↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/195

50 血を見ないと興奮しない上にロリコンじゃ、客はとらせられないな

 俺は誰の制止も聞かず、真っ直ぐに闘技場内で与えられた自室に向かった。

 ドディアをベッドに下ろし、ドディアに対して回復魔法『メディ』を使用した。

 鎖を解く。鍵がかかっていた。手足の戒めは解けない。

 俺は、ドディアを寝かせたまま、床に座り込んだ。


「痛むところはないか?」


 ベッドの上のドディアに尋ねる。


「うん」

「酷い事、されたよな」

「……うん」

「ごめんな」


「どして、カロン、謝る?」

「やったのは、人間だ。俺も……人間だ」

「カロン、人間、違う」


 ドディアの優しさか、本気でそう思っているかはわからなかった。

 俺はドディアの顔を見たくなり、ベッドの上に顔を出した。ドディアも同じように考えていたようだ。拘束具をつけたまま、顔を突き出していた。


 俺と目があった。ドディアの目は、大きく、鋭く、青かった。その目が、閉ざされた。

 俺は、ドディアの唇を吸った。

 しばらくして離れ、お互いに目を開く。


「カロン、裏切った」

「俺が? いつ?」

「エスメル……」


 その名は、俺が雇われた冒険者たちのリーダーの名だった。俺を雇い、ダンジョンに潜り、十分に稼げたと確信した夜、俺を抱いた。抱かれたのが俺の方だという自覚がある。


「あの時は……ドディアも承知していると……」

「カロン、信じていた。だから……」


 ドディアが涙ぐみ、声が震えた。俺が、エスメルの誘いを断ると思っていたということか。悪いことをしてしまった。ドディアのことを、それほど好きだと思っていたわけではなかったこともある。だが、ドディアを傷つけてしまったのだろう。


 ここで、あまり好きではないなどとは言えない。言えればある意味では格好いいが、言ってはダメな気もする。何より、俺はドディアが嫌いではない。ドディアの気持ちに気づかなかったわけでもない。ただ、先延ばしにしていただけだ。

 ならば、思わせぶりな態度をとっていた俺に責任はあるのだろう。


「ごめん。悪かった」

「カロン」

「どうした?」


 ドディアが顔を寄せた。どうしたのだろう。今度はわからない。俺も顔を近づけてみるが、ドディアは俺の顔を避け、俺の首筋に、噛み付いた。

 獣人族特有の長い犬歯が、しっかりと俺の首筋に食い込む。皮膚を破り、血が噴き出す。


「ドディア、痛い、痛い」

「グルルルルル……」


 ドディアは離さない。


「悪かった。も、もう、しないから」


 それでもドディアは離さない。


「ど、ドディアのこと、好きだから」

「本当?」


 離した。口が真っ赤に染まっている。全て、俺の血だ。俺がこの世界に来てから、最も生命の危機を感じた瞬間かもしれない。

 これで嘘だと言ったら、また噛み付かれる。いや、それでも、いいか。


「嘘だ」


 ドディアが飛びかかって来た。

 俺の首筋に、今度は反対側に噛み付いた。

 俺の首を噛みながら、ドディアは泣いていた。俺は、ドディアを引き離すのではなく、そのまま、抱きしめた。


 たくましい筋肉が詰まったドディアの体だが、それでも、小さく、柔らかかった。

 俺はドディアを抱きしめ、頭上に飛び出した大きな耳に囁いた。


「おかえり。もう、何処にも行くな」


 ドディアの体がぶるりと震えた。ゆっくりと、ドディアが口を離す。

 その時、俺の背後の扉が開いた。


「ああ……カロン、やっぱりお前、そういう趣味か。血を見ないと興奮しない上にロリコンじゃ、客はとらせられないな」


 ゴラッソだ。俺はドディアを抱いたまま、振り返る。


「そんなこと、まだ言っていたのか? 俺はどうなる? 処刑か?」

「このまま、恩赦がなければな。騎士たちを殺そうが、闘技場の中でのことだ。王の面目丸つぶれだが、この件でカロンが罪に問われることはない。だが、恩赦はなくなった。準備しておけよ」

「準備?」


「このまま、お前が火炙りになるようなタマだとは思わない。どうせ、逃げるんだろう。逃げるなら、わしの迷惑にならないよう、闘技場から直接、逃げることだ。今日だって、カロンがあれだけのことをやらかして、のうのうと自分の部屋で女を抱いているなんて思わなかったさ。自室からカロンが逃げれば、わしの責任だ。だが、闘技場の管理は王の直轄だ。闘技場の中から直接逃げたなら、わしに責任はない。いま、この場にいる以上、逃げるのは次の闘技会だ。その準備をしておけ。次の試合が終わったら、そのまま逃げるんだ。二度と、この国に戻るんじゃねえぞ」


「……わかった」

「ああ。カロンは物分かりがよくて助かる。さあ、騎士たちを殺して、タダで済むとは思っていないだろう。その上に、なんだあの火は? 魔法か? 妖術、だよな。誰がどう見たって、妖術だ。だが、関係はない。闘技場では、妖術を使おうと罪にはならない。だが、妖術使いは闘技場から出たとたんに、裁判所に捕まる。その上、カロンは死刑囚だ。わかるだろ」


 ゴラッソが脇に移動する。開いた入り口から、緊張した顔の衛兵が、太い鎖を持って入って来た。


「ゴラッソ、話が違う」

「そんなことはない。ただ、次の闘技会まで拘束するだけだ。カロンが暴れれば、衛兵でおさえられないことは、こいつらもわかっている。ここは闘技場ではない。ここで衛兵を殺せば、お前を殺させる大義名分ができる。それほど、頭が回らないやつじゃないと思っているぜ」


「わかったよ。ただ、この子を頼む。騎士に捕まっていたんだ。闘技場で騎士に殺させかけたのは、見ていただろう」

「いいのか? この娘は、剣闘士でも剣奴でもない。ただ、カロンを従える道具として連れてこられただけだ。それを奪った以上、戦利品だ。獣人族はこの街では奴隷としてしか住むことを許されないが、カロンと一緒にいるだけなら、問題はないぞ」

「……俺と一緒だと、色々と面倒に巻き込まれるだろう。剣奴にでもすればいい。この子は、強いぞ」


 俺は、ドディアを離そうとした。鎖で拘束されるためである。ドディアも巻き添えでは可哀想だ。エスメルたちにも顔向けができない。


「カロン、やだ」


 ドディアは聞き分けなかった。俺が引き離そうとしても、必死に俺にしがみつく。


「ゴラッソに任せろ。ドディアなら、生き残れる」

「……嘘つき」


 俺は、ドディアに『もう離さない』と断言したばかりだ。確かに、嘘をついたことになる。


「……仕方ないな。俺を拘束するなら、この子も一緒に頼む」

「わかった。次の闘技会まで、一月だ。裁判所の牢獄ほど酷いところじゃない。安心しろ」

「結局、牢の中か」

「ああ。危険人物だ。仕方ない」


 俺は、全身を鎖で巻かれた。さすがに鎖を引き千切るほどの力はない。簀巻きにされ、持ち上げられた。ドディアも一緒である。


「それで、俺はどうやって、この状態で逃げ出す準備をすればいいんだ?」

「心構えができただけでも、ありがたいと思ってくれ」

「優しいゴラッソのことは忘れないよ」


「ああ。感謝してくれ」

「次に会ったら、どこでも関係なく、殺してやるからな」

「楽しみにしている」


 食えない爺さんだ。






 俺は鎖に巻かれたまま、衛兵たちに運ばれた。

 目隠しはされなかった。

 外に出なかったのだ。

 俺とドディアは、二人して闘技場の地下にある、鉄格子に入れられた。闘技場で戦わせるための囚人を格納する牢獄に違いない。


 この牢から出ても、出られる先は闘技場だけだ。移送中の事故を防ぐための処置なのだろう。

 結局俺は、自由になってファニーを迎えに行くことができなくなったと、認めざるを得なかった。

 仕方ない。俺は裁判所とは比較にならないが、それでも鉄格子のはまった牢に、静かに横になった。ベッドは2つあり、鎖から解放されて、ドディアが横になっていた。


 人間の力ではまず破壊できない、しっかりとした牢だ。隣から獣のようなうなり声が聞こえているので、入れられたのは俺一人ではないのだ。通常では手に負えない強力な猛獣か、狂犬病のような病気にかかっているのかもしれない。

 しっかりとした牢だから、鉄格子の内側にいる俺の手足が拘束されなかったのはありがたい。ついでに、求めるとドディアの拘束も解いてくれた。


 俺とドディアが同じ牢に入れられたのは、やはり俺の戦利品だと思われているのだろう。その他にも、戦利品はある。途中で騎士から奪った鉄の剣は、結局手にしたまま闘技場から出てきた。現在はアイテムボックスにしまってあるが、鋼鉄の剣がまた折れた時の代用となるだろう。

 ドディアから話を聞くと、たどたどしかったが、どうして捕まったのか理解できた。


 ドディアは、やはり俺がエスメルに手篭めにされたのにショックを受けて、一人での生活に戻ったらしい。

 その後、しばらく王都の周辺で狩りをして暮らしていた。だが、魔物の討伐をするのは冒険者だけではない。冒険者の手が少ないと思われた場合には、騎士たちも魔物の数を減らすために出撃する。


 たまたまドディアは、狩りをして休憩している時に、近くに騎士たちが野営を始めて、次の闘技会に出場すると耳に挟んだらしい。騎士たちは、俺の名前を出して、散々にこき下ろした挙句、どうやって殺して辱めるか、赤裸々に語ったらしい。ドディアが腹を立てて騎士に食ってかかったが、騎士の体は固く、俺のやった銅剣では傷をつけられなかったようだ。もちろん、騎士たちなので頑丈な鎧を着ていたはずだ。銅剣では歯が立たないのは当然だ。


 ドディアは取り押さえられ、あるいは犯されそうになったらしいが、ドディアが俺の名前を繰り返し出したため、闘技場で万が一のための保険として捕獲し、俺に言うことを聞かせるために使おうとしたのだ。

 どうして、王都周辺で生活をしていたのかは、ドディアは言わなかった。

 俺を追って、あるいは慕って、離れがたかったのであれば光栄だが、ドディアはそうは言わないだろう。


 とにかく、俺はドディアに失望されて捨てられ、いまは許された。

 牢に入れられた翌日の朝、俺はずっしりとした重みで目を覚ました。

 腹の上にドディアが乗っていたのだから、許されたと考えていいだろう。


「なぁんだ。カロン、お姉ちゃん一筋だと思っていたのに、お盛んだったんだねぇ」


 突然、牢の中で、空気を一変させるような声が響いた。

 俺が目を開け、壁に立てかけてあった松明の破片にボヤを使うと、俺の牢の中に、知らない女がいた。

 いや、知っている。

 随分懐かしい。


 俺が、カロンとして生まれ、ここまで成長していたら、もっと別の感想を抱いたはずだ。たが、この人物とあったのは、たった一回だけだった。


「フラウ、生きていたんだな」


 カロン少年が慕うファニーの妹で、奴隷になるのが嫌で盗賊になると言って村を出奔した放蕩娘が、俺とドディアが眠っていたベッドの脇に立っていた。

 俺が突如燃え上がらせた松明に驚いてたが、小さく肩をすくめて俺に向き直る。

 前回会った時は、まだ幼い少女でしかなかった。それから一年と経っていないはずだが、少女は随分と大人びて見えた。


 ファニーと違って髪は緩やかに波打っている他は、カロン少年が壁に描いたファニーによく似ている。

 つまり、とても綺麗だ。


「当たり前だろ。あたしは腕が良いんだ。簡単に死んでたまるかい。それよりカロン、助けに来たよ。こんなところで死ぬことはない。ここまで生き延びたんだ。もう、十分だよ。逃してやる」


 フラウは俺に手を伸ばした。

 だが、俺はその手をつかむことができなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。