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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
海底の王国と人魚の姫

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72 ピノに見せたくないものがあるのか

 海の魔女グリフィルは、俺が勇者であることを言い当てた。俺はまちがいなくレベル18の勇者だが、かといって、それは元の世界のゲームシステム的な職業に過ぎない。この世界で望まれている勇者ではないはずだ。

 だが、俺が勇者ではないとは否定もできない。勇者の条件なんか、俺はそもそも知らないのだ。


「勇者に用があるのか?」


 ピノは、俺の腕の中でぐったりと休んでいる。寝ているのだ。全身から力が抜けたようにぐったりしているのは、通常のピノの寝方ではない。


「あたしは、この海が欲しい。海の王から奪いたい」

「そのために、協力しろと?」


「そんなつもりはないよ。本物の勇者なら、あたしの個人的な欲望に従うはずがないからね。だから、あたしはあたしのやり方で、この海を支配する。だけど、邪魔な奴がいる。この世界の全てを手に入れようとしている強欲な奴だ。魔王って呼ばれているらしい。いまはまだ、表立っては動いてはいない。本人が復活していないって噂もある。だけど、世界中に根を張り巡らせているのは間違いない。配下に七魔将と呼ばれる化け物たちがして、それを世界中に放っている。海に放たれたのが、ホライ・ゾンだ。海は広いだけではなく、深い。時間をかけて、ゆっくりと支配しなければ、手に負えなくなることを知っている。だから、あんたみたいな強力なカードでさえ、ホライ・ゾンは簡単に手放して、回収しようともしない。いや……しようとしているけど、手が出ないのかもしれない。あんたが死んだと思っているかもしれない。とにかく、ホライ・ゾンってのは、そういう厄介な奴なのさ。放っておけば、いずれ海原や島々だけでなく、海底も支配しようとするだろう。海の王……ピノの父親も、ホライ・ゾンを嫌っている。だけど、あいつは単純だ。見ただろう。魚頭だ。目の前の利益にしか反応しない。ホライ・ゾンがその気になれば、簡単に懐柔されるだろう。そうなったら、ホライ・ゾンにとって海底を支配するのは簡単だ。だから……そうなる前に、ホライ・ゾンを、できれば魔王を殺したいのさ。魔王については、どれだけの力の持ち主か皆目見当もつかないけれどね」


「……俺に、ホライ・ゾンを殺せと言いたいのなら、それは無理だ。俺は、あいつの血を飲んだ。逆らうことができない。逆らおうという気力が起きない。逆らうという発想が出てこない。とても、厄介な呪いだ」

「……ふん。いいだろう。あたしは魔女グリフィルだ。その呪い、なんとかしてやろう」


「だが……この呪いのおかげで、力が強化されているのも確かなんだ。呪いを解いたら、多分俺は地上に戻れない」

「厄介だね……わかった。なら、あんたの呪いは解除しない。その代わり、別の呪いをかける。呪いが相殺されて、ホライ・ゾンに従わないが強化だけされている状態にしてやろう」

「そんな、都合のいいことができるのか?」

「これから、研究するのさ」


 グリフィルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ピノはどうする?」


 相変わらず、俺に抱かれて可愛い寝顔をしている。


「このまま返す手はないね。人魚は強力だ。存在そのものが霊薬みたいなもんさ。今回の生贄は人魚だって聞いた時には、これで貴重な薬が山ほど作れるって喜んだものさ」

「人魚から山ほど薬を作って、その人魚はどうなる?」

「どうにもなりゃしないよ。人魚の涙も唾液も、よだれだって強力な薬なる。死ぬまで繋いで、そういった分泌物を摂取するだけさ。もちろん、逃がしはしないから、一生繋がれたままだけどね」


 グリフィルは、本当にピノを殺すつもりはなかったようだ。その点で、嘘はない。だが、気のいいおばさんではなかったのだ。俺の、ピノを抱く腕に、自然に力が入った。


「ピノを、一生閉じ込めておくのか?」

「海の王のほうじゃ、タイラントがピノとあんたを食べちまったと思っているだろうさ。だから、一生鎖に繋いでも、どこからも苦情がこない。だから、繋いでおくのか一番だね」

「……俺次第か?」


「ああ。話しが早くて助かるね。あんたがホライ・ゾンを殺せたら、ピノは放免してやる。あんたに呪いをかけるために、どんな貴重な材料をつかわなきゃならないか、まだわからないんだ。その代償ぐらいは、ちゃんと払ってもらう。ホライ・ゾンを倒せるなら、無駄じゃなかったってわかるからね」

「……ピノに酷いことをしないと誓ってくれるなら、俺はどんな呪いも受けるし、あんたの命令どおり働く」


「ふん。勇者かと思ったけど、ずいぶん聞き分けがいいね。こりゃ、まがい物かもね……まあいい。強ければ、それ以上は求めない。勇者ってのはもっと、理不尽でわがままだと思っていたよ。いいだろう。ピノから霊薬の材料はもらうけど、本人が嫌がることはしない。ただし、あんたに呪いをかける件については、ちゃんと納得させるんだ。どんな呪いになるかわからないんだからね」

「……わかった」


 言ってみたが、下半身がイソギンチャクの魔女がどんな呪いを行うのかについては、さすがに俺も心配だった。






 俺とピノは、魔女グリフィルの城に滞在することになった。海の王の城は、あまりにも巨大すぎて全容がわからないほどだったが、グリフィルの城はそこまでではなかった。

 現代の欧州に残る、中規模の城ぐらいだろう。もちろんそれでも十分に大きいし、俺はそもそも城に住んだことがないので、あくまでもイメージだ。


 実際には、城の半分は水没し、俺が生活できるのは一部でしかない。ピノにとってはむしろ快適な環境らしく、元気に泳ぎ回っている。

 魔女がピノを傷つけるつもりがない、というのはどうやら本当のようだ。

 人魚というのはとても特殊な存在というのも事実らしく、俺はピノの涙や唾液を採取するように道具を渡されていた。


 ピノが泣く場面や涎を垂らす場面に遭遇したら、欠かさず採取しろということらしい。簡単ではないと思ったので本人に直接言うと、とりあえずと言って唾液をくれた。今後も継続である。

 ピノについて嘘はなかったが、これまで生贄になった者たちはどこにもいなかった。ピノの友達についてもグリフィルは連れてこようとしなかった。


 たぶん死んでいるのだろうと、俺も深くは問い詰めなかった。

 グリフィルの城に滞在して3日が経過した頃、俺は呼び出された。呼びに来たのは、グリフィルの従者でウミヘビのような細長い体をした生物である。


 グリフィルの城にいたのは魔女だけではない。魔女の生活を支えるためかどうかわからないが、多くの魚人がいる。海の王の城と違うのは、軟体生物系の魚人が多いことか。よく見かけるのはウミヘビ、ヒトデ、クラゲの魚人だが、器用に道具を使って言葉を発する以外に人間らしい部分はないので、魚人という名前も正しいのかどうかわからない。単に、知恵の発達した海産の魔物と言ったほうがしっくりくる。


「来たね」


 俺が呼ばれたのは、魔女の研究室らしい小さな部屋だった。海中を通らなければ行きつけなく、俺は水の中から這い出した。

 実際の部屋は、天然の洞窟のようになっており、ゴツゴツした岩肌にいくつもの棚が据えられ、火が焚かれて鍋で何かを煮ている。


「俺一人に用ってのは、なんなんだ? ピノがすぐに探しにくるぞ」

「ああ……別にピノに聞かれてもかまわないのさ。本当に、あんたのことを気に入っているんだね。一緒にいない時を探すのが大変だ」


 魔女は陶器の小瓶を振りながら振り向いた。顔立ちの整った美人だが、歳をとっているのと化粧が厚いので、実際の顔立ちはよくわからない。


「どうして気に入ってくれているのか、俺にもわからない。よくしてもらっている」

「その認識があるなら結構だ。あんたの呪いだが……少しばかり、特殊な薬が必要だ。とって来てもらいたいんだが、頼めるね?」


「ピノを傷つけないことなら協力すると言ったのは本心だ」

「ああ。だから、あんただけを呼んだんだ。ある洞窟に向かってもらいたい。この城の裏手から入れるし、人間でも息を止めていれば潜れる場所だ。密閉された空気がたまっているし、あんた一人でも行けるはずだ。その場所には、ピノはいかないほうがいい」


「ピノに見せたくないものがあるのか。俺は、何を持ち帰ればいい?」

「その洞窟には、これまでの失敗作を放り込んである。要は……生贄たちの成れの果てだ。大方は死んだが、結構まだ生き残っていてね。いずれ、尖兵として使うはずで、生かしておいた。といっても、あたしの言うこともきかない。ピノに見せられない理由がわかるだろう。どれがピノの友達かなんて、あたしにもわからない。あんたに持って来てもらいたいのは、その奥にある、海竜の爪だ。心配しなくてもいい。海竜自体は死んでいる。死体のまま放置されているのさ。竜の死体は、使いようによってはお宝になるからね。宝物庫の番人、みたいなものさ」


「どうして……自分で取りに行けないような状況にしたんだ?」

「行けないわけじゃない。あたしが勝てないとでも思うのかい? あたしは見ての通り忙しいし……洞窟の番人どもですら倒せないようじゃ、さすがに勇者としては役立たずだと思ってね。あんたに仕事をやることにした。それだけさ」


「本当に勇者かどうかのテストでもあるというわけか」

「ああ。そういうこった」

「一つ聞き忘れたが、ホライ・ゾンの呪いをなんとかできたら、俺はどうやって地上に戻ればいい?」

「あたしが送ってやる。他に質問がなければ行きな。ピノに見つからないようにね」

「わかった」


 俺は、海に潜った。いわば、海底ダンジョンの探検だ。

 この3日間ピノと遊んで、だいぶ泳ぐのに慣れた。 

 ピノがいないのは心細かったが、少しだけ高揚しているのを自覚した。

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