第5話 喧嘩っ早さは昔から
馬の蹄の音が一定のリズムを刻んだ。馬に乗って遠出などいつ以来か。
レミは高くなった視線で周囲を見回す。今通っている街道はともかく、森の近くを通る際はさらに注意が必要だ。
不意に、騎士団にいた時のことを思い出した。
――さかのぼること、四年前。
国境に近い辺境の町に駐留する部隊。そこにレミの姿はあった。
部隊は少人数のため、町の人からは新人が入ればすぐに覚えられてしまう。さらに『魔力なし』という特徴を持っていた彼女は覚えられやすかった。
よって、町を歩いているとこんなことが起こる。
「よぉ、『魔力なし』。魔法が使えない奴に騎士なんて務まるのか?」
ガラの悪い青年たちがレミを取り囲む。レミは彼らを見回した。ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。『魔力なし』が見下されることは少なくない。レミにとっては慣れたものだ。
「少なくとも、アンタらよりは」
レミは全力で小馬鹿にした顔をした。それを面白く思う者はいない。青年たちはカッとなってレミに殴りかかる。
が、レミは彼らの拳をひょいひょいと避けた。反撃も忘れない。掌底で顎を打ち上げ、拳で脇の下を殴り、股間を蹴り上げる。剣を抜かずに青年たちを制した。
「まだやる?」
そう言ったレミの黒い瞳は冷たい輝きを放っている。青年たちは脱兎のごとく逃げ出した。
これが入団して二週間後の出来事だった。今はすれ違う時に頭を下げられる関係だ。
町の人たちには小柄だけど強い子が入った、という認識になった。
町の見回りや魔物の討伐。先輩たちに教わりながら、一か月、二か月と過ぎていく。
割りと要領のいいレミはどんどん覚えていった。
そんなレミも手を焼いていることがあった。
「ちょっとユリアスさん! 靴下、洗濯機に入れっぱなしでしたよ!」
レミは乾いていない靴下を黒髪の青年ユリアスに突き出した。洗濯物の中に自分の物ではない洗濯物が紛れ込んでいたのだ。振り向いたユリアスは蒼い目を見開く。
「おー、片方ないなって思ってたんだ。ありがとな」
ユリアスは笑いながら黒い靴下を受け取る。
このやり取りは何度目かわからない。靴下ならまだいい。それがシャツだったり、下着だったりする時もある。年頃のレミにも恥じらいはあったが、慣れとは恐ろしいものだ。そろそろ感覚がマヒしてきている。
それを何とも言えない表情で少し若いジャスティンが見ていた。黒縁眼鏡が呆れた輝きを放つ。
「どっちが教育係かわからないですね」
「年下の子が入れば少しはマシになるかと思ったんだが、世話焼きのレミは逆効果だったな」
ため息をつくのは隊長のコルダスだ。グレーの髪の毛をポリポリとかく。
レミが育った孤児院に出入りし、彼女に剣術を教えていた張本人である。筋の良さを見込んで騎士団へと誘った。
入団後はさらに腕を磨くためと、ユリアスの大雑把さ改善のために彼を教育係にしたのだが、コルダスの思惑通りにはいかなかった。
先日まで孤児院で年下の子供たちの面倒を見ていたレミの世話焼きが発動してしまった。
最初は周囲を警戒していたレミだったが、今ではすっかり隊に馴染んでいる。それがさらに世話焼きを加速させていた。遠慮がなくなっている。
その内、手が出るかもしれないとコルダスは思った。レミが喧嘩っ早いことは入団当初で確認済みだ。
そんなユリアスだが、ちゃんと先輩としての働きもする。
「ユリアスさん、確認お願いします」
レミは書いた書類をユリアスに提出した。本来なら隊長へ直接持っていく書類だが、新人なので教育係のチェックを受けている。
ユリアスはそれを受け取って一通り目を通した。
「……思ってたんだけど、なんでお前、たまに名前書き間違ってんだ?」
ユリアスは氏名の欄をトントンと指で叩いた。一部が黒く塗りつぶされている。レミは視線を外して頭をかいた。
「その、あたしの本当の名前、レミスオーネって言うんです」
小声でレミが答えた。ユリアスは目を丸くする。
「長いんで、基本的に全部レミで通してるんですけど、たまに字の練習をしてた時の癖でそう書いちゃって」
レミの答えを聞いたユリアスは「なるほどな」と頷く。それから書類を彼女に返した。
「書き直し。自分の名前を間違う奴なんて、そういないぞ」
「はぁい」
レミはしょぼくれた返事をして書類を受け取る。
そんな指導を受けながら、事務仕事も地道に覚えていった。
剣術の面でもユリアスの指導は的確だった。基礎はコルダスの指導で出来ていたが、実戦となると少し話が変わってくる。その差を着実に埋めていた。
二人が打ち合う時だけ、訓練場の空気が張り詰める。他の先輩たちは固唾を飲んで見守った。木剣が交わるたびに激しい音が鳴る。木が軋んでしまうような斬撃が繰り広げられた。
カンッとレミの剣が弾かれて宙を舞う。二人の打ち合いの終わりは大抵がこれだった。
「だいぶ良くなったけど、もうちょいだな」
ユリアスが木剣でトントンと肩を叩く。余裕のある様子にレミは眉間にしわを寄せて唸る。経験の差は歴然で追いつくことなど容易ではない。
「さて、次は精霊魔法の使い方だぞ」
ジャスティンの眼鏡が怪しく光る。レミは小さく悲鳴を上げた。ジャスティンの指導はユリアスのそれより厳しい。闇の精霊クロウスと震えあがりながら、毎回指導を受けている。
『魔力なし』なのに魔法を使えるレミに最初は驚いていた隊の面々だったが、使えるならと魔法の訓練も始まったのだ。
魔法に関してはジャスティンだけが負担していた。それをレミも担えるとなれば使わない手はない。
闇の精霊魔法しか使えないが、物理攻撃担当が多いこの隊には貴重な魔法戦力だ。
魔法使いが増えるとなればジャスティンも気合が入る。彼の指導もあり、レミは魔法の腕も上がっていった。
今日の訓練が終わり、レミとクロウスはヘロヘロになりながら事務机に戻る。精霊だって疲れる。
机でへばっているレミを見て、ユリアスが声をかけた。
「飯、行けるか?」
「はーい……」
力なく答えつつ、レミは立ち上がった。身体は怠いが、お腹は空く。
ユリアスに連れられて、いつも行っている食事処に向かう。店に近づくと香ばしい匂いが漂ってきた。美味しそうな匂いが空腹感を刺激する。
店ではすでに他の先輩たちが食事を始めていた。二人に気付いて手を挙げる。そのテーブルの空いている席に腰を下ろした。
ガヤガヤと夕飯時の賑わいが店を包み込んでいる。
いつも頼んでいるものを注文し、届くのを待つ。
「そういや、お前。親は?」
ユリアスが料理を待つ間に話題を振った。レミが孤児院育ちであることは知っているはずだが、あえて話を振る。聞こえていた先輩たちは顔を青くする。センシティブな話題だ。
「お母さんは私を産んで間もなく亡くなったそうです。お父さんは、わかりません。お母さんは先生に何も言わなかったらしいんで」
レミに気負う様子はない。その問題は彼女の中では片付いたことなのだろう。
ユリアスは「そっか」と頷いて、食事をしている先輩たちを指した。
「けど、うちの隊には親父がたくさんいるから安心しろ」
ユリアスが笑う。しかし、他の先輩たちは目をむいた。
「ちょっと待て! 俺はまだ二十代だ!」
「俺も独身だぞ。まだ『お兄さん』だ」
聞き捨てならんと次々に反論が起こる。ユリアスはうるさそうに小指で片耳をふさいだ。
「いいか。ああやってムキになって言い返すってことは、多少なりとも自分がおっさんだと自覚しているからだ。覚えとけ」
「は、はぁ」
レミは生返事をして頷く。
その後も「誰がおっさんだ!」と反論は続いた。何も言わなかったのはコルダスくらいだ。彼は妻子もいるし、レミのことはもう一人の娘だと思っている。ただ、言いたいことは一つ。
「レミに変なことを教えるな」
呆れた声でコルダスの注意が入る。偏った変な知識が身についてはレミを育てた孤児院の先生に申し訳ない。ユリアスは気のない返事をしただけだった。
そんなことがありつつ、季節は巡る。
事件が起こったのは、レミが入隊して一年が経とうとした時だった。
お読みいただきありがとうございます!
レミはコルダス隊長がスカウトする形で騎士団に入りました。
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