手を出させるように仕向けてから『正当防衛』の形で己の力を振るう――――それが彼のやり方だ。
「奴の賢い所は誰かの見ている前で、正当防衛の形を作ってからカモを仕留めるって所だ。いくら勇者教会所属の勇者とはいえ無抵抗の一般人を傷つけたらタダじゃ済まねぇからな。ちゃんと教会が庇い立て出来るシチュエーションで奴は野郎共を壊してったんだよ」
おあつらえ向きに彼の恩恵は人体を破壊する事に長けていた。
触れた物を捻じり、歪めて吹き飛ばす螺旋の光。
その力によって彼は多くの悪をバラして続けたのである。
「ある日、そいつは新しいカモを見つけた。ゴツい親父と清楚な娘だ。二人共物凄い剣幕で争い合い、次第に娘が泣きだした。いいぞ、チャンスだと男は意気揚々とカモに近づいていった」
挑発を重ね、親父に手を出させる勇者。
彼はその日のカモの左腕を軽くねじ切り、気分良く帰路に着いたという。
「ところがな、その日バラした男はワルじゃなかったんだよ。被害者の親父は、タチの悪いヤリ○ンに引っかかった馬鹿な娘をなんとか正気に戻す為に説得していただけだったのさ」
娘の幸せを第一に考えていた父は、しかし突然現れた外道の手により片腕を失ってしまう。
「親父はその界隈じゃ名の知れた料理人だった。特にシチューが絶品でな。隠し味は愛情とか抜かす子煩悩な男だったよ」
そんな父の大切な腕が目の前でねじ切れた。
その瞬間、娘はあらゆる幻想から解き放たれたという。
「皮肉な事に、外道勇者のお陰で目が覚めたって事だ。娘は自分の愚かさに気づいてヤリ○ンと決別。そして片腕を失った親父の介護に励む健気系女子に生まれ変わりましたとさ。めでたし、めでたし」
「……とはならなかったんでしょ」
「勿論」
「ケケケ」と笑うチンピラの声が先程までとはまるで違う音色で聞こえてくる。
「娘は嘆き、苦しんだ。なんて自分は愚かだったのかと深く悔い、生涯をかけて親父の面倒を見ると誓った。あぁ、立派な事だ。これぞまさしく家族愛。道徳の教本に乗せたらきっとバカ受け間違いなしの教材だ。けどなぁ? おかしいだろ? どうして被害者である自分達は苦しんで加害者である勇者は罰せられない?」
娘は父の惨状を訴え、必死になって勇者への罰を希った。
けれど司法も、警邏も、国家も決して勇者を罰する事は無かった。
勇者教会の庇護下にある勇者は、娘の想像よりも遥かに固い壁で守られていたのだ。
男は賢しく暴力の状況を選んでいた為、今回も彼の所業は正当防衛として処理されたのである。
仮に彼がただ暴れるだけが能の狼藉者であったなら話は違っていたのかもしれない。
流石の勇者教会も、社会的に大きく逸脱した行為を行った勇者を庇い立てる事は不可能である。
しかし外道勇者は、「困っている人を助けている」、「先に仕掛けてきた相手から身を守るために反撃した」といった都合のいい正義を笠にして、勇者教会が庇護出来る範囲で暴力をふるい続けてきた。
法で裁けぬ天聖者。
神の恩恵を賜った転生者。
そんな超法規的な悪をなんとか罰し、父の味わった苦しみをわからせたいと願った娘は、最後の最後に悪魔の元へと駆けこんだ。
「だが俺の仕事は人を殺す事じゃない。心を砕く仕事だ。それを初めに伝えたら、娘はなんて言ったと思う?」
“なら二度と暴力が振るえない程、弱くて臆病なウジ虫に貶めて”
彼女の依頼をアイズは喝采と共に引き受けたそうだ。
作中に出てくる正当防衛の概念は、日本のものとは少し違います。積極的加害意思バリバリの勇者が罰せられないのは、異世界な上に勇者教会という厄介な組織が絡んでいるからと解釈して下さい。




