48 俺を殺しに来たのか?
ゴラッソは、俺を次の闘技会に出すと宣言した。
だが、ゴラッソの言葉は少なかった。
たぶん、俺が自由になることも、死罪を免れることも諦めている。だから、死刑を執行されるまで、せいぜい稼がせる。そういう態度に見えた。
俺は断らなかった。結局、俺にできるのは戦うことだけなのだ。
ただし、俺はゴラッソに条件をつけた。
ゴブリンを引き連れないことと、ヤモリドラゴンとは戦わないことだ。
ゴラッソは、短くわかったとだけ言って、部屋を出ていった。
ゴブリンを連れて戦わないというのは、俺がゴブリン王だと民衆に知られているため、人気が出ず、王が恩赦を与える気にならないのだと考えたからだ。ヤモリドラゴンと戦わないというのは、ヤモリドラゴンはエスメルがゴラッソに売ったと言っていた。あれだけ喜んでいた四人が、ヤモリドラゴンが殺されれば一転して夢が破れるのだ。いずれはそうなるだろうが、それをやるのが俺でないほうがありがたい。
エルフのロマリーニも部屋を出ていった。従業員に過ぎないロマリーニがなにを言おうと、俺が闘技場に出ないわけにはいかないのだと、納得したのだろう。
俺は一人になり、その日は久しぶりに、寝なれた硬いベッドに横になり、居心地の悪い睡眠をとった。
翌日、剣奴の訓練場にエレンの様子を見に行った。エレンはいつも通りに2枚目の優男だったが、心なしか元気がなかった。
どうやら、剣奴の生活がだんだん堪えてきたようだ。
剣奴から剣闘士になって、そこからさらに活躍しなければ、自由は得られない。ほとんどの剣奴が、剣闘士にすらなれずに死んでいく。エレンは、強くもなければ勇敢でもない。闘技会では逃げ回って、死ぬのを免れてきた口だ。興行主も、できれば早く死んで欲しいと思っているかもしれない。
自分の将来に悲観していた。俺には、そう感じられた。
剣闘士は剣奴の訓練場には好きに出入りできる。俺が来ると、オークのブウが逃げるように姿を消したのが分かった。でかい尻が隠しきれずに出ていたのだ。
俺は、剣奴たちが訓練している中、気のなさそうに剣を振るっているエレンを発見した。どうせ身に入らないならと、人の少ない場所に連れていった。
「剣奴のままじゃ無理でも、剣闘士になれば、冒険者に雇ってもらえるかもしれないだろ」
俺は、元気付けようとして言った。俺が当たり前にしている冒険者に雇われるという行為が、エレンは禁じられている。以前、雇った冒険者から役に立たないとクレームが来たらしい。
「無理だ……たとえ剣闘士になっても、自分を変えられない。そんな気がするよ」
「じゃあ……諦めろ」
「……そうだな」
エレンが沈んだ声を出した。俺は、自分の真意が伝わっていないことに気づいた。
「ただの剣奴のままじゃ、何も楽しみがない。剣闘士にさえなれば……奴隷のままだって、楽しめる。そう言ったのは、エレンだろう」
エレンは気落ちしていた。その目から、涙が落ちたような気がした。気のせいだろう。きっと、目から落ちたのは鱗に違いない。
「でも……俺はカロンのようにはなれない」
「俺は、この間女ばかりの冒険者パーティーに雇われた。その人たちは、一稼ぎすると、景気付けに男の性奴隷を買うと言っていた」
「本当か?」
エレンが震えた。どうやら、希望が湧いてきたようだ。
「ああ。間違いない」
ただし、その冒険者は、しばらくのんびり暮らすつもりらしいが。
「そ、その……カロンが雇われたパーティーで……カロンはその……いい思いを……」
「いい思い、ばかりじゃなかったが……満足した」
俺の脳裏には、戦うことしか頭になかった獣人の娘が思い浮かんだ。他の四人はいつもの気まぐれだと言っていたが、ドディアは、俺がエスメルに股がられた日にいなくなった。
何かに気づいたのだ。エスメルはドディアが承知していると言ったが、エスメルのことを受け入れた俺に、愛想をつかしたのだろう。
俺がドディアのことを好きだったかといえば、そんなことはない。だが、傷つけてしまったのだとしたら、とても申し訳なく思う。
「そうか……やっぱり……嘘じゃなかったのか……」
「それに、ゴラッソは俺に女の客を取らせようとする。俺が冒険者に雇われてすぐに外に出てしまうから、その機会がなくてイライラしている。ご婦人の依頼で剣闘士をあてがって、小銭を稼げないからな」
「じゃあ……剣闘士になったら……」
「もう試合なんかしたくない。自由になんかなれなくてもいいから、ご婦人たちの相手だけさせてくれっていえば、叶うんじゃないか? ゴラッソは、金になればなんでもいいんだ。それに、エレンは格好いいしな」
「そ、そうか……そうだよな。そうなんだよ。俺、顔はいいんだよ。死ななきゃ、きっと……もう、三回も勝ち抜いたんだし……もうちょっとなんだ」
どうやら、エレンは立ち直った。立ち直り方が少しばかり問題がありそうな気もするが、エレンらしいので、よしとしよう。
できれば、次の試合までにもう少しレベルアップを図りたかったが、ダンジョンに行って戻ってこられる時間はない。外に出てオオカミやゴブリンを狩っても、おそらくレベルは上がらない。
エルフは俺が恩赦を得られる可能性はほぼないと思っているだろうが、俺は戦い続けるしかない。闘技場に出続けることが、唯一生き残る道だとして、これ以上のレベルアップは望めないと思っていいだろう。勇者レベル16を上限と考えるしかなさそうだ。
ミノタウロスは、何年も負けなかったという。俺は、勇者レベル5プラスゴブリン軍団でなんとか退治したことを考えると、いまなら割と簡単に勝てそうな気もする。
ならば、闘技場でいまの俺に勝てる相手は、そうそういないのではないかとも思う。
多分、その判断は正してだろう。スキルの使用に体がついていけるように鍛錬はし続けなければならないが、あまり焦っても仕方がない。
俺は、しばらくは体を鍛えながら、コンデションを整えることに集中することにした。
次の試合まで10日となったある日、俺のところにゴラッソが訪ねてきた。
「頑張っているようだな」
「ああ。調子さえ悪くなければ、大抵の相手には勝てると思う。それより、なんの用だ? 次の対戦相手が決まるのは闘技会の5日前だろう? それとも、出るか出ないかは、今日わかるのか?」
「カロンは出すさ。それは間違いないない。お前の首を欲しがっている奴は多いぜ」
「それは初耳だ」
すでに何人か、剣闘士の知り合いはできていた。エレンのように親友づきあいができている相手はいない。いつ殺し合うかもしれないのだ。だが、親しく付き合わなくて正解ということだろうか。俺は、首を狙われるようなことをした覚えはないのだが。
「まあ、今日来たのはそのためじゃない。ご指名だ」
「指名?」
「カロンはあんまり、中にいないからな。いい機会だ。色々と教えてもらえ」
「へっ?」
おかしな声が出た。
ゴラッソが身を引く。
ゆっくりと俺の部屋に入って来たのは、白粉を肌に塗りたくった、前方に突き出すような胸をした女だった。
「これがカロンね? 近くで見たのは初めてだけど、思った通り、可愛いわね」
「つまり……俺を、召し上がりたいと?」
俺はゴラッソに尋ねたつもりだったが、俺が言い終わる前に、扉がしめられた。俺は、俺を買いに来たご婦人と、二人きりにされたのだ。
白粉の匂いを振りまきながら、ご婦人は部屋を横切った。
「この間の戦いは見事でした。ずっと予約を入れていたのだけど、ようやく捕まえたわ。待ちくたびれて、諦めるところだったのよ」
扇子を取り出し、仰ぎながら、女は俺のベッドに座る。
「えぇっと……俺、どうすればいいですか?」
「カロンはなかなか入れないって噂よ。そんな演技しなくても、慣れているでしょう?」
入れない? 慣れている?
「何に?」
俺は思わず、大きな声を出してしまった。
「ふふっ……いいわよ。リードしてあげるから。さあ、横になって」
つまり、この女は俺を買ったのだろう。俺は、もっと若い女がよかった。
もちろん、そんなことは言わない。この女は、ゴラッソに大枚叩いたのだろう。俺を抱く……いや、俺に抱かれるために。
ならば、恥をかかせるわけにもいかないだろう。
理由はどうあれ、俺はベッドに横になった。
「たくましいわね。こんなに可愛い顔をして、随分、鍛えているのね」
「鍛えたからといって、たくましくなるものでも……ああ。体のことだ」
「当たり前……もう、我慢できないみたいね」
「そうみたいですね」
恥ずかしいことに、腰布からはみ出た俺自身の分身は、みっともないほどに硬くなっていた。
「じゃあ、いくわよ」
女が、俺の股間に顔を近づける。その横顔が、不自然に見えた。口から、長い牙が生えている。
俺は、自分の下半身に生えたものを噛みちぎられる想像をした。思わず、突き飛ばしていた。
女が転び、口から、上下に歯がびっしりと並んだ入れ歯が落ちる。
「ちっ、油断しているかと思ったのに」
「していたさ」
「じゃあ、死にな」
口調も態度も大きく変わり、女は立ち上がるより先に床を蹴った。両手に鋭い刺突武器を持っていた。服の中にでも隠していたのだろう。
女は跳躍していた。素晴らしい脚力だったが、勢いが足りないようだ。
俺は、空中で二本の刺突武器を掴み取り、体ごと向かってくることになった女の額に、頭突きを入れた。
「ぐっ、があぁぁぁぁ!」
みっともない悲鳴だ。床に転がった。床が血の色に汚れたのは、俺の頭突きで額が割れたからだろう。これは少しばかり、悪いことをしただろうか。
といっても、俺を殺しに来たらしい。甘やかしてはいけない。俺は床に降りて、女を蹴り上げた。
女から取り上げた刺突武器を女の両腕に突き刺し、そのまま床に縫い付ける。
「くっ……がぁっ!」
「俺を買いに来た、にしては物騒だな。聞くまでもないかもしれないが、俺を殺しに来たのか?」
「くっ……殺せ……ぎゃ」
両腕を縫い止めている刺突武器の柄を踏みつけると、女はさらに悲鳴をあげた。
「暗殺者か? 剣闘士に勝てると思っていたのか?」
「わ、私は……今まで、どんな男でも……」
「そうか? 俺には、それほどいい女には見えなかったが……かつては美人だったかもしれない、女殺し屋か。あんたが十年若からったら、危なかったかもな」
「くっ……くそっ……」
「で、どうして俺を殺そうとした? 誰に頼まれた?」
苦痛に堪えながら、女は首を振った。
「依頼人の情報は漏らさないか。こういう時、戦闘の魔法しか想定していないコンピューターゲーム系の魔法の限界を感じるな。テーブルトークと呼ばれるスタイルを踏襲しているゲームなら、尋問に適した魔法もあっただろうに」
「な、何を言っている?」
「いや……誰が俺を殺したがっているか……考えても仕方ない。奴隷を殺すのに暗殺者なんかを送りこむ段階で、闘技場の関係者じゃない。俺を処刑したがっている裁判所でもないだろう。実はエスメルが結婚していて、浮気相手を殺そうと……なわけがないとしたら、国王か、その側近だろうよ。俺に恩赦をくれなかったことと、関係があるのか? それとも、恩赦をもらえなかった俺が、逆恨みでもしていると思っていたのか?」
「し……知るか……」
「いいさ。俺も、裁判所で拷問を受けた。やり方は知っている。実地で試すのは初めてだが、試してみよう」
実際は、俺はゴブリンを使役すると早々に認めたため、それほどの拷問は受けていない。女の反応を見るための嘘だ。
女は顔を青くしていたが、何も言わず、顔を伏せた。
俺は刺突武器のうちの一本を引き抜き、女の腕の別の場所に刺した。女の悲鳴が上がる。
それを延々と繰り返す。女が気絶するまで続けた。
俺は、女にオウキュウテアテを施して放置した。
女の目が開くと、同じことを実行した。
再び気絶し、回復させる。
延々と続けた。
そのうち、ゴラッソがやってきた。
「どうした? カロンの部屋から悲鳴が聞こえてきて眠れないって苦情が……どうした?」
ゴラッソは、血まみれの部屋と、傷だらけの女に目を剥いた。
「た、助けておくれ。こ、この餓鬼……悪魔だ……」
「カロン、お前……こんな性癖があったのか。これじゃ、もう客はとらせられないな。残念だ。まあ、カロンは十分に稼がせてくれているが……特殊性癖ってのは、治るもんじゃないしな」
「いや……その女が俺を殺そうとしたから拷問していただけで……俺の性癖じゃないぞ」
「嘘つけ。この金払いのいい客が、お前を殺そうとなんかするか。悪かったね、お嬢さん。別のにするかい?」
「ど、どうでもいいから……この部屋か出しておくれ」
「ああ。わかったよ」
ゴラッソが俺を睨みつけ、女を連れて出ていった。
じじいめ。生殖器をかじり取られてしまえばいいのだ。
と思ったが、あの女を殺していたら、俺が罪を被ったかもしれない。連れていってくれて助かったのは、俺なのだろう。
この結果、俺は男娼を求めるご婦人方に求められることはなくなった。
よかったのか、悪かったのか。
俺は、ファニーに操を立てよう。すでに何度か放棄したが、不可抗力だ。
ファニーだけでいい。
俺はそう誓った。
どうせ、近いうちに試練がやってくる。その試練にたぶん負けるだろうが、それも仕方がない。俺は、男なのだ。
俺に女があてがわれないまま、次の闘技会の日がやってきた。




