よくわからないのがいたんですよ
非日常の中で日常的なものがあったなら、それにすがりたくなるのが人間というものではないだろうか。まあ、別にそれが一般論だとか、そんなことを思っているわけではないのだけど。
およそ人の営みがなくなったこの街で、俺はパソコンを点けてインターネットに勤しんでいた。情報収集をしようと思っていたのもあるが、大部分は単なる暇潰しだった。
ニュースサイトを見て回り、気になったニュースに目を通す。もっとも、今のニュースはもっぱら日本の半分以上に訪れた突然の地震のことが大半を占めていたが。
起こって数時間しか経っていないから、まだ正確な情報は伝わっていない。ニュースサイトを見ているよりも、その他の掲示板やSNSを見ていた方が情報が手に入るかもしれない。
ただ、まあ所詮ただの暇潰しなので、そこまで精力的に情報を集めようとは思えなかった。
それから数十分して、パソコンの充電が半分くらいなくなったところで、視界の端に動く何かを捉えた。
思えば、地震によって街が壊れてから自分以外に動くものを見たのは初めてだった。
地震で死んだか、とっくに避難したかしたからいないのだと漠然と思っていたが、それはそれでおかしい。そんなに早く避難が終わるはずがないし、家族や友人、恋人なんかを探し回っているような人がいたっておかしくはない。
だから、それはちょっとした興味関心だった。動くものがない世界で唯一動いていたもの。それを確認したくて、パソコンを消して立ち上がった。
動いたものの方に目を向ける。人か動物かいたのだろうと思って目を向けた先には、異形の存在がいた。
見た目は人間のようだ。四肢があって、頭がある。二足歩行で歩いている。浅黒い肌に、日本人と西洋人のハーフのような端整な顔立ち。髪は純粋な日本人よりもなお黒く艶やかな漆黒で、目は血のように赤い。均整のとれたスレンダーな身体をしているが、胸は大きい。女性だ。服装はここらでは見かけないアラビアンのような格好をしている。
そして、その背中に蝙蝠のような翼と、額に鬼のような角を生やしていた。
「な……んだ、あれ……?」
思わず声が漏れた。この状況で、あんなコスプレをしている人間なんていないだろう。アラビアンな格好に悪魔みたいな翼、鬼の角なんてミスマッチに過ぎる。何がモチーフかもわからない。
その異形の存在は、俺の方にまっすぐ歩いてくる。表情は真剣だ。いや、真剣かどうかはわからないが、少なくとも困り顔でも、ましてやヘラヘラ笑っているわけでもない。真剣味を帯びた無表情といったところか。
そんな異形の存在が向かってくる光景を見て、俺は逃げようとは思わなかった。建物の倒壊に巻き込まれて傷一つ負わない今の不思議な俺ならなんとかなると思ったし、正直どうなっても構わないとも思っていた。
一度死んだかは定かではない。だが、俺の感覚では一度死んでいる。そして、生きていたところでこの状況。別に、生きる意味とか必要とかを感じる必要はなかった。ただ、それでもまだ死ぬのは怖いという気持ちはある。
異形の存在が目の前まで来た。浅黒い肌とは対照的な瑞々しい桃色の唇と、やや吊り上がった切れ長の目が綺麗だと思った。身長は日本人男子の平均くらいの俺と同じくらいある。
ジロジロと俺のことを見てくる。何かおかしなことでもあるかのように。ジロジロ観察したいのはこっちの方だという思いを表に出さないようにしながら、何とは無しに声をかけてみた。
通じると思っていたわけではない。コミュニケーション能力は高い方ではないし、そもそも明らかに日本人でもなければ人間ですらないような存在に話しかけたところで、通じるとは思えなかった。
それでも声をかけたのは、相手がジロジロ見てくるだけで危害を加えようだとかいう動きを見せなかったのと、単に俺が気不味くなったのが合わさった結果に過ぎない。
「はじめまして」
変化は劇的だった。話しかけられると思っていなかったのか、身体をびくりとはねさせ、ジロジロと観察するのを止め慌てて一歩下がって片膝を立てるような格好で跪いた。
「お初にお目にかかります。私はデモン族のウルリアス・マクダビデと申します。どうぞ、ウルとお呼びください」
この反応は予想外過ぎて、少し反応するのに時間がかかった。まず日本語が通じたし、何故か相手の態度がものすごく丁寧だ。デモン族だとかよくわかんないし、名前が覚えられない。
それでも、話が通じそうだし、誠実そうだったから、話をしてみようと思った。別に彼女に浮気されたからといって人間不信になったわけでもないし。まあ、そもそも人間ではないけれど。
「じゃあ、ウル……さん?」
「ウルで構いません」
「はぁ。じゃあウル。お前ってなんなんだ? 人間ではないだろ。人間には翼とか角なんかついてないからな」
まずはそこだった。角は明らかに額から生えていたし、翼も時々動いている。本物だろう。
異常事態が起こった後に現れた異形の存在。無関係ではないと結論付けるには俺の頭は馬鹿ではない。ただ、それを聞いたところで、という思いもあった。
だから最初に目の前のウルのことから聞いたのだ。ウルのことを喋るついでにわかることがあるかもしれないという考えもあった。
そしてウルの綺麗な唇を震わせて語られたのは、予想できても予想外な内容だった。
「私達デモン族、並びにその他の種族はこことは違う世界より、この世界に逃げ落ちてきた存在でございます」
その日、日本に、世界に衝撃が走った。
異世界より現れたのは、異形の者たち。
彼らの求めるは安寧の地。
新たな時代の、幕開けだった。




