第3話 断れないお願い
無遠慮に嫌そうな顔をしたレミとクリスだったが、有無を言わさず連れていかれた。団長の隙をついて逃げ出すことなどできない。
団長の先導で城の中を歩く。広々とした廊下に靴音が反響した。白を基調とした造りは窓から差し込む明かりでさらに明るく感じる。
慣れない場所にレミは居心地悪そうな顔をする。
クリスもチラチラと自分の服装を見た。白いブラウスに濃い茶色のスカート姿だが、歩きやすさを優先した簡素な格好である。失礼はないかと心配になってしまう。
そうして通されたのは、皇帝への謁見の間だった。見上げるほど大きな扉の左右に衛兵が立っている。ダグラスの姿を見ると、黙って扉を開けた。
赤い絨毯が敷かれた先を見ると、数段上がった場所に玉座がある。その両脇を家臣たちが固めていた。
ダグラスは入口の所でディランたちに道を譲り、進むよう促した。レミたちは入り口付近で待とうとしたが、ついていくようダグラスに言われる。
釈然としない表情でレミとクリスはついていく。彼女たちは完全な部外者である。
玉座に座った皇帝は彼らの様子を見つめていた。若くして皇帝の地位に就いた現皇帝ハワードは金髪金目の整った顔立ちをしている。赤を基調とした服を着ており、堂々と玉座に腰掛けている。
前皇帝は病気で急死したため、父を手にかけたのではなどという謂れのない噂が流れていた。
短い階段の少し手前でディランは止まり、片膝をついた。アリックたちも同じようにする。仕方なしにレミとクリスも膝をついた。
「皇帝陛下、ご尊顔を拝謁賜り、感謝致します」
緊張気味の声でディランが言った。皇帝ハワードは頷いて口を開いた。
「イルマーダ国王からの書状は確かに受け取った。会合に出向くのは、こちらとしても構わない。最近の異常気象と魔物の狂暴化には我が国でも問題となっているからな」
「ありがとうございます」
皇帝の明るい声色にディランは落ち着いて答えた。と、ここで皇帝ハワードが露骨なため息をついた。
何か気を害しただろうかとディランは不安げに顔を上げる。皇帝ハワードはひじ掛けに頬杖をついていた。
「固い挨拶はこれくらいにしようぜ」
砕けた口調で皇帝ハワードが言った。ディラン達の後ろからダグラスが「陛下」と苦言を呈す。皇帝ハワードは空いている手をひらひらと振った。
「いいだろ。このほうが腹を割って話しやすい。そちらさんにも緊張させっぱなしじゃ申し訳ないしな」
ディランの緊張を皇帝はお見通しだったようだ。立ち上がるよう促されたディラン達はそれに従う。
「異常気象は、具体的にイルマーダでは何が起こっている?」
ハワードは世間話でもするように尋ねた。大事なことだが、緊張感がない。
ディランはそんな彼の対応に戸惑いつつも答えた。
「夏の異常な高温がここ数年続いており、作物に影響が出ています。雨が降ると土砂崩れが起きて物流にも影響が出る事態になっています。そちらは違いますか?」
「こちらも似たようなものだ。イルマーダ国王の提案通り、争っている場合ではなさそうだな」
ディランが聞き返すと、ハワードは頷いた。同じようなことが、互いの国で起こっているようだ。
「しかし陛下! イルマーダと和平の締結など、信用できませぬぞ!」
壮年の貴族らしき男が声を張った。不満がある者は同調するように頷いている。
「それに関してはさっきも言っただろう。争って国が滅んだら俺やお前の首では償えない、と」
ジロッとハワードは声を張った男を睨みつける。若くても皇帝としての威厳を彼は持っていた。貴族の男は口ごもる。
ハワードはディランに向き直った。表情は明るいものに変わっていた。
「こちらも準備があるのでな。二、三日ほど時間をくれ。そしたら一緒に開催地のリーブラへ行こう」
ディラン達はあまりにも軽く進む謁見に戸惑い気味だ。緊張していた分、それは大きなものだった。
ハワードの視線がその後ろに向く。
「で、そちらのお嬢さん方にはぜひ警護をお願いしたい」
クリスは驚いて目を見開き、レミは露骨に面倒くさそうな顔になった。レミの表情を見てハワードは小さく笑い、控えていたジャスティンを指さした。
「と、この眼鏡が言っている」
「ちょっと陛下。こちらに投げないでください」
慌ててジャスティンが声を上げる。光を失ったレミの黒い視線が彼に向けられた。それを見たジャスティンは苦い顔をする。
「あー、もう。はっきり言おう。こっちも災害対応で人手不足なんだよ。お前、暇だろ?」
「私にその穴埋めが出来るとでも? ちゃんと出るんでしょうね」
文句を言いつつ、レミは右手の親指と人差し指で丸を作った。無料で引き受ける気はない。
「出ますよね? 陛下」
今度はジャスティンが会話のボールをハワードにパスする。
「もちろんだ」
ハワードはそのボールをきちんとキャッチした。レミはそれならばと了承する。クリスも断れるとは思っていないのか、引き受けることにした。
「ジャスティン。『魔力なし』に護衛など務まるのか?」
隊長らしき騎士が小馬鹿にした表情でレミを見下す。薄紫の短髪を綺麗になでつけ、身なりだけは小綺麗だ。
レミは黒い瞳をスッと細めてその騎士を見やる。彼女の記憶が正しければ、オルガという隊長だったはずだ。貴族の子息ばかりを集めた隊の頭でっかちな隊長である。
「彼女は剣を抜いた貴殿の隊の者を素手で投げ飛ばしているはずだが?」
「なっ!?」
サラッと聞き返すジャスティンにオルガは言葉が詰まる。暗にお前の隊より強いと言っているようなものだ。レミはそんなこともあったかと昔の記憶に思いを馳せた。
「ホントなの?」
こそっとクリスがレミに声をかける。レミはクリスの方に身体を傾けた。
「顔も名前も覚えてないけど、貴族だと威張り散らすド阿呆をぶん投げた記憶はある」
レミの声が聞こえたダリルとバーナードは小さく笑う。
ハワードも軽い笑い声を上げた。
「それは心強いな。問題ないだろう」
皇帝がそう言うので、オルガはそれ以上の追及が出来ない。忌々しげにジャスティンを睨んだ。
ジャスティンは視線を合わせようとしなかった。どう思われようと、レミがオルガの隊の者を投げ飛ばしたことは事実である。
その場はこれにて解散となった。
ディラン達は客室へと通され、レミとクリスにも部屋が与えられた。出立までの数日はここで過ごすことになりそうだ。
「広すぎて落ち着かない……」
レミはベッドに腰掛けながら呟いた。スプリングでベッドが弾む。
「ありがたいことじゃない。しっかり休ませてもらいましょ」
クリスは窓の外を眺めながら笑った。
眼下の町は様々な建物がひしめき合い、村では見たこともない人数が行き交っている。日が傾き始めた西の空からは強い光が降り注いでいた。
お読みいただきありがとうございました!
皇帝とジャスティンは比較的年が近いので、オフでは気軽に話しています。
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