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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
海底の王国と人魚の姫

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89 あんたとそっちのお嬢さんは、死なせるな

 自動翻訳システムは、双方向性であるはずだ。俺がゴブリンやコボルトの言葉を理解できるだけでなく、意思を伝えることもできるのだから。

 だが、カマキリに転生した女の子(だと思う)の声を翻訳してくれるのに、女の子の声は俺以外には聞こえないらしい。


「どうして? 理不尽ね」


 俺以外には聞こえていないことを承知で、話の流れを無視して俺に語りかけてくるようになった。


「カマキリは、アルバイトのモニタープレイヤーか何かかい?」

「ええ。そうだけど……あたしの名前はアリスよ。カマキリって呼ばないで」

「……アリス……日本人には珍しいか?」


「本当の名前じゃないわ。気に入っている小説の主人公の名前よ。ゲームをプレイするときには、その名前を使うことにしているの」

「わかった。俺はカロン」


「本当の名前?」

「この世界ではね」

「……いいわねぇ……人間に転生できて。それより……さっき言いかけていたことは何? あたしがモニタープレイヤーだから、どうだっていうの?」


 俺はずっとアリスと話しているが、周りに人がいないわけではない。

 人魚姫のピノと、俺を手引きして匿ってくれる予定の盗賊ギルドの少女が一緒だ。俺が路地裏から飛び込んだ、薄汚い部屋である。


 ピノと少女を放置して、俺はアリスと話している。二人が、実に可哀想なものを見る目で俺を見ている。盗賊の少女はいいが、ピノの視線が痛い。

 だが、俺は話を続けた。同郷だ。一緒に転生した仲間は、ほとんど死んでいるという。スタート段階で僧侶を選択していた者だけが、辛うじて生き残っている状況らしい。


「俺は、モニターじゃない。販売中止になったはずのゲーム機が、御配送されてきたんだ。だから……アリスがプレイしていた時にはなかった勇者という職業に初めからなっていたし……自動翻訳システムがバージョンアップしている可能性もある」


「……確かに、その可能性はあるでしょうね。ずるい……とは思うけど、カロンのせいじゃないみたいだし……仕方ないわね」

「わかってくれてよかった」

「話が終わったのかい? そりゃよかった」

『……カロン、熱があるの?』


 呆れた口調の盗賊の少女と、心配そうなピノをなだめる。

 厄介なのは、ピノの言葉は俺とアリスはわかるが、盗賊の少女には聞こえないことと、アリスと会話できるのが俺だけのことだ。


「でも、アリスは盗賊ギルドに住んでいたんだろ? どうやって生活していたんだ?」

「……それ、なに? カマキリじゃない。どこにでもいるでしょ」


 盗賊の少女がアリスを捕まえようとしたので、慌てて俺は先んじて摘まみあげた。


「ちょっと、カロン、離しなさいよ。乙女のウエストを指でつまむなんて、最低よ」

「いいだろう。キュッとしまって肉も付いていないし、いい感じじゃないか」

「あたしの体に、肉がついてたまるものですか」


 俺の指に摘まれ、カマキリがばたばたと暴れた。盗賊ギルドに入るなり声をかけられたので、以前会った猫のララのように、海賊に飼われているのかと思ったが、アリスは自立していたようだ。なかなか、立派な心がけである。もっとも、カマキリの身で中身が人間だと訴える方法は、俺には思いつかない。

 結局、俺の指を鋭い鎌で切りつけ、アリスは脱出した。俺の手を登り、頭の上に到達する。


「アリス、メディってわかるか?」

「回復魔法でしょ。大部お世話になっているわよ。それが?」

「いや、なんでもない」


 やはり、基本的にはアリスと俺は同じ仕様なのだ。

 安心したところで、盗賊の少女に向き直る。

 盗賊の少女はすっかり俺を頭のおかしな奴だと思い込み、ピノがひんやりした手を俺の額に当てた。






「どうして俺たちを助けたんだ? 親切で人助けをするような、優しい組織じゃないだろう? 俺がなにをしたか、知っているのか?」

「ああ……よかった。完全にイカレちまったのかと思ったよ。少しは、まともな話もできるんだね。時々、おかしくなるのかい?」


 少女はピノに尋ねる。


『そんなことない。今日は、ちょっと疲れているか、調子が悪いんだよ』

「ごめん、ごめん……王子の花嫁は、口が利けないんだった。忘れていたよ」


 ピノは口をばくばくと動かしている。俺にはわかった。だが、少女にはわからなかったのだ。これが、この世界の現実なのだ。


「ピノ、この子には、ピノの声は聞こえない」

『ブー』


 ピノが不本意そうに親指を床に向けた。この世界でも、あまり品のいい意味には使われないポーズのようだ。


「地上に出てからずっとなんだから、慣れなよ」


アリスが俺の頭の上から、普通に忠告する。ずっと人間を避けていたはずだが、馴染むのは早いらしい。


『……嫌』


 ピノも、俺以外にはずっと話し相手がいなかったはずなのだ。ピノがどうして拗ねているのかわからない。と思ったが、単に俺に構ってほしくて拗ねたふりをしているのだと思い至る。

 俺はドレス姿のピノを抱き寄せた。


「ちょっと、大人しくしていてくれ……盗賊ギルドとの話を終わらせるから」

『……うん』

「お暑いねぇ」「色ボケしているんじゃないよ。あたしなんか……カマキリの上に、性別までオスなのよ」


 目の前の少女と頭上のカマキリに、同時に嫌味を言われた。






 俺は話を進めようとして、盗賊ギルドに所属するという少女に話しかけた。


「ピノは大人しくしているから、どうして俺たちを助けたのか、教えてくれ。盗賊ギルドの仕事としてかい?」

「まっ、それもあるね」

「ということは、他にも?」


「それを聞いても、しかたないだろう。あの王子、長いこと妻を決めなかった。それがなぜかって、考えたことはあるかい?」

「俺は、この国に来て日が浅い……」

「この国では、男がいくら金持ちでも、複数の妻を娶るのは禁じられているからじゃないの?」


 俺の頭の上で、カマキリがしたり顔、をしているのではないかと思う声を出した。当然、俺にしか聞こえていない。ピノも、カマキリの言葉はわからないようだ。

 俺がそのまま言うと、盗賊ギルドの娘は頷いた。


「権力を笠に着て、何人も自分の女にしては捨てたんだ。王からは、早く結婚するように言われていたらしいよ。でも、束縛はされたくない。多くの女と遊びたい。そこに……こっちのお嬢さんが現れた」


 娘はピノを指差した。指されたピノは、きょとんと首をかしげた。


「口を利けなければ、結婚後、どんな酷い仕打ちをしても、誰にもわからないってことか?」

「その通り。王子を恨んでいる女は多い。どの子も、手ひどい捨てられ方をした。あたしが知っているだけでも、二桁は自殺している」


「……酷いな。そんな男に、ピノを幸せにできるはずがない……どうやら、俺はとんだ間抜けだったようだ」

「そうでもないだろう。結果的に、力づくで奪い返したんだ。惚れた女だとはいえ、なかなかできることじゃない。ギルドのボス直々の命令さ。あんたとそっちのお嬢さんは、死なせるなってさ」

「……そうか」

「まあ、その点はあたしも評価してあげてもいいね。ただし、普通の人間じゃなから、命がけってほどでもなかっただろうけど」


 俺を評価した最後の台詞は、俺の頭の上でした声の主だ。俺以外の誰にも聞こえていないので、俺は無視することにした。


「俺たちを助けてくれた事情はわかった。俺は……お礼を言えばいいのかい?  それとも、代償が必要かい?」


 王子がいかに嫌われていても、盗賊ギルドが慈善事業をするとは思えない。盗賊ギルドとは付き合いなど全くないが、想像はできる。少女は頷いた。


「話が早いね……その点は、ギルド長から聞いておくれ。あたしは、ただ連れてくるように言われただけだからね。まあ……想像はできるけどね」

「どこにいる? あまり長く、ピノを大人しくさせておける思えないんだが」

『そんなことないよ』


 ピノが俺の腕の中で、口をパクパク開閉させた。これも、俺以外には聞こえていない。だが、無視はできなかった。


「そうかい? 海の中にいた時とは、随分変わったな」

『えーーっ? そう?』


 俺の腕に抱かれ、膝の上に座ったまま、ピノは尻を細かく動かした。これは、尾びれがあったときのくせなのだろう。尾びれがあれば、ぴちぴちと激しく動いていたに違いない。


「……悪い。ピノと話していた」


 盗賊ギルドの少女が白い目をして俺を見ていたのだ。


「……気味が悪い。やっぱり、妄想狂いだね……まあ、いい。このお嬢さんを助けたのは本当なんだ。あの王子と結婚させなかったってのは、助けたって言って、間違いないよ。ついて来なよ。ギルド長の住処は、この近くだ」

「ああ……わかった」


 俺はピノを抱いたまま立ち上がったが、ピノの求めに応じて床に下ろした。せっかく足があるのだから、使いたいということらしい。いかにもピノらしい台詞だ。

 俺の頭上で、カマキリが鋭い釜を振り下ろしていた。落ちそうにでもなってしがみついたのだとしたら、突然動いた俺が悪いのだが、どうもそうではないような気がする。


「痛い」

『カロン、頭から血が吹き出ている』


 ピノに言われて手を伸ばすと、俺の手にカマキリがまとわりついた。

 手にとって見ると、鎌が真っ赤にそまっていた。どうやら、俺の血だ。

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