第2話 なんでこうなった!
「なんでこうなった!」
レミが叫んだのは牢屋の中だった。彼女の声が長い廊下に反響する。
無事に帝都へ着いた彼らは城の衛兵に話をした途端、有無を言わさずここへ放り込まれた。クリスが止めなければレミは衛兵を殴り飛ばして本格的に牢へ投獄されていただろう。
理不尽な扱いに憤慨するレミをよそに、ディラン達は冷静だった。書状にはイルマーダ国王の印が捺されている。皇帝がそれを知らないわけがない。政府の高官も知っているはずだ。
今はただ待つのみと、静かにしている。
地下牢でなかったのは幸いか。じめじめとした不快感はない。分厚いレンガ造りの壁にそれぞれが背を預けて座っている。高い位置にある窓からは空しか見えない。だが、温かな日の光が差し込んでいる。
「くそっ! 中央の連中は相変わらず頭がお固いんだから」
レミは悪態をついて鉄格子に背を預けて座る。クリスは怒るレミを軽くなだめた。彼女はスカートが汚れないように膝の下に腕を回して体育座りをしている。
そこへコツコツと足音を立てながら近づく人物がいた。明るい茶髪に黒縁の眼鏡。纏っている白いローブには黄色の糸で模様が刺繍されている。眉間にしわが寄って厳しい表情だ。茶色の瞳がレミを映す。
「やっぱりお前か」
レミを見てがっくりと肩を落とした。呼ばれたレミは振り返り、目の前にいる男を見て数秒間固まる。誰かはっきりした途端、立ち上がった。
「え、ジャスティンさん?」
「ああ、久しぶりだな。気の強い『魔力なし』の女なんてお前しかいないと思ったよ」
ジャスティンは片手を挙げながら答えた。声に力がない。
「レミ、お知り合い?」
クリスがレミとジャスティンを交互に見やる。レミはあまり自分のことを話さない。お城に知り合いがいるとは思ってもいなかった。
「あたしが騎士団にいた時の先輩のジャスティンさん。クリスにも負けない優秀な魔法使いだよ」
レミが頷いてジャスティンを紹介する。ジャスティンは「優秀な魔法使い」と紹介されて悪い気はしないようだ。
「っていうか、あたしたちはイルマーダからの和平の使者を道案内した善良な市民ですよ。出してください」
レミはガンッと鉄格子を拳で叩いた。人助けをしたのに牢に入れられてはたまらない。
ジャスティンは落ち着けと言うように首を横に振った。
「今、持ってきた書状を確認中だ。もう少し待て。君たちにも申し訳ないが、もう少し待っていてほしい」
ジャスティンがディラン達に目を向ける。ディランは黙ったままゆっくりと頷いた。
「そもそも、お前がイルマーダ人と一緒にいるから疑われたんだろうが」
ジャスティンは鉄格子の隙間から手を入れて、ピンとレミの額を指で弾く。ペシッと痛そうな音が鳴る。レミは短い悲鳴を上げて叩かれた所を手で押さえた。
イルマーダは『魔力なし』への差別意識が高い。それなのにレミが一緒にいたことで怪しいと判断されてしまったのだ。
「理不尽な暴力……」
「迂闊なお前へのお仕置きだよ。自分が『魔力なし』ってことを忘れるな」
涙目になるレミにジャスティンは真面目な顔で言った。イルマーダ程ではないにしろ、ギルガント帝国でも『魔力なし』への差別はある。レミは唇を尖らせつつ頷いた。
「ところで、なんでお城勤めに? 出世したんですか?」
レミが不思議そうに尋ねた。彼女が騎士団にいた時は、ジャスティンはまだ辺境の部隊の一員だった。
ジャスティンは自慢げに胸を張る。
「今じゃ魔法使い中心の部隊を預かる隊長だ」
「すごいじゃないですか」
レミは素直に称賛する。たった三年でとんでもない出世だ。
「袖の下でも――」
「よーし、お前はずっと牢から出るな」
「冗談ですよ! もっと可愛い後輩との会話を楽しみ見ましょうよ」
余計な一言でジャスティンを怒らせたレミは慌てて弁解する。
「やはり、正規部隊のジャスティン隊長でしたか」
ディランが声をかけた。知っていたのか、とジャスティンは驚いた顔をする。レミも何で知っているのかと驚く。ディランとて伊達に公爵家の人間ではない。相手国の要人などは勉強している。
レミは驚いた顔のままジャスティンに向き直った。
「そんなに有名になってたんですか?」
「むしろ、なんでお前は知らないんだよ」
国内にいるレミがなぜ知らないのか。ジャスティンはやや不満そうだ。
「興味なくて全然情報も仕入れてないもので」
悪びれる風もなくレミは言う。実際、住んでいる村まであまり情報が届かない。気ままに過ごすレミにとっては無用なので気に留めていなかった。
そんなレミにジャスティンはため息をつく。
「まあ、元気そうな顔見れたからいいけどさ。とにかく、もうちょっと大人しく待ってろ」
ジャスティンは「大人しく」の部分を強調した。レミが本気で暴れたらこんな檻など簡単に壊せてしまうことを彼は知っている。レミはつまらなそうな顔をしたが、言われた通り大人しく頷く。
ジャスティンが去ると、レミは再び鉄格子に背を預けて座り込んだ。
「ディラン、ジャスティンさんってそんなに有名なの?」
レミがディランに尋ねた。彼が隊長であることを疑っているらしい顔だ。ディランは少し首を傾げて答える。
「有名と言うか、俺だって隣国の騎士団の要人は確認しているだけだ」
「要人、ねぇ」
レミは興味深そうにつぶやいた。三年前のジャスティンしか知らない彼女にとっては縁のない言葉だ。
「レミも騎士団にいたんスね。強いはずっス」
バーナードはどこか納得した様子で頷いた。帝都までの道中で何度か魔物に襲われたが、レミの活躍は目を見張るものがあった。
「あたしなんて大したことないよ」
レミの答えは素っ気ない。本当に自分の実力は大したことないと思っているようだ。自分より強い人を、彼女は知っている。右手が左手首で光る銀色のブレスレットに触れた。
「それでも助かったでヤンス」
ダリルは笑顔で言った。黙っていれば強面だが、それをわかっているからか彼はよく笑みを浮かべる。
レミにして見れば彼こそ優秀な盾役だ。背中に背負っていた大きな盾で魔物の攻撃を防ぎ、後ろへは通さない。それだけで安心して攻められた。
「剣は誰に習ったんだ?」
ディランが尋ねた。レミは一見するときちんとした型のある剣術に見えるが、我流とも取れる動きもする。レミは数秒間黙った後、口を開いた。
「騎士団にいた時の隊長だよ。孤児院によく来てくれてて、小さい時から仕込まれてた。騎士団に入ってからは、先輩たちに鍛えられただけだ」
レミの表情は動かなかった。感情は読み取れない。
あまり聞かれたくないような雰囲気を出す彼女に、ディランはそれ以上聞くことが出来なかった。帝都に来るまでの間である程度打ち解けたようで、打ち解けていない。
バーナードとダリルは思わず顔を見合わせる。アリックは眉間にしわを寄せただけだった。
クリスは心配そうにレミを見やる。初めて会った時のような感情を見せない表情に胸がざわつく。
そこへ再び足音が近づいてきた。ジャスティンとは違う足音だ。レミはそれに反応して鉄格子から離れる。
現れたのは騎士団の正装に身を包んだ長身の男だった。こげ茶色のあごひげに威厳が漂う。
「だ、ダグラス団長!?」
レミは思わず声を上げた。驚きのあまり少し声が裏返っている。団長と聞いて、その場にいた全員が慌てて居住まいを正す。
ダグラスは無言のまま、牢のカギを開けた。ガチャンと重い音が響く。扉を開けて、全員に出るよう促した。
「ディラン殿、ご無礼をお許しください」
ダグラスはそう言うと恭しく頭を下げた。ディランは首を横に振る。
「いえ、それよりも書状に目を通していただき感謝します」
「陛下がお待ちです。どうぞこちらへ」
ダグラスが先導して案内をする。と、数歩進んで後ろを振り返った。
「それと、君たちも一緒に来なさい」
そう言った彼の視線の先にはレミとクリスがいた。
もう帰る気満々だった彼女たちは、そろって嫌そうな顔をした。
お読みいただきありがとうございました!
ジャスティンはとっても優秀な魔法使いです。レミの良き理解者の一人でもあります。
ただ、眼鏡マニアで、使わないのに眼鏡をたくさん持っています。




