40 発情しているだろ。二人とも
俺は、リーダーであるバードのエスメルに、コボルトとドディアについて説明した。
ドディアは幼い頃コボルトに育てられたらしく、コボルトを見ると全部子供だと思い込むことと、どうやら弟のように可愛がっていたコボルトとダンジョンの中で生き別れ、そのためにダンジョンにこだわっていたことだ。メルが補足してくれたこともあり、エスメルは納得してくれた。
コボルトはオオカミザルの餌としてアナグマモドキに捕まったのであり、ダンジョン内に他のコボルトはいないだろうことから、脅威にはなり得ない。また、コボルトを傷つけると、頼りになる前衛であるドディアが離反することを説明すると、警戒しながらも、コボルトを傷つけないと約束した。
一通り説明してから、俺は、自分がなんだか残念に感じているのに気がついた。ドディアは、ダンジョンで強くなろうとしている唯一の仲間だった。その理由が、ダンジョンで生き別れのコボルトを探すためだとは、俺は思っていなかった。
ひょっとして、ドディアも経験値を積むとシステム的にレベルアップしていく、どこからか転生した存在なのではないかと思っていたのだ。だが、そうではなかった。次の戦いからの、ドディアの戦闘意欲が心配だ。
「でも、よくドディアのたどたどしい言葉で、そこまで理解できるね」
「ああ。俺は、コボルトと話せるからな。不思議に、ドディアはコボルトと話せないというか……コボルトはもともと言葉を持っていないらしいんだけど、俺とは話せるんだ」
「本当だよ。コボルトとワンワン言い合っていたのを、私は見たから」
「……なるほど。火炙りになるわけだね」
僧侶のシルビスが妙に納得してうなずいた。失礼な。まだ、火炙りにはなっていない。
「判決を受けただけだ」
「で、王の恩赦も受けられない。そりゃ、焦るよね」
シーフのムーレがにへらと笑った。
俺はなかなかに気分を害しながら、言った。
「言葉が通じるから、危ないやつじゃないことはわかる。どちらかというと、ドディアの方が危ないぐらいだ。このまま、ダンジョンの奥につれていったほうがいいと思う」
「魔物と? まあ、あんたが責任持つなら、構わないけど。そいつはなんていっているんだい?」
エスメルが顎でコボルトを指した。人間の言葉がわからないコボルトは、キョトンとしている。
「俺たちは、ダンジョンの奥に行く。できるだけ深く潜って、強い魔物を捕まえる。あんたはどうする? ついて来るかい?」
「あのねーちゃんが、変なちょっかい出さなけりゃ、構わないぜ。人間の匂いってのは、どうにも好かない」
「わかった……ドディア、お前の弟は、あまりべたべたしてほしくないそうだ」
「……なんで」
ドディアがむすっとして言い返した。もちろん、このコボルトはドディアが一緒に育ったコボルトではない。実際のところ、ドディアにもコボルトの個体の見分けなどできていないのだ。ずっと一緒だったコボルトは、間違いなく死んでいるだろうが、人間の匂いにも慣れていたのだろう。
「もう、大人だ。恥ずかしいんだよ」
「……小さい」
「小さいのは、身長だけだ。見てみろ」
俺は、コボルトの履いている粗野なズボンを引き下ろした。下半身がむき出しになる。ドディアが目を開き、女たちが一斉に目を背ける。
「……わかった」
「よかったな。ドディアが納得した」
「待て。なんだか、とても失礼なことをされたような気がするぞ」
ズボンを穿いているのは急所を守るためで、けっして恥ずかしいからではないだろう。だが、生殖器をもろだしにされて目を背けられれば、気分がいいはずもない。
「とにかく、よろしく頼む。しばらくは、仲間だ」
「ああ」
俺が差し出した手を、コボルトがしっかりと握った。女ばかりのパーティーで、男の仲間ができたのは嬉しい限りだ。性別以前に人間ですらないが、ゴブリン王と名乗った俺にとっては、大した問題ではなかった。
その他に敵がいないことを念入りに確認して、俺たちはダンジョン内の小部屋で休息をとった。
ダンジョンに入ってから初めての休息である。ダンジョンの経験者であるメルが、五階より下に行けば休める場所があるからといって、ここまで休憩をとることに反対したのだ。
確かに、マンションの一室といった感じの構造は、敵を発見しやすいし、くつろげる。休むにはちょうどいい。
俺たちは、ダンジョンを探索しているのと同じぐらいの時間、休憩した。たっぷり時間をかけて潜るつもりなので、休憩は長めにしておいたほうがいいとのことだ。
いつものように見張りは二人交代だが、全体の半分は俺が引き受けることになる。雇われた奴隷だから、当然のことだ。
俺に助けられたコボルトも、俺に付き添った。気を抜くと、ドディアに抱き枕のようにされるので、俺の側に避難しに来たらしい。俺も話し相手ができてありがたい。というより、その代わりに当番の冒険者が休んでいるので、単にコボルトもこき使われているだけということになるのだが。
「さっきは悪かった。突然攻撃してしまった。当たり所が悪ければ、死んでいたかもしれない」
「いや。食料としてつれ来られたんだ。当然の反応だと思う。それより、もっといい武器はないのか? あの錆びた槍では、武器として役に立たないだろう」
俺が壺を除いた最初の時、中にいたコボルトが反撃したのだ。俺の面の皮は、錆びた槍ぐらいははねのける、らしい。
「ああ。だが、丈夫だ。俺たちは、金属の加工はできない。あの槍も、拾ったものだ。普段は、割れた石や動物の骨を武器にする。すぐ壊れるが、鋭く尖るし、刺さると抜けない」
「……狩りには適しているんだろうな。俺も、狩人の知り合いから聞いたことがある」
「人間の狩人か……強い奴もいると聞いた」
「ああ。ズンダっていう凄腕の狩人に、色々と教わった。そいつは凄いぞ。なにしろ、オオカミの群れを一人でやっつけるような奴だ」
「一人で……それは、嘘だろう」
コボルトは大げさに驚いてみせた。だが、実話だ。あの時は、俺がボスであるバッキラという魔物を引きつけていたこともあるが、ズンダが一人で群れを壊滅させたのは、間違い無い事実なのだ。
俺とコボルトは見張りをしながら談笑していた。食事も終え、女たちは睡眠をとっていた。突然、一人起き出した。誰か、おおよそ推測はついたが、振り返る。
やはり、想像通りドディアが立っていた。まだ、寝ている。寝たままで、いつも行動しているらしい。
ドディアはコボルトを抱きしめようとして空振りをした。コボルトは機敏に動いて、俺の陰に隠れる。本当に人間の匂いが嫌いなのか、嫌いなのは、女なのかもしれない。コボルトは、鼻が効きすぎるのだろう。
「……ずるい」
何がずるいのか、寝ぼけた女に聞いてもわからない。ドディアはいつものように、俺の膝に覆いかぶさるように倒れると、そのまま寝入ってしまった。
「お前の女か」
「そうではないんだが……」
「発情しているだろ。二人とも」
コボルトが、鼻をひくつかせた。
「俺には自覚があるが、ドディアもか。だが、だからといって、簡単には手を出せないな。それが、人間の社会だ」
「面倒臭い」
「もっともだ」
俺がコボルトに同意すると、コボルトは愉快そうに笑い出し、俺は慌ててその口を塞いだ。コボルトの笑い声は、よく響くのだ。
たっぷりと休憩を取ってから、再び俺は冒険者たちと探索を再開した。
何度か魔物に遭遇したが、ダンジョンを利用して囲まれることなく撃破していく。しばらく、オオカミザルの出現が続いた。
なるほど、と俺は感心した。これだけ多くのオオカミザルがダンジョン内に住んでいるなら、地下五階のホールにいる奴らをいくら殺しても、すぐに補充されるわけだ。
俺はドディアが戦う意味を失ったのではないかと心配したが、ドディアは嬉々として戦っていた。もともと、戦うのが好きなのだろう。むしろ、今までのように突出せず、俺と連携をとるように意識して動いているように見える。
さらにいうと、コボルトは手練れだった。この中では、もっとも戦闘経験が多いのではなないかとも思える立ち回りをして、俺が戦いやすいように背後から牽制してくれた。
ついには、さすがに錆びた槍では戦力にならないので、俺が持っている銅剣を一本手渡すことに、エスメルが同意したほどだ。
銅剣は闘技場から勝手に持ち出したので、かなりの数があるのだ。コボルトは大いに驚き、大変感謝された。
うっかり王を名乗ったりはしない。さらにややこしいことになるからだ。
オオカミザルの階層が続き、地下10階まで降りた時、俺の戦士レベルが7に上昇した。
俺は、この段階で職業を勇者レベル10に戻した。確かに、いくつもの職業を鍛えた方が、最終的には強くなるはずだ。だが、1つの職業をある程度極めてからでも十分だと思えたのだ。
ここで、戦士と魔法使いと僧侶を同じようにあげる努力をするのは、現段階では効率が悪い。
もっと、強い仲間を揃えてからでいいだろう。
俺が勇者に戻った判断に間違いはないと思うが、もっと強い仲間、と考えて、俺は不安になった。この世界の人間は、誰でもレベルを持って、職業をもって、決まった経験を積むと、勝手にレベルアップする、という仕様にはなっていないらしい。
ひょっとして、俺と同じ能力をもっているのが、ずっと俺一人だった場合、他の職業をあげる機会は永遠に来ないかもしれない。
そこまで考えて、どちらにしても、現段階では勇者を伸ばしていくべきだと俺は判断した。例えば、僧侶を極めれば死者の蘇生ができるかもしれないし、魔法使いならもっと効率のいい魔法が使えるだろう。だが、現状、俺が立ち向かおうとしている魔物は、せいぜいミノタウロスだ。ならば、勇者だけで十分なのだ。
闘技場で倒した時から、勇者レベルで五も上がっている。次回ミノタウロスと戦っても、一人で倒せるのではないか。
そんなことを考えていると、俺の前に、オオカミザルとは全く違った魔物が立ちふさがった。
ダンジョンの地下11階で俺たちが出会ったのは、ただゆらゆらと揺れている、細長い姿だった。
人間に見える。だが、見えるのは影だけだ。暗闇に投げかけられるのが松明の明かりだけでは、詳細がわからない。
10階から11階に移動する階段の一番下の段に身を潜め、俺はドディア以下のメンバーに止まるよう促した。
「フラッシュ」
目くらましの補助魔法だ。相手の視力を奪うと同時に、光の中心を直視しなければ、暗闇を晴らすのにとても有効だ。
通路が光に包まれ、俺は、気持ち悪いものを見た。
通路に棒立ちになる、腐った死体だった。
「ボゥオオォォォォ」
意味のわからない雄叫びをあげて、腐った死体が俺に向かってくる。俺の目には、ゾンビというモンスター名が表示されていた。
「ゾンビか!」
「手強いよ。気をつけな。シルビス、浄化は?」
エスメルの指示を聞きながら、俺は前に出た。まだ、他にもいるかもしれない。
後列には届かせない。そのつもりで、俺は鋼鉄の剣を振り下ろした。
明らかに人間の面影を残す腐った死体は、見るからに気持ち悪い。俺が振り下ろした鋼鉄の剣が、ゾンビの頭を割った。
だが、臭い肉汁が染み出しただけで、ゾンビは俺に掴みかかってくる。
「くそっ!」
触りたくなかったが、仕方がない。俺はゾンビを押し返した。その腹に、コボルトの銅剣が突き刺さる。俺の頭上を越えたドディアが両手に銅剣をもって襲い掛かり、銅剣を握った拳で打ちのめした。頭部を持ち、体重をかけてぐるりと回す。
首の骨が折れる気持ちの悪い音を響かせ、ゾンビは倒れた。
「……人間の姿を残している分、気持ち悪いな」
「みんな、私たちの先輩だよ。敬いな」
エスメルが俺を素通りして前に行く。
全員、動揺は見られない。
どうやら、ゾンビの精神攻撃には、俺がもっとも弱いようだ。




