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第7話 篠突く雨に消えゆく叫び


 犬の頭を持つ双頭の魔物は赤い瞳をぎらつかせてコルダス隊を見回す。獲物を品定めしているかのようだ。


 身体の大きさに負けない斧を手に、ケビンが攻撃のタイミングをうかがう。ユリアスとアドルフ、レミの三人も剣を構えて隙を探す。


 先に動いたのは双頭の魔物だった。サソリのような尾をしならせながら伸ばす。狙ったのはジャスティンだった。

 大きな盾を持ったデビットが立ちはだかり、尾に付いた大きな針を弾く。耳を突く金属音が鳴る。


 次に弓をつがえていたチャーリーが動いた。赤い目を狙って矢を放つ。狙った方とは別の頭が飛んできた矢を噛み砕いた。


「マジかよ」


 チャーリーは悪態をつきながら、新しい矢を矢筒から抜く。


 ケビンが斧を振り上げて、双頭の魔物に向かった。数舜遅れてアドルフが続く。ケビンの斧と魔物の鋭い爪が交わる。耳障りな音が響いた。

 走るアドルフに、サソリのような尾が迫った。上半身をひねって辛うじて回避する。


 あの尾は危険だ。直感的に誰もが思った。


 ジャスティンの杖が輝いた。魔物の周りに氷の板が出現する。


「ユリアス! 階段代わりにしろ!」

「はいよ!」


 ジャスティンに応え、ユリアスが走り出す。何かを察した魔物はケビンとアドルフを振り払った。巨体に見合う力で二人は吹き飛ばされる。


 ユリアスが軽やかな動きで氷の階段を駆ける。彼が魔物に攻撃するタイミングと一緒にレミも魔物の間合いに入った。二人の剣がほぼ同時に魔物に迫る。

 双頭の魔物は焦りを見せなかった。しなやかな尾でユリアスを弾き、大きな手でレミを殴り飛ばす。


「どわっ!」

「わぁ!」


 二人は悲鳴を上げて飛んだ。

 飛ばされた先は河原へと続く急勾配きゅうこうばいの坂だった。低木をなぎ倒し、つるを引き千切り落ちていく。最後は小石が敷き詰められた河原へと放り投げられえた。


「ぃってぇ……!」


 二人の苦悶の声が重なった。身体中、葉っぱと枝だらけだ。河原を転がった身体は全身を突かれたように痛い。


「レミ、大丈夫か?」


 ユリアスが立ち上がりながら声をかける。


「なん……とか」


 ごつごつとした河原の石に転がされたレミは痛みで起き上がれないでいる。それでも身体を叱咤して起き上がった。剣だけは意地でも放さなかった。


 ユリアスはレミの髪に刺さっていた小枝を取ってやる。レミはふるふると頭を振った。黒い髪から水が飛んだだけだった。


 二人は並んで落ちてきた坂を見上げる。顔に降りかかる雨が鬱陶しい。上ではみんなが戦っている音がする。


「さすがに登れねーな」


 ユリアスは舌打ちをした。早く戻りたいが、ここを登るのは骨が折れそうだ。


「もう少しあっちからだと登れます。挟み撃ちにしましょう」


 レミは上流の方を指した。早く戻らねばという思いは彼女も同じだった。


 ユリアスは頷いて上流の方へ歩き出す。レミもそれに続いた。足場はゴロゴロしている上に、雨で濡れて滑りやすい。歩きにくいことこの上なかった。走りたいが走れない。


 あと少しで登れる場所に辿たどり着きそうになったその時。二人の背後に大きな何かがドンと降り立った。彼らは足を止め、剣を構えながら振り返る。


 あの双頭の魔物だ。二つの口からは赤い舌が覗いている。ジャリと足元の小石が鳴った。


 レミの脳裏に隊長たちの姿がよぎった。皆は無事なのか。


「今はこいつを何とかすることだけ考えろ」


 ユリアスはレミの考えがわかっているかのように声をかけた。レミは頷き、剣の切っ先を魔物に向ける。


 魔物が二人に向かって走り出した。ユリアスは前に踏み出して魔物を迎え撃つ。レミも振り下ろされる爪を恐れずに地面を蹴った。

 ユリアスの剣が魔物の爪に叩き込まれる。硬い爪は研ぎ澄まされた剣をものともしない。


 振り下ろされた爪を避けたレミは魔物の脇腹に剣を突き立てる。だが、剣先が少しだけ刺さっただけで、その奥へ食い込ませることが出来ない。あまりの硬さに驚いて動きが止まった。


 ギロッと魔物の赤い目がレミを捉える。再びその爪がレミを襲った。ユリアスが焦って声を上げる。

 爪がレミに突き立てられた瞬間、その姿が蜃気楼のように揺らいだ。魔物は不可解な顔をする。レミの姿は数歩離れた所に現れた。


「クロウスありがと。助かった」


 レミはホッとした様子で剣を構え直した。レミに憑依していたクロウスの魔法だ。


 距離を取ったレミはクロウスの力を借りて、闇の刃を放った。双頭の魔物はそれを弾こうと腕を振る。しかし、見た目以上に威力があった。弾かれはしたが、魔物の腕が切れた。パッと血が飛ぶ。


 痛みを感じた魔物が声を上げた。

 ユリアスは魔物の力が緩んだ瞬間、爪を地面に叩きつけて距離を取る。手の甲に刃を突き立てたつもりだったが、傷ひとつついていない。それに比べて、レミが放った魔法の刃は確実に傷を負わせている。


「レミ! クロウスの魔力を剣に纏わせろ! こいつは魔法に弱い!」


 雨音に負けぬよう、ユリアスは声を張り上げた。レミは言われた通り、クロウスに呼び掛けてその魔力を剣に流し込む。剣が闇色の光を帯びた。


 魔力に気付いた魔物はレミに狙いを定める。背を向けられたユリアスは飛び出した。魔物はその気配に気づき、鋭い尾を彼に向ける。


 ユリアスはそれを避け、剣を突き立てた。剣は尾を貫通し、河原の石の間へ押し込まれる。尾を固定されてしまった魔物の動きが止まる。


「今だ! やれ!!」


 ユリアスの鋭い声が飛ぶ。レミは大きく踏み出す。最大限に魔力を乗せた一撃を魔物の身体に叩きつけた。深く切り込まれた魔物の身体は切断される一歩手前だった。

 フラフラと揺れ、河原に倒れる。レミは切っ先を魔物に向けたまま様子を見た。


 魔物の身体が光の塵となってゆっくり崩れていく。


 ――倒したんだ。


 レミの口元に笑みが浮かぶ。しかし、ユリアスに目を向けた瞬間、その笑みは消えた。彼が河原に倒れている。レミは剣を収めながら走った。


「ユリアスさん!」


 レミは膝をついて倒れたユリアスを抱き起す。背中に回した手に、ぬるりとした何かが付着した。大量の、生温い何か。レミの顔が強張る。

 ハッとして彼の隣に転がっている魔物の尾を見た。雨で流されつつあるが、鮮血がこびりついていた。


「やだ、いやだっ……! ユリアスさんまでいなくならないで!!」


 必死にレミが呼び掛ける。まずは止血をしなければ。でも何も道具は持っていない。その間も血が流れ出る。ユリアスの顔色も血の気を失っていた。


 不意にユリアスの手がレミの頭に伸びた。優しく撫でる。表情も小さく笑っていた。


 レミは黙ったまま撫でられた。視界が揺れる。

 彼の手が力なく滑り落ちた。レミは慌ててユリアスの手を取る。その指先は冷たくなっていた。ギュッと握りしめる。しかし、握り返されることはなかった。


「……ユリアスさん」


 レミの呼びかけに応える力は、ユリアスにはもう残っていない。彼女の心がユリアスの死を拒絶する。心の底から湧く感情をどうすればいいのか。レミにはわからなかった。


 この人を失いたくない。だけど、何もできない。


「――っ!」


 喉を裂く悲鳴は、視界が霞むほどの雨音にかき消された。


お読みいただきありがとうございます。

もう少しだけ過去編が続きます。どうぞお付き合いください。

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