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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
海底の王国と人魚の姫

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88 ほとんどラノベじゃないか。

 ピノを抱えた俺は、民衆の真っただ中に降り立った。

 俺を中心に輪ができる。俺を恐れて避けたのだ。だが、王子の花嫁を抱き、奪って逃走した俺を、ただ恐れただけでやり過ごしてくれるほど、この国の人間は甘くはなかった。

 俺に向かって石が飛んできたのを皮切りに、群衆が拳を振り上げて殴りかかってきた。


 俺は再び地面を蹴りつけて跳躍する。

 三度繰り返し、舗装された民家の屋根の上に飛び乗った時、スキルの効果が切れた。

 足に激痛が走る。俺の足は紫色に腫れ上がっていた。

 魔法で回復させる。


『カロン、大丈夫?』


 俺の腕に抱かれ、じっとしていたピノが問いかける。


「ああ……俺は問題ない。でも……大丈夫かと言われれば、そうでもないかもな」


 俺は、屋根の下で俺に向かって怒りを露わにしている群衆に視線を向けた。少し離れたところに、儀仗兵だった兵士たちが駆けつけようとしていた。


『……うん。私……人間、嫌い』


 ピノははっきりと言った。人魚姫は、人間に憧れて、いうわけにはいかないようだ。


「ピノこそ、大丈夫か? 連れていかれて、変なことされなかったか?」

『……うん。された』


 ピノがぽろぽろと涙を流した。


「そっか……あいつら……」


 ピノの涙を見た瞬間に、俺は、もはやピノが人魚ではないのだと痛烈に感じた。人魚の涙は宝石のように固まる。だが、ピノの目からこぼれた涙は、水滴のまま頬を伝い落ちた。

 許せない。俺は、突然怒りにかられた。


「ピノ、捕まっていろ……いまは……逃げてもいいかな」

『……うん。でも、後で、やっつけて』

「わかっている」


 俺はピノを抱えなおした。

 すでに、内出血していた脚は治療した。ピノを抱きかかえ、民家の屋根を走る。

 どれほど走ったのかわからない。だが気がつくと、俺を追ってくる人影はなくなっていた。


 密集して家が建っていることからも、一般庶民の家が立ち並んでいたのだろう。

 俺は屋根から屋根に飛び移り、人の寄り付かない路地裏に飛び込んだ。

 人気のない、うらぶれた路地裏だった。


「ピノ、大丈夫か?」


 走っている間は、ピノの状態に気を遣えなかった。俺の腕の中で、ピノは小さく頷いた。

 すぐに誰か来るかもしれない。俺は隠れる場所を探して周囲を見回すと、二階の窓から小さな顔が突き出てきた。


「匿ってやる」

「誰だ?」

「盗賊ギルドだ」

「……わかった」


 大方、王族に恨みを持つか、犯罪を企んでいるのだろう。だが、その分信用できる。俺たちを売ろうとするかもしれないが、損になる取引はしないはずだ。当面は信用できる。まずは、それだけで十分だ。

 俺はピノを抱いたまま、脚力のみで二階の窓まで飛び上がる。

 すでに突き出た顔は引っ込んでいた。

 俺が飛び上がった下で、扉が空いた。


「ちょっと、どこから入るんだよ」

「空いたとこからだと思うだろう」


 俺は、片足を窓に突っ込んでいた。


「普通は待つだろうに……」


 下の扉が閉まる。俺は、盗賊ギルドの支部に、窓から侵入を果たした。どうやら、盗賊ギルドから見ても無作法だったらしい。






 飛び込んだ部屋は、持った通り、薄汚い、暗い部屋だった。


「おい、お前」

「誰だ?」


 誰もいない。俺には、そう思われた。ピノには何か見えているだろうか。念のため俺が腕の中のピノを見ると、ピノは俺をじっと見つめ返してきた。


「何か見えるか?」

『カロンが見える』

「……そうだな。俺以外には?」


『何も……カロン、誰と話しているの?』

「んっ? ピノと……だろ?」

「違う。私、以外に……誰に、『誰だ』って言ったの?」


 少し考えて、俺は、俺に対する呼び掛けを、ピノは聞かなかったのだろうと理解した。

 以前にも、こんなことはあった。その時は、一緒にいたのはピノではなかった。


「誰だ? どこにいる?」

「あたしの言っていることがわかるのかい。やっぱり、転生者かい?」


『転生者』の一言で、相手が何者か、予想はついた。以前にも会ったことがある。その時は、ホライ・ゾンの飼い猫だった。この世界には、間違って製造されたゲーム機で魂を飛ばされて来るらしい。この世界で、死にかけの体に入ることまではわかっている。俺の場合は、オオカミに食い殺させた直後のカロン少年だった。ホライ・ゾンの飼っている猫の転生直後の状況は知らないが、死にかけだったのは変わらない。あまりいい状態ではなかっただろう。


 では、次はどんな奴なのだろうか。

 俺は、ピノを床に下ろした。壁に背をつけ、不意打ちを警戒しながら、慎重に視線を彷徨わせた。

 ピノが声を聞いていないことからして、種族的には言語を持っていないことが考えられる。ただ、俺に与えられた自動翻訳が優秀なのだ。

 下から、階段を上がって来る足音が響いてきた。


「人がくるぞ」

「きても構わないよ。連中もあたしのことは知っているし、どうせ、声は聞こえない」

「そうか……苦労したな」


「あたしの友人は、みんなこの世界に来ると同時に死んだ。あたしだけ、たまたま職業が僧侶だったから、完全に死ぬ前に回復魔法を使ったのよ。君、職業は?」

「……勇者」

「はんっ。そんな職業、あたしにはないよ。チート野郎かい」


「販売延期のお詫びに実装された職業らしいな。チートってほどじゃないと思うが……」

『カロン、誰と話しているの?』


 ピノがさっきと同じことを尋ねた。確かに、まだ答えていない。俺が振り向くと、ピノは心配そうにしていた。


「しかも! 人間! チート職業で人間に転生って、ほとんどラノベじゃないか。あんたばっかり卑怯だろう」

「俺の選択じゃない。どの体に入るかなんて、俺にはわからなかった。そもそも、この世界に来ることも知らなかった。ピノが不安がっている。姿を見せろ。それとも、ゴキブリにでも転生したのか?」


 あながち、ありそうで怖かった。それなら、隠れたままでもいい。


『カロン、ゴキブリって何?』


 海底にはいないので、ピノはゴキブリを知らないらしい。


「フナムシの不潔なやつだよ。地上にしかいない」

『……やだ。見たくない』

「だそうだ。やっぱり出てこなくていい」

「失礼な! 誰がゴキブリよ!」


 怒ったような声と同時に、室内に羽音が響いた。

 俺が音のした方向に目を向けると、顔の前に、緑色の大柄な虫がいた。カマキリだ。


「本当だ。フナムシみたい」


 俺と話していたのは、カマキリだったらしい。俺の顔に張り付いた。言葉を聞いていないピノは、率直な感想を漏らす。実際には、ピノの言葉も失われたままなので、この世界の人間が見た場合、俺はずっと一人で話していることになる。


「誰がフナムシよ! カマキリよ、カマキリ。地上で最強の昆虫なんだから」

「ああ……ピノはこの世界の存在だ。虫の言葉はわからない」

「あんた……平気であたしのこと、虫って呼ぶのね。同じ境遇のくせに」


 カマキリは、やや憮然とした口調をした。顔の表情はわからない。ただ逆三角形で、大きな目があるとしか、俺にも解らない。


「仕方ないだろう。ピノは人魚姫だ。ずっと海底で暮らしていたから、地上の動物なんてほとんど知らない。カマキリだって言っても、伝わらないんだ」

「人魚姫! 足があるのに、声を失っていないのね。アンデルセンが怒るわよ」


「大丈夫だ。ピノは話せない。ただ、ピノが話したつもりになれば、自動翻訳機能が知らせくれる」

「……ああ。じゃあ、あたしが聞こえていると思っていたこっちのお嬢さんの声は、実際には音になっていないのね」

「そうなるな」

「……あんた、痛い奴じゃん」


 カマキリの声とは別に、甲高い声が室内にこだまする。俺は。思わず憮然として振り向いた。


「どういう意味だ?」


 俺が尋ねた時、扉を開けて入ってきたのは、薄汚れた少女だった。


「……一人だよな? ずっと誰かと話していたけど……幻覚でも見たのかい?  頭を打ったかい?」

「……いや、なんでもない」


 俺は、かなり痛い奴らしい。

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