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電脳コンプレックス  作者: みそおでん
第2章 「弓引く先に」
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Part5 「ヒトであること」その4

 トーシャは荒れた石畳の上で倒れていた。ときどきひくひくと手足の先を痙攣させる。


 ユイは彼に近づいてその手足を指でつついた。触れられた箇所が一度、びくりと大きく振動する。


 その反応が相当面白かったらしく、ユイは目元に涙を溜めて口元を必死で押さえ、トーシャを指でつつき続けている。


「くっ、くひっ……ひぁあっ……。か、彼はね、残機、残ってるみた……い、だけっ……どっ――、はっ!」


 笑いを必死に噛み殺そうとして、できていない。


「彼個人の思惑まで関与する気はない」


 そして、ひたすら聞き取りにくいユイに、ジンは至極ニュートラルな態度で答えを返した。


 鉄のような忍耐力がなせる技か、はたまたドジョウのようなスルースキルによるものか。彼をよく知らない大貴には、判断しかねた。


「我々には即時手駒を揃える必要があり、君たちは我々に恩を感じる必然性がある。協力するのは道理だと思うが?」


「…………はぁ」


 随分下心丸出しな善意だったわけである。いいのか、正義の裁定者的にそんなので。


「私はなにぶん、時間が惜しい。こちらとしても、君たちに判断や自由意思を尊重する余裕はない」


「急を要するのはよくわかりました」


 相手の気に押されたせいか、言葉が丁寧になる大貴だった。


「ですが、状況と理由と、やることの意味くらいはちゃんと教えてもらいます」


「あー、おたく。ジンさんの兵隊になるなら、そう畏まらない方がいいぜ。気を遣い出すとストレスがマッハに加速していって、胃とかに穴空いちゃうって」


 けらけら笑うユイの言は、実に容易に想像できる話だった。


 事実、大貴はジンとこうして相対しているだけで、かなり神経が擦り切れていっているのを実感していた。


 肩が鉄から鉛か放射性物質にでも変わったかのように重く感じる。これが続けば、確かに心身ともに健康は保証できかねる。


「……概ね了解。じゃあ、ジンさん。事情を話してもらう」


「状況に順次適応できる性格は気に入ったが、私の話をいまいち聞いていないようだな、『マナンの少年』?」


「俺はタイキで、そっちはトーシャだ。これでいいか?」


「満点はやれん答えだが、許そう。我々とて時間がない。この場も、そう長々といられるとも限らん」


「……どゆこと?」


「ネィクド陥落と同時にエンブレムホルダー【闘技場の主】がボスキャラクターに敗北した。

 灯台は潰され、プレイヤーは【恩恵】を失い――ネィクドからリスタートができなくなった。反して、モンスターは士気を上げている」


「……は?」


 ――負けた? ジョージが?


 信じられない。


 大貴でさえ、二度彼の戦いを見たが、あの【異形】と互角に渡り合っていたというのに。


 あんな化け物みたいな強さの男を倒せるなんて――そのボスキャラクターは【異形】か、それ以上ということになる。


「ネィクドを落としたボスはいまだあの灯台の街にとどまっている。次の行動は予測しかねるが、それを倒して【決勝】を始めなければ、このイベントは終わらない。

 かといって、現状、この街の近郊に【闘技場の主】に比肩するプレイヤーはいない」


「ちょっとまてよ。今の、オレも聞いてないぞ」


「おまえは報酬ひとつで二つ返事だったからな。実にちょろい」


 ムキーと動物みたいな声をあげるユイと、それをため息ひとつでいなすジン。急拵えらしいが、妙に息があっている二人組だと大貴には思えた。


「ちぇー。だからタイマンじゃなくて、数攻めってわけねー。

 ――って、集団戦ならもっと得意なのがまだいるじゃん。『クイーン』にでも任せれば?」


「クラン・クイーン……彼女達はすでに交戦中だ。一進一退、というところか」


「うっわー、オレらじゃ勝てないじゃん、それ。即席部隊っすよ? 信頼補正もなんもないっすよ?」


「『クイーン』とて十全な集団ではない。リスタートが近場で不可能になったせいで攻撃がやや消極的になっている」


「よくわからないけれど」


 だからって、と苦く顔を歪めるユイを遮り、大貴がまた口を開いた。


「近場じゃないっていっても、他の灯台の街からリスタートできるんだろ? なら――」


「ネィクド周辺をモンスターの群れが包囲している。大隊、大群と呼んでいい量でな。

 突破は不可能ではないが、時間がかかるだろう。『クイーン』の要は連携だ。穴が空けば付け込まれる。それを嫌っているのだ」


「うーわー。なっさけねーなぁ、エンブレムホルダー様のクランだっつーに。

 ……まてよ。じゃあなにか? オレらに『カミカゼ』させてボスを潰せっての? ジンさんマジねーわぁ」


「そこまでのことは言う気はない。『私』が目標を仕留める。『管理者』が何故『騎士団』なのか、その理由をお見せしよう」


 言って、ジンは白い手甲を動かし、腰に下げた細身の剣の柄に指で触れた。


 言葉には自信が篭っていた。決して、伊達や虚勢で言っているわけではないようだ。


「そうすると、俺とトーシャとユイさんで、あんたの露払いや弾よけでもするのか?」


「そうだ。『クイーン』と同じく、我々とて全能ではないこの状況を許したように。。目標を射程に収めるまで、協力を要請したい」


「ミスは認めるわけだ。この状況の」


「そもそも街の陥落を目標に設定したが、それがこうも実行される――いや、できるとは想像していなかった。

 本来、敵部隊は城壁を破ろうとしても灯台に守られている街には手出しができないはずだった」


「だよなぁ。今までの例からいって、踏み荒らされるのは勝手に郊外に作られた自治区だけだ。どんなにでかいモンスターだろうが、城壁を破れたってハナシは聞かねーなぁ」


「そうだ。その意味で、このイベントは何者かによって操作されている可能性が高い。『騎士団』の意図から反する方向で、だ。

 それは容認できるものではないし、ここまでの状況を許してしまった現実もある」


「ものしりのオレさまは知ってるぜ、それ。『そうは問屋が卸さない』ってやつだな?」


「この場合は『郷に入っては郷に従え』という方が私の心境を表している。このゲームにいる以上、管理者の絶対性を示す必要がある」


「おーおー、ジンさんこの状況にキレてらっしゃるようで」


「私とてプライドがある、その意味では……君のいう問屋も間違いではないな」


「極めて同感だ。……甚だ俺の意思がシカトされてるこの状況になら、俺も一言ある」


 むくりと起き上がるトーシャに、全員が視線を走らせた。不機嫌そうに口端を歪め、おまえら全員ぶっ飛びやがれと爆弾を投げつけて来そうな雰囲気である。


「話は聞かせてもらった。白兜」


「話を聞いていなかったようだな」


「それなら訂正してやるよ、白兜のジンちゃんよ。今の状況、当初の設定から結構外れてるらしいじゃねーか。

 ここからことの中心のボスを押さえて状況が好転するっていう保証はあるのか?」


「イベントの概要文ほか、イベント情報はいじられていない。ならば、当初の終了条件を満たせばイベントは終了すると考えるは道理だと思うが?」


「いじられていないってなぁ。概要文だけいじらず、他を変えまくってるかもしれねーだろーが。

 相手は街のバリアの設定ぶち砕いて攻め込んでくるようなのだぞ。完璧に基本設定レベルで組み換えられてる。

 ゲームマスターだろうがテメーは。それともなにか? 騎士団のコスプレしたトーシローってことか?」


「私よりも上位のアクセス制限がかけられている。イベント開始からしばらく、外部情報が遮断されている。他の『騎士団』のメンバーも同様だろう」


「じゃあ他の白兜様方を呼んでみせろよ。連絡くらいとれるだろ? そいつも同じ状況って言うなら信じてやる」


「では生憎だったな。連絡はつかない」


「おい、なめてんのか? それらしい格好と偉ぶった態度だけで下僕になってやるほど、こちとら簡単にできちゃいねーんだ。プログラムと一緒にするなよ。

 証拠のひとつも出せず、恩だけ売って従わせる気なら、俺はテメーをこの場でぶっ飛ばしてやる」


「なるほど。なかなか手厳しい。それに冷静だな。場の雰囲気に惑わされないように努めているようだ」


「野郎と一緒に歩いてもつまらんだけだ。顎で使われるのはもってのほかだな。

 もっとも、テメーが女、特にかわいい声の女の子だったら黙って従ってやらんでもなかったぜ」


「なるほど。君の器を推し量るのは骨が折れそうだ、ミスター」


「そうか? 俺にゃ、あんたの器が見えて来たぜ」


「ほう?」


「広く浅い氷の器だ。少しのぬるま湯を流しこみゃ、あっという間に消えちまう。違うか?」


「……ここは君の言うとおり、真っ当に確たる証拠を提示することができない私の落ち度だな。非礼を詫びよう」


 そう言って、ジンは背中から槍を抜いた。それを地面に突き刺し、鎧の胸当てをぽんと叩いた。


 鎧がすっと消え、後には地味な布の衣服と皮のブーツを履いたキキ族が残った。


 一度細い尻尾を鞭のようにしならせ、ジンは両腕を組んで仁王立ちをした。傍らに刺した槍には、目もくれない。


「では時間もない故、『真っ当に』。将棋の持ち駒のように、実力で手駒に加わってもらおうか」


「上等だごるぁぉあああああ!!?」


 瞬間、トーシャが動いた。


 投げつけた。赤い鉄の礫だ。大貴は爆発物だと直感した。


 ジンは軽く姿勢を変えてこれを避ける。鉄塊は遠く飛んでいく。


 ジンの槍の間合いにトーシャが入った。続いて二つの礫を投げる。赤とオレンジ。


 今度は、ジンは微動だにしなかった。組んだ両腕を解かず、礫に対して処理もしない。


 礫がジンの体に当たる。爆発――は、しなかった。


 ジンの体で跳ねた礫を縫って、トーシャがジンの懐に飛び込んだ。右手。黄色の閃光を掌に灯し、張り手を放つ。


 ジンを捉える――より、一瞬早く、トーシャの手首は掴まれ捩じり取られた。


「満足か?」


「勝った気でいんじゃねぇっ!」


 捩じられたトーシャの掌に、礫のひとつが乗った。ジンの体を跳ねたひとつ。爆発していないオレンジの石。


 閃光が強まる。発光、する――。


 トーシャの拳が走る。掴まれた先を頼りに踏み込み、殴り、飛ばす。


 着弾はジンの蹴りが先だった。


「シェイクハンドデスマッチははじめてかな?」


 トーシャの顎が跳ね上がった。返す刀で頭蓋に踵落としを叩き込み、次いで肘、膝で胴を抉った。


 トーシャの両膝が地面に落ちる。首を垂らし、頭上には黄色の星がちかちかと揺れている。


 ユイが割って入り、両手を交差させた。終了を促している。


 それに応じて、ジンは掲げた握り拳を腰まで降ろした。しかし、トーシャの手首を掴む手は、離そうとしない。


「得物を使わないのは私なりの気遣いだと思ってくれていい。

 別に、君に敵として敬意を払わないからとか、全力に値しないとか、そういう意味合いではない。この通り、適当に峰打ちで終わらせたいからだ」


「……ぜんぶ、テメーの都合じゃねーか」


 トーシャが吐き捨てた。未だ星は頭上に爛々としており、片手を額に当てて頭を小さく左右に振っている。


 もう片方の手をジンに握られている都合、この場面だけを見れば、ふたりの印象は『倒れる仲間を助け起こすみんなのリーダー』といった感じだろう。実際とのギャップが少しかわいそうになってくる。


「自爆戦法を取らなかったことは感謝する。おそらくそれへの耐性は、私よりも余程君の方が強いだろう。そういう持久戦に持ち込まれれば、勝敗は――まぁ、『わからなかった』ということにしておこう。

 しかしそういう手段を取らず、無為に周囲を巻き込むまいとする君の心遣いに敬意を表そう」


「……そこまでわかるなら最後の方の肘打ちとか膝蹴り、いるか?」


「肩書きだけの男と今後見くびられるのは心外だからな」


「けっ、くそが。えせ紳士」


「結構。言い得て妙だよ、ミスター。私をご理解いただけたところで、協力を要請したいのだが、よろしいかな?」


「……タイキ。テメー、決めろ」


「はっ!?」


 トーシャがじろりと視線を送る。心なしかいつも以上に荒んでいるようだ。殴られまくったトーシャの心境をほとんど損失なく表現しているようだった。


 しかしそれでも「決めろ」とは。――言うまでもない。そういうことだ。


 目的はあれど、行動に当てがあるわけではない。ならば、彼らに協力してもいいのではないか。


 それに、ジンの話ではぼかされていた「イベントのルールを曲げたもの」。それこそ『支配者ゲームマスター』の所業だ。


 であるなら、それを成せるのは、大貴の知る限り、【妖精】をおいて他にいない。


 ジンの狙いは、それに仇なす行為――ならば、また【妖精】と接触する機会もあるはずだ。


 【妖精】と、もしかしたら、そうなってしまっているかもしれない絢音に会うチャンスにもなる。


 合わなければならない。会って、全てをはっきりさせなければ。


「んじゃあ、決まりね。ほら、ジンさんもさっさと手を離す」


「ん? ああ、悪いな。痛かったかな?」


「……あとでぜってぇぶっとばす……」


 ――かくして。


 幸先の悪そうな急造チームは、無謀にもボス打倒を掲げ、ゲームを開始することとなった。


 大貴は荒れ果てた石畳の上を歩く。この石はネィクドの街のものとは色や質感が微妙に違うようだ。星光がとても明るいおかげで察することができた。


 ネィクドとは違うが、ここにも集落があったのだ。それがどういうものなのか、大貴は知らない。


 知っているであろう3人は、バックグラウンドで言い争い、騒いでいる。どうにも聞ける雰囲気ではない。


 遥かとおく、かつて灯台と呼ばれていたであろうものが目に入る。それは傾き、地に埋れ、幾重も細く煙を上げて――そして、暗い。


 星明かりに照らされたそれに、もはや街のシンボルであった過去など見出せない。


 ――否。


 一面に広がる倒壊し尽くした街並みを、土を隠す黒焦げたモザイク同然の廃墟を見て、誰がここをネィクドであったと思うだろう。


 大貴は崖の上から、かつての街を見下ろしている。地下が潰れた拍子にここまで流されたのか、そもそもあの地下空洞がそんなに広かったのかは、今になってはわからない。


 ただ、そうした上からの視点ならば、あのモザイクの領域が、土のキャンパスに縁取られた輪郭から、あのネィクドであったのだと辛うじて知覚できる。


 破壊痕の大きさがリアリティを打ち消している。しかしそこに渦巻く黒ずんだ意思の濁流は見ているだけで感じ取れる。


 街を破壊した悪意。大貴の失った右腕が幻痛を訴える。


 ――破壊され尽くした街。


 しかし街中にはところどころ、小さく明かりが見えている。ついては消える火の粉のような儚い光。戦いの残滓だ。


 いや。モンスターのボスが未だあの場に留まっているのなら、あの光こそ真に戦いの本領だ。そしてあの中の戦列に加わり、かいくくり、跳ね除け、蹴散らさねばならない。


 問題ない。まったく問題ない。藤林大貴にとって、重要なのはそれではないのだから。


 ――それは、たぅたひとつ。


 望みはそれだけだ。それだけを願う。この街に、街跡に、すがるように願をかける。


 どうか、また彼女に出会えるように。

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