Part7 「ラスト・フェーズ・コンプレックス」その5
白くなる。
白くなる。
白くなる――――。
光になる。打ち込まれた楔が引き抜かれ、体が宙に浮いていく。
輪郭が消えていく。自分と空との境界線が消えていく。自分の重さが消えていく。
明確に、あまりにも明確に、藤林大貴は理解した。
これが死ぬということか。これが消えるということか。
確実に自分の一片であったものが剥がれ落ちていく。パンを千切るようにあっさりと。
そのスイッチを入れた人間にどういう決意があったのかはわからないが。
しかし。それでも。この意識の一片さえ残っているのなら。
「――――あーあ。失敗しちゃったなぁ」
ふわりと笑って、絢音は残念そうに呟いた。自分の形さえ保てない崩壊の渦の中だが、不思議と彼女の声は聞き取れた。
「……ふじばやさんをラクさせてあげようと思ったのにな」
「あの妖精さんに体を渡したのはそのためなのか、やっぱり」
「やっぱり、ってなによ。これでも考えたんだよ? ふじばやさん、いつもつらそうだし、大変そうだし、ことわってくれないし」
「……心配させてたんだな」
「そりゃあ、もう。…………くるしい、っていうのは伝わってくるんだよ」
「ごめんな」
「でもね………………好きなんだ」
「え?」
「いっちゃった……」
「…………………………え?」
「わたし、ふじばやさんといっしょにいるの、好きだよ。楽しいのも伝わって来るんだ。……できればそりゃあ、楽しいだけのほうがいいだろうしねー……」
絢音は口を尖らせている。気にしているのだ。大貴が怒っているのかどうか。
怒るはずがない。なんにせよ、絢音のしたことは大貴を慮ってのことだ。
絢音は不安だったのだろう。いつも辛そうにしている大貴を見て、いつかいなくなってしまうんじゃないか――とか。
「……ふじばやさん。いなくならない?」
「ああ」
「約束だよ。勝手にいなくなったりなんてしないでよ」
「……約束する。俺だって、好きだしね」
「えっ……?」
絢音の存在感がどくんと高まった。一瞬だけ輪郭がはっきりとする。
大貴は絢音を抱きしめた。
もう体の感覚がない。ちゃんと体のリソースが残っているのだろうか。正しくそうできている自信はない。
けれど、せめて。
一縷の望みを託すように、大貴は腕の中の絢音を抱き上げた。
「ふじばやさんっ……ちょっと――なに――――!?」
もう、見えるものなど残っていないのだが、確かに絢音の声が遠のいていったのを感じた。肌の感覚としても、もうここに残っている感じはない。
「……ありがとう。妖精さん」
「……あの子の体は私のエイリアスが『格納』されていたから。ホットラインつながっていたの」
「教えてくれてありがとう」
「秘密にするメリットはないわ。……もう、終わりなんだから」
おわり。その言葉が脳裏で反響した。
このまま消えてしまう可能性もある、ということ。死ぬということ。いまいち理屈としてはわからないが――――本能的に、死のヴィジョンだけはよく見える。
このまま真っ白になってしまうイメージが。藤林大貴を塗りつぶす。
「……なぁ、妖精さん。聞かせてくれないか? 君のこと。今までのこと、これからのこと」
「……ばかだね。あの子と一緒にかえりたいんでしょう? なのに、私のために……『話をしよう?』……ばかじゃないの」
「そんなことないさ。君には感謝してる」
「どうして?」
「君はここに俺を呼んでくれた。ニルとして手助けもしてくれた。俺に、自分自身の気持ちを気づかせてくれた。……そして、その気持ちどおりに生きてもいいって、気づかせてくれた」
「なら……いきなよ。私と話なんかして、余分な意識をこっちに回さないほうがいい。神経がズタズタになって――本当に死ぬわ」
「……それでもこのままじゃだめだ」
「どうして? かえりたいっていったくせに」
「ああ、そうだ。けれど、君を放っていけないのも、俺の気持ちだ。
君はわるいことをした。けれど、君の想いも願いも、誰かに伝えもせずに消えていいものじゃない。俺がそうだったように、君だってその気持ちを隠したままなんて、かなしいだろ」
「よくばり……ばかだね」
「よくそう思う。――――さぁ、めいっぱい、話をしよう」




