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庭の土ごと「不浄」を削り取り、愛は城を築く

「……カイル様、さすがにそれはやりすぎでは?」


 翌朝、窓の外を眺めた私は、思わず手に持っていたティーカップを落としそうになった。

 昨日の今日だ。ジュリアスが這いずり回り、無様に失禁して去っていったあの正門前。そこには今、数十人の土魔導師と石工たちがひしめき合い、ものすごい勢いで地面を掘り返している。


「何をおっしゃるのですか、リディア様。あの男が触れた土ですよ? あのような不浄な存在が踏みにじった大地をそのままにしておくなど、私の騎士道が許しません。深さ三メートルまで土を入れ替え、浄化の聖水を百リットル散布し、その後は貴女の瞳の色に合わせたブルー・ダイヤモンドの砕石を敷き詰める予定です」

「……歩きにくいことこの上ないですわ」

「ご安心を。リディア様が歩く際は、私が抱きかかえて移動しますので、地面に触れる必要すらありません」


 カイルは至極真面目な顔で、私の腰に手を添えて引き寄せた。

 彼の体温が薄い室内着越しに伝わってきて、心臓が跳ねる。昨日の「ざまあ」劇を経てから、彼の独占欲というか、守護欲求がリミッターを解除したような気がしてならない。


「それよりもリディア様、昨日のゴミ……失礼、元王子の言葉で、少しでも心が揺れ動いたりはしていませんか? もし一ミリでも未練があるとおっしゃるなら、私は今すぐ彼を捕縛し、記憶消去の魔術に長けた禁術使いを連れてまいりますが」

「未練なんて、砂粒ほどもありませんわ。ただ、彼があそこまで落ちぶれているとは思わなくて……」


 ジュリアスは元々、プライドだけは世界の目(山)より高い男だった。

 それが、泥にまみれて私に縋り付こうとする姿。滑稽という言葉すら生ぬるい。けれど、それは自業自得だ。私が彼のために夜遅くまでこなしていた公務を、彼は「女の遊び事」と切り捨て、浮気相手のエレーナと遊び歩いていたのだから。


「当然の報いです。彼が寵愛したエレーナという女は、隣国の間諜スパイでした。彼が渡した機密情報のせいで、王国の国庫は今、空っぽに近い。王も激怒し、彼は廃嫡。今や平民以下の扱いですよ。……もっとも、私はリディア様を泣かせた罪だけで、彼を八つ裂きにする権利があると思っていますが」


 カイルの瞳に、一瞬だけ「本物の殺気」が宿る。

 この人は、冗談抜きでそれを実行できてしまう男だ。王国の軍事力の半分を一人で持つと言われる、しかも『剣聖』。彼がその気になれば、ジュリアスの首を飛ばすなど、瞬きをするよりも簡単だろう。


 そんな時だった。

 屋敷の周囲に張り巡らされた「侵入者感知装置」が、激しく警告音を鳴らした。


「……ほう。死に場所を求めて、またゴミが近づいてきたようですね」


 カイルの声が、低く楽しげに響く。それは獲物を見つけた猛獣のトーンだ。


 正門前には、ボロボロの馬車……というより、ただの荷台に乗って、再びジュリアスが姿を現していた。

 今度は一人ではない。彼の隣には、かつて「真実の愛」とやらを誓い合ったはずの女、エレーナ・男爵令嬢がいた。

 ただし、二人の仲は見るも無惨に壊れているようだ。


「リディア! 頼む、リディア! エレーナが……この女が、全部自分が悪かったと白状したんだ! だから君の温情で、せめて食い扶持だけでも用意してくれ! アシュバートン家の別荘に住まわせてくれればいいから!」

「ふざけないでジュリアス! 私を騙して贅沢させたのは貴方じゃない! リディア様、私はこの男に脅されていたんです! 助けてください!」


 門の向こうで醜い罵り合いを演じる二人。

 どうやら、行き場を失った二人は、最後に「お人好しだったリディア」に縋ればなんとかなると踏んだらしい。

 浅はかすぎて、溜息も出ない。


 私はゆっくりと門の近くまで歩み寄った。もちろん、カイルが「靴が汚れます」と言って、私の足元に瞬時に光の道(物理的な障壁)を作ってくれたおかげで、一歩も地面には触れていない。


「ジュリアス様、エレーナ様。……お二人とも、何か勘違いをなさっていませんか?」


 私の声が響くと、二人は一瞬だけ希望を見出したような顔をした。


「リディア! やはり君は優しいな!」

「そうですわ、同じ女性として分かってくださいますわよね!?」


「いいえ」


 私は冷たく言い放った。


「私はもう、アシュバートン家の令嬢ではありません。この屋敷も、領地も、すべてカイル様が私に贈ってくださったもの。今の私は、カイル・ヴァン・ブライトの婚約者としてここにいます。……つまり、この場所に誰を入れるか決めるのは、私ではなく彼なのです」


 その瞬間、私の背後に控えていたカイルが、静かに前に出た。

 彼は剣を抜くことすらしなかった。

 ただ、右手を軽く前に突き出しただけだ。


「……五月蝿いですね。リディア様との平穏な時間を、その汚らわしい声で遮る罪は重い。物理的に、お引き取り願いましょう」


 カイルが指をパチンと鳴らす。

 すると、ジュリアスたちが乗っていた荷台の周囲の重力が、急激に変化した。


「な、なんだ!? 体が浮く!? ひ、ひいぃいい!」

「助けて! 空に飛ばされるわ!!」


 カイルが放ったのは、圧縮された空気の衝撃波と重力魔法の複合技だ。

 ジュリアスとエレーナ、そして彼らが乗っていたボロ荷台は、まるでピンポン玉のように弾け飛び、屋敷の外へ放り出された……。その後、精鋭騎士達が、たぶん、肥溜めか何かが密集しているスラムの方向へと文字通り「物理的に」退場させていった。


「……ふむ。少々手加減を誤りましたか。まあ死んではいないでしょうが、骨が数本折れ、一ヶ月は動けないでしょう。その間に、彼らの借金取りが彼らを見つけるはずです」

「カイル様……今のは、魔法というより、もう殺意の域ですわ」

「リディア様の不快感を拭い去るためなら……ああ、いけない。ゴミを片付けた後は、消毒が必要ですね」


 カイルは私の手を取り、その甲に深く、熱い口づけを落とした。

 昨日の冷徹な騎士の顔はどこへやら。私を見つめる瞳は、熱を帯びた、とろけるような愛に満ちている。


「リディア様。あんな卑怯な男のことは、もう記憶の隅にも残さないでください。貴女の視界には私だけが、貴女の心には私の愛だけがあればいい。……次は、あいつらが二度とこの国に足を踏み入れられないよう、国境付近に高さ五十メートルの物理障壁を築かせましょうか?」

「それはさすがに国家予算が尽きますから、お止めなさいな」


 私は可笑しくなって笑い声を上げた。

 かつては、顔色を窺い、言葉を選び、ただ耐えることだけが美徳だと思っていた。

 けれど今は違う。

 最強の騎士が、私のために世界を形作り、物理的に敵を排除してくれる。

 そんな過保護すぎる愛の中に、私は最高の幸せを見つけていた。


 一方、スラムの肥溜めに突っ込んだジュリアスとエレーナが、互いの不細工な姿を見て絶叫を上げ、さらに罵り合いを加速させていることなど、今の私たちには微塵も関係のないことだった。

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