Part1 ゲームの裏側 その1
ごく単純な話、である。
リアルタイムで問題が拡大し続ける会社と接触する方法が、果たして一介の高校生ごときにあるものだろうか。
いくらこちらが襟を整えたところで、この急事にアポイントメントなど取り付けられるわけもない。外はマスコミが集まり騒ぎ、内側にはメールと電話の山が津波のように押し寄せ続けている。
企業としてもスポンサーの株主様方に説明の一つもしたいのだろうが、一番の最優先事項は「事態を一刻も早く収束させること」。社内のシステム・エンジニアは地獄を見ているに違いない。
それでも事態が好転しないのなら、アウトソーシングから技術派遣でも頼むかもしれない。そこに潜り込めれば――そこまで考えて、思考を打ち切った。
システム内部を知れたところでなんになるというのだ。
水前寺巧程度のプログラミング・スキルが企業お抱えのエンジニアに比肩しているとは、万に一つも思えない。その結論は絶対だ。一朝一夕では覆しようがない。
起きている問題は、とても巧の知識では及びもつかない領域。
では、諦めて踵を返し、居間で寝ているふたりの隣で思考を止めることを良しとするのか?
答えは否。断じて否。
それで良しとするのであれば、一生、水前寺巧は負け犬になる。他の何で勝とうが無駄だ。大切なふたつを見捨て、信念を曲げた記憶は消えないだろう。
――自分の武器が通じない、未知の怪物。これを相手にしなければならない。
しかし、戦う術を知らないわけではない。
車内からカメラを担いだ雑踏を横目に、巧はタブレット端末を開いた。メールチェックと並列し、最近のニュースと技術情報、経済情報を重点的に巡っていく。
――7社の運営するゲーム13タイトルが同時に乗っ取られている現状。事態は『ガーデン・レイダース・ネットワーク』にとどまっていなかったのだ。
かといって、それら13タイトルのネットゲームをつなげる符合はそう多くない。MMO形式の他、ソーシャルゲームやボードゲームさえある。
『ガーデン・レイダース・ネットワーク』のような『入り込む』タイプのゲームは13タイトルのうちの3タイトルだ。正直、普及度と含有率を突き合わせればそう多くない。携帯ひとつで気軽にできるソーシャルゲームの割合が一番高く5タイトルのようだ。
その中、どれもに共通する要素は、ゲームが「1対1」に限らない点だろう。
ボードゲームはオセロや将棋のようなものでなく、パーティゲームのような双六形式のもの。ソーシャルゲームもグループを定めてイベント特典や総合点で上位を狙いにいくものだ。――だからといって、なにかがわかるわけでもないが。
それなりに信用できるレベルのネットニュースでも、それら7社を繋げる情報は出てこなかった。まだその7社から「事態収束に向けて全力を尽くす」以上のコメントはなく、サイバーテロ対策で動いているであろう警察からも特に発表はない。
――或いは、株主やら市場やらをより詳しく見て行けば、点になる人物がいるかもしれない。だが、社会的に権力のある彼らを押さえるのは巧では至難だ。
やはり。
真っ当な手立ての範疇で一介の高校生が出来ることなど殆どない。
微小。極細。まさしく児戯に過ぎない。
どうにかしようと本気で思うなら、それこそ徹底的に。
手段を選り好みせず、泥に塗れる覚悟が必要だ――。
一度、巧はタブレット端末を閉じ、パワーウインドウに薄く映る自分の姿を観察した。
一介の高校生。スーツを着て、運転手に行き先を指示しタブレット端末を軽快に操作し、ニュースを閲覧し判断に迷う。一介の高校生。
――自分――否――「水前寺巧」――否――「これ」には。
いったい、どんな手段を使うことができる――?
「……ぼっちゃま?」
「どうも、そう言われてしまうと思考が折れてしまいますが……なんですか?」
「申し訳ありません。実は、私の友人にも、その、件の……ネットゲームの技術に詳しい方や愛好者など……精通している人間が何人かおりまして」
「その方々にはお会いできますか? もちろん全員でなくていい。でも複数人がいい」
「多くは『返信待ち』ですが、現状でも何件かはアポを取り付けることに成功致しました」
「いつ会えますか?」
「その内の一件は、こちらが彼の自宅に着き次第、すぐに会ってくれるとのことです」
「願ってもない。早速そちらへ。そこへは、どれくらいかかりますか?」
「一時間とかからずに」
「わかりました。よろしくお願いします」
運転席の田中はミラーに一度視線を走らせ、ゆっくりとアクセルを踏んだ。タブレット端末を抱える巧を乗せた車の車輪が低音をくぐもらせて回り始める。
車は静かに、マスコミが密集しているビルを背にして走り出した。
* * * * *
沿岸部の近くを走っていた車は、いつの間にか入っていた山の中で車輪を止めた。
目的地が案外近かったのか、田中の卓越したテクニック故なのか、或いはその両方だったのか。判断は難しいが、とにかく巧の体感として、短い間で、山に入ってまもなく到着した。
田中に案内されたのは工房だった。普通の家と比べて入り口は広く、しかし中はいやに狭い。
その中で、乗用車が3台並んでいる。ボンネットを開けて上からエンジンを釣り上げられているもの。車輪を取られ、油圧ジャッキに支持されているもの。走れそうに見える1台に、逆になにか欠陥があるように思わさせる環境だった。
「ご無沙汰しております。杉村様」
田中が巧の二歩前に出て、奥に向けてぺこりとした。深すぎず、しかし会釈に留まらない綺麗なお辞儀だ。
同時に奥の相手が『取引相手』などの仕事の間柄ではない、畏る必要のない、『友人』なのだと物語っていた。
奥から出てきたのは、男だった。頭にタオルを巻き、油汚れでところどころ黒ずんだ青のツナギを着ている。
表情は柔らかく、人懐っこい笑顔を作って、広くない工房の中、大きく手を振って歩み寄って来た。
「おお、田中君! お疲れさまです。田中君から釣り以外の話が来るとは思わなかったもんだから、気になって仕方なかった」
「突然申し訳ありません」
「固いカタイ! ……いや、お仕事中か。失敬。ごほん」
杉村がわざとらしく咳払いをついた。人懐っこい笑顔が首を引っ込め、態度が少し硬直する。スイッチが切り替えられた。
ようやっと、両手を割いている丸盆の上にあるものに話を向けた。
「お茶、飲むかい? 昆布茶だがね」
「いえ、おかまいなく」
「そうかい」
杉村は丸盆を腰程度の高さのテーブルに置いた。盆の上に乗った湯のみのひとつをとって、一口つけた。
「……今日はどういう用事で?」
「ネットゲームについて、教えていただきたく参上仕りました」
応じて、巧が一歩前に出た。
「ゲーム?」
「嗜まれると聞いております」
「こういう山の田舎だから、娯楽は少ないのよね。土地も平らじゃないからモノ建たないし。
かといって、ハコをいじって転がして、魚が猪の餌になるスレスレを楽しんでばかりじゃ、いつかはディナーのメインディッシュだ」
ハコ、と言った際に杉村の視線が脇に逸れた。整備中らしい車両に向けられる。箱車、即ち普通乗用車を指しているらしい。
「こんがり焼いたひき肉を振る舞うのは、誰もハッピーな気分にならないだろ?」
――これは、自動車事故を起こして死ぬのは誰も喜ばない、という意味で話しているようだ。
言い回しが詩的――というには些か乱暴な言葉選びだ。ありていにいって、回りくどい。
「それでネットゲームをやられているということですか?」
「ゲームはいい。最近のは質感さえ実感できる。あれは本当にいい。あれがなけりゃ、私はとっくにしゃぶしゃぶ肉になっているだろうさ」
「では、体感型に傾倒してらっしゃるのですか?」
『しゃぶしゃぶ肉』については、追求しない。
「というより、そうでもしないと最近は満足出来ないのさ。映像をどう工夫しようが、4秒以内に時速100キロを突破する爽快感と圧迫感には叶わんよ。
ゴムの焼けるにおい、エンジンの鼓動と地鳴りのような排気音、なによりガラス越しの向こうの景色がね。『光」になるんだ」
「光?」
巧は怪訝に顔を歪める。相対性理論以前の話だ。それっぽっちで、人は光を感じられるものか。
「例えだよ。……ま、言葉だけじゃ理解できんか。
とにかく、ゲーセンのレースゲームも嫌いじゃないが、自分でいじれないのはもの足りん。
かといって、普通の家庭用機のピコピコとコントローラでいじるのも好きじゃない。スパナのひとつも使わない整備じゃ満足出来ん」
「今ニュースになっているネットゲームのタイトルはプレイしたことがありますか?」
「例のサイバーテロの? ……確か、13タイトルだった、かな?」
「はい」
杉村は腕を組んで俯いた。答えられないようにも、答えたくないようにも見える。
考えている。しかし。「なにを」。「どう」。
――やがて、杉村は口火を切った。
「いや、うちの友人には何人かいたと思うな。悪いけど、俺はやってない」
「……そうですか」
一応の納得の様子をみせ、巧は杉村から視線を外した。
工房の中は狭いが、車はその状態は別として、3台並んでいる。工具箱や材料らしい金属がそこらじゅうに置かれ、少しだけごちゃごちゃとしたイメージを持つ。
どこに視線を投げたのかはわからない。
――この場合の沈黙は。
なにかを隠そうとしたときのものではない。なにかを迷っているときのものだ。
隠すと腹が決まっているなら考えなど巡らせる必要がない。そうしたのは、そうするべきかを迷っているからだ。
なにかを知っている。
しかしそれを表に出すのかを迷っている。
それはゲームに関する重大な秘密かもしれない。サイバーテロに密接に関係するかもしれない。
――尤も、それは、可能性の話に過ぎない。
同じく可能性を問うのであれば、多くのパターンとして「ネカマしている」とか「やたら女性プレイヤーにオフ会の誘いを出している」とか、そういう類の、極めてプライベートな話の方が確率は高いはずだ。
「では、その友人……詳しそうな方をご紹介していただけませんか?」
「田中君の身内っていうなら考えんでもないがね」
あくまで教える確約を取らず、杉村は口角をつり上げた。はじめの人懐っこい雰囲気が嘘のような作り笑い。
「勘弁してくれ。それは、こっちでやらなきゃならないのか? 絶対?」
「強制の道理はありません。ですが、難しいことではないはずです」
「面倒だな。かわいいネコちゃんが鏡面仕上げした製品に爪を立てていたのに気づいたときくらい面倒くさいよ。
……わかるか。ぼっちゃん。面倒くさいって感覚は」
「人並み程度には」
「ぼっちゃんの思っているより3倍はつらいと考えてくれ。なにせ、ぼっちゃんよりそれくらい歳くってるからな。知り合いの量もなにも、ぼっちゃんのよりそれくらい多い。
加えて、メーリングリストだのネット会議だのなんだのと、一斉に情報を共有できるツールもそこまで浸透しちゃあいないんでね」
「メールが使えるのでは? カーボンコピーも使えば一斉送信は可能かと」
「どいつもこいつも、最低限の一機能をどうにかやれるだけなのが大半だよ。この数年で、そういうツールは些か急成長しすぎた。ぼっちゃんの感覚なら、学校の授業が10倍くらいの速度で進んでいると思ってくれ」
おかげで同窓会の出欠とるのも一苦労だ。そう杉村は笑い、昆布茶を呷る。
これはどうにも一筋縄ではいきそうにない。内心で嘆息する。さすがは田中の友人だ。実に食いにくい。食えない。




