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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第三章 「きみをしること」
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Part6 「ひとりぼっちxひとりぼっちxひとりぼっち」その7


 ジンの掲げた勝利条件。要約すればゲームマスターを叩きのめすということ。言ってしまえば、『ちょっと神様からカツアゲしてこい』みたいな話だった。


 だがそれは、嘘ではなかった。トーシャも確信した。


 誰かの輪郭は見えないが、この黒い泥の向こう側にいる文字通りの『黒幕』は、どうやらイベントをコントロールしている。


 そしてタチが悪いことにゲームマスター相応の権限を持ち(ジンの剣がダメージを受けていることからこれは明白だろう)、このイベントを終わらせる気が毛頭ない。


 これを覆すには、この黒幕を倒す他はない。それもこの場で。別のステージではなく「自身が全能だと勘違いしている」この場で。


 言葉責めでは足りない。圧倒的に、ひたすら圧倒的に、戦力差の程を見せ付けなければならない。ルール無用の反則改造に訴えようとも、あらゆる手段を講じながらも勝利できない絶望感に苛まれるように。こんなゲーム、続けるのも嫌になってしまうほど。


 既に――相対しているこれは、スペック上ではトーシャはおろか、ジンさえ比較にならないものである。それはトーシャもこの一連の動きで理解できていた。


 行動の機敏さもさることながら、細やかな挙動とノーモーションからの突進。機械的な容姿ながら、生物的な滑らかな動きと物理的な性質を無視した運動。


 一挙手一投足、その全てのキレが良すぎるのだ。目で追いきれないことも少なくない。トーシャもジンも対応できているのは、単純に攻撃の『線』を直感できているからだ。


 破壊する『点』と、それを成す自身の攻撃の『点』。その2点を結ぶ必殺の軌跡。攻撃のロジックが描くシナリオチャート。


 そのアルゴリズムをいかに単純化・正しく最適化・限りなく安定化させることこそ、相手に確実で致命的な一矢を打ち込むことに繋がる。


 この黒い影の織り成すそれは、実に的確だった。いかに小さな点でさえ、正しく貫く事だろう。


 それがジンとトーシャにそれぞれ見舞った両腕の一撃だ。結果、それはそれぞれお互いの意識の空白に縫い込まれた。一対一では対応できなかった。


 だが逆に、そこまで速く正確でなければ直感的に止められなかったことも事実だった。


 正確に最短距離を駆け抜ける一手。それこそが黒い影の長所のひとつ。そしてプレイヤーとして経験則を持つトーシャやジンには、直感で導けるそれとほぼ一致してしまう。


 正確ゆえに絶対の解に辿り着く。道筋は異なっていても、黒い影のアルゴリズムとプレイヤーの直感は比類した結果を叩き出す。


 それは、ひょっとしたら素人でもトッププレイヤーと同等の立ち回りを実現できるということ。


 ただし、このときのプレイヤーは正しくマリオネットになるのだろう。人間という判断、自己、尊厳をかなぐり捨てた思考の停止。当事者でありながらオーディエンスとしての視点しか持てない傍観者。打たれたコマンドを忠実に実行する機械。


 ここで自問する。ありふれた問題、常識的なクイズに回答をするとして、全問正解は可能か?


 それも速く。1フレームさえ惜しむほど速く。


 ――できないだろう。正確さ、速さ、その持久力。それらを全て最高位に抑えて解を出し続けることはできない。


 ここが肉体から離れた仮想現実だったとしても、物理を知っているプレイヤーの精神は『疲労』を知っている。ストレスの加圧はそれを誘発し、隠し切れずに溢れてしまうことだろう。


「……どうやって?」


「まずは基盤が必要だ。……さて」


 ジンがトーシャに投げて寄越したのは、刃こぼれした剣だった。


 ――ゲームマスターの権能の顕れ。それを、一介のプレイヤーに譲渡するなど。


「おい、これ――」


「直せ。それと強化だ。材質硬度は既に最上。それでも奴の強度はそれを越えてくる。であれば、武器としての純度を上げるほかはない。

 それはそもそも儀式用だ。その方向の伸びしろならば、それなりにある」


「…………そうは言ってもな、この剣の容量が追いつかねーぞ。特殊効果を全捨てして、空いた容量に武器能力を詰め込むくらいしねーと……」


 トーシャも根拠なくそう言った訳ではない。構造の把握は鍛冶の基礎だ。モノに一度触れれば、その構造の骨子はするりと頭に入ってくるのだ。


 儀式用。本来殺傷能力を持たないアイテム。


 使われている材料は屈指の硬度を誇る金属。真っ当なプレイヤーでは剣一本はおろか果物ナイフ一本を精錬するのに十分な量を確保することさえできないであろうレアメタル。『ヴァイシアン』と呼ばれる代物だ。


 それはトーシャでさえ何度も見た経験はなかった。『ヴァイシアン』はそれほどに希少であり、また加工・精錬が難しい材料だった。


 武器精錬を頼むのは素材収集を大規模に行える大きなクランでなければならず、そうしたクランには信頼におけるお抱えの鍛冶屋が付き物だった。早さが取り柄のトーシャに預けるような品ではない。


「……いいのか?」


「他に方法はない。奴と気兼ねなく切り結べる武器さえあればどうにかなる。正面から捩伏せることがな――いや。それに、お前も必要だ」


「…………クソが。この貸しはでっけーぞ」


「ゲームマスターとしてバイトできるように口利きしてやる。裏側を知るのも面白いぞ」


「ハッ……んなブラックくせー肉体労働、正社員は死んでも嫌だが……バイトでちょい、っていうなら悪くねーな。話の種になりそうだ。俺、ノゾキって好きなんだよね。響きだけで正直ドキドキする」


 トーシャは軽口を刺し、ジンはそれに淡く笑った。槍を握り直すジンを横目にトーシャは儀式剣に手を添える。


 ジンが風と共に踏み込むのと眼前のマナンの背中から蒼炎が噴射されたのは、ほぼ同時だった。


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