Part2 「星の屑」 その5
「なかなか、雲行きが怪しいな」
「冗談じゃない……こんなの、どうするんだ」
「すべてまともに相手をするの得策ではないな。私とて、失敗の可能性くらいある。一瞬の隙を立体的に狙われれば厄介だ。
とはいえ真っ当でない方法を――この【剣】を使うにしても、補足範囲が足りていない。広く展開されすぎている。やはり多すぎるな」
ジンはため息をついてつま先で地面を何度か叩く。
苛立っているように見える。ストレスを吐き出すように荒く空気を吐き出して。
視線を横の大貴に注いだ。
「おまえにもう一度、言っておく。私の目的は、このイベントを性急に終わらせることだ。それを妥協する気はない。
そして、その実現は――なにも私の手でなくてもいい」
その意味が分かるか。ジンはそう目で訴えていた。
理解できる。大貴は頷いた。
願いがあって、それが結果として実現しさえするのなら、自分が当事者でなくてもいい。
それは、誰かの幸せを祈ることと同じ気持ちだった。
それは、それならば、大貴にもよく理解できる。
「チームを2つに分ける。ひとつは陽動、ひとつは奇襲だ。『おまえたち』はそのまま進撃だ。――そして、タイキ」
言葉の中に出た『おまえたち』には一切触れず、ジンはタイキにまた視線を刺した。
「この場の敵は私が全て受け持つ。お前は突破しろ。私が援護をしてやる」
「突破って……どうやって? それに、どこへ行けっていうんだよ」
「お前にも願いがあるのだろう?」
それに従えばいい。
そう言う代わりに、ジンは大貴の胸を小突いた。口端を僅かに吊り上げ、目を細めた。
「ここは私に任せて、先に行け」
――酷い台詞だった。安っぽい。月並みすぎる。あまりに、ひどい。
たとえ大貴がジンの足元にも及ばない力量であっても、生存の可能性はふたりで戦った場合の方が高いはずだ。
なんなら盾にでもすればいい。この鋼鉄の体は、それくらいしかできないものだ。
なぜ。たったひとりでなど。――なぜ。
「私一人の方がこの場を無傷で収められる。先の手並みは見ただろう。そして、私の周辺でのみ【剣】の効力は発揮できる。お前のフォローを考えない方が安全にこの敵の数を処理できる」
「だけど……!」
「言い方を変えよう。タイキ。もう一度だけ言ってやる。……お前の願いは私に殉じることか?」
「それは――」
ジンは答えを許さなかった。大貴に背を向ける。
わかり切っているのだ。大貴はジンに命を賭ける理由はない。大貴の願いは別にある。
理由なく時間は使えない。大義なく命は燃やせない。今の大貴は特に。
でなければ。大貴は痛みと熱を伴ってまでここで戦っている意味が、なくなってしまう。
「――意味。願い。理由……か」
またこの話だ。またこの疑問。
長い間、ぐるぐると繰り返されてきた藤林大貴の命題だ。
そして、これはもう既にひとつの回答を得ている。
回りめぐり、そしてようやく、たどり着いた答え。
「理由なんて後からついてくる。凝り固まった理屈より、俺は今、自分が納得できる選択をする」
「……邪魔だと言っている」
「わかってる。だから、ジンさんの言う通りにはする。けれど、あんたはこのまま放っておけない」
背中を向けたままのジンに、大貴は言った。
ジンは振り返らない。問答を認める気はないのだ。
そんなやり取りのできる時間はない。大貴にもそれは理解できる。
槍を構え、じわじわとこちらを包囲し近づいてくる【異形】の軍団を見やる。大貴の行動に意を向ける気配はない。
――そう。真実、余裕のある状況ではないのだ。
この【異形】の軍勢が相手だ。如何なる手練れのプレイヤーといえど、それらを全て返り討ちにできるビジョンはまったく見れない。
ジンとて、いくら真っ当でない方法を持っているとはいえ、全霊を賭して戦う必要がある。大貴が座れる席はない。ジンの中には、大貴が収まれる隙間など、最初からないのだ。
――おまえになど、構っていられるか。
――だから、好きにしろ。
その背は語っていた。
大貴の意思を認めると。
「……すぐに戻ります。それまで、どうか無事でいてください」
「とっとと終わらせてこい。おまえの目的も、このイベントもだ。私をここの抑えに使うんだぞ? それくらいやってもらわなければ困る。……だが、まぁ――もっとも、だ」
槍を構える背中を崩さず、振り返らず、決して視線を逸らさず、ジンは言った。
相変わらず抑揚のない、感情を排した声。
だがそこに――大貴は、ジンの不敵な微笑を垣間見た。
「せいぜいその辺りで寝ているなよ。後続の私に踏まれるからな」
嘘ではない。本当に本気で、ジンはそうするつもりだ。それだけの気迫が芯に宿っている。それだけの熱量がある。
これは、大貴を幾度となく支えてきた背中に似ている。大貴は数え切れないほど、この背中に助けられている。
強く、大きな背中。
――ああいう背中になれたなら。
自分の羨望に気づいて、大貴は思考を打ち切った。憧れるのはいい。だが、今は目の前に集中しなければ。
「いいな。合わせろ」
「わかった」
口から細く息を吐き出す。靴底で地面を擦り、スタンスを広げる。
胸が脈打つ。鼓動に応じ、エネルギーの砂が抵抗なく身体の末端にまで行き届く。
準備は整った。あとは。
「いくぞ――」
ジンが動いた。槍から衝撃の砲弾が飛ぶ。間髪入れずに大貴がそれに追従する。
眼前で先行する衝撃が【異形】を貫いた。真正面からの一撃。【異形】も両腕を十字に構えて防御の姿勢を取っている。
このまま勢いに乗せて攻撃したところで、大貴ではこの【異形】にさえダウンも奪えないだろう。
ならば、抜け。
直感した。拳を収める。ただ走る。
防御する【異形】の脇を抜ける。エネルギーを一点に集め、瞬間的に開放。地面を蹴り上げ、加速。紫電が足首に巻きついた。水面を滑るように低く跳ぶ。
背後で絶叫が聞こえる。あるいはこれは、武具の轟きだろうか。エネルギーが点に固まり、衝撃を起こして瓦礫を揺らした音かもしれない。
【異形】の平伏した音か。もしくはジンが潰れた音か。
確認はできない。振り返れない。
そうすれば、大貴はきっと足を止めてしまう。
走れ。走れ。走れ。
共に走る赤い衝撃の影になる。両腕を広げ、あるいは拳を固め、もしくは飛びかかり、迫り来る【異形】の股を抜ける。拳をいなす。頭上を飛び越える。
ミートしなくても、圧のみで大貴の体を押し戻し、マントの裾を破り、白い装甲を焼き焦がす。それだけでも、球体関節から吹き飛んでいきそうな力の刃の連なりだ。
空気に乗って、死を司り幾多の剣が大貴を切り刻む。痛い。ストレスが身体の性能を徐々に削り取る。
それでも、止まれない。
先行する衝撃が遂に消え去った。正面の【異形】が一本角を手に取り巨大な一振りの剣としている。感情はない。だが強い圧力だ。
対峙して、はじめてわかる。その無色の暴力。その無垢な刃。その透明な殺意。
違和感が強くなる。記憶の中のそれと寸分狂いない殺傷能力。それでも違う。本物とのギャップが強まる。
これは、狂っていない。血に飢える貪欲さ。闘争に向けた狂気。それを模倣しているだけのマリオネットに過ぎない。
大貴の知る【異形】のアイデンティティの一切が、これらからはごっそりと抜け落ちているのだ。
【異形】の剣が迫る。横薙ぎの一閃。大貴の体を上下に分断するには十分すぎる一太刀。
大貴は地面を蹴り上げた。強い圧力に満ちた一刀。正面から受けて立つには各部の剛性に不安がある。下に潜って回避すれば、圧力と瓦礫の間でぺしゃんこにされる。
大貴が跳び上がる。【異形】の剣が圧力をぶちまけ水平線と平行を描いた。
瓦礫が破砕され、周囲を衝撃と礫が乱れ狂う。唯一、その死角は。
【異形】の躯体。衝撃にも瓦礫にも芯を折らず剣を振るえる強靭な肉体。その影ならば。
大貴のつま先が【異形】の肩に乗った。真正面よりも激減している衝撃と瓦礫の嵐。大貴でも怯まず次の行動に移れる程度の痛みで回避ができた。
【異形】の肩を蹴る。衝撃も瓦礫も【異形】自身も背後に捨て置き、更に先へと加速する。
あるいは振り上げられた剣を握る手の甲を、こちらを標的に定める額を、差し向けられた頑強な刀身を足場にして――加速する。
なんてことはない。難しいことではない。
痛みと熱をより鋭敏に感じている。
この体は破壊されることに慣れすぎた。そして、いつの間にか破壊することにも慣れ切っている。
暴力の始点と終点を、この体は熟知している。
殺意。狂気。使命感。野心。悦楽。暴力を構成する雑多な要素。
この体とそれを取り巻いていた様々は、暗く濃密な時間、それらに絡み取られていた。
この体は暴力そのもの。暴力のための鋼鉄の肉体だ。
暴力を起源とするこの体。
それに暴力の終点たる痛みが伴って、始点である攻撃の予兆を感じ取れないはずがない。
左胸の熱がしんしんと深まる。エネルギーを励起する。
フレームの中を力の奔流が荒れ狂い、一点、蹴り足で爆発する。
【異形】の背中が砕け散った。大貴の蹴り足も骨身が震える。そして。
――尚、加速して。
今、最後の【異形】を抜き去った。
依然として止まない音。爆発。絶叫。破壊。崩壊の気配が連続する。
大貴は走る。先を見据える。頑丈そうな足場を見つけ、激流のようなエネルギーを細く、絹糸を織るように扱う。
それまで握ることさえ出来なかったエネルギーの手綱を指先で摘む。暴れ狂う荒馬を指先ひとつで制するような、繊細な制御だ。
意識を集中させ、体内で刻まれるリズムに耳を傾け――。
そこだ、というタイミングで足場を蹴った。
緑色の閃光が瞬き、大貴の体はより高速のステージへと押し上がる。
砕かれた市街地を走り抜け、やや行政区を横目に高台へと登り切り――。
大貴は、そこに辿り着いた。
否。正しくは。
――戻ってきたのだ。




