エピローグ 「少女は病室の前に立つ」その1
「――――それで?」
「それで終わりだよ。俺の話はね」
「あとはふたりだけの話ってことか。……まぁ、それが一番綺麗なのかもしれないな」
巧は笑い、大貴も苦笑を返した。
結局、世間的には、規定どおりにゲームは終了した――と、されている。
『プレイヤーが一定期間以内にボスを倒さなければ運営プレイヤーが動き、排除する』。そのルールどおりに運営プレイヤーが動き、ボスを排除。イベントは終了した――と、されている。
そののち、各プレイヤーが任意にログアウト可能の環境ができ、『しかるべきタイミング』でメンテナンスのためゲームサーバーはシャットダウンされた――と、されている。
『ガーデン・レイダース・ネットワーク』だけでなく、他の乗っ取られたネットゲームでも殆ど同時にクリアを迎え、同様の手順を踏み、開始から3度目の夜が明ける前に同時多発ハッキング事件は解決した――と、されている。
まこと、信じられない話だった。
そんな各々の思惑が積み重なってできた偶然より、この場合、犯人がハッキングを止めたと捉えたほうがよっぽど自然だ。
『とあるプレイヤー』が開示したプレイログによると、『ガーデン・レイダース・ネットワーク』では運営アバターがエネミーに囲まれ絶体絶命の状況だったようだ。(もっとも、開示されたプレイログのキャプチャ画像はすぐに『権利者により削除』されたため真偽は定かではないが)
全貌の輪郭さえぼやけた奇妙な事件。――まあ、世間一般の目から見ればそうだという事件などいくらでもあるのだろうが。むしろ全てを公表している事件など皆無だろう。
――だが、自分達が当事者に近くなればそうはいかない。
飛行機の墜落や電車の脱線よりも自動車の衝突事故の方がより鮮明にイメージできる。テレビの向こうにいるプロ格闘技の試合より、チンピラの拳の方が怖く感じる。そんな感覚だろうか。
『サイバー・ブルース』。より広く定義すると『ダイブ型の端末操作装置』。ネットゲームだけでなくマウスやキーボード代わりに利用される側面もあるコレの危険性を、今、世間は強く認識している。
もちろん、それは一過性のものだろう。たかがひとつの事件の話だ。世界が回るのと同じ速度で新しい事件は起こり、新しい問題が生じ、人々の興味も移ろいでいく。
より俗っぽく言えば、『ブーム』という言葉がしっくりくる。流行。トレンド。一発屋。ただ、今この瞬間だけ注目されているだけのこと。
そう思うと、大貴はひどく悲しい気分になった。
あの【妖精】も、彼女を支えていた犯人にも、訴えたいことがあったのに。
指をすり抜けた風船のように、記憶の空に飛んで行ってしまうのか。
「――おい、大貴」
「ん?」
「また良からぬことを考えたな?」
「よ、良からぬことっておまえ……」
「いいか。あいつらは犯罪者だ。そんな奴らの言葉なんて聞いてやる必要はない」
「おい、それはさすがに――」
「ない」
大貴の言葉をぴしゃりと否定し、巧は腕を組んだ。
先ほど開けたカーテンの向こう、青空を睨みつけている。雲の切れ間から地上を覗く悪魔を探すかのような険悪な雰囲気だ。
「それがルールだ。世の常、というものだ」
「世の常ねぇ……」
「悪が栄えた試しはない。諸行無常。独裁者は打倒される。最後に愛は勝つ」
「最後のはなんか違う気がするけど……まぁいいか」
大貴の言葉に満足したのか、巧は空から目を戻した。
――独裁者。確かに、あの【妖精】はやったことは独裁だ。
では、この結末だけは必然だったのかもしれない。人間誰しも頭を押さえつけられれば多少なりとも反発をする。抱き締められることを嫌がり、情愛を暴力で表現する人間さえいる。
【妖精】の願いは叶うはずがなかった。人の意識を捻じ曲げてしまうような洗脳まがいの方法で、万事がうまくいくはずがなかったのだ。
そしてその『押し付けの幸せ』――独裁は、やはり反発された。
一刻も早くこの異常な展開を収束させたい運営。ストイックに自己研磨を繰り返すトップランカー。腕は確かだが実績を伴わないハグレ者。
そして、藤林大貴のような歪んだパーソナリティを持った異常者。
十人十色。千差万別。マイノリティーは必ず存在する。
だからこそ【妖精】の願いは一方通行の『独裁』になってしまった。単純なアルゴリズムに当てはめたり、関数的なノイズキャンセリングによって単純化したりできるものではなかったのだ。
ヒトの精神の構造が複雑だ。だからこそ、コンプレックスは消え去らない。
もしかしたら。大貴は後悔する。もっと【妖精】と話せていたら。彼女だったら、もっといい革新的な答えが見つけられたかもしれないな――。
「馬鹿らしい」
また、巧は大貴の思考を切って捨てた。先ほどからこの男には大貴の考えが読めるのだろうか?
「いや、そんなに不思議がるな。もうそれなりに付き合いも長いしな。単純なおまえの思考くらい読めてもおかしくはないだろ?」
いやおかしいだろ。ツッコミを入れようとした大貴をよそに、巧は腕を組み直した。
敵意やガードの色が強かった先ほどとは違い、巧の『しっかりと考える地盤を作るポーズ』だった。それは絶対の拒絶ではなく、真摯に抱きとめてやろうという誠意の表れだった。
「……こと今回について、お前の判断は正しかった。今回の事件は、エゴだかコンプレックスだかは知らないが、ヒトが感情に振り回された結果だ。
サイバーテロだぞ? あと一歩でおまえだって目が覚めなくなっていたかもしれないんだ。最低の諸行だ。
その主犯格の【妖精】っていうのをときほぐし、救おうとしたお前は正しい。俺に言わせれば甘すぎるとさえ言える。胸を張れ」
「そう言ってもらえるなら、気が楽になる」
「だが馬鹿野郎だ」
「おう……」
見事に上げて落とした巧に大貴の気持ちは崩れかけた。
ガードが壊れた大貴に巧は、いいか、と言葉を続けた。
「それでも、だ。俺に言わせればな。突き詰めればお前の言うそれは思考と感情の凍結だ。人は妬む。羨む。欲しがるし怒る。そんな基本的なことさえ機械的にこなしてどうする」
「機械的って……」
「おまえは空っぽの皿か? おまえにはどんな料理も盛り付けられるが、盛りつけたい料理はおまえ自身にはないのか?」
「いや……は? 皿?」
「大貴。おまえの願いはなんだ?」
大貴の目をしっかりと見据え、巧は問いかける。
幾度となく自問してきた問答だった。かといって、これぞという言葉はなかなか喉を抜けていかない。
「…………」
否。
確かなものがあることにはある。しかし――水前寺巧の前では言えない。ただそれだけのこと。
「まぁ……言いたくないならそれでもいいが……とにかく、おまえは誰かの豚の餌を押し付けられる入れ物じゃあないんだ。……夢があるなら、まずもっと自分を大事にするんだな」
奇しくもそれは、大貴が出した【妖精】への回答に似た文面だった。
特別な事は言わず、大貴は首を上下に振った。
「…………わかった。覚えておく」
「メモれ。携帯の待ち受けにしろ。部屋の掛け軸にして毎朝復唱しろ」
「宗教か……?」
「神の教えじゃあない。俺の教えだ」
「いや、わかってるけど……」
胸を張る巧に、大貴はただ苦笑を返した。
なんだか偉そうにされるのは少し癪だが――まぁ、呑み込むことにした。




