第6話 故郷が消える
隊に緊張を走らせた事件。
国境付近の別の町が魔物に襲われて壊滅したのではないかという情報が入った。コルダスは直ちに町へ向かうと皆に告げる。
その中で、レミの顔は青くなっていた。襲われた町は彼女が生まれ育った町なのだ。そのことを知っているコルダスは、彼女の肩を叩いて落ち着かせる。
「落ち着いて行動しろ」
レミは言葉を返すことが出来ず、頷くことが精一杯だった。ユリアスは心配そうにその姿を見つめていた。
馬を走らせ、町へ向かう。
その間もレミの手は震えていた。馬に余計な緊張が伝わってはいけないと、歯を食いしばって震えを止めようとする。だが、震えは止まらない。心臓の鼓動がいつもより大きく聞こえる。
(落ち着け、落ち着け)
レミは何度も深呼吸をした。
胸の奥で何かが這いずり回る。それが弾けたのは、町の光景を見た瞬間だった。
立ち並ぶ家々は壊され、道には人がたくさん倒れている。カラスがそれをついばんでいた。
凄惨な光景に誰も言葉が出ない。
レミは馬を走らせた。コルダスが制止の声を上げるが、彼女の耳には届かない。
「お前たちは生存者を探せ!」
コルダスは指示を出して手綱を引いた。
「レミは!?」
「俺が行く」
ユリアスが声を上げると、コルダスは頷いて馬を走らせた。彼女が行く場所など、一つしかない。孤児院だ。
コルダスはその道中も町を観察する。家は壁が崩れて中がむき出しになっていた。壊されている家と壊されていない家が不自然に並ぶ。そして、亡くなった人に対して流れ出た血が少ない。身体も血の気がなかった。
妙な違和感をコルダスは覚えた。
目的地の孤児院に着くと、レミが乗っていた馬がいた。コルダスは馬を降り、庭に入る。
そこには子供たちを守るように覆いかぶさった孤児院の先生の亡骸があった。コルダスは見知った人の亡骸に目を伏せる。
それからレミの姿を探した。ここにないなら、屋内だ。扉が大きく壊された玄関を入り、彼女を探す。
二階に上がった先の部屋で、レミはへたり込んでいた。部屋には静かな嗚咽が流れている。壊された壁から吹き込む風が、彼女の黒髪を揺らした。
コルダスの気配を感じたレミはゆっくり振り返った。その黒い瞳から涙が溢れる。
「隊長、なんで、こんな……」
嗚咽混じりにレミが言葉を絞り出す。コルダスはレミに近づき、優しく頭を撫でた。
親しい人たちの惨殺。
それは十八歳の少女が受け止めるには、重すぎる現実だった。
レミが前にして泣き崩れていたもの。それは洋服タンスの中に隠れていた二人の幼子たちだった。タンスのドアは粉々に壊され、子供たちが折り重なるように倒れている。
コルダスはギリッと歯を食いしばった。
魔物の執着が嫌でもわかる。建物の中の洋服タンスに隠れた子供たちまで襲うような魔物だ。これでは生存者など絶望的である。
コルダスは力強く言った。
「レミ。敵討ちだ。行くぞ」
彼女を連れ、仲間たちの元へ戻る。
町を見回っていた全員が合流した。コルダスの予想通り、生存者はいなかった。
ユリアスはレミの様子をうかがう。目は赤くなり、涙の跡が見えた。声をかけようにも言葉が見つからない。
「町の人をこんなにするなんて、いったい何匹の魔物が来たってんだ?」
長身の青年チャーリーが呟いた。携えていた弓を握り直す。
町ひとつが滅んでしまったのだ。どんな魔物が襲ってきたのかわからないと対処しようもない。
「襲ったのは一体だ」
コルダスが断言する。その言葉に、隊の面々は驚いた顔をした。
「これだけのことを一体だけで?」
「どういうことですか?」
ジャスティンと小柄で細身の青年アドルフが聞き返す。
「見てみろ、殺された人から流れ出る血の量が傷に対して少ない。遺体も白すぎる」
コルダスは町の通りを見るように促した。腹部を抉られた者、胸を突かれた者、様々いるが流れた血は多くない。数人だけでなく、見える範囲にいる全員に同じことが言えた。
「そして鼻が利く。建物の中のタンスにいた子供まで狙っていた。壊された家には、人が中にいたんだろう」
「確かに、壊れていない家の中には誰もいなかった」
小太りな青年デビットが見てきたことを思い返した。見た目に反して頭の回転が速い。
「血を吸って鼻が利く魔物ってことか?」
隊一番の巨躯を持つケビンが顔を引きつらせながら周りを見る。そんな魔物は聞いたことがない。一同は同じこと思ったのか、異を唱える者はいなかった。
「ごく稀にだが、奇妙な魔物の目撃が何件かあった。それと同じような魔物なのかもしれないな」
コルダスは他の隊から流れてくる情報を思い出す。それからレミに視線を移した。
「レミ、近くに魔物が身を隠しやすい場所はないか?」
呼ばれたレミはハッとする。それから周辺の地図を頭の中に描いた。魔物が身を潜めそうな場所を探す。
「……東の森なら、身を隠す場所も、餌にする魔物もたくさんいます」
「よし、そっちを当たってみよう」
コルダスの決断は早かった。すぐさま東の森へ移動する。
馬を走らせ、森の入り口付近で下りた。すると、雨が降る前の独特の匂いが漂ってきた。空は厚く黒い雲で覆われている。薄暗い森が、さらに暗い。
コルダスは剣を抜き、いつでも戦闘に対応できる姿勢を取る。それに倣って各自の武器を手に取った。慎重に森へ入る。
(森が、冷たい……?)
レミは森の空気が記憶と異なることに気付いた。吹いてくる風が、より冷たく感じる。風が吹いて木の葉が揺れているのに、静けさが耳につく。レミの剣がカタッと揺れた。
背の高い木々が並ぶエリアに入った。幹の太さはレミがギリギリ両手を回せるくらいだ。人の背丈の高さには枝がなく歩きやすい。
その一角の木が倒れていた。人間が切り落としたのではなく、何かがぶつかって折れたようだ。
一本や二本ではない。何かが通った後のように、折れた木が続いている。
コルダスは声に出さぬまま、それをたどろうと合図を送る。一同は無言で頷いた。
どこに魔物が潜んでいるかわからない。緊張感を保ったまま進む。
ぽつぽつと雨が降り出し、木の枝葉を揺らし始めた。
不意に、その痕跡が途絶えた。
周囲を見回しても、折れている枝も、踏まれたような草も見当たらない。周囲を見回しても魔物の気配が感じられなかった。
ユリアスは弾かれたように上を見る。葉が生い茂る中に四つの赤い目が見えた。
「上だ!」
ユリアスが声を上げると同時に、四つの目が動いた。隊が散開する。枝がバキバキと折れる音が鳴り響いた。
空いた場所に、ズンと重い音を立てて魔物が降り立った。
頭は犬を思わせる姿をしているが、その赤い双眸は爛々と輝いている。それが二つ付いていた。尾は犬のものではなく、サソリのような形をしている。
四つ足の双頭の獣に見えたのも束の間。ぐいと上体を持ち上げ二足歩行になった。黒い毛並みの巨体が彼らを見下ろす。長身のコルダスより遥かに大きい。両の口から放たれる咆哮が木々を揺らす。
雨に打たれながらも、レミはしっかりと双頭の魔物を見据えていた。見たことのない魔物だ。だが、恐れよりも怒りが彼女の身体を駆け巡る。身体の中が熱かった。
(こいつが、みんなを……っ!)
レミは荒くなりそうな呼吸を抑えながら、剣を握りしめる。
「肩に力入りすぎてんぞ。力抜け」
ユリアスは双頭の魔物から目を離さずに注意した。それを受け、レミは深く息をする。身体の熱が放出された気がした。
「お前たち、やるぞ!」
コルダスの声が雨の間に響いた。
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