第十九話 霊長類最強の男、家を買いに行く
◆港湾都市ランテス噴水広場前
ランテスの中央区域にある噴水広場は常に人で溢れている。
水の都ランテスの威信とも呼ぶべき巨大噴水はいわゆる観光名所の一つであり、また街の人々の憩いの場としても広く親しまれている。
そんな普段から人口密度の高い噴水広場だが、本日はいつにも増して人だかりが出来ていた。
「ねぇアラガミ」
黒山の人だかりを睥睨しながらティーはアラガミに問いかけた。
「もしかしてアレって……」
「もしかしなくてもそうだろう」
ハァッと溜息。
「まるでウ○コに集るハエね」
「言葉に刺があるぞティー」
「じゃあ、チョコソフトに集るアリね」
見た目的にはほとんど変化してなかった。
「とにかくまずはアレを回収するわよ」
「うむ」
そうして二人は黒山の中心に向かって進軍を始めた。
「はいはーい。みんな撤収。どかないとこのデカ男に引き殺されるわよー」
どこからか取り出したメガホン片手に広場前の集団に注意喚起を呼び掛けるティー。
群衆は何事かと振り返るとたちまちその場から離れていった。
金髪エルフの後ろに立つ三メートル大の巨漢に恐れをなしたからだ。
中にはティーの呼びかけにそもそも気づかない者達もいたが、そういう輩は霊長類最強の男が丁重につまみあげて、紳士的に道を開けてもらった。
瓦解していく人だかり。
そうして有象無象をかきわけた末に、二人は目的の人物の元へと辿り着いた。
「お待ちしておりましたわ旦那様! あぁ、日中に拝謁する貴方の姿もなんて雄々しく尊いのかしら」
天地開闢以来誰もなしえなかった領域の美女が発情していた。
ベルベットブルーのドレスを身に纏った伝説の吸血妃ジュデッカ・レヴァンテイン。
彼女はアラガミを見つけるや否や猛スピードで彼の胸元へと抱きつき、そのまま宝玉の様な頬をスリスリと擦りつけた。
「すまないジュディ。退屈させてしまったか?」
「いいえ、いいえ旦那様! 貴方を待つ時間すら今の私には幸福の至り。退屈など感じる暇もないほどに、貴方を待ち焦がれておりました」
たかが待ち合わせで何をはしゃいでるのかとティーは醒めた目で見つめていたが、どうも周囲はそうではないらしい。
「畜生、彼氏持ちかよ。けどアイツなら彼女を任せられるかもな」
「悔しいけど完敗だ。僕は彼女の幸せを祈る事にするよ」
「俺、ノンケだけどあのおっきい人に抱かれたい」
一部頭のおかしい台詞を吐いている輩もいたが、アラガミの登場は概ね好意的に受け止められていた。
群衆の正体は彼女目当てで集まった野郎共である。本来であれば彼氏的なポジションの男の登場など嫉妬案件間違いなしなのだが、彼らは不思議な事に不快感を露わにしなかった。
その理由はきっとアラガミを見つめるジュデッカの姿が際立って美しく映ったからだろう。
絶世の美女が恋する姿は醜い嫉妬心など吹き飛ばす程に綺麗なものだったのだ。
(なに、真昼間からいちゃついてるのよはしたない! ○ねっ!)
もっとも、そんな美女の恋する姿も金髪エルフには通用しなかったのだが、それはそれ、これはコレである。
◆不動産屋への道中
ともあれ無事合流を果たした一行は、そのまま不動産屋へと直行した。
「あら、ティーさん。いつの間にいらっしゃいましたの?」
「こんにちわジュディ。私なら最初からいたわよ」
「まぁっ。これは失礼致しました。私とした事がついうっかりしていましたわ」
「えぇ、そうね。誰にでもうっかりってあるものね。ついうっかり杭が心臓に刺さったりしないかしらオホホ」
道中、女どもが仲睦まじい会話を繰り広げていたが霊長類最強の男はスル―していた。関わりたくなかったのである。
タチが悪いのは、ジュデッカ側は特にティーに対して目くじらを立てていない事である。
今回のやり取りにしてもジュデッカは旦那様に目が眩んでいたせいで本当にティーを失念していたのであり、断じて金髪エルフを挑発する意図などなかったのだ。
けれど受け止めた側のティーは違う。
対抗心バリバリだった。
複雑な乙女回路は、ぽっと出の吸血妃にバリバリジェラシーを飛ばしていたのである。
「ティーさん、今度いっしょに二人でお茶でもどうですか?」
「いいわね。じゃあ私のオススメの店に行きましょ。『にんにく増し増し豚次郎』っていう油そば屋さんなんだけどね、なんと店主が元ヴァンパイアハンターなの」
「まぁ、興味深いですわね! 実は私、にんにく料理には少々目敏くて……」
二人の間に流れる微妙な空気の正体は、実の所金髪エルフの一方通行であった。
◆不動産屋ニコニコダムさん
そんなこんなで不動産屋へと辿り着いた一行。
やって来たのはランテスの中でも大型の不動産を専門に扱う店舗『ニコニコダムさん』である。
「よくぞ、いらっしゃいましたジュデッカ様。さぁさ、こちらへどうぞ」
門扉を開けて早々に出迎えてくれたのは、ここの責任者であるダムルード・ダムシム。
白い卵肌ときっちり手入れされたチョビ髭がトレードマークの中年オヤジである。
「ねぇアラガミ」
ダムルードの案内に従い店の奥へと進みながら、ティーは後方を歩く霊長類最強の男に尋ねた。
「なんであの人アンタじゃなくてジュディに挨拶したの? お金出すのアラガミでしょ」
「……直にわかる」
歯切れの悪い回答だ。
そしてそれだけの事でティーは事のあらましが何となくわかってしまった。
(色めき立つ男性社員、対して女性社員は困り顔というか怒り顔というか。……成程ね)
思わず苦笑してしまう。街に降臨した吸血妃に悩んでいたのはどうやら自分だけではなかったようだ。
「さぁ皆さんお座りになってください」
応接室に案内された三人はそれぞれダムルードの勧めるままに革のソファへと座り込んだ。
向かってドア側にティー、中央にアラガミ、いわゆる上座にジュデッカが腰かけたのを見てダムさんは満足そうに頷いた。
「いやぁ、それにしても相変わらずジュデッカ様はお美しいですなぁ。貴方は本当に奇跡の様なお方だ」
「どうも」
ダムさんのおべっかをにこやかに微笑み返す吸血妃。コテコテの営業スマイルであったが、それでも至高の美女の微笑である。ダムさんは茹でダコの様に顔を熱くさせながらはにかんだ。
「おっふふふふっ。ジュデッカ様から微笑みを賜ってしまいました。恐悦至極、恐悦至極」
この瞬間、ティーのダムさんに対する印象が“エロ親父”で固定された。
「店主、話を進めたいのだが」
「おっと、そうでしたな。ジュデッカ様の住まいを見繕うのはワタシの仕事。決して他業者にはわたしませんぞーっと」
気持ち悪い台詞を吐きながら重厚なファイルをパラつかせるダムさん。
手慣れた手つきで物件情報をピックアップする様は腐ってもプロであった。
「おっ、ありましたな。これなんかオススメですぞ」
そう言ってダムさんが取り出した紙面を確認する一行。
「!? ちょっと待って! これってトンデモない物件じゃない!」
いの一番に反応したのはティーだった。
「どうしたティー? 何か気づいたのか?」
「どうもこうもないわ! この立地と見取り図は旧ランテス領主の館のものよ!」
ティーの発言を受けたアラガミはしばらく紙面を見つめた後、ゆっくりと口を開き、言った。
「旧領主の館というのは本当か店主」
「えぇ、勿論。ジュデッカ様にはこの街最高の建物こそがふさわしい」
おっふふふふっと笑う姿は完全に色ぼけジジイのそれである。
「……参考までに尋ねるが、この館の値段は幾らする?」
アラガミの質問にダムさんは子供の様な純真な笑顔で返答した。
「ジュデッカ様からお金を取るなんてとんでもない! 当然、タダで差し上げますよ!」
常軌を逸していた。




