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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

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51 あたしと一緒に来る気がないのはわかった

 俺は闘技場の地下牢で、ドディアを腹に乗せたまま、幼馴染ファニーの妹であるフラウの訪問を受けた。

 どうやって入って来たのかは知らないが、鉄格子の内側にいた。

俺は体を起こし、腹の上のドディアをベッドに下ろして、座り直した。俺に向かって手を伸ばしているフラウに、謝罪した。


「すまない。俺はまだ、逃げるわけにはいかない」

「……この子が理由?」

「そんなはずないだろう。ドディアのため、ということなら、むしろ早く逃げたほうがいいだろう。どこかの田舎に引きこもって、狩りでもして、生きていくさ」

「そうだね。なら、お姉ちゃん?」


 フラウの姉、ファニーはカロン少年の幼馴染で、憧れの女性だったと思われる。12歳で奴隷として売られ、現在は14歳か、15歳だ。きっと、綺麗になっているだろう。


「もちろん」

「もう……諦めたら?」

「どうしてそんなことを言う? 村では、俺はすぐに死ぬと言われていたが、剣奴から剣闘士になった。なんども戦って、国王に認められれば、自由になれる」


「呆れた……カロン、頭だけはよかったのに、どうしちゃったの? まだ自由になれるなんて、本気で思っているの?」

「もちろんだ」


 本当は、多分無理だろうなと思ってもいる。未だに恩赦すら受けられない。だが、死刑さえまぬがれれば、急いで自由になることもない。


「二ヶ月後には、どうしたって火炙りになるんだよ」

「つまり、まだ二回、チャンスがある」

「……本気で言っている?」


「何か、知っているのか? 前回の試合の前、厚化粧の女が俺を殺しにきた。奴隷の俺が人殺しはまずいと思って拷問だけにしたが、口を割らせる前に、ゴラッソ……闘技場の興行主に止められた。どうして俺の命が狙われたか、フラウは知っているのか?」

「……それを言えば、あたしが知っていること、全部教えなきゃいけなくなるよ」


 フラウは腕を組んで、難しい顔をした。考える頭があるとは思わなかった、とは言わないほうがいいだろう。

 フラウが結論を出すまで、俺はドディアの頭を撫でていた。髪はごわごわだが、手に馴染んできたのか、触り心地は悪くない。


「……わかった。どうせ、このままじゃ死ぬんだもんね。教えるよ」

「このままじゃ死ぬって前提が、そもそもわからないが」

「カロンに恩赦はおりない。絶対に、だよ。なにしろ、王が殺したがっているからね。だから、どれだけ闘技場で頑張っても無駄なのさ」


「そんなに、妖術師が嫌いか?」

「問題はそれじゃない。カロン、王と直接会ったんだろ? 何か、感じなかったの?」

「汚い爺さんだと思ったよ。そうだな……俺の顔をじっと見ていた」

「似ている、とか思わなかった?」


 さすがに、そこまで言われればわかる。俺は、父親に殺されそうになっているのか。


「思わないが……そういう言い方をするってことは、俺たちの母親は……俺の実の親らしいな」

「うん。あたしも感づいていた」


 正確には把握していなかったのだろう。俺は、カロン少年が過ごした貧しい村の、子供を育てる施設で母と呼ばれる女性を思い出した。


「この街で侍女をしていたが、住んでいられない事情ができて、街を出た、と言っていた」

「そうなんだ」

「あのじじいが、俺の父親か?」


「そういうこと。当然わかっているだろうけど、王には何人も子供がいて、王権を争っている。その中に、突然降って湧いた落とし胤が、闘技場でとんでもない力を見せつける。王としては、これ以上子供達を争わせたくない。だから、このまま死んで欲しい。わかった? カロンは、ただの妖術師として死ぬか、剣闘士として死ぬか、そのどちらかしか道は残されていない」


「なるほど。だから、フラウは俺を逃しにきたのか」

「わかった? だから、ほら」


 フラウが再び手を伸ばす。だが、俺はその手を取らなかった。


「もう1つ、教えてくれ」

「なんだよ」

「俺を逃したい奴は、俺をどう利用しようとしている?」

「……どういう意味?」

「わかっているんだろう? フラウの後ろにいる奴は誰だ? そいつを連れてきてくれ。そうでなければ、俺はここから動かない」


 フラウの顔から、余裕が消えた。まだ12歳ぐらいの少女を追い詰めたくはなかったが、俺も利用されるだけというのは気に入らないのだ。


「……名前は言えないし、この街にはいない。だから……連れてもこられない。でも、王の落とし胤が、闘技場でとんでもない活躍しているって聞いたら……ぜひ担ぎ上げて、将来は王に……ただ利用されるだけじゃない。いい思いだってたくさんできる。誰だって、憧れる。なっ、なっちゃいなよ。王だろうがなんだろうが、なっちゃえばいいじゃない」


 フラウの背後にいる人間は、王権を狙う実力ある貴族といったところか。最後の言葉だけ、フラウの声が裏返った。想像もしたことがないようだ。


「このまま、殺されるより、まし、か」

「そうだよ」

「フラウは、なんのためだ? フラウ自身に、どんなメリットがある?」


 フラウは頬を指先で掻いた。今度は、余裕がないという表情ではない。


「盗賊のお頭の命令だよ。盗賊ギルドってのは、いろいろなとこと繋がっている。カロンがあたしと顔見知りだってわかったら、すぐに、行ってこいってね。お頭の命令だけど……命令だけじゃない……カロンのこと、助けてやるよ。王になれなくても、貴族ぐらいにはなれるかもしれない。あたしは役に立つよ。だから……」

「俺を口説いているつもりか?」

「……そんなんじゃ……」


「悪いが、貴族の贅沢な暮らしにも、王様になるのも、興味はないな」

「……後悔するよ」

「そうかもな」

「お姉ちゃん……探したって無駄だよ」


 俺の思考が停止した。俺自身には、ファニーのことはあまり興味がないことだった。ただ、俺が体を借りているカロン少年にはそうではない。カロン本人は死亡して、魂がないはずだ。それなのに、反応する。どういうことだろう。

 考えてもわからない。俺は、フラウを見た。


「ファニーがどうしているか、知っているのか?」

「知らないよ」

「どうして、嘘をつく?」


 フラウが頬を含ませた。そうしていると、まだ子供なのだと思える。


「お姉ちゃんのことなんか、忘れなよ」

「それは、できないな」

「お姉ちゃん……もう、処女じゃないよ」

「だろうな。奴隷として売られたんだ。当然だ」


「あ、あたしに乗り換えれば? そんなに……違わないと思うよ。あたしなら……処女……だし」

「そのことに、なんの価値がある?」

「お、男って、好きなんでしょ? 初めてとか、初物とか……じゃないの?」


「俺は……気持ちよければなんでもいい……いや、そうじゃない。ファニーに……幸せになってほしいんだ。ファニーには、俺の助けなんかいらないってわかれば、もう何も言わない。俺が自由になれなくてもいい。ずっと、奴隷で生きていくさ。でも、ファニーは不幸かもしれない。誰かが、なんとかしてやらなくちゃいけないような状況かもしれない。もしそうだったら、俺がなんとかしてあげたい。なんとかできるぐらい、力がほしい。そのために、俺がほしいのは自由と金だ。権力じゃない。権力は、周りの人間を不幸にする。俺には、その力は使いこなせない。だから、自由になって金を稼ぎたいのさ」


「そう……あたしと一緒に来る気がないのはわかったよ。でも……闘技場なんかで死ぬ気持ちないんでしょ?」

「まあな」

「それだけわかればいいよ。後は、勝手にカロンが協力しなくちゃならないようにしてやるさ。でも、カロン、ここから一人で逃げられない本当の理由は、それじゃないの?」


 フラウが、俺の隣で丸くなって寝ているドディアを指した。俺は否定しなかった。ドディアを置いて逃げろと言われれば、それだけで拒絶する自信があった。

 ドディアはまるで聞いていたかのようにむくりと起き上がると、四つん這いでのそのそと歩き、俺のうえに上り混んで再び寝息を立て始めた。


「来てくれたことには感謝する。次の試合の後……俺に恩赦がおりなければ、俺は逃走する。もし……手が必要なら、エスメルという冒険者と、クズだがドギーという冒険者なら、俺が逃げるのに協力するはずだ。興行主のゴラッソと、闘技場の従業員のエルフのロマリーニも、俺を逃したがっていた」

「なんだ。カロン、自分で準備できるんじゃん。頭はいいけど頑固で人の話を聞かないって思っていたけど、これなら安心だね」


 俺は、フラウとは過去に一度しか会っていない。カロンに対する感想は、カロン少年に対するものだろう。どうやら、俺とカロン少年は似ているらしい。特に、友達が少ない辺りが。


「俺は、死ぬつもりはない」

「よかった。安心した。じゃあ、次の試合はゆっくり観戦させてもらうよ」

「奴隷は試合を見られないのに、盗賊は見られるのか?」

「あたしは、腕がいいからね」


 フラウが盗賊になってから、半年ほどしか経っていないはずだ。腕を自慢にするほど経験を積んでいるとは思えないが、否定することもない。

 俺が笑うと、フラウは笑い返して、牢の扉を開けて出て行った。

 鍵が開いていたのか、フラウが開けたのだろう。


 俺は横になった。掛け布団が欲しいと思ったら、ちょうどドディアが俺の胸のあたりまで登ってきたので、力が抜けて柔らかくなっている筋肉を抱いて、この日は眠った。






 地下牢であり、食事の時間も不定期だ。監禁されて何日経過したのかすら、全くわからない日が続いた。

 次の試合まで、何日あるかもわからない。騎士たちを一蹴した段階で、たいていの敵には負けないだろうと思っているが、やはり訓練ができないというのは不安になる。

 飯もまずかったので、ダンジョンに潜った時に溜め込んだアナグマモドキの肉を取り出して、ドディアと分け合った。


 水もなかったので、壁をヒエで凍りつかせ、結露を貯めて飲み水にした。その水で、たまに体を拭いた。

 地下牢に囚われて、何日が経過したかわからないが、再び訪問者をむかえていた。

 今度は、全く懐かしくなかった。知らない男たちだった。


「寝ているな」

「ちょうどいい」

「鍵が開いているぞ」

「逃げないのか。呑気な奴だ」


 俺は起きていた。することがなかったので、ベッドに寝転んでぼんやりとしていたのだ。

 声は2つ聞こえた。カチャカチャと金属の音がするところを考えると、騎士だろうか。

 金属が長く擦りあう音が聞こえる。どうやら、剣を抜いたらしい。

 俺は薄く目を開けた。


 松明の明かりでよく見える。俺は、剣を振り下ろされようとしている。

「ビリ」

 最近覚えた魔法を使ってみる。ダンジョンの地下深くで、ヤモリドラゴンを仕留めた魔法だ。一撃では攻撃力が弱く使えない魔法だと思っていたが、一撃で騎士が悶絶し、床に倒れた。


 「タイカ」ですら、騎士を倒すのに3発使用した。「タイカ」は範囲魔法なので、単体魔法と比べて使用目的が違うが、「ビリ」が弱いというわけではないようだ。名前からして、電気を流すのだろう。

 心臓が動いている生命体には有効だろう。

 突然一人が倒れたことで、もう一人が動揺した。


「た、助けて……」


抜いていた剣を捨て、両手を上げて膝をついた。騎士のはずだが、実際に命のやりとりをしたことはないのだろう。


「俺に何の用だ?」

「た、頼まれたんだ。ひょっとして、次も生き残るかもしれない。殺すことができたら……妹を助けてくれるって」

「あんたの妹が何者か知らないが、俺の命を引き換えにはできない。その話が本当かどうかも、わからないしな」

「ほ、本当……」

「ビリ」


 騎士の体がびくんと跳ねた。大きく跳ね、どさりと落ちる。焦げ臭い匂いがしたが、半分ぐらいは美味そうだと思ってしまう自分に嫌悪を覚える。

 鉄格子の扉は開いていたので、俺は騎士の装備を剥ぎ取ってアイテムボックスに入れると、死体を鉄格子の向こうに放り出した。扉が開いているとはいえ、たぶん本当に逃げようとすれば、逃げられるはずがない。

 俺がベッドに戻ると、ドディアが起き上がり、眠そうな目をこすっていた。


「カロン、なに?」

「なんでもない」

「……そう」


 俺がベッドに腰掛けると、すぐにドディアはことりと横になった。






 毎日、味は悪いが食事は提供される。次の日に食事を持ってきた男が悲鳴をあげたのは、俺の檻の前にある死体を見たからだ。俺に対して何かを聞き出そうにしていたが、俺は無視してドディアを愛でていたので、何も言わずに食事を置いて、別のトレイを持って通り過ぎた。

 いつも、俺の檻の前に食事を置き、すぐに通り過ぎて、しばらくして引き返していく。


 俺が監禁されている牢の先に、別の誰かがいるのだろう。闘技場の地下という特殊な場所は、この場所以外のところに閉じ込めると、闘技場に引き出すとき逃げられる恐れがある者のみが入れられる。

 見渡す限り、ただの鉄格子が並んでいるだけだが、俺の見えない場所に、誰かがいる。とても危険で、いずれは闘技場に連れ出される奴だ。


 それが何者なのか、俺にはわからない。だが、食事を置きに来る兵士は、俺よりそいつを恐れているように見えた。

 しばらくして、男たちが騎士二人の死体を運んでいった。普通に考えれば俺が殺したということになるのだろうが、俺は檻の中にいて、死体は外にある。

 扉が実は開いているというトリックに気づかない限り、俺が責められることはない。


 暗かったことも幸いしたからか、男たちはただ死体を運び出した。

 何日が経過しただろう。牢獄暮らしは、意外と快適だった。

 アイテムボックスに、役に立たないと思われるものもとりあえず詰め込んでおいたのが功を奏した。日用雑貨や食料を取り出して、魔法を使ってできるだけ快適に過ごせないか工夫した。


 ドディアがいてくれたのも大きかった。あまり話はしないが、俺には好意を持ってくれているのは間違いない。寝ている間は俺の上だし、置きていても離れようとしない。これで、本当は嫌いだと言われたら、それが一番辛いかもしれない。

 気になるのは、俺ともう一人、闘技場の地下牢に囚われているかもしれない奴の存在だ。


 俺には関係ない。そう思い続けた。たぶん、それは間違っていない。

 相手にしなければいい。どんな恐ろしい奴でも、地下牢の中ではなにもできない。

 だが、俺がそう思っていることを知ってか知らずか、あるとき突然、声が聞こえた。


『お前はどんなヘマをして捕まった? 種族はなんだ?』


 金属を擦り合わせたような不快な音が、レンガを積み上げた壁の向こう側から聞こえたてきたのだ。


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