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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第三章 「きみをしること」
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Part2 「星の屑」 その5

「なかなか、雲行きが怪しいな」


「冗談じゃない……こんなの、どうするんだ」


「すべてまともに相手をするの得策ではないな。私とて、失敗の可能性くらいある。一瞬の隙を立体的に狙われれば厄介だ。

 とはいえ真っ当でない方法を――この【剣】を使うにしても、補足範囲が足りていない。広く展開されすぎている。やはり多すぎるな」


 ジンはため息をついてつま先で地面を何度か叩く。


 苛立っているように見える。ストレスを吐き出すように荒く空気を吐き出して。


 視線を横の大貴に注いだ。


「おまえにもう一度、言っておく。私の目的は、このイベントを性急に終わらせることだ。それを妥協する気はない。

 そして、その実現は――なにも私の手でなくてもいい」


 その意味が分かるか。ジンはそう目で訴えていた。


 理解できる。大貴は頷いた。


 願いがあって、それが結果として実現しさえするのなら、自分が当事者でなくてもいい。


 それは、誰かの幸せを祈ることと同じ気持ちだった。


 それは、それならば、大貴にもよく理解できる。


「チームを2つに分ける。ひとつは陽動、ひとつは奇襲だ。『おまえたち』はそのまま進撃だ。――そして、タイキ」


 言葉の中に出た『おまえたち』には一切触れず、ジンはタイキにまた視線を刺した。


「この場の敵は私が全て受け持つ。お前は突破しろ。私が援護をしてやる」


「突破って……どうやって? それに、どこへ行けっていうんだよ」


「お前にも願いがあるのだろう?」


 それに従えばいい。


 そう言う代わりに、ジンは大貴の胸を小突いた。口端を僅かに吊り上げ、目を細めた。


「ここは私に任せて、先に行け」


 ――酷い台詞だった。安っぽい。月並みすぎる。あまりに、ひどい。


 たとえ大貴がジンの足元にも及ばない力量であっても、生存の可能性はふたりで戦った場合の方が高いはずだ。


 なんなら盾にでもすればいい。この鋼鉄の体は、それくらいしかできないものだ。


 なぜ。たったひとりでなど。――なぜ。


「私一人の方がこの場を無傷で収められる。先の手並みは見ただろう。そして、私の周辺でのみ【剣】の効力は発揮できる。お前のフォローを考えない方が安全にこの敵の数を処理できる」


「だけど……!」


「言い方を変えよう。タイキ。もう一度だけ言ってやる。……お前の願いは私に殉じることか?」


「それは――」


 ジンは答えを許さなかった。大貴に背を向ける。


 わかり切っているのだ。大貴はジンに命を賭ける理由はない。大貴の願いは別にある。


 理由なく時間は使えない。大義なく命は燃やせない。今の大貴は特に。


 でなければ。大貴は痛みと熱を伴ってまでここで戦っている意味が、なくなってしまう。


「――意味。願い。理由……か」


 またこの話だ。またこの疑問。


 長い間、ぐるぐると繰り返されてきた藤林大貴の命題だ。


 そして、これはもう既にひとつの回答を得ている。


 回りめぐり、そしてようやく、たどり着いた答え。


「理由なんて後からついてくる。凝り固まった理屈より、俺は今、自分が納得できる選択をする」


「……邪魔だと言っている」


「わかってる。だから、ジンさんの言う通りにはする。けれど、あんたはこのまま放っておけない」


 背中を向けたままのジンに、大貴は言った。


 ジンは振り返らない。問答を認める気はないのだ。


 そんなやり取りのできる時間はない。大貴にもそれは理解できる。


 槍を構え、じわじわとこちらを包囲し近づいてくる【異形】の軍団を見やる。大貴の行動に意を向ける気配はない。


 ――そう。真実、余裕のある状況ではないのだ。


 この【異形】の軍勢が相手だ。如何なる手練れのプレイヤーといえど、それらを全て返り討ちにできるビジョンはまったく見れない。


 ジンとて、いくら真っ当でない方法を持っているとはいえ、全霊を賭して戦う必要がある。大貴が座れる席はない。ジンの中には、大貴が収まれる隙間など、最初からないのだ。


 ――おまえになど、構っていられるか。


 ――だから、好きにしろ。


 その背は語っていた。


 大貴の意思を認めると。


「……すぐに戻ります。それまで、どうか無事でいてください」


「とっとと終わらせてこい。おまえの目的も、このイベントもだ。私をここの抑えに使うんだぞ? それくらいやってもらわなければ困る。……だが、まぁ――もっとも、だ」


 槍を構える背中を崩さず、振り返らず、決して視線を逸らさず、ジンは言った。


 相変わらず抑揚のない、感情を排した声。


 だがそこに――大貴は、ジンの不敵な微笑を垣間見た。


「せいぜいその辺りで寝ているなよ。後続の私に踏まれるからな」


 嘘ではない。本当に本気で、ジンはそうするつもりだ。それだけの気迫が芯に宿っている。それだけの熱量がある。


 これは、大貴を幾度となく支えてきた背中に似ている。大貴は数え切れないほど、この背中に助けられている。


 強く、大きな背中。


 ――ああいう背中になれたなら。


 自分の羨望に気づいて、大貴は思考を打ち切った。憧れるのはいい。だが、今は目の前に集中しなければ。


「いいな。合わせろ」


「わかった」


 口から細く息を吐き出す。靴底で地面を擦り、スタンスを広げる。


 胸が脈打つ。鼓動に応じ、エネルギーの砂が抵抗なく身体の末端にまで行き届く。


 準備は整った。あとは。


「いくぞ――」


 ジンが動いた。槍から衝撃の砲弾が飛ぶ。間髪入れずに大貴がそれに追従する。


 眼前で先行する衝撃が【異形】を貫いた。真正面からの一撃。【異形】も両腕を十字に構えて防御の姿勢を取っている。


 このまま勢いに乗せて攻撃したところで、大貴ではこの【異形】にさえダウンも奪えないだろう。


 ならば、抜け。


 直感した。拳を収める。ただ走る。


 防御する【異形】の脇を抜ける。エネルギーを一点に集め、瞬間的に開放。地面を蹴り上げ、加速。紫電が足首に巻きついた。水面を滑るように低く跳ぶ。


 背後で絶叫が聞こえる。あるいはこれは、武具の轟きだろうか。エネルギーが点に固まり、衝撃を起こして瓦礫を揺らした音かもしれない。


 【異形】の平伏した音か。もしくはジンが潰れた音か。


 確認はできない。振り返れない。


 そうすれば、大貴はきっと足を止めてしまう。


 走れ。走れ。走れ。


 共に走る赤い衝撃の影になる。両腕を広げ、あるいは拳を固め、もしくは飛びかかり、迫り来る【異形】の股を抜ける。拳をいなす。頭上を飛び越える。


 ミートしなくても、圧のみで大貴の体を押し戻し、マントの裾を破り、白い装甲を焼き焦がす。それだけでも、球体関節から吹き飛んでいきそうな力の刃の連なりだ。


 空気に乗って、死を司り幾多の剣が大貴を切り刻む。痛い。ストレスが身体の性能を徐々に削り取る。


 それでも、止まれない。


 先行する衝撃が遂に消え去った。正面の【異形】が一本角を手に取り巨大な一振りの剣としている。感情はない。だが強い圧力だ。


 対峙して、はじめてわかる。その無色の暴力。その無垢な刃。その透明な殺意。


 違和感が強くなる。記憶の中のそれと寸分狂いない殺傷能力。それでも違う。本物とのギャップが強まる。


 これは、狂っていない。血に飢える貪欲さ。闘争に向けた狂気。それを模倣しているだけのマリオネットに過ぎない。


 大貴の知る【異形】のアイデンティティの一切が、これらからはごっそりと抜け落ちているのだ。


 【異形】の剣が迫る。横薙ぎの一閃。大貴の体を上下に分断するには十分すぎる一太刀。


 大貴は地面を蹴り上げた。強い圧力に満ちた一刀。正面から受けて立つには各部の剛性に不安がある。下に潜って回避すれば、圧力と瓦礫の間でぺしゃんこにされる。


 大貴が跳び上がる。【異形】の剣が圧力をぶちまけ水平線と平行を描いた。


 瓦礫が破砕され、周囲を衝撃と礫が乱れ狂う。唯一、その死角は。


 【異形】の躯体。衝撃にも瓦礫にも芯を折らず剣を振るえる強靭な肉体。その影ならば。


 大貴のつま先が【異形】の肩に乗った。真正面よりも激減している衝撃と瓦礫の嵐。大貴でも怯まず次の行動に移れる程度の痛みで回避ができた。


 【異形】の肩を蹴る。衝撃も瓦礫も【異形】自身も背後に捨て置き、更に先へと加速する。


 あるいは振り上げられた剣を握る手の甲を、こちらを標的に定める額を、差し向けられた頑強な刀身を足場にして――加速する。


 なんてことはない。難しいことではない。


 痛みと熱をより鋭敏に感じている。


 この体は破壊されることに慣れすぎた。そして、いつの間にか破壊することにも慣れ切っている。


 暴力の始点と終点を、この体は熟知している。


 殺意。狂気。使命感。野心。悦楽。暴力を構成する雑多な要素。


 この体とそれを取り巻いていた様々は、暗く濃密な時間、それらに絡み取られていた。


 この体は暴力そのもの。暴力のための鋼鉄の肉体だ。


 暴力を起源とするこの体。


 それに暴力の終点たる痛みが伴って、始点である攻撃の予兆を感じ取れないはずがない。


 左胸の熱がしんしんと深まる。エネルギーを励起する。


 フレームの中を力の奔流が荒れ狂い、一点、蹴り足で爆発する。


 【異形】の背中が砕け散った。大貴の蹴り足も骨身が震える。そして。


 ――尚、加速して。


 今、最後の【異形】を抜き去った。


 依然として止まない音。爆発。絶叫。破壊。崩壊の気配が連続する。


 大貴は走る。先を見据える。頑丈そうな足場を見つけ、激流のようなエネルギーを細く、絹糸を織るように扱う。


 それまで握ることさえ出来なかったエネルギーの手綱を指先で摘む。暴れ狂う荒馬を指先ひとつで制するような、繊細な制御だ。


 意識を集中させ、体内で刻まれるリズムに耳を傾け――。


 そこだ、というタイミングで足場を蹴った。


 緑色の閃光が瞬き、大貴の体はより高速のステージへと押し上がる。


 砕かれた市街地を走り抜け、やや行政区を横目に高台へと登り切り――。


 大貴は、そこに辿り着いた。


 否。正しくは。


 ――戻ってきたのだ。


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