95 死体も残らない
俺は、ピノとともに盗賊ギルドの隠れ家の一つに匿われた。
ギルド長の話では、街を荒らしていた男たちが、突然ふらふらと倒れ出したらしい。それが、海賊船から派手な爆発音が聞こえた時と連動していることから、ホライ・ゾンと俺が戦っているのだと判断したようだ。
俺は、いままで「バン」の魔法も、当然爆薬も使ったことはなかったが、爆発音がしたから俺が戦っているとは、随分偏見に満ちた考え方だ。もっとも、それは確実に真実ではあったのだが。
「ホライ・ゾンの力が全て失われて……ここにしかいないってのは、確かなのかい?」
宿屋のような、ベッドしか家具のない小さな部屋で、俺はピノの下腹部を撫でた。ピノは俺の手をとり、嬉しそうに押し付けてきた。はにかむ、ということはないらしい。
『うん。おばさまから、魔法の道具をもらってきたの。ホライ・ゾンは、最後は私の中に自分の分身を残そうとするはずだから、私の中に子供ができたら……それはカロンの子供じゃなくて、ホライ・ゾンが私の中で新しく生きようとしているんだって』
側で聞いていた盗賊ギルドの長は、話が終わったら教えてくれと言って出て言った。ピノがいくら口を動かしても、ギルド長には聞こえないのだ。この世界で、俺だけがピノの言葉を聞けるのだ。
「でも……それじゃ、海底の魔女グリフィルがピノを行かせたのかい? あんなに反対していたのに……ピノが俺とくれば、ピノは死ぬことになる。そう言って……その通りになろうとしている」
『カロンがいない時……私、おばさまに聞いたの。カロンは、どうやってホライ・ゾンを倒すのかって。おばさまは言ったわ。カロンは、誰かと子供を作って、ホライ・ゾンを追い詰める。ホライ・ゾンが追い詰められると、最後に残った力を隠して、新しく生まれ変わるために、カロンが力を渡した女の中で蘇る。自分の子供だと思い込んだカロンが、殺すことができないように。だから、私は言ったの。カロンが誰かと子供作るなら、私がいいって……怒られちゃった。でも……最後には許してくれたわ。私は、お父様から生贄にされた……もともと、要らない子だもの』
ピノは明るく笑う。ピノの性格からして、暗く沈んでいるのは似合わない。だが、笑える状況ではない。無理をしているのだ。
「俺は……ホライ・ゾンの呪縛を解く方法は知っていたが……ホライ・ゾンを殺す方法は知らなかった。ピノがグリフィルを説得したのは、いつだい?」
『おばさまのお家に行った日ね』
なんでもないことのようにピノは言ったが、俺が海底のグリフィルの屋敷に行った日に、全て話はできていたということか。だから、グリフィルは俺に、ホライ・ゾンの倒し方までは言わなかったのだ。俺がそれを知れば、相手にピノを選ぶことはない。そう考えたのだ。それは、ピノを生き永らえさせることではあるが、ピノがどうしても許せないことなのだろう。
ピノは、父王に生贄にされた日から、ずっと死ぬことを考えていたのかもしれない。自分にふさわしい死に方を探していたのかもしない。
「……ピノが死なないで済む方法はないのかい?」
『ないわ。でも……ホライ・ゾンが私の中で、しっかりと形になるのに、半年ぐらいかるの。だって……あんまり早く出てきたら、自分の子供だって、カロンが思えないでしょ? だから、私の中で少しずつ大きくなるの。まるで……カロンと私の子供みたいに。半年したら、私のお腹を破って、ホライ・ゾンは出てくるわ。だから、私がそんな死に方をしないように……カロンが殺してね』
ピノが俺に抱きついてくる。
俺が知っている伝説の人魚姫は、最後には泡となって消えた。ピノは泡にならないだろう。俺の手で、殺してくれと言っている。だが、その時が来るまで、二人で幸せに暮らすことはできる。
「……ピノ、俺は諦めない。俺は、ピノを助ける方法を探す。だから……旅に出よう」
『私は、カロンと一緒なら、どこでもいい。街にずっと住んでもいいし……旅も楽しいわね……海の底は広すぎて、とても覚えきれないもの。お父様だって知らない場所が、たくさんあるのよ』
「……ピノ、俺たちは、もう海底には潜れないんだ」
『……ごめんなさい。わかっているわ』
ピノが俺の体に腕を回した。この世界で、地上で生きてきた女性にはありえないほど腕は細い。俺はピノの体を抱きしめ、海賊ギルドの長が待つ部屋に行き、事情を説明した。
ホライ・ゾンから力を回収された海賊たちは、まともに戦う力も残っておらず、街の衛兵に取り押さえられた。
俺の中からもホライ・ゾンの力が消えた影響か、体が重かったが、これが本来の俺の力である。俺は、ギルド長に頼んで、海賊船からネコとカマキリの組み合わせをみつけたら、俺のところに連れてきてほしいと嘆願した。奇妙な申し出だと訝りながらも、ギルド長は了解した。俺自身が海賊船に戻るのは危険だった。すでに衛兵たちが取り囲んでいたからだ。
その後3日間、俺はピノと一緒に盗賊ギルドにかくまわれた。女たちの恨みを一身に買っていた王子を突き出してあったので、そのぐらいは当然の報酬なのだそうだ。
その間にホライ・ゾンの海賊船は解体され、本当にホライ・ゾンはあとわずかの力を残すのみなのだと、俺は信じることができた。
3日の間に、ネコのララとカマキリのアリスが合流した。
「ホライ・ゾンのことで、俺を恨んでいるんじゃないのか?」
「ホライ・ゾンは七魔将だニャ。勇者が倒すべき相手だから、倒すのは当然だニャ。僕に餌をくれていたのは、ホライ・ゾンじゃなくて海賊たちだったから、恩もないニャ」
「どうして、ニャーニャー言うの? キャラ作り?」
俺の頭からララの背中に定位置を移動させたアリスが尋ねた。ララはネコであるが、語尾に「ニャ」とつける意味はない。俺が遠慮して聞けずにいたことを、突っ込んでくれる。頼もしい仲間だ。
「僕は、普通に喋っているだけニャ。そう聞こえているのかニャ?」
「ああ。それが本当なら……俺とアリスの翻訳機が勝手に変換しているのだろう。ララとアリスには悪いが……俺はしばらく、ピノのために生活する。ピノのためにできるだけのことはしてやりたい。せっかくパーティーを組んだが……冒険には出かけられない」
「……わかっているニャ」
「仕方ないわね。僧侶レベル99のカマキリなんて、見てみたくない?」
俺は曖昧に笑いながら、本当に僧侶レベルを上げていくことができれば、死者の復活もあり得るのではないかと気がついた。
「ピノ、このカマキリは、治癒の魔法が使える。ホライ・ゾンを殺して……ピノが死んでも、ピノだけを生き返らせることができるかもしれない」
だが、俺の隣で、俺の独り言にしか聞こえない会話に耳を傾けていたピノは、これも俺にしか聞こえない声で答えた。
『この体は、おばさまの魔法の薬で作られたの。だから……死ぬと、魔法薬の影響で溶けて崩れてしまうわ。死体も残らないの』
そんなところだけ、童話に忠実なようだ。俺は嘆息し、ピノを抱きしめた。意味はない。感極まったのだ。
さらに2日後、俺はアリスとララをケージに入れ、ピノと再会した海岸沿いの王都を離れた。
王子が失脚し、王も老い先短いということで、これから国としては大変なのだろう。だが、王族がどうなろうと、国そのものが傾くわけはない。
ピノの足取りはまだよちよちとしていたが、ピノ自身が自らの足で歩くことを望んだため、俺は荷物を全て俺が持つことで、徒歩で移動した。
ピノの希望で、あえて山の中を選んだ。
海の中では決して見ることのできない景色と様々な生物、食べ物に、ピノは大いに驚き、海の底で出会った時とまったく同じように、楽しそうだった。
俺はピノが喜んでいると勘違いしたまま、山小屋を見つけて、そこで暮らし始めた。
ネコのララとカマキリのアリスは、役には立たなかったが、動物を狩るには助かった。
ピノのお腹は徐々に大きくなっていった。ピノが言った通り、人間の子供と勘違いさせるため、情を移させるため、少しずつしか大きくならないのだ。
3ヶ月が経過したある時、俺は膨らんで丸くなったピノのお腹に触れた。
脈打っているのを感じた。まるで、胎児が中にいるかのようだ。
『大丈夫。カロンの赤ちゃんじゃないよ。ここにいるのは、ホライ・ゾン……魔将軍の一人だから……』
「ピノ……よく、我慢していられるな」
体の中に、世界を滅ぼすために肥大化し、母親を殺して外に出るために栄養を受け取っている寄生生物がいる。その状況で精神を正常に保つとは、どれほどの苦痛なのか。
『……うん。だって……カロンのため、だもの』
俺が、魔王を討伐する運命にあると決まったわけではない。誰から聞いたのか、ピノは信じている。俺は一緒に暮らす中で、そう感じていた。誰かが吹き込んだのだ。たぶんエルフの執事、ロマリーニだ。
「我慢……しなくていい。そんなに辛いこと、しなくてもいいよ」
『やだ。だって……これを出す時、どうやっても死ぬもの。おばさまにそう言われているわ。だから……どうせ死ぬなら……ずっと、カロンと一緒にいたい』
ホライ・ゾンが外に出る限界まで、腹に宿しているということだ。
俺は、ピノの強さにあらためて感心した。
「ピノ、ずっと……山にいていいのかい? 海に、戻りたくないか?」
『……いいの?』
ピノは、潮の香りを求めるように、鼻をひくつかせる。
俺は、自分の間違いに気づいた。ピノは、俺に気を使って、あえて山に行きたいと言ったのだ。俺は真に受けて山で生活を始めた。どれほど愚かだったのだろう。
翌日、俺はピノとともに海沿いの街に向かった。
それから三ヶ月後、俺の腕の中でピノは生き絶えた。
俺はピノの腹を破ってでてきたホライ・ゾンを爆死させ、ピノに向かって回復魔法を施した。
俺の魔法は効かず、ピノは俺の腕の中で、泡となって消えた。
俺は、ピノだった泡を抱いて、海に潜った。




