38 力を隠して、仲間が死ぬのはごめんだ
ダンジョンの中では、相変わらずアナグマモドキや大土蜘蛛が沸いて出たが、前衛が二人いるのは楽だった。いままで、前衛も後衛も合わせて一人だったのだ。
ドディアの武器は相変わらず動物の骨から削り出した槍だった。最初のアナグマモドキを何匹か殺した段階で折れてしまい、大変な落ち込みようだったので、俺のスペアの銅剣をあげると、抱きついて感謝された。
ドディアの胸は鍛えられた筋肉かと思ったが、押し付けられると以外に柔らかいことに気がつかされた。
エスメルたちの生暖かい視線は感じたが、普段のドディアは相変わらず猛々しいだけだったので、それ以外に進展はない。
地下五階にたどり着く。地下五階にはドーム型のホールがあるのは前回確認している。
前回と同じように人狼を思わせる二足歩行の動物が住み着ついていた。ゲーム世界であれば、時間が経過しているので自然に沸いたとも考えられるが、この世界でそんなシステムは存在していないだろう。別の場所から移動してきたのだろうか。
「あれは、殺してもいいのかい?」
ドーム状のホール入り口の手前10メートルほどの位置で、俺はドディアに尋ねた。
「捕まえるのは、もっと強い魔物がいいわ。闘技場ですぐに負けるような奴じゃ、苦労して潜った意味がないもの。できれば、一年ぐらいは黙っていてもお金が入ってくるような奴がいいわね」
尋ねたドディアではなく、聞きとがめたエスメルがリーダーらしくしっかりとしたことを言ったが、俺の欲しい答えではなかった。
「ドディアは、コボルトが襲われたのに腹を立てて、エスメルたちを狙ったんだろう。あれも犬っぽいし、ドディアが怒るんじゃないか?」
「どうなの?」
尋ねられたドディアは、ぶるぶると身震いした。感情表現なのだろうが、俺には伝わらなかった。
「あれ、嫌い」
「だそうよ」
「了解。で、どうする? 中は広い。おびき出せるなら、その方がいい。飛び込むと囲まれる」
「楽しみ」
銅剣を両手に持ち、ドディアが拳を打ち鳴らす。俺が銅剣を渡すとあまりにも嬉しそうだったので、もう一本あげたのだ。それからは、器用に二本の銅剣を使いこなしていた。習わなくても、初めから二本の剣を使っていたかのような動きだった。単にステータスで補強される俺より、よほど戦いの才能はあるのだろう。
「私たちがやるわ。おびき寄せるから、倒すのは任せるわよ」
「どうやる?」
「任せてよ」
これ以上口を出すのは邪魔になると思った俺は、エスメルの動きを見守った。何をしたかといえば、とても戦闘の準備には見えない。
リュートの調弦を行い、歌い出したのだ。
「耳、塞げ」
「ああ」
俺がドディアに習って耳を塞ぐと、他の3人も同様にしていた。耳の穴に指を入れていた丸顔のシーフが、笛のようなものを懐から取り出して、地下5階のホール入り口、石でできたアーチに向かって吹いた。
しばらくして、人狼と思われる、明らかに狼成分が多そうな二足歩行の魔物が表れた。普通の動物ではない。狼だったら、こんな地下深くに集落など作らない。
俺の目には、モンスター名として、オオカミザルと表示された。人狼ではなかった。どうやら、人間になりきれず、猿よりになった奴らしい。
最初の一匹が、ホールから通路に出てきて、周囲を見回し、足元をふらつかせた。
俺がドディアを見ると、ドディアが飛び出していた。
耳に当てていた手を外している。
ふらついて座り込んだオオカミザルの胸に、銅剣を突き立てる。
目を剥き、いかにも猿っぽい顔で牙を剥いたオオカミザルの口を、ドディアがすね当てで蹴り抜いた。見事な攻撃だ。
地面に伏したオオカミザルの後頭部に、俺が鋼鉄の剣を叩きこむ。
こっそりと取り出していたが、暗いためか、誰も注意を引かなかった。
二人目が来た。
やはり、足元がふらついている。俺とドディアの連携で倒す。
それを繰り返し、実に15匹のオオカミザルが山積みになり、俺は戦士レベル6に上がった。
スキルに、新しくカウンターが加わる。実に戦士らしいスキルだ。いや、スキルでなければできないのかと思いたくなるところだが、できると知って確実に決められるカウンターは、非常に強力に違いない。
「多いな。俺は二度目だが、前回はこんなにはいなかった」
「最近、魔物の数が増えているっていう噂は、冒険者組合で聞いているわ。騎士たちが、深刻な顔をしているもの」
「なにか起きているのか?」
ひょっとして、俺がこの世界に来たことと関係があるのではないだろうかと思い、緊張しながら尋ねてみる。エスメルは首を振った。すでにリュートは背に縛り付け、歌も歌っていない。
「私も……ダンジョンに来たのはずっと前だけど、以前はこんな魔物はいなかった……」
メルも心配そうな顔をしていたが、一人違った感想を持ったのはドディアだった。
「魔物、多い。強くなる」
「ああ。そうだな」
俺が単純なドディアの頭を撫でると、ドディアは嬉しそうに目を細めた。殴られるのを承知でやったので、この反応は予想外だ。
「これは、食えないね。毛皮も売れないし、このままにして、進むかい?」
「ダンジョンで放置すると、アンデッド化する。焼かないと」
シーフのムーレと僧侶のシルビスは、真面目だった。ダンジョンでは、皆真面目だ。多分、俺が一番緊張感がないだろう。
俺がボヤで燃やそうと言いそうになったが、俺は現在戦士だった。MPの最高値が4になっていたが、無駄遣いするのはやめておこう。シルビスに任せておけばいい。
「じゃあ、俺たちは先に行く」
俺は、ドディアを促してホールに進んだ。ドディアはおとなしく従った。
「ちょっと、危ないよ。ダンジョンの中じゃ、まとまって動かないと」
「この辺りなら、まだ大丈夫だよ。遠くには行かない。ホールの中を確認するだけだ」
「了解。メル、一緒に行きな。松明を持つ奴が必要だ」
メルの声は聞こえない。返事はしたのだろう。俺とドディアの後ろから、小さな魔法使いが付いて来た。話を聞く限り、メルが小さいのは身長が低いだけらしい。決して、幼いわけではない。ミノタウロスを捕まえたのが数年前で、その時には一人前の魔法使いとして冒険者になっていたのだから、カロン少年よりはるかに年上だろう。
とすると、エスメルは何歳なのだろう。俺は、ちょっといいかなと思っていたが、カロン少年とは釣り合わないような年齢なのかもしれない。その辺のギャップは、早く埋めなければならない。幼馴染のファニーに会った時に、ロリコンの罪悪感に苦しめられることになるかもしれない。
俺は先頭に立ち、鋼鉄の剣をたずさえてホールに入った。前回来たとき同様、円形のドームになっている。当然だ。地形がそう簡単には変わるはずがない。
だが、俺はドームが天然のものではないことに気づいた。
高い塔が、地盤沈下で沈んだような形状だとエスメルは言っていた。この地下五階がまさに最上階で、天文台のような形になっていたのではないだろうか。
天井は丸く、高かった。背後のメルがもつ松明の明かりでは、高さが測れないほどだ。
「やっぱり、まだいるな」
「うん。虫」
ドディアは的確に表現した。周囲も人口の壁だったが、あちこちが崩れ、土が入り混んでいる。土と壁の間に、細く深いだろうと思われる穴がある。
俺たちが入って来たホールの反対側に、下る階段があった。ダンジョンに来て、坂ではなく階段だったのは、これが初めてだ。
「本当に、塔が沈んだみたいだな」
「来るぞ」
「ああ」
穴の中から、巨大な毒虫が這い出て来た。ムカデに似ている。以前にも見たことがある。
多分食べられない。食べられても、食べたくない。
「俺が正面に行く」
「わかった」
俺たちの侵入を察知したか、オオカミザルが倒されたことを知ったのか、長い毒虫はするすると近づいて来る。
危機意識がない。自分が殺される側だと、認識することもないのだろう。
鋼鉄の剣を振り下ろし、頭部を破壊する。長い胴体をくねらせた。
横からドディアが飛びかかり、銅剣で切り刻む。
虫の生命力は凄まじく、しばらくは暴れていた。
穴のなかから、次々に這い出して来る。
「3人じゃない危ない。下がるよ」
メルが指示したが、ドディアは飛び出していた。
「ドディア!」
メルの叫びは届かない。俺は届いた。地面を蹴ると、ドディアに追いつく。
大量に溢れ出た巨大なムカデの群れに飛び込もうとするドディアを、背後から抱き留めた。
「毒虫だ。囲まれると危ない。エスメルたちのところまで、戻るぞ」
「……わかった」
俺がドディアを抱いて下がると、メルの呪文の詠唱が聞こえた。何を言っているのかわからないが、俺たちが後退してメルに並んだとき、メルが魔法を放った。
「群れに混乱を。狂気とともに」
メルの持つ杖から、何かの力が放出されたのがわかった。俺たちを捕食しようとしていた毒虫の群れが、一斉に乱れる。
仲間同士でもつれ合い、その場でもみ合い始めた。
しまいには、どうやら共食いをはじめたようだ。俺が知らない魔法だ。もっとも、俺はこの世界の魔法を何も知らない。知っているのは、ゲームシステムが与えてくれる、選択式の魔法だけだ。普通の人間には、妖術にしか見えないらしい。
とにかく、俺はメルがいるパーティーと闘技場で対戦した時を思い出した。メルは他のメンバーから守られる存在に見えたが、どうやら、俺の勘違いだったようだ。メルは弱いから守られていたというより、切り札だから守られていたのだ。
結果的に、あの時真っ先にメルを倒した俺の判断は、正しかったのだろう。
「……凄いな」
「あんた、できないの?」
「俺は、魔法は使えない」
「妖術だけ?」
「知っていたか……」
「妖術師として死刑囚になって、国王からの恩赦も不意にされた。そんな奴のこと、知らないほうがどうかしているわ。だけど……妖術は魔物の力だって言われてるけど、妖術を使う奴は魔物だっていう今の神殿の考えには、私は反対ね。人間が苦労して魔法を編み出したのは本当だけど、もし妖術を使える人間がいたら、喜んで利用するっていうのが本当だと思うよ。それに、今はいつ死んでもおかしくない。ダンジョンの中だからね。あんたがキトンのことを殺したのは確かだけど、闘技場での生き死にを根に持つぐらいなら、初めからあんたをお姉ちゃんに推薦したりしない。別に気にしていない。だから、あんたも約束して」
「……約束? 何を?」
「力の出し惜しみはしないって。あんたが力を見せるのを嫌がって、それで私たちの中に死人が出たら、今度こそ、あんたを許さない」
「わかった。むしろ、ありがたい。俺も、人が死ぬのは見たくない」
「それとね……あんたが友達の剣奴を妖術で回復させとき、私は起きていたんだ。だから……お姉ちゃんに推薦した。たとえ立場が悪くなったって、あんたは人を見殺しにできない奴なんだって。甘い奴ってのは……私は嫌いじゃない」
メルが、口元だけで笑った。毒虫たちが勝手に数を減らしている。
「勿体無い」
ドディアが地面を蹴った。毒虫の群れに突っ込もうとしていた。
「あっ、待て!」
俺も油断していた。今度は追いつけない。
俺は鋼鉄の剣を持ち、ドディアに並んで毒虫たちを叩き殺した。
エスメルたちが合流しても、虫退治は続いた。ドームの一画の壁が崩れていたらしい。次々に侵入する虫たちをことごとく殺し、虫の死骸がうず高く積み上げられたとき、ようやく新たな虫の到来が止み、俺は戦士レベル7に上がった。
気がつくと、ドディアが青い顔をしてうずくまっていた。
「毒だね。シルビス」
「ちょっと、待っておくれ。私も、そろそろ限界だ」
丸い僧侶は、大きく息を吐く。外見では一歩遅れをとっているシルビスだが、神聖魔法の使い手ということで、この中では最も敬意を払われるべき存在らしいと、俺も最近知った。
「いいよ。俺がやる」
「えっ?」
ドディアを除いた全員が、奇妙な声を出した。
戦士のMPは少ない。だが、一度の解毒ぐらいならなんとかなる。シルビスを見ているとわかるが、本来の解毒魔法は、毒によって種類が違うらしい。毒虫の毒が致死性とは思わないが、俺の知っている常識は、この世界では使い物にならないことはわかっている。
俺は、迷わずドディアに解毒魔法ジュンを使用した。多分、純化の意味だろう。毒も消えるし、腐った食べ物も、腐らせている細菌から守ってくれるらしく、回復する、という優れた魔法だ。もちろん、このゲームの設計者は、腐った食べ物を食べるために使用するとは考えていなかっただろうが。
「……治った」
ドディアは突然起き上がり、俺に抱きついた。
「回復魔法……いや、回復用の妖術まで使えるのかい? ゴブリン王」
シルビスが悔しそうに言った。たぶん、シルビスの知っている、どの解毒魔法より有用なのだと気付いたのだ。
「妖術……のつもりはないが、力を隠して、仲間が死ぬのはごめんだ。特に、ダンジョンの中ではね」
俺が言うと、メルがくすりと笑った。
虫たちとの戦いを始める時に、まさにメルに言われたのだ。
「ああ。いい覚悟だ。もちろん、私らは歓迎する。少しでも生き残る確率が上がるならね。でも……そろそろ、見せつけるのはやめてくれよ、お二人さん」
エスメルが笑い、俺はドディアを引き剥がした。ドディアのことを男が嫌いだと言った奴に、責任を取ってもらいたい。と思ったが、俺の記憶通りなら、言ったのはドディア本人だ。
引き剥がされて少しむくれたドディアの頭を、俺はわしゃわしゃと撫で回した。




