Part1 ゲームの裏側 その2
杉村の目は泳いでいない。視線は巧にミートしているわけではなく、田中を捉えているわけでもない。かといって全く見ていないわけでもなく――非常に曖昧な位置をぶらぶらしていた。
違和感がある。当初、『田中の友人』としてみせた人懐っこいイメージは完全に払拭されている。
流れを掻き分け、のらりくらりと時間を過ごすための曖昧な態度。なかなかどうして、それが様になっている。
杉村の持つ人懐っこさとそれを虚飾する無関心さ。それらのバランスを一生懸命取っているようだ。
何年も何年もかけて体得した彼の処世術のひとつなのだろう。人から好感を得られる人柄、かつ、こちらに必要以上「踏み込んで」来ない安心感――。
巧を「ぼっちゃん」と蔑視する意味がいろいろと理解できた。この処世術は一朝一夕では成し得ない。これに見合う時間と経験を重ねた証拠だ。
「ところで、ここにあなたの車は置いてありますか?」
「いや。ここから家は近いんでね。ここへは歩いてくる」
「では、この3台は仕事で預かっているものだということですか?」
「そうだが、それが?」
確認し、巧は視線を走らせた。
1台だけ小綺麗な車。1台だけ異質な車。決して、それは等号で結ばれるべき要素ではなかったのだ。
小綺麗なことには理由がある。その理由ゆえに、これは異質なのだ。
たとえば、そう――この車にはマフラーがない。
高熱の排気が勢い良く噴出するマフラーは、エンジンの調整如何では燃え残りの燃料を残す。それはマフラー内で異音や振動を発し、あるいは排気管の出口でようやく燃焼される。焼け焦げた汚れをこびりつけて。
マフラーは車が汚れる要因のひとつだ。この車が小綺麗な理由のひとつがそれである。
マフラーのない車。
それはすなわち、排気ガスが存在しない車。内燃機関を、ガソリンエンジンを必要としないもの。
「あれ、電気自動車、ですね」
「ああ。そこそこ普及し始めてるもんだろ。そう珍しいか?」
杉村は眉をひそめる。そんなものをいじれて当然だといって憚らない。
だが、その認識はダウトだ。
電気自動車の内部構造は従来のものと大きく異なる。単純にエンジンがなくなったという話だけではない。元々機構的に形成されていた多くのものがことごとく電子的に置換されている証拠なのだ。
ここまで到達した車は純粋なメカニクスではない。エレクトロニクスと融合したメカトロニクスだ。
内部構造は家電やパソコンに限りなく近づいている。
乱暴な話――あらゆるモジュールを電気化した電気自動車は、意思決定の意味以外に、ドライバーを必要としない。
自身のあらゆる機能を正しく管理する、一個の自律したコンピュータを格納し自分の身体の制御を行なっているのだ。
究極的にはコンピュータの発達如何によって、田中のような卓越した技術を持たない人間にも、コンピュータ・サポートを受けて同様のドライビングを提供することが可能だということだ。
そんなものを、杉村のような町工場で勝手にいじれることは、はたして普通な感覚か――?
「……杉村さん」
「なんだ?」
「ひとつ、お願いがあります。問題なく、面倒くさくない話です。
俺、ちょうど閃いたことがあるんですよね」
――ただ、聞いてくれませんか? 俺の話を。
また杉村が怪訝な顔を見せる。曖昧な答え。どうとでも取れる。
では、と巧はこれを都合よく肯定と受け取った。
「俺はその、件のゲームのひとつで、ですね。レッドカードを出されました。……ええ。本来、そこで気がつくべきだったんです。
『なぜ、ゲームの管理者達が【無実】の俺を裁くようなことをしたのか?』
きっと、答えはこうだろう。これが最も自然で、簡単な答えだからです」
俺は、本当に【有罪】だったんだ――。
そこまで言って、巧は一度言葉を切った。傍らに置かれた盆の上のグラスを手に取り、一口飲んだ。
苦味が口に広がる。痺れのような熱が舌先を刺激する。
「……不正アクセスして内部データをいじったのは、真実、俺のパソコンだったんでしょう。けれど、俺にそんな技術はありません。
だが、この理屈が通らない訳じゃない。ちゃんと抜け穴はあるんです。間違いなく。
だとすれば、既に……そう、俺の知らない間に、そういうプログラムが仕込まれていたとか、そういうことにならなければならない。
……では、それは誰が?」
可能性が高いものに注目するなら家族だ。では家族か?
――あり得ない。ダウトだ。
絢音はそもそもパソコンに触れた試しがそう無い。電磁波でクラクラするとかなんとか言って、あまり前にさえいようとしない。
両親なら技術も仕込みも難しくないかもしれない。その可否を判断できるだけの両親への理解を巧は持ち合わせていない。それだけ両親は家に戻らず、会話もない。
【エッグ】を見て巧達がネットゲームに興じていることはわかるかもしれない。パソコン全てにプログラムを仕込めば、この状況の実現は可能だ。
――可能な故に、あり得ない。
真っ当に社会的な立場のある人間が、こんな事件を引き起こすことを選択するなどとは思えない。こんなに簡単に足がつくことを想像できる環境で。
家族ではない。では――。
「――そう。最初から答えは明確だったんです。はじめに配られたカードは、たったひとつの、可能性しか許しちゃあいなかったんです」
敢えて、巧は『ひとつ』を強調した。場の空気の質が変わるのを肌で感じる。
「……あとは実現性のみでした。現実にそれを成し遂げる。その実行可能性が見出せませんでした。
そして、その最後のひとつが、これです」
「……電気自動車?」
「モータ駆動や運転支援に電子制御が使われています。言わば走るコンピュータですよ。
――なら、仕込み次第では『本人に気づかれることなく』『プログラムパッケージを配布することだってできる』。データ送受信のためのモジュールさえあれば可能です。
そもそもモジュールの電子化で機構とコンピュータは無線信号のやりとりをしているはずだ。コンピュータには送受信機能が組み込まれているはずですが、通信速度もありますし、増設した方が早いかもしれない。
そして、これだけ大きな筐体です。機能をひとつふたつ増設したって、そこまで目立ちません。処理能力の問題なら、メモリの増設だろうとCPUの増設だろうと、どうにでもできます」
そこまで言って、巧は一度、言葉を切った。
杉村は表情を崩さない。巧の意図を推し量ろうとしているが、掴みきれず手をこまねいている。そういう顔で固まっている。
「……要は、電気自動車の中に処理端末をカモフラージュしたものがあって、それがプログラムをばらまいている、ということか?」
一時の空白を質問の間と取ったらしい。杉村が質問を投げた。巧が頷く。
「無線LANの要領で受信した端末にデータを送るんです。家庭の無線に対応している機器なら接続し、データを送れます」
「そういうのは、受信側で設定するものだろ? 送信側が強制できるのか?」
「わかりません。できないようでもあるし、できるようでもある、としか」
「……なら、仮にできるとして、その車が走った後は残らずその物騒な『クラッキング・ウイルス』のキャリアになる。こんなネットゲーム程度の話で収まらず、もっと深刻な話になっていないのはおかしいと思うね」
「なぜゲームだけなのか、ですか」
「それくらいは理由がないと、今の仮説はただの空想だよ、坊ちゃん。それとも、それすらないのか?」
杉村は腕を組んだ。指先が音もなくリズムを打つ。苛立っている。
我慢ならない。話の想像を超える陳腐さに。
友人に義理立てして、一応ここまでは大人しく聞いてやった。得られたのはガキの脳みそがひねり出した与太話。イライラする理由はわかる。
だが、巧が確かめたいのはこの先だ。
「――これも仮説ですが。『サイバー・ブルース』『バーチャル・リアリティ・ストラクチャ』のふたつが絡んでいると思います」
「そのふたつが絡んでいないタイトルも被害にあっていたはずだが?」
「確かにそうです。被害タイトルを一通りネットで調べました。間違いありません。
そして、見つけました。事件前、被害タイトルの多くで妙な不具合の報告があります」
不具合、と聞いて杉村は指を止めた。訝しむ目を巧に送る。
不具合など、そう論うレベルの話題ではないのだ。ネットゲームというコンテンツにとって。
バランス調整。ギミックの追加。ユーザーのリアクションを受けて、あるいは要素の追加のため、ネットゲームはアップデートを繰り返す。
水の入ったコップに塩を混ぜるような行為だ。慎重に、微量を与えれば苦もないかもしれないが、少なからず波紋は広がる。水面は波打つ。
それはバグでありエラーである。なにかを既存のものに組み込もうとするのなら。それが起こるのは必定なのだ。悲しいことに。
「『見知らないデザインの特殊なアバターを発見した』という書き込みがありました。大概、コミュニケーションを取ろうとしたり、攻撃しようとしたりしたら、消えてしまうそうです。
――だから『幽霊が出た』と騒いでいました」
おかしなのは、その【幽霊】が、揃いも揃って似た容姿だったということだ。女性で、蝶の翅で、銀色の髪。
そして、どのゲームにも、そんな姿のアバターを作れる環境にはない。
にもかかわらず、それは、どこのゲームにも現れた、というのだ。
はじめは誰も真に受けていなかった。話が出来過ぎている。誰かの見間違いか、嘘かでまかせ、あるいは電子ドラッグでも決めたひとりの妄想か。
とにかく、誰もが都市伝説程度にしか考えていなかった。似たような話は、ネットゲームの成立当時からいくらでもある。
運営もまた同じ考えで、まともに対策など取ろうとしなかった。調査はしたのかもしれないが、結果として、問題と認知されなかった。そういうアップデートの報告はない。
運営がそう判断した理由はわかる。そもそも運営上の問題ではなかったし、変わりなく、恙無く遊んでもらえている。なにより他所でも出ている。他所でも放っている。ならば大丈夫――そういう大衆的な理論だ。
「話が逸れましたね。『なぜ、ネットゲームが標的になったのか?』
――表現、ですよ。
この【幽霊】は――あなたのいうところの『クラッキング・ウイルス』は――自己表現がしたいのです。
だから単純な文字コードで表現されるものよりも『姿』をより明示できる『バーチャル・リアリティ・ストラクチャ』を、そして人との触れ合いを求めて『サイバー・ブルース』対応のゲームに好んで現れた。
それも、コレだと決めた『自分の姿』そのままで」
「コミュニケーションを取ろうとすると消えるんだろ? それがなぜ、自己表現や触れ合いをもとめる? その【幽霊】の考え――あるともわからないが、それは君の想像だろ?」
「ええ、そうです。想像です」
「それで、誰かが納得するとでも?」
「思いません。今は、まだ」
そこで言葉を切って、杉村の様子を伺った。
巧の話は、自分でも自覚するように「誰かが納得する」話ではない。歯牙にもかけられず捨てられて仕方ないものだ。
だが、杉村は違った。
明確に苛立っている。それは時間を奪われた怒りによるものの可能性もある。
――否。ならばおかしい。
そもそも『坊ちゃん』と蔑む相手の話を真摯に聞いてやる道理がまずないのだ。田中への義理立てとはいえ、適当に切り上げる権利も、不快だと怒りを露わにする権利もある。
正当な怒りを露わにする道理をもちながら、杉村はそれをしない。
田中への義理はそれほどまでに厚いのか? その日の飛び込みのアポに応じ、面倒に最後まで付き合ってやるほとに?
「件の方法が、仮にですが、電気自動車の処理能力を増設してプログラムを発信する方法が、成されたとして、ですね。
電気自動車を改造した人がいるはずです。その人物は、メカにもコンピュータにも詳しくないとならない。
そして、正規のディーラーではない。直に開発している、生産している、販売している人間には、そんなことはできない。信頼が崩れる。今後の仕事に支障をきたす」
あなたのように、ね。杉村さん。
杉村は黙りこくり、巧をじっと観察している。正気を、品性を、常識を、あるいはもっといろいろなものを無くしているのではないか、と疑われている――そういう視線だった。
敢えて。巧も黙る。一連について弁明はせず、杉村を伺った。
やがて、杉村がため息をついた。
「……今度はなんだ? うちの同業者かお客の情報を売れ、ってのか?
あいにく無理だね。こちとら秘密を守る義務があるし、今後の関係に差し障る。
――巧君。お役には立てないな。帰ってくれ」
「そうします。数々のご無礼、申し訳ありませんでした」
頭を下げる。それを杉村はただ見下ろす。
踵を返す。工房の前でも一礼し、そこを後にした。それまで、杉村は一切動かなかった。




