Part1 ゲームの裏側 その4
「この犯人はゲームを乗っ取って2日、こんなことを続けている。株価見てみろ。全体的に下向きで、特にIT関連が顕著だ。
なぜ? ――それは考えられない話だからさ。サイバーテロ対策なんてどこでもやっている。
しかも今回の標的はネットゲームの会社だ。サーバーアクセスを完璧にシャットダウンできない都合、そこんとこ、最も神経質になっているはずだ。自分達が危うい状況だとわかっている」
では尚更――なぜ? 男はそう続けて問いかける。
なぜ、どこもかしこも、この状況を許している? それも何日もだ。
プレイヤーを人質に取っているからか? それもある。アクセスを取り返すにしても慎重にならざるを得ない。
もし仮に大胆に解決するとすれば――サーバーの電源を物理的に切断する手もある。しかしそうすれば正常終了できなかったユーザーの神経さえ焼き切ってしまうかもしれない。
死ぬことはないかもしれない。だが手足が動かせなくなったり、目や耳が聞こえなくなったりする可能性もある。最悪、全身不随、もしくは精神に異常を来たすかもしれない。
警察も企業も、相手の隙を伺っているはずだ。アクセスパスワードの解析をかけたり、物理的にサーバーを抑えていない犯人が使っている『出入り口』を探したりしているだろう。
しかし、未だに事態は好転していない。
――考えられないだろう?
現代でそこまで技術が突出している奴がどれだけいる? しかも国家転覆とか革命とか、そういうデカイ意味が一切ない。この犯人の台詞は総じて、一般人は歯牙にも掛けない夢みたいなことだ。
こんなのに誰かが協力するはずがない。これは小規模の人数……もしかしたら単独の犯人かもしれない。
――あり得ない話、だ。
現代の技術者達をたったひとりがいなし続けているんだぜ。それも多面打ちで、だ。
「……なにが言いたい?」
「おまえの見立て……いや、誰も彼も間違っている。こんな状況、『人間』が創り上げられるはずかないんだ。
――いいか、巧。この状況の実現には、『犯人は人であってはならない』。疲れず、乾かず、餓えず、一日中最高スペックを叩き出し続けられなくてはならない。――人では、到底不可能なんだ」
「……そういうからには、なにか知っているんだな? ヒト以外のなにかを」
予感がした。
あるいは、確信だった。古く、この番号に掛けたときからの。
この男は、なにかを知っている。
きっかけは些細なことだった。『件のゲームについて知ってそうな人間』を田中に聞いた際、その名が上がらなかったこと。
田中としては無意識だっただろう。巧が男を嫌悪していることを知っていたからこその配慮かもしれない。だがそれは、結果として同時に巧に男を意識させる結果になった。
男の名は「生田目琢郎」。
巧の母親の弟で、技術者。責任の二文字を嫌い、自由を愛する孝行息子。だった。らしい。
男はある企業の雇う凡庸な一介の技術者にしては優秀すぎ、また束縛を嫌い過ぎた。単純に男の顛末を言うなら、やりすぎた。
過剰に性能を追求しすぎたのだ。単に『ヒトの仕事の手助けをする作業ロボットと農園』が、『ヒトの介入を許さない、鉄の耕作機械と閉じた王国』になってしまったら、誰も喜ばない。
必要以上の自律性能のために商売道具が使い物にならなくなったとクレームを受けた。しかし男はそれを間違いとは認めず、結果企業は男の首を切った。
似たようなエピソードが続きに続いた。論うのも面倒なほど似たような、男の独善的な創作行為だ。
やがて、男は技術をタテに受けていたはずの高給を損害賠償だかで勤めていた企業に吸われ続け――借金から逃げ続けている。そんな男。
洞察力に優れ、上っ面を引き剥がし、斜に構えて嘲笑する。努力を嫌悪する才能と強運の塊。過程を無視して結果を引きだす男。
専門としている技術はソフトウエアでなくハードウェアだったはずだが――『知っていてもおかしくはない』。そんな奇妙な確信を巧に持たせるほどに、その存在は異質感で満ちていた。
「……歌はいいな、巧」
また唐突に――否。男の背後でメロディが流れている。
穏やかなせせらぎ。そのリズムに乗った弱く優しい音律が波に乗っている。風を泳ぐように、透明感のある一音が浮かんでいく。
シャボン玉のような輪郭で空を舞い、はじける。一音が前の一音と次の一音を紡ぎ、ガラスの道を形作る。
透ける声。儚い音。波とともに、保存し得ない刹那の音楽だ。
「綺麗な水と音楽。明るい太陽に合うビールどソーセージがあれば、大抵のことはどうでもよくなる」
「話を逸らすな」
未成年にビールの良さなどわかるものか。
「まさにそれだよ、巧。『話を逸らすな』、だ。
答えは既に出ている。ただ、おまえは思考を逸らしている。否定しているだけだ。『そんなことはあり得ない』と。
目隠しを取れ。窓を開けろ。耳を澄ませ。可能性は、おまえが思うほど狭くない」
男はそう、断言した。
反論は――ない。できなかった。
巧はまた唇を噛む。思考を見透かされているような態度が気に食わないからではない。
『思った通り』――だからだ。
否定している。水前寺巧が嫌悪している。この男ともども、その『理不尽』を肯定してしまいたくない。
そうしてしまいたくない。だが。
引き出されたワードが、『可能性』という言葉が、巧に思考の停止を良しと判断させてくれない――。
廻りはじめた思考は問う。
なぜ、ゲームに限られている?
ネットゲーム。『サイバー・ブルース』。人がゲームに、電脳に潜るための機械。被害はそれの有無に囚われない。
アンチ・クラッキング対策。どこも行っていた。だが破られている。
ゲームに人を招きたい。自分の管理から手放したくない。入り込む隙間はなくはないだろう。
多面打ち。全て相手をするには処理が足りない。ハードを支配する人間相手に、ソフトのみで。
人間ではない。処理が足りない。
改造した電気自動車。情報の発信。受信したコンピュータにウイルスを仕込む。乗っとる。
クラウド・コンピューティング。並列処理。余剰を繋ぐ――それでハードは整う。
問題。ソフトウェア。人を超えたものでなければならない。
ひとあらざるもの。
――『サイバー・ブルース』。
人を――電脳に――データに――?
「…………」
いつの間にか、俯いていた。目頭を押さえている。潤んでいた。泣いている。
全ての条件はクリアする。/あり得ない。馬鹿げている。
複雑なロジックを一瞬でプログラム化することもできるはずだ。/誰がそんなことを。正気じゃできるはずがない。
手足は、ハードは既にできていたのだ。後は『呼び込み』さえあればいい。/こんなことは許されない。
クラッキング対象は13。パターンは7。ならばその分を『補給』すれば問題もない。/あり得てはならない。人が踏み越えてはならない。そのはずなのに。
「最後の助言だよ、巧」
絶句する巧に、彼は一言を添えた。
――『人でなし』なら、どこにでもいる。
――そしてそいつは、自分が『人でないもの』に変質したことにも気付かずにいる。
それが、どういう意味なのか、巧には聞けなかった。電話が途切れる。電子が一定のリズムが打ち続ける。
それは、人を平静にさせる音だ。溜めていた涙が渇く。再び思考を回す微かな活力が芽生えた。
『どこにでもいる』――。
最後の言葉を、巧は反芻する。『可能性』を引き延ばす。
考察する。仮定する。推論する。予測する。
そして最後に、直感に頼る。
感情を排さない。それがあの男への最後の抵抗だ。
「……どこにでも……自虐か、あいつ」
巧はその場に言葉を吐き捨てた。
拾ってやる気は、毛頭ない。




