Part7 「ラスト・フェーズ・コンプレックス」その3
――以降。
まさに怒涛の勢いだった。
黒いマナンは黒い泥から鉄砲水のように飛び出してはジンに斬り伏せられていく。やがて2体、3体と増えていくも、まるで問題にしていない。
的確に急所を突き、五体を破壊する。
金属がひしゃげ、ワイヤーが弾け、ボルトが飛び散る。
阿鼻驚嘆の地獄絵図かスクラップ工場かと見間違えるほど、残骸が山積みにされていく。
――その様を、トーシャはあまりよく見ていなかった。
先ほどからジンが剣に浴びせていた光。空から降ってきた光。
その光源に、目を奪われていた。
空に亀裂が走っている。その奥から光が差し込んでいる。
ユーザーがログインしてくる時のエフェクトに似ていなくもない。しかしこれは、派手すぎる。
じゃあなんだ。トーシャは自問する。
空が割れる。檻が砕ける。世界が破壊されるイメージ。
さながらそれは、黙示録の時か。
「………………え、これ、ヤバいヤツ?」
黒いマナンは続々と湧いてくる。ゲームオーバーを否定するユーザーのように。
依然、ゲームは終わらない。
* * * * *
話しかけられたことに気づかなかった。
それほどに憔悴し切っていた。回転し続けていた思考がとうとう停止してしまったせいだ。意識さえ、失っていたかもわからない。
触れられて、ようやく気が付けた。
「…………なんだ?」
「あなたは、自分で決めるべきだ……と、言いましたよね」
巧の肩に触れて、絢音は言った。
絢音は巧の胸に耳を押し当てる。心の奥まで、耳を澄ませる。
「……私は、今の私は……決められない。私が誰なのか、どうしても断言できない。けれど、想うの。『私の願い』。その根本は、私が誰であろうと変わらない。
――なぜならば。私はずっと、好きになったヒトの幸せを願ってきたのだから」
「それは……誰だってそうだ。大切なモノを傷つけたい人間がどこにいる。どこにでもある願いだ。ありふれた望みだ。
自分の幸せじゃなく、誰かの……を、願うことは、ただの人間がすることだ。――なのに、どうして。お前らってヤツは……!」
「……それが、あなたが私に願っていた理由……なんだね」
絢音が巧から身を離した。向かい合い、絢音は唇を上下に動かす。声は聞こえない。
絢音は顔を上にあげた。彼女は笑い掛けて。
姿が、陽炎のように、揺れて。崩れて――――。
* * * * *
切り捨てた残骸の山がどす黒く腐敗した。かと思うと、そのまま泥に変質する。
ジンは残骸の黒い泥から伸びた腕に足首を掴まれた。気を取られた一瞬の内に周囲を円形に包囲される。
円を作る黒いマナン達が一斉に腕を射出した。対角に打ち込まれたそれは、中心にいるジンの脇をすり抜け、腕のワイヤーでジンの自由を平面的に拘束した。
ジンは剣でワイヤーを切ろうとするが、ワイヤーを押した肩口の鎧が弾け飛んだ。
拘束に使われたワイヤーには切断機能がある。押し込めばダメージは免れない。無理をすれば、腕が切断される。剣が触れなくなっては戦いようがなくなってしまう。
「…………ふん」
ジンは悪態をついた。感情もなく、黒いマナンが片腕の砲身をあげた。ジンに照準を合わせ。
――撃ち込まれる寸前で、ジンは腕をあげた。ワイヤーに触れる。切断。されない。
周囲のワイヤーを尽く切り捨て、包囲する黒いマナンを斬撃を円状に飛ばして一気に両断した。
「いいフォローだ。サポートが板についてるな」
「そりゃあ、どーも」
むくりと立ち上がり、トーシャはイライラと返答する。
ジンが剣を振れたのも、下を潜り込み何本かのワイヤーの強度を操作したトーシャのおかげだ。
タイミングもこの上なかった。下手に早ければ黒いマナンに悟られてジンは隙を突いてワイヤーを振り払えず、遅すぎてはジンは蜂の巣だった。
それに報いたはずのジンの謝辞を、トーシャは苛立たしげに受け取ったのだ。もともと2人は、少なくとも表面上の態度としては険悪であったが、ジンは少しそのリアクションに眉をひそめた。
「……どうした?」
「どうしたもこうしたもあるか。お前、何とも思わねーのか? この状況!」
トーシャの怒声でジンは周囲に目を走らせた。空の亀裂がどんどん広がっていく。光の柱が幾重も地上に降り注ぐ。
黒い泥は地上を飲み込もうと動いている。泥の中からはまた黒いマナンが這い出ようとしている。
世界の終わり。端的に言うと、そういう雰囲気のシチュエーションだった。
「……異常だな」
「ああそうだ。ふざけてる……バカにしやがって! こんなゲームが楽しいかってんだ、クソ!!」
吐き捨てるトーシャ。その意見にジンは鼻を鳴らした。
「どうも、管理者としてはおよそ考え付かないファクターの意見だ」
「お?」
「なにせこっちは金がかかってるんでな。お前らがヘラヘラしている裏で基本的に血を吐いていると思えばいい。ゲームが楽しいわけがないだろう。
例えるなら……そうだな。グラウンド整備しかしない毎日、だな。なんの感慨も達成感もない毎日。青筋立てて辛そうに練習に励む球児すら『ああ、1日何度も一喜一憂できて幸せそうだな』という風に楽しげに見えてくる」
「はたらきたくないでござる」
――不意に、泥の中から伸びる腕が、かちりと止まった。
「……なんだ……て?」
泥が隆起する。その奥で、なにかが赤々とした眼光をギラギラと輝かせている。
直感する。
それは社会保険という命綱で体を支えず日夜仕事という名の断崖絶壁を登る企業戦士の夢のあと――ではなく。
「つま……ら、ない? ここが?」
あるいは、そういう側面を内包しているのかもしれないが。
このイベントの主催者の登場である。
脊髄反射的にトーシャは異論をがなりたてた。
「ったりめーだぁ、バーロィオィ! そうだなぁ、例えるならテメーはオカンから押し付けられたトイレ掃除だ! 黒ずんだアレが取れなくて取れなくてイライラするのと似た感じだよマジで!!」
「……わからないか? 通訳してやる、エグゼキューター。――ゲームはやらされるものではない。お前がやるように、目の前にエサをぶら下げれば続けられるというほど、人間は便利でも単純でもない」
そして、その場はしんと静まり返った。
何かに気づいたように、あるいはそれの理解という行為そのものをせき止めるように、泥は硬直した。
いずれにせよ、それはひどく感情的な行動だと言えた。さながらそれは、人間のように。
「…………退くに退けない……か。悲しいな。謝るということを知らないというヤツは」
「だーッ! いい加減疲れたんだよこちとら! 面倒な話はあとで勝手にゆっくりやれ! なんなら付き合ってやっから、いいから一旦終わらせやがれ!
俺にはなぁ、起きてシャワーを浴びてコーヒー牛乳をがぶ飲みしてサンドイッチを食べてから自宅を守る大切な仕事があるんだよ!」
そして、その場はしんと静まり返った。
何かに気づいたように、あるいはそれの理解という行為そのものをせき止めるように、泥は硬直した。
いずれにせよ、それはひどく感情的な行動だと言えた。さながらそれは、人間のように。
「――――――ってぇ! 黙んなや!」
「あー。うん。そうだな。……………………ニートも大変なんだな。知らなかった」
あまりにもリアクションしにくかったためか、珍しく、ジンは普通に謝った。皮肉じみた言葉を選ぶ余裕すらなかった。
「うるせぇぞ社畜」
「おかげさまでな社塵」
「社塵!? シャジンってなんだ初めて聞いたぞ!?」
「社会の塵芥の略だ。思いつきの割にはいい言葉だと思うが――――さて」
周囲の黒い泥を一瞥し、最後に空の亀裂を見て。
ジンは剣を鞘に収めた。
「おい……!?」
「タイムアップだな。備えろ。……意識のラインが問答無用で断ち切られる。死ななければ儲け物だ」
「なんだと……!? どういうことだ!? おまえ、さっきの死ぬって、冗談じゃ……!!?」
「もう遅い……ッ!!」
* * * * *




