73 大丈夫よ。カロンは強いもの
アイテムボックスに食料や日用品を放り込む癖がついているので、どこに出かけるにも準備というものはほとんどない。
俺は、さっそく城の裏手に向かった。時間をかければかけるほど、ピノに見つかってしまうことがわかっていた。
ピノは、一人の時に何をしているのかといえば、ほぼ四六時中俺を探しているらしい。
魔女グリフィルに呼ばれた時も、ピノが寝ていたから抜け出せたのだ。
城の裏手に、黒い洞窟が口を開けていた。水没している。魔女の城の半分は水没しているので、驚くことではない。問題は、入り口からどれぐらいで空気がある場所にたどり着けるかということだが、これは潜ってみないとわからない。
俺はステータスを確認し、MPもHPも満タンで、異常がないことを確かめた。
息を止め、潜る。
フラッシュで視界を確保する。一瞬で強い輝きを放つこの魔法だが、光が消えるのは一瞬ではないので、しばらくは明るい。
水の中では火も使えないので、しばらくは多用することになるだろう。
息を止めたまま潜って行くが、警戒したような出迎えはなかった。
魔女グリフィルの命令に従っているわけではないので、洞窟から出られないようにしてあるのだろう。
水中をしばらく行くと、横穴から上方向の縦穴に変わった。空気が溜まっているなら上だと思っていた俺にはありがたい。
俺は迷わず上に泳ぎ、魔女が言った通りの、空気溜まりに顔を出した。
「フラッシュ」
声に出さなくても使用できるが、ときどき声に出すのは気分の問題だ。真っ暗だった視界が確保される。
見たくなかった。
タツノオトシゴ兵が、大量にただ立ち尽くしていた。
何をしているでもない。ただ立っている。俺が声を出した瞬間、俺の方を振り向いた。その表情から読み取れることは、死んでいる。
動く死者だ。ゾンビの存在は、この世界でも見たことがある。それと酷似していた。
武器はない。全裸だと言っていいが、タツノオトシゴ兵の体は、全身がごつい鱗で守られている。
水面から足場がある洞窟に変化しているその場所が、死者に埋め尽くされているのだ。
俺は、まず鉄の剣を取り出した。
ほとんど足場がない。それほどまでに、死者がすし詰めで立っていた。
俺は転がるように足場に上がる。思った通り足場は岩でできていた。
タツノオトシゴ兵の死者の足にぶつかった。味方ではあるまい。味方であってほしくもない。
俺は鉄の剣でなぎ払う。タツノオトシゴ兵の鱗は頑丈だったが、俺の剣の一閃で、目の前の足が切断された。魔法だけでなく、力も上がっているのかもしれない。あるいは、勇者レベル18の能力か。
だが、足を一本切断したところで別の足に止められた。足を切られたタツノオトシゴ兵は、倒れもしない。死体だから痛みを感じないのかもしれないが、すし詰めなので倒れるスペースがないのかもしれない。
「タイカ」
あまりにも、数が多すぎる。俺は視界に見える範囲のものを焼き払うことにした。
一気に視界が炎に染まる。
俺は、再び水の中に戻った。
タツノオトシゴ兵たちは水には入れないようだ。やはり、魔女グリフィルが洞窟から出てこられないように処置しているのだろう。入り口からすぐの水中は安全地帯なのだ。
俺が放ったタイカの一撃で、次々とタツノオトシゴ兵が崩れて行く。相変わらず、寒気がするような威力だ。
俺の中でファンファーレが鳴り響き、俺は久しぶりにレベルアップした。勇者レベル19に成長した。
視界に入る限りのタツノオトシゴ兵を一発の『タイカ』で焼き払ったが、それでも全体の5分の1ぐらいにしかならないだろう。炎で照らされ、全体が見えるようになった俺は、そう判断した。
水から上がった場所は、天井は高くないがホールのようになった広い空間で、その空間にぎっしり詰め込むように、死体が立ち並んでいたのだ。
仲間である死体たちが次々に倒れていくのに気づいた、というべきか、とにかく反応した他の大量の死体が、俺に向かってくる。俺はさらに『タイカ』を連発した。
水から上がり、燃える死体に迫られる。一撃のタイカで始末できる程度の相手だが、完全に燃え尽きるまで俺に向かってきた。
俺は鉄の剣を振るい、燃え崩れながら襲いくるタツノオトシゴ兵の死者たちを相手に、立ち居振る舞った。
だが、この洞窟が実験の失敗作を捨ててあるだけの場所なら、あまりにも死体の数が多すぎる。
俺は不審に思いながら、死者たちを切り捨てて、奥に進んだ。
死者の数は数百に及ぶ。
俺は、広間の奥で、その理由をつきとめた。
全ての死体が倒れて拓けた場所の最奥に、一風変わった死者がいた。
タツノオトシゴ兵の死者でありながら、他の死者とは違う。武器を持ち、鎧を身につけていた。俺に向かってこようとしている。その最中に、体が震え、二つに分裂した。
どうやら、この空間いっぱいにいた動く死体は、この一体が分裂したものらしい。
完全に死んだ体で、生きていることの証明とも言える細胞分裂そっくりの行為を行っていることをどう理解していいのかわからないが、とにかく増殖する、というのが研究の成果なのだろう。
死体そのものは強くない。ぎっしり詰まっているということがなければ、剣で十分にあしらえる。
俺は鉄の剣を振り回し、最初の一体と思われるタツノオトシゴ兵を蹴り飛ばす。
まだ、分裂して完全に動きを停止していない死体は、100体以上も残っている。
剣であしらえると言っても、すぐに対処できないほどの大群になる。
俺は、剣を振りながらタイカをさらに連発した。
気がつくと、俺は勇者レベル20にあがり、動いているのは最初の一体だけになっていた。
その一体を、俺は生かしておくことにした。今後、レベルを上げたい時に役に立ちそうだ。
俺はレベル20になってことで、さらに『バン』という魔法を覚えていた。名前からして爆発系の魔法だろう。いずれ使う時が来るとして、休憩をとることにした。
死体たちの最初の一体は、縛って転がしてある。
HPは平気だが、MPがかなり減っていたのだ。
俺は三十分ほど休むことにして、あちこちで燃え上がる死体を明りに、その場に座った。
岩の床がほんのりと暖かいのは、現在でも死体が燃える火で炙られているからだ。
「あっ、見つけた」
俺が座った時、突然俺の足の間から、水色の綺麗な髪をした可愛らしい顔が突き出された。ピノだ。
「ピノっ! ここに来ちゃ駄目だろ」
「えっ? なんで?」
「魔女グリフィルに言われなかったのか?」
「ううん。なんにも」
ピノは、岩の中を水中のように泳ぐことができる。それは、特殊な能力なのだ。グリフィルには不可能なのだ。ピノを止めることができなくても、不思議ではない。
グリフィルが、改造したピノの友達を放置してあるかもしれないから、とは俺も言えなかった。
「そうか。俺は、魔女のお使いでこの奥にいかなくちゃいけないんだ」
「そう。なら、行きましょ」
ピノは岩の中から出て、座っていた俺の腕の中に落ちて来た。ピノも行くつもりなのだ。予想できた反応だ。
「危ないぞ。グリフィルが研究している魔物が放たれている」
「大丈夫よ。カロンは強いもの。あのタイラントを倒したのよ」
実際には、タイラントはそれほど強くなかった。だが、ピノは俺の所有者のつもりでいる。俺も、強く言ってピノに嫌われる覚悟はない。結果として、俺はピノに危険が無いように説得することしかできなかった。
「魔物が出たら、岩の中に隠れてくれ。俺が倒すから。魔女と、そう約束したんだ」
「うん。わかった」
多分わかっていないだろうと思わせる元気な声でピノが返す。俺は、MPが回復するまで、ピノの感触を楽しんで時間を潰した。
広間から奥に進むと、俺の膝上まで海水が溜まっている場所に出た。ピノは俺の腕に抱かれていたが、海水に我慢ができなくなったらしく、尾びれが派手に動いていたで、手を離した。
これから進む全ての場所で魔物が待っているわけではないだろう。ピノが、浅いながらも海の水で気持ちよさそうに泳いでいるのを、俺は止めることもできずに、微笑ましく思いながら水の中を進んだ。膝上までしか水がないので、当然歩く。
「キャッ!」
突然、前方で泳いでいたピノが沈んだ。俺は慌てて水に飛び込んだ。
足がついていたはずの地面に、穴が空いていた。その穴に、ピノが吸い込まれつつあった。それだけならいい。海流に飲まれても、人魚にすればただのアトラクションにしかならないだろう。だが、その先に不吉な顔をしたアンコウのような姿を認めた。このままでは、ピノが食われる。
俺は頭から飛び込み、懸命に手を伸ばした。
ピノが伸ばした手を、ぎりぎりで捕まえようとした。
ピノの指先が触れた。
滑る。
ピノが、暗い水の中に吸い込まれていった。




