Part7 「ラスト・フェーズ・コンプレックス」その2
巧は病室を飛び出した。頭を押さえ、奥歯を噛み締め、思考を展開。
考える。考える。考える。
なにか方法があるはずだ。サーバーダウンされる前にログアウト権を戻す方法が。
ゲームを強制的にフリーズさせる? コマンドが一定時間打ち込まれなければゲームオーバー扱いにさせられるかも――駄目だ。ゲームオーバー扱いに出来たとしてもログアウトはさせられない。
ゲームの処理を重くしてゲームを乗っ取っている彼女達AIの動作も遅くしてしまう? ――駄目だ。相手は数万人がアクセスするゲームを並行して操作できる処理能力だ。AIの処理を封じる前にサーバーが落ちる。
ゲームのネット回線を切断させる? 個々への影響は回線経由だ。元を断ってしまえば――駄目だ。おそらく今の絢音のような人を増やすだけだ。今、プレイヤーは現実に思考が向かないようAIに一部、あるいは全部を洗脳されている。その状態で固定されてしまうおそれがある。
【サイバー・ブルース】の操作からコントローラに移せば――それが出来るなら、こんな苦労はしていない!
「くそ!」
悪態をついて病院の壁を思い切り殴った。拳に血が滴る。それにも構わず、巧はまた頭に手を当て、思考を続ける。
めぐり、めぐり、めぐり、めぐり。
病院の外まで出ていって、思いついた20通りの手法全てがボツになった。
万策が尽きた。
「少年」
頭上で男の声がする。
例の病室から、男が顔を出していた。
「開始まであと5分だ」
* * * * *
「――できた!」
トーシャが顔を上げた時、ジンの槍は真っ二つに割れて宙を舞っていた。
あのジンが後退する。管理者権限を持つアバターの証である白い甲冑が砕け散っていく。
陰りが見えたジンに暗黒が疾走した。蒸気を巻いた鋼鉄の体。常軌を逸した速度と膂力を以って、力任せの鉄拳が迫る。
ジンは割れ残った白い小手でそれをいなした。かすっただけで鎧は砂のように塵になる。続く徒手による突きのラッシュを小手で払い、鎧はシュレッダーに突っ込まれた紙束のように呆気なく機能を奪われていく。
「早くしろ……!」
切迫したジンが黒いマナンの前蹴りを受けた。ジンは呻き、後方に吹き飛んだ。背中が黒い泥に浸かる。
「くぅ……!」
姿勢を落とし、黒いマナンの追撃を避ける。地面を転がり、ジンはトーシャに右手を伸ばす――。
「受け取れ!」
トーシャが剣を投げる。――高く、高く、弧を描く。
トーシャのアバターとしての基本能力が低すぎるのだ。山なりのパスでないと届かない。ジンは空を舞った剣に目を走らせる。
そのうちに。
ジンが伸ばした片腕は、真っ黒な泥に呑み込まれていた。
「なにっ……!?」
泥が壁から不自然に突出したのだ。ジンの腕を飲み込み、溶かし、情報を奪い取る。
それをジンは直感したのだろう。無理に引き抜き、バックステップで距離を取った。
ジンは振り返った。黒いマナン。片腕を泥の中に突っ込んだままだ。しかしそこから、何事もなかったように腕を引き抜いた。
ジンとは違い――ジンは奪われた右腕に視線を向けた――あの黒いマナンはこの泥の効果を受けないのだ。
「やれやれ……」
ジンはため息をついた。
片腕はむざむざ奪われ、敵は健在。こちらは有効打はなく、装備損耗度と体力ばかりをゴリゴリ削られてしまっている。
偉そうにしておいて。無様この上ない。醜態を晒した。情けない。
こんな状態では、逆転など不可能だ。
「……そう、『こんな状態の奴に、一対一で負けるはずがない』――。今現在の、私の全力で相手をしてやる。片腕はハンデだ。私を予測で上回ってみせろ」
トーシャが投げ上げた剣をようやくキャッチして、ジンは宣言した。
AIとて、侮辱されたことは理解できるのだろう。黒いマナンは怒りの色を――具体的には目のあたりの光線の色を赤々と光らせ、その太さを細めている状態を――みせている。
常識を超えた踏み込み。鋭く、黒いマナンはジンに接近し。
呆気なくジンに両腕を切り落とされた。
黒いマナンの動きが一瞬止まった。再計算、判断、動作復帰。3ステップを0.1秒で処理してジンの前からすり抜けようとする。
0.1秒の遅れ。ジンが黒いマナンのボディを袈裟懸けに斬り下ろすには十分すぎる時間だった。
黒いマナンはよろよろと後ろに倒れこみ、黒い泥に身を沈めた。ジンが追撃する。鋭い刺突が黒いマナンの胸に大穴を開けた。
黒いマナンが、泥の中に埋もれていく。
「やったか?」
「まだだろう。今のでは不意打ちされたと駄々をこねられる。……しかし、この剣」
おもむろにジンは剣を払い、刃に視線を添えた。白銀の刃が光をすんと吸い込んだ。
「なんだよ? 不満か? 期待はずれか?」
「期待は外れた。……想像よりも良くできている。突貫とはとても思えないな。なにより奴を斬って武装の損耗度がほぼゼロ同然というのは、もはや驚異だ。……なにをした?」
「基本に忠実にやっただけだよ。相手の反応を見るんだ。あんたの動きは何度かみたし、武器を見ればあんたが普段どういう使い方で剣を振るっていたかもわかる。安定性に比重を置いた分重さと機能性を削った。攻撃力は残してある」
「……なるほど。優秀だな」
呟き、ジンは身を翻して閃光を二条走らせた。
黒い泥から飛び出したものに、そのうちのひとつが着弾した。ダメージはごく小さい。しかし宙空での動きは一瞬停止した。
ジンは踏み込み、宙の黒いマナンに向かってジャンプ。伸びる腕を難なく斬り落とし、本命を胴から横一文字に両断した。
「この剣なら、ようやくまともに戦える」
いやまともっつーか、と答えあぐねいているトーシャの傍ら、ジンは刀身に空からの光を浴びせた。
剣を握り直し、構えを整える。
「……防戦は終わりだ。攻めに行く」




