第1話 帝都へ
胸倉を掴み合っているレミと金髪の青年の間にクリスが割って入る。
「ちょっとレミ! やめなさい!」
「アリックもやめろ。仮にも命の恩人だぞ」
深紅の髪を携えた青年もアリックと呼んだ金髪の彼を止める。胸倉を掴み合っていた二人は渋々といった様子で互いに手を放す。レミは右手に握っていた剣を鞘に納めた。
「俺はディランだ。助けてくれてありがとう。道に迷っていたんだ」
深紅の髪の青年ディランが四人組のリーダーらしく、代表して自分たちの現状を説明した。
レミは訝しげに彼らを見やる。イルマーダ人の男が四人も、いったい何の用だ。
「ひとまず、うちの村へいらしてください。休める場所はあります」
クリスが村へ行くよう促した。魔物が出る森の中では話し込んでいられない。
しかし、ケガ人がいるようだ。体格の良い深緑の髪の青年が木を背にして座り込んでいる。その左太もも辺りから血が流れていた。それを見たクリスがレミを振り返る。
「えー……」
クリスの視線の意味を理解したレミが嫌そうな声を上げる。すると、レミの右耳にある赤いマグネットピアスが輝いた。
ポンと音を立てて現れたのはガラスのような蝶の翅を持った小さな女の子だった。レミと暮らすもう一人の精霊。光の精霊のシャルティスだ。
シャルティスはペシペシとレミの頭を叩く。
「わかったわかった」
面倒くさそうにレミが木の根元に座り込む青年に近づいた。アリックが止めようとするが、レミは手で追い払う仕草をする。
「ちょっと見せてみな」
レミはそう言って青年の隣にしゃがみ込み、傷口に手をかざした。淡い黄色の光が青年の足を包み込む。数秒後、太ももの傷は完全に塞がっていた。
「い、痛くないでヤンス」
青年は足を動かしながら驚いた。傷も痛みも消えている。それ以上に、彼らが驚いたことがある。
「なんで、『魔力なし』が魔法を使えるんだよ……?」
アリックが呆然として呟いた。彼らにとって魔力なしは魔法が使えないはずであった。目の前の光景がそれを否定する。
その反応を予想していたのか、レミは面倒くさそうに頭をかく。
「『魔力なし』が魔法を使えないなんて今どき古いんだよ」
詳しいことは答える気がないと言いたげにレミは吐き捨てた。
「魔物が血の匂いに寄って来るといけないから、村に急ぎましょう」
クリスは一同を促した。この辺りに長居は良くないことを彼女は知っている。
ケガ人がいなくなったことで彼らの足取りは軽かった。クリスとレミの先導で村へと向かう。
「こ、こんな近くに村があったんスか」
村を見た藍色の髪の青年が落胆の声と共に肩を落とした。小柄な体で背負うリュックが大きく見える。ディランの迷っていたという証言は嘘ではないらしい。
クリスは苦笑いを浮かべて自宅へ案内する。
「私の家にどうぞ。あまりおもてなしはできませんが」
「じゃ、私は戻るから」
と、言ってその場を離脱しようとするレミの後ろ襟をクリスはがっちり掴む。彼女の手が逃がさないと語っていた。引きずられるようにレミもクリスの家へと連れていかれる。
クリスの家では村長である彼女の祖父が出迎えてくれた。
ディラン達はクリスが出してきた椅子に腰掛ける。ようやく椅子に座れたことにホッとしているようだ。レミは座る気がないのか、壁に背を預けて立っている。
人数分のお茶を出し、クリスはディラン達に尋ねた。
「それで、皆さんの目的はなんですか? レミの推察通りなら、ただの旅行者でも商人でもないですよね」
レミは彼らを軍人と言い切った。クリスはあえてその表現は使わない。嘘をつこうものなら見抜かれそうな赤い瞳が彼らを映す。幼い顔つきのクリスだが、今は相応の目つきになっていた。
ディラン達は顔を見合わせる。切り出したのはディランだった。
「……俺はイルマーダ王国のブラーガ公爵家の長男、ディランだ。この度は国王である伯父上の使いでギルガント帝国へ来た」
ディランが目的を言うと、アリックは一瞬、焦った表情を見せた。クリスとレミは少し驚いた顔になるが、口を挟むことはしない。
「今、世界中で異常気象や魔物の狂暴化が発生している。国同士が争っている場合じゃない。ことに対応するため、和平の書状を持ってきた」
ディランはそう言って胸に手を当てた。そこにイルマーダ国王からの書状があるのだろう。
「その和平の使者御一行様が道に迷って魔物に襲われるとは、お粗末だね」
レミが鼻で笑う。アリックがギロッと彼女を睨んだ。睨まれてもレミはどこ吹く風と澄ましている。
「それは言い返しようもないな。情けないが、こちらの地理が全くないんだ」
ディランは不快を表すことなく続けた。
長いこと正式な国交のない両国に相手側の詳しい地図を持っているわけがない。国境付近までは良かったが、そこから先で迷ってしまったとのことだ。
「ここで会ったのも何か縁だ。帝都まで案内してくれないか?」
ディランの申し出にクリスは目を丸くした。まさか公爵家の令息がそんなことを言ってくるとは思ってもいなかった。何を言い出すんだとアリックは息を飲む。
「ディラン様!」
「でも、道がわからないのは本当っスよ」
藍色の髪の青年バーナードがアリックを止めるように言った。隣に座る体格の良い青年ダリルも頷いている。遭難が余程堪えたと見える。アリックもグッと押し黙った。
「俺たちの役目はこの書状を皇帝へ間違いなく届けることだ」
ディランの声に固い決意がにじむ。今度はアリックの反論はない。
「あたしは行かないよ」
レミの言葉が彼らを突き放した。自分を嫌がるイルマーダ人についていく理由はない。アリックもフンと鼻を鳴らす。
「誰がお前などに――」
「レミ、案内してあげなさい」
アリックの言葉を遮り、重い口調で言ったのは村長だった。レミは驚いて村長を見る。
「適任なのはレミとクリスくらいしかいない。これは国の一大事だ」
「おじいちゃん……」
クリスも祖父を見やる。村長は大丈夫だと言うように頷いた。
「村のことなら皆で何とかする。心配するな」
村長はにっこりと微笑んだ。それから難しい顔になった。
「最近の洪水の多さや異常な暑さ、魔物の活発化は近隣の村の間でも問題になっている。こんな時に戦争でもされたら、こんな小さな村はひとたまりもない」
村長の言葉は切実だった。レミは顔をしかめる。村長の言い分はもっともな話だ。
「二人とも、この通りだ。頼む」
ディランが頭を下げた。つられてバーナードとダリルも頭を下げる。アリックは最後に不服そうな顔をしながらも同じようにした。
ここまでされては断りづらい。クリスとレミは顔を見合わせた。
「私はいいわよ」
クリスはそう答えた。視線でレミに返答を促す。レミはあからさまなため息をついた。
「国がどうなろうと知ったこっちゃないけど、村に影響が出る可能性があるなら仕方ない。引き受けるよ」
二人の了承を得たディランは顔を上げて笑顔を見せた。帝都まで確実に行けると安心したようだ。バーナードも陰でホッとしている。
クリスがポンと手を叩いた。
「それじゃ、今日は宿屋でゆっくり休んでちょうだい。レミ、案内よろしくね」
「はいはい」
クリスはいつもの口調に戻り、レミは気のない返事をする。レミにとっては世話になっている宿屋に帰るだけだ。
「私も同じ宿屋に泊まってるけど、文句は言わないでよ。特に金髪のお兄さん」
レミは何度も突っかかってくるアリックに言った。どうやら彼は『魔力なし』への差別意識が根強いらしい。イルマーダ人にとっては当たり前の反応である。気にするそぶりを見せないディランやバーナードたちが珍しいのだ。
アリックはムッとするが言い返すことはしない。
そうして彼らは翌日の午前中に村を出立することになった。
お読みいただきありがとうございます!
レミの冒険を応援してくださる方はブックマーク、★での評価、感想、リアクション等よろしくお願いします。頂けると励みになります!




