39 獣人族がコボルトの親から生まれるはずがないだろう
地下五階のドームを綺麗に片付けたので、その場でキャンプでもするのかと思っていたが、エスメルはほとんど休憩を取らずに地下への階段を降りだした。
「せっかく広い部屋なのに、あそこで野営しないのか?」
「松明の明かりも届かないような広い場所で、落ち着けるはずがないだろう。どこから魔物が入ってくるかわからないのに」
「なるほど……この先に、休憩できる場所があるのか?」
「疲れたのかい?」
先頭を行く俺に、エスメルが気を使った。思えば、さっきから休憩したがっているようなことを口にしているのは確かだ。
「俺は平気だ。ただ、この先がどうなっているのか、知りたかっただけだ」
階段は比較的長かった。5階から6階に降りるだけにしては長い。地上にあった時は、かなり立派な塔だったのではないかと思われる。
「これから先に行ったことがあるのはメルだけだけど、メルの話じゃ、この先はそれほど複雑な構造をしていないらしい。地上にあった塔が沈んだって話はしたろ。各フロア似たような構造で、それほど長くない通路といくつかの小部屋で構成された階層が、延々と続く」
「俺が先頭を行っているが、罠とかはないだろうな」
「どうして、ダンジョンに罠があるんだい?」
背後から、実に不思議なものを聞いた、という声が上がった。俺の常識では、ダンジョンには致死性の罠がつきものなのだが。
「侵入者を殺そうとする奴がいるだろう」
「縄張りに入られた魔物が、殺そうとするかもね。飯にするためかもしれないけど……罠を使うってのは聞いたことがないね」
「ダンジョンの支配者とか、いないのか? 魔王が地下にいるとか……」
「どこかの国には、そんなダンジョンもあるのかもしれないけど、ここは大丈夫だよ。ダンジョンってのは、たまたまできた穴の中に、魔物が勝手に住み着いただけだよ。地下の深い場所ほど、どうやら強い魔物が住み着くらしい。地中の中で深い場所ほど魔力とか瘴気とか、そういうものが濃いんだって話もあるけど、正直なところ、原因は不明さ。罠を作るってのは、まずないね。そんな知恵が回る魔物なら、もっとましな方法を考えるんじゃないかな」
なら、どうしてシーフがいるんだと思いもしたが、シーフの役目は雑用全般のようだ。
どうやら、通路を歩いてうっかり毒状態になるとか、この世界ではないらしい。
地下6階に下りた。確かに、細い通路に、左右に朽ちた扉が並んでいる。
なんだか、記憶が呼び起こされる。
何かに似ている。どうやら……構造がオフィスビルにそっくりなのだ。
ひょっとして、と思い、俺は床に手を当てた。予想は外れた。
俺の手のひらは、床が綺麗に敷き詰められた石畳であることを告げていた。
あまりにも機能を追求したダンジョンの作りに、俺はこの塔が、俺と同じ世界からやってきたのではないかと疑った。それなら、30階建てぐらいのビルは珍しくない。だが、間違っていた。俺が知っている世界から来たビルディングだとしたら、石を積み上げて作られているはずがないのだ。
確かに、俺たちが入っているダンジョンは、もともとダンジョンとして作られたものではないのだろう。
地上にあり、きっとすぐれた文明の象徴的な建物だったと思われる。俺は、闘技場が巨大であることは知っているが、流石に30階建てであるとは思えない。しかも大規模な地盤沈下に対して、崩れることなくそのまま沈んだというのだから、建物自体の強度がどれほど優れているのかが知れるというものだ。
「休憩には、どこがお勧めだ?」
動揺が治った俺は、このダンジョンの経験者であるメルに尋ねた。ドディアもそれほど深く潜ったことがあるわけではないようなので、現在の位置では、すでに経験者はメルだけとなっている。
「このダンジョンの6階から下は、ずっと同じなんだ。真っ直ぐな通路があって、左右に部屋が並んでいる。しかも、どの部屋も同じような作りで、休憩地点みたいなものはないよ」
「……薄気味悪いね。昔は地上にあったらしいけど、何に使われていたんだろう」
メルとエスメルの話を聞いて、俺はすぐにマンションを思い浮かべた。オフィスビルに似ていると思ったが、より正確には、マンションか、あるいはビジネスホテルのようなものだったのかもしれない。
俺の前には確かに真っ直ぐに通路があり、左右にいかにも人工物だと言わんばかりの、四角い入り口が等間隔に並んでいた。
扉はない。もしあったとしても、朽ちてしまっているだろう。
中に入って休憩を取るなら扉があったほうが安心かもしれないが、逆に飛びこんでこられる恐怖も味わうことになる。扉がはじめからなければ、音や臭いで魔物の接近を知ることもできる。その代わりに落ち着かない。どちらにしても、一長一短だ。
「どこでもいいよ。少しは、休まないかい?」
シルビスが疲れた声を出した。回復役は、長期間の探索には欠かせない役目である。それに、体型からいっても、無理をさせる状況ではないだろう。
「どこがいい?」
俺が経験者に尋ねると、答える前にドディアが進み出た。
「臭う」
入り口の1つに入っていこうとする。
「なら、そこはやめたほうがいいんじゃない?」
「いや。どこで休んでも襲われるなら、先に攻撃して、安全にしておいたほうがいい。ドディア、いるのはここだけかい?」
俺が問いかけると、犬のような耳を生やしたたくましい少女が振り向いた。
「そことそこ」
というと二箇所に聞こえるが、実際には指がブレ動く。どうやら、あちこちにいるらしい。
「じゃあ、まずはここからだな」
俺は、入り口に踏み込む壁に張り付いた。正面から堂々と入ろうとしていたドディアが、俺の真似をして壁に張り付く。他の四人が、呆れたように俺たちを見た。
「元気だね、あんたたち」
「ああ。それより、後ろから襲われないように注意していてくれよ。俺とドディアが踏み込んだら、距離を空けずについて来てくれ。全員が部屋に入れたら、俺たちは部屋を詳しく調べるから、エスメルたちは背中に注意していてくれ」
「……奴隷に指揮されるのは癪だけど、了解した」
俺は、自分が奴隷だということを忘れていた。まあいい。地上に無事に戻れたら、謝っておこう。次に、俺はドディアに告げる。
「全部倒れたら、踏み込む」
俺は、指を三本立てた。ドディア理解しているのを確認し、俺は、指を一本折る。もう一本折った瞬間に、補助魔法を部屋に奥に放つ。
「フラッシュ」
俺は見ていないが、俺とドディアが踏み込もうとしていた部屋の中で、光が爆発した。
中から、犬の鳴き声のような声が聞こえる。俺が、3本目の指を折った。
ドディアが突進する。俺も続いた。
部屋の中で、上の階で殺したオオカミザルが、目を抑えて蹲っていた。
その数は5匹もいただろうか。
部屋は狭いが、奥行きがあった。玄関のような場所があり、さらに奥に続いている。どうやら、本格的にマンションのようだ。玄関が狭いことを考えると、アパートなのかもしれない。
どちらでもいい。俺とドディアは、蹲ったオオカミザルに剣を振り下ろす。
最初の1匹が犠牲になった段階で、残りの4匹は危険を察したのか動き出したが、向かって来た奴はいない。視界を完全に奪われた状況で戦いたくはないのだろう。
ずっと暗闇にいたのだ。突然強い光をあびせられ、網膜が焼け付いたのだ。
ドディアが素早く剣を繰り出し、その背後から、俺が鋼鉄の長剣を刺すように動かす。5匹の魔物は、瞬く間に動かなくなった。
背後を見ると、エスメルたちが警戒しながら入って来たのが見えた。
「ドディア、待て。この先にも、まだいるか?」
俺は、入口からずっと奥を指でさした。ドディアは、小さく頷く。
「……子供」
「大人は?」
「いない」
「……そうか」
好戦的なドディアも、さすがに突っ込もうとはしなかった。どうやら、オオカミザルたちはこの高層アパートのようなダンジョンを利用して、極めて平和的に巣を作っていたらしい。
「ちょっと、待っていてくれ」
「わかった」
ドディアに『待て』を命じて、通路の様子を警戒しているエスメルに近づく。
「相談がある」
「わっ。脅かさないでおくれよ。あんたたちが、突っ込まないで戻ってくるなんて思わないから、びっくりしたじゃないか」
エスメルだけでなく、他の3人も驚いたようだ。ダンジョンに入って、緊張しているのかもしれない。
「魔物たちは倒したが、この先にもまだいるらしい。それが……子供だと、ドディアが言っている。オオカミザルの子供だろう。ここで巣を作って、子育てをしていたのかもしれない。どうしたものかな」
「何を聞きたいのかがわからないね。殺せばいいだろう。魔物なんだから」
当然のことだと言わんばかりの口調で、エスメルが言った。
俺は外の通路に向かって警戒するエスメルたちに背を向け、ドディアの元に戻る。それほど、遠い距離はない。背後から、援護のためかメルがついてきた。
「エスメルが言っていたが……」
「嫌だ」
ドディアの強烈な否定はいかんともし難い。
「駄目だよ。魔物の子は、大きくなって、すぐに人を襲う。それなら……殺すか、捕まえて売り飛ばすか、どちらかしかないよ」
常識的な助言をしてくれたメルに、ドディアが掴みかかろうとした。俺が途中で止める。
「この奥で休憩を取れないと、疲れて怪我人が出る。敵に襲われない場所が確保できればいい。後は、まかせてくれ」
ドディアは、俺の顔をじっと見つめた。しばらくして、頷いた。
「わかった」
俺がオオカミザルの子供を殺したら、いったいどんな顔をするだろうか。俺は、自分の甘さを呪いながら、奥の部屋に踏み込んだ。
アパートであれば2LDKといったところだ。なかなかの広さである。建物全体が30階以上ということは、元の世界なら大都市でしか見られない高さだ。立地も考えれば、家賃は月20万円近いのではないかと、俺は妄想を膨らませながら進む。
目標は、できるだけ深く。だが、最上階にあたる地下6階は、もっとも人気がある場所でもある。
俺の妄想に気付かず、ドディアはまっすぐに奥に進んだ。匂いがするのだろう。
俺も、ついていかなければならない。メルも後ろにいた。
「敵が出ても、俺がいいと言うまで、エスメルたちには知らせないでくれ」
「……仕方ないね。私も、ドディアを怒らせたくないし」
ドディアが先頭を進み、最後の部屋にたどり着く。何もいない。
「誰もいないな」
「……いや」
ドディアが否定し、最後の部屋の奥にあった壺に近づいた。ドディアが立ち止まり、鼻をひくつかせる。たぶん、壺の中だ。
俺は前に出た。
「待て」
ドディアに止められる。俺のことも、信用していないのだろう。エスメルとの会話を聞かれていたのかもしれない。ドディアは耳もいいのだ。俺は、手にしていた鋼鉄の剣をドディアに渡した。武器を持っていないことのアピールだ。
「もっていてくれ。とにかく、引っ張り出す」
「……ああ」
ドディアが俺の剣を受け取った。
俺が壺の中を覗ことうすると、中から、槍の穂先が真上に向かって飛び出してきた。
錆びた槍だったのが幸いした。俺に頬にぶつかり、だいぶ痛かったが、皮膚を貫くことはなかった。これがよく手入れをされている鋭い槍だったら、血まみれになるところだ。
俺は槍を掴み取り、壺の中に隠れていた、小さな体を引き上げた。
俺の目に『コボルト』と表示されのは、上半身が裸で、下半身を獣の皮でなめしたズボンを履いた、首から上が犬そのものの小男だった。
首から下の上半身は鍛えられたたくましい体つきをしており、とても子供には見えない。身長は低く、ゴブリンとあま変わらないだろう。ドディアが子供と呼んだが、俺の目には、身長が低い、大人に見える。
「……探した」
ドディアが、ふるふると震えていた。
「何?」
俺が尋ねると、ドディアはコボルトに抱きついた。コボルトは、困ったように俺に尋ねる。
「このねーちゃん、誰だ?」
「……コボルトには、言葉があるのか?」
「いや。人間みたいな言葉はない。だけど、あんたには話せるような気がした」
「……不思議だな」
「全くだ」
「カロン、まさか、コボルトの言葉がわかるの?」
メルに言われて、俺は仕方なしに頷いた。ドディアの肩を叩く。
「ドディア、こいつ、お前のことら知らないみたいだぞ」
「そんなことない。私の弟」
「……なんと言ったんだ?」
コボルトが俺に尋ねる。そのこと自体が、俺は大変驚いた。
「ドディアは獣人らしいぞ。言葉がわからないのか?」
「……言葉なんか、本来はないからな」
「そうか。ドディアは、お前のことを弟だと言っている」
「弟?」
「産んだ親が一緒、という意味だ」
「獣人族がコボルトの親から生まれるはずがないだろう」
「俺も、そう思う」
再び、俺はドディアの肩を叩く。ドディアは、コボルトを抱きしめている。
「こいつは、俺にはコボルトに見えるが……違うのか?」
「私は……コボルト」
「ああ……そういう勘違いをしていたのか」
俺は、メルにエスメルたちを呼ぶように伝えた。危険はないから、安心するようにと言い添えて。
「……この子、殺す。お前、殺す」
「殺さないよ」
「本当か?」
俺は、ドディアの頭を撫でながら、コボルトに尋ねた。
「この子は、自分がコボルトだと思い込んでいる。コボルトに拾われて、一緒に育てられたのかもしれない。ダンジョンに潜りたがっていたから、ダンジョンの中で、コボルトと生き別れたんだろう。そういう話を、聞いたことがないか?」
「俺たちは、ダンジョンの深くには潜らない。自分たちが弱いことは理解している。たぶん、捕まって、食料として連れてこられたのだろう。俺も一緒だ。アナグマモドキは強い。この娘は、たまたま逃げだせたのだ。だから、まだ生きているかもしれないと思ったのかもしれないが……通常は、連れてこられて数日で食われる。俺も、食われる、のか?」
「お前を食おうとしている連中は、さっき殺した。俺は、話ができる魔物まで殺したりはしない」
「……そうか。命拾いしたか」
コボルトは、俺には歴戦の戦士に見えたが、どうやらドディアの感想は違うらしい。男らしくどっかと座ったコボルトを、まるで人形でも扱うかのように、膝の上に抱こうとした。
「……これは、どういうことだい?」
背後で、エスメルが声を裏返した。




