第35話 欲しい物は
「重い!」
紙の束を抱えたレミが不満を爆発させた。一枚は軽いが、束になると凶器になりかねない重さになる。
それを皇帝の執務室の机にドスンと置いて、ようやく腕が解放された。両腕が羽のように軽い。
「おいおい、これを読めってのか?」
皇帝ハワードは肩を落としながら、二十センチ近くあるだろう紙の束を見つめた。他の仕事もあるのに、こんな大物まで目を通すのは骨が折れる。
「端折ってでいいから口頭で説明してくれ」
同席していたジャスティンが説明を求めた。
レミとクリスはディランが報告したことを真似して伝えた。
異常気象と魔物の狂暴化の原因は魔粒子の流れの滞りであること。
その流れを司る存在がいること。
魔粒子は精霊界と行き来して循環していること。
『魔力なし』とは、人間と精霊の親を持つ者のことであること。
ハワードとジャスティンは興味深そうにそれを聞いていた。
「いや、ご苦労だった。大層な旅になってしまったようだな」
ハワードは彼女たちの働きを労った。
「魔粒子の流れは戻りつつあるが、数年かかる、か」
「それは仕方ないだろう。すぐさま元通りになる現象などそうあるまい」
難しい顔をして唸るジャスティンに、ハワードが首を横に振る。
「あと、あたしにオルガから刺客が仕向けられましたけど、処分しておきました」
さらっとレミが報告する。その報告にジャスティンが目を見開く。
「大丈夫です。証拠は残してません」
「いや、証拠は掴んでおけ」
ビッと親指を立てるレミに、ジャスティンがツッコミを入れる。レミは面倒くさそうな顔になった。
「だって、あんな小物を退治したところで何もならんでしょう」
オルガはイルマーダ王国のブラックベル伯爵とは比べ物にならない小物だ。放っておいてもある意味、害はない。
「あ、サングラスありがとうございました」
レミは思い出したように胸ポケットに入れておいたサングラスを差し出す。
ジャスティンはため息をつきつつ、それを受け取った。スッと魔法で収納する。
「お前がいいいなら、いいんだけどさ」
ふと、ジャスティンはレミの左手のブレスレットがないことに気付いた。
「ブレスレットはどうした?」
レミは左手に目を落とす。いつもあった輝きは、もうそこにない。
「……"狭間"で落としちゃって。でも、もう大丈夫です」
レミのスッキリしたような表情を見て、ジャスティンは小さく微笑んだ。見送る前よりも、彼女の表情が柔らかく感じる。
「そうか」
ジャスティンは穏やかな声でそう答えた。
すると、ハワードが膝を打った。
「さて、しっかりと仕事をしてもらったからな。報酬は何がいい?」
にやっと笑って二人に尋ねた。
レミとクリスは顔を見合わせる。もう答えは決めていた。
「ぜひ、井戸水の自動汲み上げ機を一つください!」
クリスの声は切実だった。彼女の答えに、ハワードはキョトンとする。
お金や、もっと高価なものを要求されると思っていたようだ。
彼女たちからすれば、それも十分高価なものだ。
「そんなものでいいのか?」
思わずハワードは聞き返す。もっと高い物を言ってもいいんだぞ、という響きはあったが、彼女たちの答えは変わらない。
何故なら、村に必要だからだ。
「陛下、田舎暮らしは大変なんです」
「田舎暮らしを舐めちゃいけません」
ハワードに過疎地在住の二人から圧がかかる。一瞬、たじろいだハワードだったが、愉快そうな笑い声を上げた。
ジャスティンも露骨には笑わないが、口元が歪んでいる。
「そうか、心得た。最新のものを用意させよう」
皇帝から言質を取った二人は両手でハイタッチする。これで水汲みも楽になるはずだ。
喜ぶ二人を見ながら、ハワードはため息とつく。
「やれやれ、欲のない娘たちだ」
「だから二人に行かせたんでしょう?」
利権のしがらみがない彼女たちに行かせたのは、他でもないハワードだ。国政にかかわる利権もしがらみも彼女たちには関係ない。
彼女たちは最後まで、国のためではなく、村のために行動した。ただ、それだけだ。
「これ以上の無茶振りは聞きませんからね」
ちょっとムッとした顔でレミが言った。歯に衣着せぬ口ぶりにハワードは小さく笑う。
「わかっているさ。庶民を当てにし過ぎると、騎士団がうるさいからな。騎士団に戻らないか?」
「丁重にお断りさせていただきます」
レミが直角にお辞儀をして断る。それを見て、ハワードは再び笑うのだった。
お読みいただきありがとうございます。
田舎は文明の利器が届きにくいのですよ。チェーン店然り……。




