第二十一話 霊長類最強の男、チンピラにナンパされる女性を見かける
◆港湾都市ランテス中央バザール
「やっほアラガミ」
スマイルダムさんの一件から一週間後、その日ティーは珍しくアラガミに呼び出された。
「アンタからの誘いなんて珍しいわね。なんかあった?」
人が行き交う朝のバザールの風景を眺めながらちょこんとアラガミの隣に立つティー。
『今日はあの吸血妃女はいないのねウケケケッ』と内心ほくそ笑みながら問いかけると、霊長類最強の男はいつも通りの仏頂面で答えを述べた。
「依頼を受けたのだ。個人依頼というやつだ」
「ふぅん? それで、なんで私にそんな事を?」
何気なく聞き流すティー。
すると霊長類最強の男は、逆に不思議そうな顔で尋ね返した。
「それでも何も、俺達はパーティなのだから情報を共有し合うのは当然だろう?」
その言葉にティーは思わず目を丸くした。
古城調査のクエスト以来、色々と自分の至らなさにもやもやしていた金髪エルフ。
途中、色恋沙汰に狂った変態親父を詰ったりしてストレス解消に励んだりもしたが、それでもどこかにしこりを残したまま彼女は日々を過ごしてきたのだ。
その痛みや苦しみが、霊長類最強の男のたった一言で霧散しやがったのである。
「アンタって本当に……」
「なんだ」
「いいわよっ! なんでもないっ!」
くしゃりと髪をかき上げて気合を入れ直すティー。
泣かなかったのは乙女の意地であった。
「それで? 依頼ってどんな内容なの?」
「うむ。湯屋で知り合った男なのだがな」
「あぁ、アンタ良く通ってるもんね」
温泉巡りは数少ないアラガミの趣味の一つである。
普段からあまり他者と関わらないアラガミが個人的な依頼を受ける程度の親交を深められる場所となれば『ランテスの湯』だろうと、ティーも自然に納得出来た。
「今日これから会う約束をしているのだ。詳しい依頼内容は落ち合った先で聞く事になっている」
「オッケー。じゃあ早速そこへ向かいましょっ!」
元気旺盛に快諾するティー。
久しぶりに毒気ゼロの金髪エルフがそこにいた。
◆港湾都市ランテス歓楽街
バザールを通り、少し怪しい路地を抜けると、そこはピンクなお店が並ぶ歓楽街だった。
酔いつぶれた客らしき人物。やたら化粧の綺麗な美人達。ゲロちゃんの親類の様なオカマ達が闊歩しているかと思えば、その横で幼女がいい年したオッサンの腰にまたがりお馬さんごっこをしている。
朝の時間帯故か営業している店は少ないにも関わらず、ランテスの歓楽街はピンク色全開であった。
「ねぇ、アラガミ」
「なんだ」
四つん這いになった男性の上にボンテージを着た猫耳少女が鞭を振り降ろしている銅像の前で会話をする二人。
とてつもなくシュールな光景である。
「もしかして依頼人ってソッチ系の人?」
ティーの言うソッチ系がどの方面を指しているのかはわかりかねたが、それでも彼女が何を聞かんとしているのかは理解できた。
「いや、指定場所が歓楽街というだけで、本人は別の職種についていると言っていた」
「へぇ、そう」
どちらにせよ、依頼の相談でこのような場所を指定してくる辺り堅気ではないなとまだ見ぬ依頼人に評価を下すティーだった。
「んっ? ねぇアラガミ、あれ」
何となく周囲の景色を眺めていた金髪エルフが不意に西方を指差した。
示された方角に視線を移すアラガミ。
そこには準備中と書かれた小洒落たバーの店先で争う一組の男女の姿があった。
「ちょっといい加減しつこいですよ! 私は貴方とお茶をする気なんてありません!」
困っているのは女の方。
ダークブラウンの髪に黒のプリーツスカートとグレーのロングカーディガンに身を包んだ清楚系である。
「んな事言わずに茶ぐらい良いだろ姉ちゃん。俺様言い店知ってんのよォ、普通のサ店なんだけどな、そこのブラックがチョーうまくって飲むとめっちゃキマルの。あぁ、勿論普通のコーヒーだ。保存料も着色料も無添加なオーガニックコーヒーだ。なのに飛べるんだぜ。身体に良くて気持ちいいとか最高にイカしたコーヒーだよなウへへ」
一方アウトな台詞ばかり男の方は随分奇妙な出で立ちをしていた。
肩にかかる程伸びきった銀髪に、全身を黒でまとめ上げたコーディネート。
そして特筆すべきは両目を黒い包帯の様な物でぐるぐる巻きにしている事だ。
どう見ても不審者である。
間違いなくヤバい奴である。
「アラガミ、行きましょうっ! あの女の敵をシバきにいくわよっ!」
ゲス野郎に鉄槌を下さんと立ち上がるティー。
しかし何故だか相方の霊長類最強の男が動こうとしない。
「どうしたのアラガミ!? 早くしないと手遅れになるわっ!」
「……いや」
アラガミが争う男女の後方を指す。
するとそこには「待て!」と声を荒げながら近づいてくる男性の姿があった。
「アンだてめぇっ! このアイズ様のやる事にケチつけようってのか? あぁん!?」
三下の様な台詞を吐く銀髪チンピラ。
しかし悲しいかなこのチンピラは子供の背丈くらいの身長だったので、ちっとも凄味がなかった。
「女の人が嫌がっているんだ。無理強いは駄目だよ」
そんな正論を唱えながら、チンピラに無理やり掴まれた手を簡単に振りほどく高青年。
中肉中背で中性的な顔立ちの黒ずくめと全くもって特徴の無いルックだが、行動がイケメンだったのでティーの瞳には五割増しで格好よく見えた。
ヒーローの登場である。
「助けて下さいっ! あのチンピラに無理やり絡まれて、私……すごく怖くって」
パッとヒーローの背中に隠れ必死に助けを乞う女性。
その涙に濡れた被害者の瞳を見て、ヒーローは優しく頷いた。
「怖かったね。でも、もう大丈夫。君の事は僕が守るよ」
「あぁっ! ありがとうございます!」
抱きつく清楚系。豊満な胸が高青年の背中に当たる。
世界は完全に二人を中心に回っていた。
しかしそんなイチャコラを快く思わない人物がいた。
「てめぇ、人の獲物を横取りとはいい度胸してんじゃねぇか。あぁん?」
チンピラ(チビ)である。
「土下座して詫び入れんなら今だぞ。そんでさっさと失せろカス」
チンピラの恫喝に好青年は「やれやれ」と肩をすくめた。
「どうして自分よりも弱い相手に媚びなくちゃいけないのかな」
「どっ、どういう意味だ」
理解の足りないチンピラ。
そんな無学な彼に高青年は深いため息をつく。
「君にもわかりやすく言うとこういう事だチンピラ君。『お前みたいな雑魚じゃ話にならないからすっ込んでろ』」
その言葉にとうとう堪忍袋の緒が切れたチンピラ。
「っとぉおおおおだゴラァアアアアアアアアアアっ!」
奇声を上げながら飛びかかる銀髪チビ。
そんな哀れな道化を好青年はつまらなそうに見つめながら
「<衝激突>」
と光る右手をかざしながら唱えた。
激突する両者。
不自然な沈黙が訪れる。
「なっ、なんだこれは!? 身体が、身体がっ!?」
何かが駆動するような音と共に、チンピラは自身の不調を訴える。
ミシリ、ミシリと軋んでいく肉体。
哀れな男は命乞いをするかのように頭を垂れるが時すでに遅し。
「吹きとべ、クズ」
青年の無慈悲な宣告と共に男はぐるぐると乱回転しながら遠い彼方へと吹き飛んだ。
「馬鹿なぁああああああああああああああああああああああっ!」
三流の捨て台詞と共に、出しちゃいけない音や物を撒き散らしながら宙を舞うチンピラ。
下っ端の悪党は、こうして無惨に成敗されたのである。
悪は去り、被害者の女性と好青年は急激に距離を縮めて語り合う。
「ありがとうございますお兄さんっ!」
「いいんだ。あぁいったクズにはキツい罰が必要だからね」
「あっ、あのよければ私が働いているお店でお茶していきませんか? 是非、お礼させて下さいっ!」
「ありがとう。じゃあお言葉に甘えちゃおうかな」
戦闘とも呼べない蹂躙行為を終えた好青年は、そのままメスの顔をした清楚系と一緒にどこかへ消えていった。
「……いや、やり過ぎでしょっ!」
そしてそれまでの一連のやり取りを傍目から眺めていたティーは、総括するようにつっこんだ。
先の喧嘩で青年が放った光の一撃。
あれはどう考えても人に向けて良いものではなかった。
確かにチンピラは最低のゲスだっただろう。
気弱な女性につきまとい、怪しげな店に連れ込もうとするなど男の風上にも置けないクズ野郎だ。
しかしだからといってあれはない。
良くて一生病院送り、悪ければ即死しかねない程の圧倒的暴力。
魔法か特殊なスキルなのかはわからないが、少なくとも青年の行為は正当防衛と呼ぶにはあまりにも凄惨過ぎる代物である。
「アラガミッ! チンピラの様子を見に行くわよ!」
先程とは真逆の立場で人命救助に走ろうとするティー。
しかし霊長類最強の男は、今回もまた黙したままチンピラが飛んで行った場所とは別の方角を指した。
「……えっ?」
得意の感知能力が、生命体の奇妙な移動を確認する。
アラガミが先にソレに気づいたのも驚きであったが、何よりも驚愕だったのはあり得ない人物があり得ない方角からやって来た事だ。
「あーっ、クソッ! あのイカレ野郎マジで容赦ねぇな。人として大事なもんを完全に置き忘れてやがる」
煙草をふかしながらこちらに近づいてくる銀髪チンピラ。
先の喧嘩で人体の限界を超越したかのようなネジ切れ方をしたというのに、その小柄な体躯には目立った傷が一つとして見当たらない。
「よう、旦那。待たせちまったな」
親しげにアラガミへ挨拶をかますチンピラ。
それに呼応するように霊長類最強の男も彼に向けて小さく手を上げる。
「!? アンタ達知り合いだったの?」
ティーの質問に頷きで返すアラガミ。
「奴の名はアイズ・ジャシィーヴィル。今回の依頼人だ」




