50 血を見ないと興奮しない上にロリコンじゃ、客はとらせられないな
俺は誰の制止も聞かず、真っ直ぐに闘技場内で与えられた自室に向かった。
ドディアをベッドに下ろし、ドディアに対して回復魔法『メディ』を使用した。
鎖を解く。鍵がかかっていた。手足の戒めは解けない。
俺は、ドディアを寝かせたまま、床に座り込んだ。
「痛むところはないか?」
ベッドの上のドディアに尋ねる。
「うん」
「酷い事、されたよな」
「……うん」
「ごめんな」
「どして、カロン、謝る?」
「やったのは、人間だ。俺も……人間だ」
「カロン、人間、違う」
ドディアの優しさか、本気でそう思っているかはわからなかった。
俺はドディアの顔を見たくなり、ベッドの上に顔を出した。ドディアも同じように考えていたようだ。拘束具をつけたまま、顔を突き出していた。
俺と目があった。ドディアの目は、大きく、鋭く、青かった。その目が、閉ざされた。
俺は、ドディアの唇を吸った。
しばらくして離れ、お互いに目を開く。
「カロン、裏切った」
「俺が? いつ?」
「エスメル……」
その名は、俺が雇われた冒険者たちのリーダーの名だった。俺を雇い、ダンジョンに潜り、十分に稼げたと確信した夜、俺を抱いた。抱かれたのが俺の方だという自覚がある。
「あの時は……ドディアも承知していると……」
「カロン、信じていた。だから……」
ドディアが涙ぐみ、声が震えた。俺が、エスメルの誘いを断ると思っていたということか。悪いことをしてしまった。ドディアのことを、それほど好きだと思っていたわけではなかったこともある。だが、ドディアを傷つけてしまったのだろう。
ここで、あまり好きではないなどとは言えない。言えればある意味では格好いいが、言ってはダメな気もする。何より、俺はドディアが嫌いではない。ドディアの気持ちに気づかなかったわけでもない。ただ、先延ばしにしていただけだ。
ならば、思わせぶりな態度をとっていた俺に責任はあるのだろう。
「ごめん。悪かった」
「カロン」
「どうした?」
ドディアが顔を寄せた。どうしたのだろう。今度はわからない。俺も顔を近づけてみるが、ドディアは俺の顔を避け、俺の首筋に、噛み付いた。
獣人族特有の長い犬歯が、しっかりと俺の首筋に食い込む。皮膚を破り、血が噴き出す。
「ドディア、痛い、痛い」
「グルルルルル……」
ドディアは離さない。
「悪かった。も、もう、しないから」
それでもドディアは離さない。
「ど、ドディアのこと、好きだから」
「本当?」
離した。口が真っ赤に染まっている。全て、俺の血だ。俺がこの世界に来てから、最も生命の危機を感じた瞬間かもしれない。
これで嘘だと言ったら、また噛み付かれる。いや、それでも、いいか。
「嘘だ」
ドディアが飛びかかって来た。
俺の首筋に、今度は反対側に噛み付いた。
俺の首を噛みながら、ドディアは泣いていた。俺は、ドディアを引き離すのではなく、そのまま、抱きしめた。
たくましい筋肉が詰まったドディアの体だが、それでも、小さく、柔らかかった。
俺はドディアを抱きしめ、頭上に飛び出した大きな耳に囁いた。
「おかえり。もう、何処にも行くな」
ドディアの体がぶるりと震えた。ゆっくりと、ドディアが口を離す。
その時、俺の背後の扉が開いた。
「ああ……カロン、やっぱりお前、そういう趣味か。血を見ないと興奮しない上にロリコンじゃ、客はとらせられないな」
ゴラッソだ。俺はドディアを抱いたまま、振り返る。
「そんなこと、まだ言っていたのか? 俺はどうなる? 処刑か?」
「このまま、恩赦がなければな。騎士たちを殺そうが、闘技場の中でのことだ。王の面目丸つぶれだが、この件でカロンが罪に問われることはない。だが、恩赦はなくなった。準備しておけよ」
「準備?」
「このまま、お前が火炙りになるようなタマだとは思わない。どうせ、逃げるんだろう。逃げるなら、わしの迷惑にならないよう、闘技場から直接、逃げることだ。今日だって、カロンがあれだけのことをやらかして、のうのうと自分の部屋で女を抱いているなんて思わなかったさ。自室からカロンが逃げれば、わしの責任だ。だが、闘技場の管理は王の直轄だ。闘技場の中から直接逃げたなら、わしに責任はない。いま、この場にいる以上、逃げるのは次の闘技会だ。その準備をしておけ。次の試合が終わったら、そのまま逃げるんだ。二度と、この国に戻るんじゃねえぞ」
「……わかった」
「ああ。カロンは物分かりがよくて助かる。さあ、騎士たちを殺して、タダで済むとは思っていないだろう。その上に、なんだあの火は? 魔法か? 妖術、だよな。誰がどう見たって、妖術だ。だが、関係はない。闘技場では、妖術を使おうと罪にはならない。だが、妖術使いは闘技場から出たとたんに、裁判所に捕まる。その上、カロンは死刑囚だ。わかるだろ」
ゴラッソが脇に移動する。開いた入り口から、緊張した顔の衛兵が、太い鎖を持って入って来た。
「ゴラッソ、話が違う」
「そんなことはない。ただ、次の闘技会まで拘束するだけだ。カロンが暴れれば、衛兵でおさえられないことは、こいつらもわかっている。ここは闘技場ではない。ここで衛兵を殺せば、お前を殺させる大義名分ができる。それほど、頭が回らないやつじゃないと思っているぜ」
「わかったよ。ただ、この子を頼む。騎士に捕まっていたんだ。闘技場で騎士に殺させかけたのは、見ていただろう」
「いいのか? この娘は、剣闘士でも剣奴でもない。ただ、カロンを従える道具として連れてこられただけだ。それを奪った以上、戦利品だ。獣人族はこの街では奴隷としてしか住むことを許されないが、カロンと一緒にいるだけなら、問題はないぞ」
「……俺と一緒だと、色々と面倒に巻き込まれるだろう。剣奴にでもすればいい。この子は、強いぞ」
俺は、ドディアを離そうとした。鎖で拘束されるためである。ドディアも巻き添えでは可哀想だ。エスメルたちにも顔向けができない。
「カロン、やだ」
ドディアは聞き分けなかった。俺が引き離そうとしても、必死に俺にしがみつく。
「ゴラッソに任せろ。ドディアなら、生き残れる」
「……嘘つき」
俺は、ドディアに『もう離さない』と断言したばかりだ。確かに、嘘をついたことになる。
「……仕方ないな。俺を拘束するなら、この子も一緒に頼む」
「わかった。次の闘技会まで、一月だ。裁判所の牢獄ほど酷いところじゃない。安心しろ」
「結局、牢の中か」
「ああ。危険人物だ。仕方ない」
俺は、全身を鎖で巻かれた。さすがに鎖を引き千切るほどの力はない。簀巻きにされ、持ち上げられた。ドディアも一緒である。
「それで、俺はどうやって、この状態で逃げ出す準備をすればいいんだ?」
「心構えができただけでも、ありがたいと思ってくれ」
「優しいゴラッソのことは忘れないよ」
「ああ。感謝してくれ」
「次に会ったら、どこでも関係なく、殺してやるからな」
「楽しみにしている」
食えない爺さんだ。
俺は鎖に巻かれたまま、衛兵たちに運ばれた。
目隠しはされなかった。
外に出なかったのだ。
俺とドディアは、二人して闘技場の地下にある、鉄格子に入れられた。闘技場で戦わせるための囚人を格納する牢獄に違いない。
この牢から出ても、出られる先は闘技場だけだ。移送中の事故を防ぐための処置なのだろう。
結局俺は、自由になってファニーを迎えに行くことができなくなったと、認めざるを得なかった。
仕方ない。俺は裁判所とは比較にならないが、それでも鉄格子のはまった牢に、静かに横になった。ベッドは2つあり、鎖から解放されて、ドディアが横になっていた。
人間の力ではまず破壊できない、しっかりとした牢だ。隣から獣のようなうなり声が聞こえているので、入れられたのは俺一人ではないのだ。通常では手に負えない強力な猛獣か、狂犬病のような病気にかかっているのかもしれない。
しっかりとした牢だから、鉄格子の内側にいる俺の手足が拘束されなかったのはありがたい。ついでに、求めるとドディアの拘束も解いてくれた。
俺とドディアが同じ牢に入れられたのは、やはり俺の戦利品だと思われているのだろう。その他にも、戦利品はある。途中で騎士から奪った鉄の剣は、結局手にしたまま闘技場から出てきた。現在はアイテムボックスにしまってあるが、鋼鉄の剣がまた折れた時の代用となるだろう。
ドディアから話を聞くと、たどたどしかったが、どうして捕まったのか理解できた。
ドディアは、やはり俺がエスメルに手篭めにされたのにショックを受けて、一人での生活に戻ったらしい。
その後、しばらく王都の周辺で狩りをして暮らしていた。だが、魔物の討伐をするのは冒険者だけではない。冒険者の手が少ないと思われた場合には、騎士たちも魔物の数を減らすために出撃する。
たまたまドディアは、狩りをして休憩している時に、近くに騎士たちが野営を始めて、次の闘技会に出場すると耳に挟んだらしい。騎士たちは、俺の名前を出して、散々にこき下ろした挙句、どうやって殺して辱めるか、赤裸々に語ったらしい。ドディアが腹を立てて騎士に食ってかかったが、騎士の体は固く、俺のやった銅剣では傷をつけられなかったようだ。もちろん、騎士たちなので頑丈な鎧を着ていたはずだ。銅剣では歯が立たないのは当然だ。
ドディアは取り押さえられ、あるいは犯されそうになったらしいが、ドディアが俺の名前を繰り返し出したため、闘技場で万が一のための保険として捕獲し、俺に言うことを聞かせるために使おうとしたのだ。
どうして、王都周辺で生活をしていたのかは、ドディアは言わなかった。
俺を追って、あるいは慕って、離れがたかったのであれば光栄だが、ドディアはそうは言わないだろう。
とにかく、俺はドディアに失望されて捨てられ、いまは許された。
牢に入れられた翌日の朝、俺はずっしりとした重みで目を覚ました。
腹の上にドディアが乗っていたのだから、許されたと考えていいだろう。
「なぁんだ。カロン、お姉ちゃん一筋だと思っていたのに、お盛んだったんだねぇ」
突然、牢の中で、空気を一変させるような声が響いた。
俺が目を開け、壁に立てかけてあった松明の破片にボヤを使うと、俺の牢の中に、知らない女がいた。
いや、知っている。
随分懐かしい。
俺が、カロンとして生まれ、ここまで成長していたら、もっと別の感想を抱いたはずだ。たが、この人物とあったのは、たった一回だけだった。
「フラウ、生きていたんだな」
カロン少年が慕うファニーの妹で、奴隷になるのが嫌で盗賊になると言って村を出奔した放蕩娘が、俺とドディアが眠っていたベッドの脇に立っていた。
俺が突如燃え上がらせた松明に驚いてたが、小さく肩をすくめて俺に向き直る。
前回会った時は、まだ幼い少女でしかなかった。それから一年と経っていないはずだが、少女は随分と大人びて見えた。
ファニーと違って髪は緩やかに波打っている他は、カロン少年が壁に描いたファニーによく似ている。
つまり、とても綺麗だ。
「当たり前だろ。あたしは腕が良いんだ。簡単に死んでたまるかい。それよりカロン、助けに来たよ。こんなところで死ぬことはない。ここまで生き延びたんだ。もう、十分だよ。逃してやる」
フラウは俺に手を伸ばした。
だが、俺はその手をつかむことができなかった。




