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プロローグ


「『魔力なし』風情が調子に乗るなよ!」

「やんのか? 喧嘩なら買うぞコラ」


 金髪の男と黒髪の女がお互いの胸倉を掴み合った。



 事の起こりは、数分前にさかのぼる。


 レミは宿屋の裏で薪割りをしていた。細い丸太に食い込ませた斧を軽く持ち上げ、その重さに任せて落とす。


 カランと二つに分かれた薪を大きな黒い餅ようなの生き物が拾い上げる。レミと暮らす闇の精霊クロウスだ。手のような触手で薪を拾い、みょんと伸びあがって重ねる。もにもに動くクロウスには村の人たちももう慣れた。


 レミが騎士団を辞めてから三年。この村に来てから二年半になる。世話になっている宿屋の雑用を手伝ったり、魔物を討伐したりして生活している。

 この村は国境付近にあり、魔物も頻繁に出る。辺境の村まで騎士団の目は届かない。騎士団上がりのレミの戦力は重宝されていた。


 今日もその戦力が当てにされるようだ。


 子供たちが全速力でレミの元へ走ってくる。足音に気付いたレミは斧を持ち上げようとしていた手を止めた。


「レミ姉ちゃん! 森で誰かが襲われてる!」


 レミが尋ねるより早く、茶髪の少年が叫んだ。


 魔物が出た、ではなく誰かが襲われている、とは穏やかではない。他の子供たちも早く早くと急かす。

 レミは斧を置き、着ていた水色のポロシャツの袖で汗を拭う。それから近くに立てかけて置いた愛刀を手に取った。


「行くよ、クロウス」


 クロウスはレミの声に応え、ぴょんと彼女の背に乗った。同時にスーッと彼女の身体へ溶けていく。

 レミは子供たちに町から出ないように言いつけて走り出す。


「私も行くわ」


 そう言ってレミに並走したのは、こげ茶色の髪を高い位置で結んだ女性クリスだった。クリスは村長の孫で優秀な魔法使いだ。魔物が出たらこの二人が活躍する。


 二人は子供たちに言われた方向へ走った。脚に当たる長い草が鬱陶しい。音を頼りに襲われている人を探す。獰猛な唸り声が木々の間から聞こえてきた。

 灰色の毛並みを持つ狼。アッシュウルフだ。


 レミは剣を抜き、何かを狙っていたアッシュウルフの首に突き立てた。アッシュウルフは息が詰まる。レミは剣を強く握って振り抜く。アッシュウルフの首が半分裂けた。血がボタッと落ちる。


 続いて、奥にいるアッシュウルフに狙いを定めた。剣を振り上げ、勢いよく振り下ろした。黒い刃が飛び、木の枝葉を切り落としながらアッシュウルフの身体を両断する。クロウスの力による闇の刃だ。


 クリスは魔法で出した本をパラパラめくり、あるページで手を止めた。書かれた文字が光る。


「ウィンドアロー!」


 クリスの声と共に風の矢が取り囲んでいた五匹のアッシュウルフに突き刺さる。その狙いは正確だ。急所を寸分の狂いもなく貫く。

 あっという間にアッシュウルフは倒れてしまった。アッシュウルフたちの身体は光の塵となって消えていく。


「ちょっと、あたしまだ二体しか倒してないんだけど?」

「今回はスピード優先でしょう」


 不満そうなレミをクリスは咎める。今回は人命がかかっていたのだ。手早く魔物を倒す必要がある。

 二人はようやく襲われていたのであろう人たちに目を向けることが出来た。


 男性四人組。少なくとも遊びに来たわけではなさそうだ。薄汚れたマントを着ているところを見ると旅をしてきたらしい。


 そのうちの一人が、レミの姿を見て声を上げた。


「お前、『魔力なし』か!?」


 嫌悪を露わとしたその声にレミの顔が歪む。他の男性たちもざわめいた。


 魔力を持たない『魔力なし』は一目でわかる。黒髪黒瞳こくはつこくとう。それが魔力なしである証だった。


 助けてもらったのに、あからさまに男性たちの態度が悪い。その様子を見ていたレミの中に確信が芽生えた。


「あんたら、イルマーダ人だね?」


 レミの言葉に彼らの肩がピクリと動く。


 イルマーダ王国。レミたちがいるギルガント帝国と大陸を二つに分かつ国だ。

 今は停戦状態にあるが、時折小競り合いが起きることもある。民間人の往来は制限されておらず、民間レベルでは交流があった。

 ただ、この辺りにイルマーダ人が来るのは非常に珍しい。


 そんな彼らが『魔力なし』であるレミを毛嫌いする理由。それはイルマーダ王国が魔法の発達が著しい国だからだ。魔法を使えない『魔力なし』は役立たず、そして、不吉の象徴と蔑まれている。


「この辺の人間は『魔力なし』を見ても『魔法使えないんだ、大変だね』くらいで済むんだよ。そこまで毛嫌いするのはイルマーダ人くらいしかいない。しかもあんたら民間人じゃないだろ。軍人さんがこんなところに来ていいのかな?」


 挑戦的にレミが笑う。彼らの汚れたマントの下はイルマーダ王国が愛用する青い色が見えていた。挑発するような言い方をクリスが諌めようとするが、その前に金髪の青年がレミに掴みかかった。襟を掴んでレミに凄む。


「『魔力なし』風情が調子に乗るなよ!」

「やんのか? 喧嘩なら買うぞコラ」


 レミも負けじと襟を掴み返す。その左腕には銀色のブレスレットが煌めいていた。


お読みいただきありがとうございます!

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