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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第三章 「きみをしること」
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Part6 「ひとりぼっちxひとりぼっちxひとりぼっち」その6


 背中から蒼炎が上がった。力の奔流が熱を帯び、風を切るように疾走した。


 ジンが剣尖を突きつける。疾走は止まない。黒い腕が振り上げられる。


 予感、衝撃、破裂。腹に風穴が開くビジョンが突き刺さった。


 地面に飛び込むように姿勢を屈めた。背中にじりじりと熱が伝達する。焦げ付く衝撃。黒いマナンは遥か後方へ走り抜け――。


「……!」


 直感して、ジンが剣を走らせた。


 紫電が剣に阻まれて、稲光が四方に散った。チカチカとした光が周囲に陽炎のように居残っている。視界が悪い。目が見えない。


 しかし気配は先行する。その殺意は変幻自在にカタチを変え、幾多も、幾重も重なり合って、ジンの首を刈り取ろうとする。


 カタチはわからずとも、その源は知覚できる――。


 まずボヤけた視覚情報を切り捨た。稲光のノイズの激しい聴覚にもフィルタをかけ、自分と外界の境界を触覚する。


 鋭い刃となった殺意。それを刀身に這わせ、逸らす。


 そして殺意を触れる。だけでなく。掴み取る。


 手繰り寄せる。首を狩ろうとピンと引き伸ばされた糸。それを引いて力を加えれば、ほどなく『向こう側』から反応が返ってくる。


 そら、きた――。


 ジンが殺意を足元に墜落させる。足元に黒い剣が突き刺さった。片刃のそれを無造作に踏みつけ、その先を――殺意の根本を捉えた。


 遠い。ゆうに剣の射程を越えた位置に、黒い影は立っている。


 仕掛けは剣の方ではあるまい。本体、その両腕に――。


 動く。低い駆動音が徐々に回転数を上げていく。唸りがどんどん高くなる。白煙を関節じゅうから吹きこぼし――。


 ジンの頭は鷲掴みにされた。


「……っ!」


 早い。回避運動が取れなかった。


 この手は大砲のような速度でジンまで疾走した。リーチを遥か越える距離を飛び越えたのだ。


(ロケット……違う、これ、はっ……!)


 ぐんとジンの頭部が引っ張られた。首根っこから引き抜かれそうな衝撃。腕が引かれている。


 一方向にのみ加速するロケット推力で、こんなことはあり得ない。ロケットがバックするなんてことは。腕が引かれるなんてことは。


「それはなっ!!」


「伸びているのか……!」


 直感したジンが行動を取ろうとしたのと、トーシャの声が降ってきたのはほとんど同時だった。


 次の瞬間、ジンの顔面が真下に揺れた。頭のロックが甘くなる。黒い『マナン《機械属》』はトーシャに不意を突かれたのだ。


 力任せに手を引き剥がす。ごてごてとした金属感のある黒い手。――肘から先は、黒く太いワイヤーに繋がれていた。


「有線腕ってトコだな。なるほどなるほど、まさしく武装ってことだ」


「主推進はジェット、小型の推進器で姿勢制御を行い、有線でエネルギー供給しているようだ、が……」


 ちらりとジンが視線を投げる。その腕が繋がっている電線のような極太のワイヤーは、巨大な質量で下敷きにされていた。身動きひとつ見せないが、おそらく――絶縁はしていまい 。


「どうした? ありがとうって言えよ、騎士様?」


「いささか手法が乱暴すぎる」


「そうかよ。いっそくたばれ」


 それぞれに悪態を突き合うが、視線はじっと一点に絞られていた。


 先を見る。黒い影。右腕。残った左手が、ひくりと震えて――。


「ぁあああっ!!」


 トーシャの放った砲弾と影が翻ったのは、ほぼ同時だった。


 アイテムボックスからトーシャが出したのは柱だった。長く、太い円柱の一本。ゆうに自身の身長の3倍はあろうというそれを、掌から真正面に打ち出した。


 相対距離も加味すれば、ギリギリ回避も不可能ではない速度だった。


 しかし、いい加減引き出しを理解してきたジンはともかく、あの黒い影が初見で攻撃の性質を理解して回避運動を取ることは難しい。


 まして、黒い影は敵性プログラム――AIであるはずだ。


 であるなら、トーシャの「本来攻撃スキルでないもの」からの攻撃などは対応できるはずがない。


 そのはずだが――トーシャは顔を歪めた。突き出した腕が震えている。


 黒い影には直撃している。/黒い影の体が見えない。


 やがて、黒い影の姿が陽炎のようにぐにゃりとゆがんだ。


 警戒する。瞬間移動。空間機雷。歪んだ拍子に、一瞬先まで安全だったこの足元にさえ地雷を埋め込まれるとも限らない。


 警戒する。注意する。気を張り、周囲にセンサの針を突き立てる。


 ジンとトーシャが固唾を呑んだ。心身に負荷を掛けて危険への反射加速度をぐんと強める。


 ――だが、攻撃の気配はない。


 ふたりが防御体勢をとる傍らで、黒い影はトーシャの柱を払いのけた。また空間が歪む。発信源はあの黒い影の左手だ。


「タイキと同じ、両手別々の機能……!」


 トーシャが声を絞り出す。悠長に分析を声に出す。しかしアクションに対して事態は切迫している。柱が投げ捨てられ、材料が真横に投げ飛ばされたのだ。トーシャは丸腰。


 またアイテムボックスからなにかを取り出さなくてはならない。素材はダメだ。鍛治スキルで爆弾にする間などない。出来合いの武器がいる。もともと殺傷能力を持ったアイテムがいる。


 どこかに。どこか――――ない。そんなものは。


 右の掌が煌々と輝いている。五指がトーシャの頭蓋を掴む。紫電が閃く。紫は暗く、視界を塗り潰す。


「――…………ッ」


 緊張。圧迫。強制的に時間の流れがせき止められた感覚。


 熱が急速に衰える。甲高い音が耳を突き刺す。指先が震えて。力が、抜け――。


「――いつまで失神しているつもりだ?」


 トーシャの後頭部に衝撃走る。


 べりべりと暗闇が剥がた。トーシャの目の前に、黒い影の右腕が落ちる。肘から先。切断面は綺麗に平らだ。


 すぐ傍でジンが剣を無造作に払う。その目の先には例の黒い影。右腕を切断され、左腕はトーシャが磔にしている。


 両腕をもがれたのだ。両足に仕込みがあるにしても、立ち回りの自由度は圧倒的に制限される。さながら、アイテムを引き出せないトーシャのように。


「…………べべべべべべっつに? アイテムねーからって戦いようあるとですよ? いやね? 俺、そこまで人間力? 引き出し? ボキャ貧? じゃねーって。信じろってマジ」


「……その気勢だ。その調子で奴に打ち込め」


「おう、言わずとも……お?」


 剣を握り直し、ジンが忌々しく刀身を見つめる。


 白銀の曲線は歪み、細々と砕けていた。刃こぼれしている


 武装にも消耗度は存在する。そのためのサイドアームズであり、そのための鍛治スキルである。


 だがその常識が、ゲームマスターにも適応されているというのか? それもただの武装ではなく、ゲームマスターとしての権能の現し身であるその剣に?


「……問題ない。いくぞ」


「おい――」


 トーシャはかみつく。嘘を言うな。この状況で。


 得体の知れない場所。得体の知れない泥。そこから出てきた影。権能を跳ね返し逆に剣を砕きかねない存在。


 不確定要素をこれでもかと詰め込んだシチュエーションだ。正直、今すぐ逃げ出したいのがトーシャの本音だった。


 しかし、ジンは告げる。現実を突きつける。逃げ場のない世界に突き落とす。


「確証を得た。我々の勝利条件は、奴に完全勝利することだ。一分の隙もなく、一切の遺恨なく、例え、これからあの黒い鉄クズが何千何万の群れを成して来ようとも、完膚なきまでに勝利を収める必要がある」


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