第二十話 金髪エルフ、変態親父を打ち負かす
◆不動産屋ニコニコダムさん
ツッコミ所はいくらでもあった。
例えばどうして前領主の館を一不動産業者が売買できるのか、あるいは今は空き家とはいえ元々地方領主が住んでいた館を一介の冒険者が買っていいものかとか。
けれどそれらは瑣末な事に過ぎない。
館の購入代金が無料という誰がどう考えても頭のおかしい条件に比べれば、前述の問題など可愛らしいものである。
チラリ、とティーは横にいる霊長類最強の男顔を盗み見た。
いつも通り表情筋が死滅しているとしか思えない仏頂面。
けれど金髪エルフはそこからアラガミの感情にいくらかの当たりをつけた。
(驚いているというよりは、やっぱりかって感じの色合いが強いわね)
常人であれば決して気づかないであろうアラガミの変化。
実際アラガミは眉ひとつ動かしていない為、表情から推測する事など不可能だ。
だからティーはそれ以外から推測している。
組んだ腕の角度。不定期に叩く人差し指の間隔。呼気の量や、その他ちょっとした仕草の種類や回数。更には体臭の濃淡までを分析しながら金髪エルフは霊長類最強の男の思考を読んでいた。
有能なのは間違いないが、そこまでいくと完全に変態の領域である。
ともあれアラガミの『やはりか』という感情を見抜いたティーは、早速ダムさんに噛みついた。
「ちょっと流石に旧領主の館がタダなんてあり得ないでしょ。魂胆は何? っていうかどういうカラクリなの?」
喧しい金髪エルフ。その慎ましやかな胸をチラ見しながらダムさんは晴れやかな笑顔で言った。
「おっふふふふっ。エルフのお嬢さん、私は何も企んではおりませんぞ。そしてカラクリという程のものもありません。館の維持費やその他諸々の設備費用は全て当社が受け持つ、ただそれだけの事です」
開いた口が塞がらなかった。
この変態親父は、ジュデッカの為に旧領主の館を譲渡し、あまつさえ館の維持費を自分達で受け持つといっているのだ。
「アラガミ、このエロジジイは最初からこんな感じだったの?」
「寧ろどんどんエスカレートしている」
そうしてアラガミが語り出したのはエロ親父のとんでもない所業の数々であった。
◆恋するダムさん
一目惚れだったらしい。
初めてアラガミとジュデッカが不動産屋ニコニコダムさんを訪れたその時から、店主はずっとジュデッカにゾッコンで何かと高級な家屋を勧めてきたそうだ。
「こちらが手頃な住まいを求めても聞く耳を持たなくてな。『至高の美女にみずぼらしい家は似合わない。アパルトメント等もっての外だ』の一点張りだ」
そして今回と同じように無償の提供を提案されたアラガミは、当然の様にその申し出を断った。
金銭的に余裕のある霊長類最強の男にとって、屋敷の無償提供などいらぬ枷にしかならないと考えたからである。
タダより高いものは無い。もしもここでダムさんにいらぬ借りを作ってしまったら、このエロ親父がジュデッカに何を要求してくるか分からない――――そう判断したが故の拒絶であった。
元々住む場所に頓着などしていないアラガミは、斯様な経緯から不動産屋ニコニコダムさんへの見切りをつけ、別の不動産屋へと足を運ぶ。
しかしそこで彼らを待ち受けていたのは、恐るべき執念を発揮したエロ親父の影であった。
「どうもここの親父はランテスの不動産を牛耳る元締めのような立場の人間らしい。俺とジュディは行く先々で賃貸契約を断られ、ここの世話になるようにと勧められたよ」
結果として彼らは不動産屋ニコニコダムさんに通わざるを得なくなり、そしてその度に高級物件の無償提供を受けては断るという珍事態を繰り返してきたそうだ。
◆再び不動産屋ニコニコダムさん
「なんというか、本っ当に気持ち悪いわね」
アラガミの説明を聞いたティーの第一声である。
それを聞いた当のダムさんは「いやぁ、照れますなぁ。おふっ」と照れていた。
度し難いエロ親父である。
始末に負えないのはこのエロ親父がランテスの不動産界で大きな力を持っている事だろう。
他社に脅しをかけて顧客を囲い込むなんて並みの事ではない。
いい年して恋する乙女の様な顔をしている癖に権力を持っているというのが事態の面倒臭さに拍車をかけていた。
「まぁ、でもタダでくれるっていうなら貰っちゃえば? 後で難癖吹っかけてきたらボコっちゃえばいいし」
物騒な事を言い出すティー。
善人や頑張っている人間には心の底から寄り添うが、悪人と変態には微塵も容赦しないというのが彼女の信条である。
「ていうかジュディはどう思っているわけ? この変態親父の言う通り高い屋敷じゃないと嫌?」
「私は……」
チラリとアラガミの方を見てはにかむジュデッカ。
言うまでもなく美人である。
「旦那様のお傍にいられれば、そこが私の居場所です。例えあばら家でもそこに旦那様さえいて下されば私はいつだって幸福です」
その台詞に、不覚にもときめいてしまったティーだった。
「はぁっ。美人って本当に得よね。可愛いは正義とはまさにこの事よ。そんな顔されたらやり合おうって気すら失せてくるわ」
髪をかき上げながら「ひがんでいる私が馬鹿みたいじゃない」と小さく呟くティー。
乙女回路は複雑なのである。
「オーケー、ジュディ。とりあえず私の方針は決まったわ。今回の所はアンタの味方になったげる。アンタがアラガミとイチャコラ出来るような素敵な家を見繕ってあげるわ」
「ティーさん……」
品を失わない範囲で顔をほころばせる吸血妃。「美人ってズルイ」と内心で可愛らしい悪態をつきながら、ティーはダムさんの方へ向き直った。
「というわけでダムさん、たった今からこいつらの交渉代理人は私が務める事にしたから。そこんとこヨロシク」
その瞳は獲物を見つけた捕食者の如く、獰猛な輝きを放っていた。
「おっふふふふっ。良い目をしますねぇエルフのお嬢さん。久しぶりに震えて来ましたよォ」
けれど、とダムさんも負けじと商売人魂を燃やした瞳でティーを睨みつける。
「私はビタ一文ねだる気はありませんよぉ。必ずタダで最高品質の物件に住んで頂きます!」
まったくもって変な話だった。
商売人がタダで譲らせてくれとごね、一方の客側が金を払わさせてくれと困っている。
「大体、客の顔によって値段を変えるってどうなのよ? 商売人として不誠実だと思わないわけ?」
「愛する気持ちさえあれば! 商いの理屈や倫理など糞喰らえなのです! 私はその事をジュデッカ様に会って気づかされました! 世の中は愛こそ全てなのです!」
「そのジュデッカ様はこのデカ男に夢中なわけだけど、それでいいのアンタ?」
ティーの鋭い指摘にダムさんは「おふっ」と口角を上げ、つぶらな瞳を煌めかせながら言った。
「エルフのお嬢さん、わかっちゃいませんねぇ。愛というのは無償の行為なのです。見返りを求めないものなのです。例え想い人に相手がいたとしても、例えこの想いが報われなかったとしてもそれがなんだというのですか! 私は! ただ! この方に! 幸せになって欲しいだけなのです!」
絶妙に気持ちの悪い宣言だった。
余りにも一方的過ぎる熱量に思わず背中をぞわぞわさせるティー。
けれど同時に彼女はある事に気づいてしまった。
(多分だけど、この変態親父に悪気はないんだわ。譲渡の話も恐らくホント。コイツは純粋にジュディが幸せになる事を願っている)
その発想や行為こそ異常ではあるけれど、ダムさんの提案自体は別に悪いものではない。
無償で豪奢な家に住めるなんて、それだけ聞けばとても幸福な事だ。
挙動が果てしなくキモイだけで、本来であれば彼の厚意は親切に分類されるべきものだ。
(けど、それが嫌なのよねアンタは)
隣でたたずむ霊長類最強の男の悩みを、ティーはここに来て初めて理解できた。
(家を譲り受ける、それも旧領主の館クラスのでっかい奴。そんなの受け取っちゃったらどうやったって騒ぎになる。そして真相が広まればきっと色んな『目』がジュディに向くわ)
ジュディはタダでさえ注目を集める存在だ。
誰が見ても美的価値観を揺さぶられる傾国の美貌を周りが放っておくはずもなく、どこを歩いたって彼女は求愛され、羨望され、そしてやっかまれる。
そんな彼女が旧領主の館に(しかもタダで!)住み始めたらどう思われるだろうか。
もしかしなくても悪目立ちするのは間違いないだろう。
アラガミが頑なにダムさんの無償提供を渋っていた理由はこれだったのだ。
目先の利益ではなく、長いスパンで見た時にジュデッカがより幸せになれるような展開を彼は望んでいたのである。
やれやれだわ、と思いながらティーは良く喋る口を動かしていく。
「ダムさんの言い分もわかるけれど、幸せっていうのは人それぞれだと思うのよ。こいつらはきっと豪華な屋敷で暮らすよりも、きっとそんなに大きくなくても静かに過ごせる毎日を望んでいると思うんだけどそこの所どう思う?」
「むっ、それはそうですが」
「しかしもヘチマもないわ。アンタが本当にそこのジュデッカ様の幸せを願うっていうなら彼女の願いを聞き入れるべきであって、勝手に自分の定義する幸せを無理強いしたらそれは単なる押しつけよ」
ダムさんの顔が小さく歪む。
「でも……」
「でももカボチャもないわよ。大体アンタ、他の不動産屋さんに圧力かけたっていうけど、そんな事をしたらアンタの店が嫌われるとか想像しなかったわけ? 幾ら栄えていようが競合他社から目の敵にされたら色々と面倒くさい事になるのは分かり切った事でしょ」
キレッキレの金髪エルフは立て板に水の様な語り口で更にダムさんを追い詰めていく。
「そもそも先代とはいえ領主の館に勝手に人を住まわせて良いものなのかしら? ねぇ、そこの所現領主様はどんな風にお考えなのかしらね。事が事だし、もしもアンタが譲渡するっていうなら直接問い詰めに行くわよ私」
ティーの脅しを受けたダムさんの額にじんわりと汗が滲んだ。
やましい事がある証拠だとティーは内心「ウケケケケ」とほくそ笑んだ。
「こんな小娘が何を言ってるんだとお思いかもしれないけれど、これでも私って色んなツテを持ってんのよねぇ。だから人脈をフル活用すれば、領主様に先代の館の件について聞く事だってわけないの」
「まっ、待ってくれお嬢さん。話し合おう」
「話し合うって何を話すの? お得意の愛について? それとも一人の女に入れ込んで会社も人生もパァにするっていう一人の哀れな親父の話かしら」
慌てふためくダムさん。
しかし時既に遅し。
覚醒した舌の悪魔は歯列をギラつかせながら、哀れなピエロに宣戦布告する。
「さぁダムさん、交渉の時間よ。二度と商売に愛だの恋だのヌルイ感情を持ち込まないよう徹底的に鍛えてやるわ」
その後約四時間かけて繰り広げられた地獄の商談を、ダムさんは生涯忘れる事は無かったという。
◆帰り道
「いやー、勝った勝った! やっぱり舌を動かすのは気持ちいいわね!」
星空の下、「ガーハッハッハッ」と豪快に笑うティー。四時間の交渉を終えた金髪エルフの肌はツヤッツヤに輝いていた。
「ティー、今回は本当に助かった」
「大したことじゃないわアラガミ! お陰で良いストレス解消になったしね!」
百戦錬磨の商人との商談をストレス解消の一言で片付ける辺り、この少女も相当タフである。
「いいや。大したものだよティー。少なくともお前がいなければ俺達はあんな家には住めなかった」
いつも通りの仏頂面で謝辞を述べるアラガミ。
その声音はいつもよりも半音程明るいものであった。
ティーの熱弁により、アラガミ達は素敵な家を購入する事が出来た。
中心街から少し離れた所にあるその家は、屋敷と呼べるほど大きくはないけれど、腕の良い職人が作り上げた頑丈な一戸建てである。
ダムさん側からの懇願により多少値段を落しては貰ったが、それでもアラガミは適切な金額を払い、何の後ろめたさもなく帰る場所を手に入れた。
これは異世界に着いて間もないアラガミや、世俗を離れ五百年ほど眠りについていた吸血妃には到底出来ない芸当であり、誇るべきものだ。
「もうっ、おだてても何も出ないわよ。これくらいちょっと場数を踏めば誰だってできる事だし」
けれど当の本人だけは自身の偉業に無自覚であった。
謙遜と言えば聞こえはいいが、才能のある人間が往々に陥りがちな自身の能力の過小評価。
それにやきもきしたのは今回の件で最も助けられた人物であった。
「もうっ、何をそんなに畏まってますの? ティーさんは間違いなく私達の恩人です。誰が何と言おうと私がそう思ったからそうなのです」
乳なしエルフに抜群の張りを持った美巨乳が襲いかかる。
至高の美女に抱きつかれたティーは彼女から漂う素敵な香りを堪能しながらも、持ち前の負けん気の強さで抗ってみせた。
「ちょっと離れなさいジュディ。私は別にアンタとアラガミの関係を認めた訳じゃないんだからねっ!」
「私は貴方の事を認めてますよティーさん。可愛らしい外見の奥にある鮮烈な輝き、とても私好みの魂をしています」
「!? アラガミ、ぼさっとしてないで助けなさい! この女、私を襲おうとしてるわ!」
かしましく騒ぎたてる吸血妃と金髪エルフ。
そんな二人のじゃれ合いを眺めながら、アラガミは「うむ」と一度だけ頷くのだった。
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