97 3人になれば、だいぶ違う
俺は、カマキリのアリス、ネコのララ、エルフのロマリーニと共に旅をした。
ずっと陸路だ。海に出たために認識はなかったが、カロン少年が育ち、俺が最初に経験した国と同じ地続きの大陸か、あるいは大きめの島に、いくつかの国があるようだ。
俺が剣闘士を務めた国は、いくつもの都市をもつ大きな国だったようなので、きっと大陸といっていい広さなのだろうと思う。
街道とは言えない狭い道は、エルフのロマリーニが選択したものだ。
俺は海賊船に乗っていただけで陸路はわからないし、アリスとララはもっとわからない。
もっとも、この世界では一生自分の国から出ないのが当たり前で、生まれた都市や村で一生過ごすことが、比較的当たり前なのだそうだ。
俺が育った村のように、子供をとにかく奴隷として売る、というのはかなり貧しい部類に入るらしい。
この世界の村はすべてそういうものだと思っていたが、俺の早とちりだったようだ。
道中は、小さな林やなだらかな岩場が延々と続く中に、人が通れる細い道が整備された場所が、見渡す限り続いていた。
商人が通ることもあるのだろう。あまり交易は盛んではないようだ。もっとも、俺は自分の国で指名手配されているので、ロマリーニが気を利かせて裏街道を案内しているだけで、本当は馬車が堂々と通れるような整備された街道もあるのかもしれない。
国同士はそれほど仲が悪くないようで、ほとんどの国の王族は親戚関係にあるらしい。
そう聞いて、俺は、カロンは王族の血を引いていると言った、幼馴染の盗賊フラウの言葉を思い出した。
ピノを、口が利けないために浮気しても外部に漏れないという、最低の理由で妻に求めた王子とも、ひょっとして遠縁なのかもしない。
俺は考えないことにした。
「人間の脅威として魔物が実在している状況で、人間同士が争っている余裕はない、ということかな?」
旅の道中、焚き火を囲んで食事を終えた俺は、向かいあったロマリーニに尋ねてみた。
ララは火にあたって気持ちよさそうにまどろんでいたし、そのララを最近はすっかりお気に入りのベッドにしているアリスは、いつものようにララの上でくつろいでいた。
火を囲んで、というのは俺の認識だけで、ロマリーニにしてみれば、俺と二人きりで向かい合っている感覚なのだろう。旅を始めて数日が経過したが、未だにこのエルフはカマキリとネコが自分の意思を持って旅に同行しているとは考えていないようだ。
「それもあるでしょうね。本当は、人間の国を一つにまとめてしまうのが一番なのでしょう。それができないのが、人間という生き物ですが」
「人間の国が一つでは、頭を潰されたら人間は全滅するかもしれない。種族としての知恵じゃないか?」
「なるほど。しかし、カロンさんは、魔物が存在しない世界をご存知のようないいぶりですね」
「……知っているさ。俺は、別の世界から来た。言っていなかったか?」
「……聞いているかもしれませんが……知りませんでしたね。なるほど……私たちとは、違う法則の魔法……そういうことですか」
「言っておくが、俺のいた世界では、魔物もいなかったし、魔法も存在しなかった。俺が使っている魔法は……どうして使えるのか、俺にもわからない。確かに妖術といわれれば、その通りなのかもしれない」
「そうでしょうね……ですが、力は使いようです。カロンさんが間違った目的に使わないことを祈りますよ」
信じる、とは言ってくれない。俺は、何度もエルフの期待を裏切って来た。というより、このエルフは潔癖すぎるのだ。俺が完璧に誠実であることを期待されても、泥をすするのは俺なのだ。そんなのは、嫌な時だって当然ある。
「この先のルートは? 聞いても俺には全くわからないが、危険があるかどうかは聞いておきたい」
「大丈夫です。人間が知っている道は通りません。時折魔物がでますが、私にも対処できる程度の魔物です。カロンさんなら、心配はいらないでしょう」
「そうか……人間と争わなくていいのは、気分的に楽だな。だが、これから魔王と相対することを考えると、もう少し鍛えておきたいな」
「ああ……エルフの森を攻めているのは、魔王そのものではありません。以前にも言ったことがあるかもしれませんが、魔将軍の一人です」
「……ホライ・ゾンと同格……ということか?」
「そうですね」
「なら、直接の対決は部が悪いな。勝てるとは思えない。俺はもう、そんなに突然強くなることはないだろうが……仲間たちを鍛えたい」
「……私ですか?」
「いや」
俺は、短い胴体を長く伸ばして寝そべっているララと、その背中で同じ姿勢をとっているアリスを指差した。
「カロンさん、本気ですか?」
俺は本気だった。当然、俺の仲間たちは現在は弱い。アリスは僧侶レベル8だし、ララはシーフレベル5だ。もっとも、ララは僧侶レベル7も取得している。
「直接の戦闘には役に立たなくても、回復役とか、魔法の援護を覚えれば強いんじゃないかな。ホライ・ゾンと戦っていた時も、何度かアリスの回復魔法に助けられた」
「……回復魔法ですか……本当なのですか?」
ロマリーニはエルフとして、動植物には俺よりも詳しいのだろう。カマキリに魔法が使用できるということが、信じられないらしい。
「見た目はネコとカマキリだけど、俺と同じ、異世界から来た。魂をきちんとした器に入れてやれば、俺と同じだけの力を出せるはずだ」
「なるほど……それで、禁呪に……ということですか。まあ、いいでしょう。道を少し外れますが、魔物の巣がいくつかあります。その巣を襲撃してはどうです?」
俺は、勇者レベル23になっていた。しばらくレベルが上がっていなかったが、ピノが命を落とした時、レベルが20から一気に23に上がった。ホライ・ゾンを倒したことによる経験値なのだろう。嬉しくはなかった。むしろ、思い出したくもない。何度もホライ・ゾンを爆発させた経験値が、まとめて加算されたのかもしれない。
「そうだな……ダンジョンか?」
「いえ。この辺りにダンジョンはありません。エルフの森の精気で、魔物は森には入れませんが、エルフの森を囲むように魔物の巣があります。以前はそんなことはなかったのですが、どうやら、魔王が意図的にエルフの森を弱らせるために配置した魔物のようです。できるだけ退治してくれれば、エルフたちも喜びます。私も、カロンさんを王に紹介しやすくなります」
「そうか……じゃあ、エルフの森に近づくほど、魔物が増えてくるというわけか」
「そうですね。もちろん、そうならないようにご案内することもできますが、せっかくの申し出です。たっぷり、戦ってもらいますよ。それに……エルフの森周辺の魔物は、精気にあてられて弱体化していますから、戦いやすいでしょうしね」
「魔物を弱体化させるほどの精気か……俺自身がやられなければいいが」
「エルフの精気で弱体化させられる勇者がいたら、さすがにお断りかもしれませんね」
今までのエルフの態度から、あまり冗談には聞こえなかった。俺がエルフの顔を盗み見ると、焚き火にあてられたロマリーニの顔は笑っていた。冗談だったのだろか。
俺は、小さく肩をすくめた。
翌日、目覚めたアリスとララに昨日の話をすると、二人は乗り気だった。
「わかったニャ。楽しみだニャ」
「カマがなるわね」
「二人もいることだし、俺も、勇者とは別の職業についた方がいいだろうか。勇者はステータスの上がり方は最もすごいし、覚える能力も強いけど、高レベルまでいかないとあまり覚えないようだし、レベルの上がりが遅い。先に魔法使いや戦士のスキルを習得してからあげるべきじゃないかな」
「それは確かかもしれないけど、まだ待つニャ」
「そうね。今のところ私たちは戦力にならないし、成長して、ステータスの数字だけ上がっても、このカマで魔物をばったばった薙ぎ倒せるようになるとは思えないわ。この先、エルフの禁呪で私がかっこいい女戦士の中に魂を移してからにしたほうが、いいんじゃないかしら」
「そうだな。アリスでそれができるなら、ララもできそうだ。一人と一匹と一頭から、3人になればだいぶ違う」
「……僕は、ネコのままでもいいけどニャ」
ララはのんびり伸びをしてから、俺の荷物の中に飛び込んだ。確かに、ステータス状の数字はレベルアップとともに上がっている。だが俺ですら、実際の体力との間に差を感じているのだ。二人は、レベルアップによるステータス上昇の効果など、まるで感じていないかもしれない。
アリスが俺の頭に飛び乗った。俺は立ち上がる。
「打ち合わせは終わった。行こう」
「何度見ても、カロンさんが一人芝居をしているとしか思えないんですけどねぇ」
エルフのロマリーニは野営の後始末をしていたが、荷物をまとめて立ち上がった。
それからさらに5日、俺は遥か遠くにエルフの森と故郷の国を眺めながら、最初の魔物の巣を襲撃した。




