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それほどチートではなかった勇者の異世界転生譚  作者: 西玉
獣人の娘と深き闇

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49 動くな。動くなら、殺す

 闘技会の当日、俺はいつもの暗い待機場で、目の前の扉の先の死闘を感じながら、満足していた。

 十分に鍛えたと思う。勇者レベル16だし、新しい鋼鉄の剣も手に入れた。

 体も鍛えたし、直前には十分な休息もとった。

 何より、今日は周りにゴブリンがいない。


 ゴブリンのことは嫌いではない。色々な意味で、世話になった。だが、俺がゴブリンを率いて戦っている限り、俺は民衆の人気者にはなれないのだ。

 俺を殺そうとした女がいた。あの女が、俺が想定した通りに王かその取り巻きの指示によって俺を殺しに来たのだとしたら、まず、どうやっても俺の死罪は覆らない。ただし、望みもある。放っておけば死刑になる俺を、わざわざ殺すために刺客を放ったということは、俺の闘技場での人気次第では、殺すことができなくなるかもしれないと予測したはずだ。


 ならば、せいぜい観客を楽しませて、人気者になるしかない。

 俺は、鋼鉄の剣をアイテムボックスにしまった。いつもの銅剣を取り出す。

 ひょっとして、俺は強くなりすぎたかもしれないと感じたのだ。前回戦った冒険者たちは、冒険者としてほぼ最高峰だったらしい。ゴブリンを率いていたといっても、五人パーティーを倒してから、さらに俺が強くなっているのは事実だ。 ベテランの冒険者エスメルにも認められたし、俺自身が特別強くなっているということも考えられる。


 あまりに一方的な虐殺になるより、少しは苦戦した方が、観客が喜ぶに違いない。

 俺はそう思い、武器を銅剣に変えた。

 扉が開く。

 いつものことだ。俺を紹介する大声が響く。

 どうやら、俺の試合は最終試合のようだ。

 俺が自分でも軽やかと信じる足取りで闘技場に飛び出すと、正面の扉が大きく開き、騎兵の集団が飛び出して来た。






 騎兵の数は20機もいただろうか。俺は、それだけの騎兵によって周囲を固めなければ闘技場に連れ出すこともできない、凶悪なモンスターの相手をさせられるのだと緊張した。だが、闘技場内に流れる大声、アナウンスで、それが勘違いだと知った。

 ただの騎兵ではない。叙勲された正式な騎士である。

 騎士が紹介される。いつものアナウンスだ。相変わらずの大声である。

 ただの顔見せではない。騎士は貴族の端くれであり、王に仕える最高の戦力である。


 と言っていた。それに対抗しようとする俺は、悪党なのだ。闘技場のアナウンスは、俺を明確に悪党だと紹介した。

 当然濡れ衣だ。ただし、俺を悪党呼ばわりするのは、大勢で一人を殺そうとしている騎士たちを正当化する口実なのだ。


 どうやら、俺を殺すために、王かその取り巻きの誰かは、かなり本気らしい。闘技場の興行についてはゴラッソも噛んでいるはずだ。俺を殺そうとした女を、俺の言い分を無視して連れていったのも、はじめから刺客だと知っていた可能性が高い。

 ゴラッソには世話になったと思っていたが、どうやら、裏切られたようだ。


 試合開始が告げられた。

 騎士たちが、俺を取り囲むように広がる。

 俺の武器は銅剣一本、対するは完全武装の20人の騎士である。


「かかれ!」


 中央の騎士が怒鳴った。どうやら、団長、この人数であれば、小隊長だろうか。

騎士たちの攻撃が始まる。

 俺は、なぜか落ち着いていた。






 俺を囲むように布陣した騎士たちのうち、俺の左側から5人が俺にめがけて突っ込んできた。中央の3人がランスを構え、両脇の2人がそれぞれ剣を抜いている。

 獲物を逃さない、考え抜かれた布陣なのだろう。この5人をやり過ごしても、別方向から飛び込んでくるのだろう。

 俺は自分のステータスを確認し、HPもMPも満タンであることに満足する。


 簡単には殺されない。スキルを使うのは、まだ早い。

 避けるには、大きく跳ばなければならない。現在の能力値なら、それほど難しくなく、できるような気がする。だが、あとで筋肉が悲鳴をあげるのはわかっている。できるだけ、無理はしないように勝負したい。


 このとき、俺は闘技場の対戦相手が正規の騎士団であるということの意味を、理解していなかった。

 いつも通り、目の前の敵を撃破すれば、観客は俺を支持すると思っていた。

 いままでは、それほど支持されなかった。ゴブリンを率いていたからだ。

 現在は違う。相手の数が圧倒的に多く、俺一人を殺そうとしている。

 なら、俺がこの状況を逆転させれば、観客は俺に味方する。そう思っていた。


 5人のうちの中央でランスを構えた騎士が、地上、つまりはるか下にいる俺に突進しながら、ランスの先端を突き刺そうとする。

 馬の突進とランスの突きが合わさっていてさえ、俺にはとてもゆっくりとした動きに見えた。

 俺は突き出されるランスの先端を掴み、手の中に握った。

 馬と人間の腕で押し出されるランスを片手で掴み、踏ん張った。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 ランスを突き出した男が、馬から放り出される。馬が突進を続け、俺がランスを握って離さなかったのだから、当然そうなる。騎士はランスはただ握っていたのではなく、衝撃に備えて脇と腹で固定していたのだ。

 馬はそのまま駆けたので、俺はぎりぎりでかわして馬をやり過ごした。何回か蹴られたような衝撃を受けたが、傷はないのでよしとしよう。


 真ん中の騎士が吹き飛ばされると思わなかったのか、その左右の騎士たちも、ランスを構えたまま反応はできなかった。

 俺は馬をやり過ごすとすぐに、地面に落ちた騎士の元に駆けつける。背中から落ちて苦しんでいた騎士は、俺を見ると恐ろしげに目を向いた。ヘルムの隙間から、目玉がぎょろりと動くのがはっきりとわかった。


「ひぇっ! こ、殺さないで……」


 闘技場に出てきて、何を言っている、という思いと、俺を殺そうとして、都合のいいことを、という複雑な思いが募った。


「行け!」


 次の突撃命令が出たため、俺は結局何もできなかった。苛立ちまぎれに騎士の尻を蹴り上げ、ひときわ高い悲鳴を上げさせると、騎士が佩いていた剣を引き抜いた。幅広の鉄の剣で、殺傷能力は高くなさそうだが、銅剣より丈夫そうだ。俺は騎士から奪った剣を右手に、盾を装備した左手に銅剣を持った。

 先ほどと同じように、5人が隊列を組んで突っ込んでくる。

 効果的ではないと、全員に痛い思いをさせなければわからないのだろうか。


 だが、今度は両手がふさがっている。銅剣を捨てればいいのだが、もったいない。

 それに、闘技場は殺し合いをする場所だ。血が吹き上がらなくては、観客は喜ばない。

 俺は地面を蹴った。スキルを使用しない、単なる脚力での跳躍だ。

 それでも、馬の頭上まで達した。垂直跳びで、いまなら2メートルは出せるのではないだろうか。オリンピックに出られそうだ。この世界にあればいいが。


 とにかく、俺は一飛びで馬の頭上、つまり馬上の騎士の目の前に浮き上がるかのように出現した。

 騎士は、地面の上にいる俺を狙っていた。俺の動きについてこられず、騎士は目の前にいる俺に気づかない。俺はそのまま空中で、馬上の騎士と衝突した。

 馬の背で、騎士の上に文字通り馬乗りになる。

 騎士のヘルムを外した。

 俺のことを恐れているのが、目の動きでわかる。


「まっ、待って……」


 この男も同じか。騎士たちは、全身を覆うような鎧を着込んでいる。どうやら死ぬ覚悟はできていないようだ。そんな気持ちで闘技場に来たのが間違いだ。


「こうしないと、終わらないのでね」


 俺は、両手に持った剣で騎士の喉を切り裂き、大衆を沸かせた。

 馬が壁際で自主的に止まる。

 俺は馬上から騎士の死体を蹴り下ろし、馬を奪った。

 俺の周りを、騎士たちが囲む。

 先ほどとは状況が変わった。


 馬上の俺を囲み、騎士たちは近づいてランスを繰り出してくる。

 どうやら、騎士たちにとっては馬上の相手の方が戦いやすいようだ。

 囲まれれば、どうしても不利だ。このままでは、じわじわ削られていくだけだろう。事実、俺の背中にはさっきから何度もチクチクと刺さっている。きっと、血だらけなのだ。

 俺は馬の背を蹴った。

 俺を囲んでいた騎士の一人に飛びかかる。


「うわっ! こっちに来た!」


 まるで、俺が投げられた汚物であるかのように騎士が騒ぐ。

 俺に向かって騒いだ騎士がランスを突き出した。

 俺はランスの先端を剣の腹で受け、先端をずらして覆い被さり、騎士に飛びかかりながら、ランスを奪い取った。

 再び騎士を馬上から突き落とす。


 いちいち殺している暇はない。

 馬を奪い、ランスを構えて別の騎士に突進する。

 俺は無数の傷を受けたが、回復魔法メディを使用すれば比較的簡単に治る。俺に軽傷を負わせるたびに、騎士が傷つき、倒れていく。

 騎士は、身分の高い者がなる、立派な職業なのだろう。その上、戦いの専門家で、常日頃から鍛錬を欠かさないのだろう。この国の、最高戦力なのだろう。


 だが、レベルが上昇しない。それでは、無職であるのと同じことだ。俺は騎士たちを打ちのめし、何人かを殺害した。

 騎士たちが色めき立つ。俺を殺しに来たのだろう。だが、その手段がないことに、ようやく気づいたということか。






 地面に転がる騎士の数が5人になった。首から血を流して倒れている。もはや、生きてはいない。いずれも、俺を殺すつもりで来たが、殺される覚悟はしていなかった者たちだ。俺に躊躇いがなかったわけではないが、この世界に来て、すっかり麻痺してしまった。闘技場に出て来て、死ぬ覚悟ができていない奴が悪いのだ。


「お前たち! いつまで遊んでいる! あれを使え!」


 闘技場の外、観客席から大声が響いた。アナウンスをする男に劣らない大声だ。 騎士たちを鼓舞したのかと思ったが、違ったようだ。俺を囲むように遠巻きにしているのは変わらないが、騎士の一人が、背に積んでいた麻袋を取り出したのだ。

 中で、何かが動いている。その騎士は地面に投げ落とし、ランスの先端で袋を破った。

 中から現れたのは、縛り上げられた少女だった。


 よく発達した筋肉をしているが、全身として細く、敏捷さを感じさせる。髪がぼさぼさだが、頭部にピンと立ったのは、寝癖ではなく耳だとわかる。

 鉄の鎖で縛られ、猿轡をはめられている。

 かなり暴れたのか、縛られてからもがいたのか、全身が傷だらけだ。


「ドディア!」


 俺は思わず叫んでいた。俺の声に反応し、獣人の少女が頭をあげる。その首に、騎士がランスの先端をあてがった。


「動くな。動くなら、殺す」


 ドディアは、話すときは片言だが、しっかりと理解はできる。騎士の言葉も理解している。騎士の言葉が、ドディアだけではなく、俺に向けられていることも理解している。


「ここは闘技場だ。そんな勝ち方をしても、客は喜ばない」

「構わない。俺たちは、命令でお前を殺すために来た。方法は問われない。仕事をした場所が、たまたま闘技場だったというだけだ。観客が入っていようが、盛り上がらなかろうが、関係ない」

「俺を、殺せればいい……ということか?」

「そうだ」


 俺は、この騎士が自分の過ちに気づいていないことにおかしくなった。俺とドディアの関係をどうして知ったのか、ドディアがどうして捕まったのか、わからない。だが、まともに俺を殺そうとしても、殺せないと判断してのドディアなのだろう。ならば、ドディアを連れてきたのは間違いだ。


「ドディア、ちょっと待っていろ」


 俺が言うと、縛られた少女が大人しくなる。ランスを突きつけられるより、よほど大人しくなる。


「観念したか?」


 騎士に尋ねられても、俺は答えなかった。

「コンシン」

 俺はスキルを使用し、地面を蹴った。

 一飛びでドディアにたどり着く。鎖で縛られたままのドディアを抱きしめた。

 俺の背中に、騎士のランスが突き刺さった。

 背中から、肺を抜け、真っ赤な先端が見えた。

 ドディアが目を見開き、塞がれた口で騒ぐ。

 俺は止まらず、スキル、ガマンを使用した。


 一気に駆け抜け、壁際までたどり着く。観客が息を飲むのがわかった。今は騒がれるよりましだ。

 ドディアを下ろす。よかった。生きている。幸い猿轡は布だったので、銅剣で断ち切った。俺の背中に、投擲されたのか、次々に金属が刺さる衝撃が走った。


「ドディア、どうして……俺のところからいなくなった?」

「カロン、死ぬ」

「俺は、死なないよ」


 俺は自分に回復魔法メディの強化版、メディカを使用した。減っていたHPが回復する。背中に刺さった刃物はそのままだが、血が止まる。遠目には、わからないだろう。俺が座ったまま死んでいるでも思っているかもしれない。

 俺は振り向いた。観客も、騎士たちも、怯えるのがわかった。

 もういい。俺は覚悟した。


 せっかく異世界に来たと思ったが、どうやら、俺は受け入れられないらしい。もう、十分だ。このまま、ドディアも守れず、屍になるぐらいなら、恐れられたほうがいい。

 振り向いた俺は、騎士全員を範囲に入れ、魔法『タイカ』を放つ。

 生きていた全騎士が、一斉に燃え上がる。

 馬も同様だ。馬たちが驚き、飛び跳ねた。一撃では死なない。


 俺は、さらに『タイカ』を放つ。

 続けて三度放ち、その場に生きて動いている者は、誰も居なかった。

 俺はドディアを鎖ごと抱き上げ、闘技場を後にした。


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