第33話 帰還
アルヴェントの調査は二日間続いた。人間の言葉を話せる精霊をはじめ、ソールにまで質問は及んだ。
ソールが人間界への扉を開き、南の神殿跡に帰ることが出来たのは三日目であった。
「今度はちゃんと帰れた……」
レミは見覚えのある景色にホッとする。また一人だけ"狭間"に行ってしまったらどうしようかと不安があった。
手を繋いでいたクリスも安堵の息をつく。
神殿の祭壇跡にはルーナが待っていた。頭を持ち上げ、レミたちに目を向ける。
《無事に帰ったか》
ルーナの声にも安堵の色があった。
《黒の子よ、ありがとう。ソールが無事に精霊界に出られたことで、魔粒子が流れ始めた。あと数年もすれば、元通りの流れになるだろう》
ルーナはゆっくりと頷く。金色の鱗に陽光が反射した。
その言葉にアルヴェントが考え込む。
「数年か。まあ、それくらいかけて変化していったんだから、急に戻ることはないだろうね」
「そこは長い目で見るしかない、か」
ディランは息をつきながらつぶやいた。まだしばらくは、農作物の不作や天災に気を付けねばなるまい。
「あ! 幌馬車がある」
レミが神殿跡の入り口に置かれている馬車を見つけて声を上げた。馬も元気そうだ。
ルーナは優しく微笑む。
《必要だと思って持ってきておいた。どこかへ移動するなら送っていくぞ?》
ルーナ便、再び。
太い縄のようになった蔓を持ち、ルーナは空へ舞い上がる。幌馬車が地面を離れた。
向かった先はイルマーダ国王の王都。ブラーガ公爵邸である。
広い庭に、蔓に巻かれた幌馬車が舞い降りる。使用人たちは大騒ぎである。
ディランが慌てて馬車を降りて、使用人たちを落ち着かせた。彼の姿を見て、使用人たちはホッと息をつく。
《では、私は失礼する。達者でな》
ルーナはそれだけ言うと、あっという間に王都を離れていった。
「ディラン!」
屋敷から駆け出してきたのはブラーガ公爵夫人だった。息子の元へ駆け寄り、抱きしめる。
「は、母上!」
ディランは慌てて声を上げて母を引きはがした。安心からか、夫人の目元には涙が浮かぶ。
「ごめんなさいね。心配で心配で……」
「大丈夫です。この通り、俺も皆も無事です」
ブラーガ公爵夫人はアルヴェントやレミたちの姿を見て頷く。
「皆さん、無事でよかったわ」
涙を浮かべながらも、夫人は笑顔で出迎えた。それから屋敷の中へ入るよう促す。
「僕は報告書をまとめたいので、研究所に戻ります」
アルヴェントだけは意気揚々と研究所へ向かった。精霊界で見聞きしたことはしっかり頭に入っているようだ。
リビングへ通されたディランとレミ、クリスはお茶を淹れてもらって一休みする。
温かい紅茶が身体をほっこりさせてくれる。レミだけは何も入れられないな、と匂いをしっかり確認してから口に運んだ。
クリスがふぅと息をつく。
「温かい飲み物はホッとするわ」
「そうだな。精霊界のハーブティも良かったが、飲み慣れたものが一番だ」
ディランも紅茶の温かさが身体に沁みる。
「国王陛下への報告は明日にするの?」
レミが紅茶の水面に息を吹きかけた。
「早くて明日、だな。さすがに今日の今日では面会できないだろう」
「王様も忙しいだろうからねえ」
ディランの答えを予想していたように、レミは首を縦に振った。それからズッと紅茶をすする。
しばらくして、ブラーガ公爵を連れて夫人が戻って来た。
「ディラン! 無事に帰ったか」
ブラーガ公爵も息子の顔を見て安堵する。ディランは紅茶をソーサーに置いて、父に笑顔を向ける。
「ただいま戻りました。伯父上に報告したいので、明日、登城してもよろしいでしょうか?」
「私のほうから取り次いでおこう。皆、今日はゆっくり休みなさい」
ブラーガ公爵はディランを見た後に、レミとクリスにも目を向けた。二人はペコリと会釈をする。ブラーガ公爵は眉を寄せた。
「すまんな、ゆっくり話ができなくて」
「いえ、父上はお忙しい身なのですからお気になさらず。詳しいことは明日、伯父上に報告する時に」
ディランは父の忙しさを知っていた。王弟であるがゆえに、様々な国政に携わっている。忙しい中、顔を出してくれただけでも嬉しかった。
ブラーガ公爵は頷いて踵を返した。その足音が遠ざかっていく。
「部屋を用意させたから、ゆっくりお休みになってね」
公爵夫人はレミとクリスに笑みを見せた。二人は公爵夫人にもペコリと会釈をする。夫人はそのまま別室へと向かった。
それを見送ったレミは深く息をつく。色々と聞かれなくて良かった。
「あんなに心配している奥様の前で、ディランが殺されそうになったなんて言えないわ」
「確かに」
レミの言葉にクリスが同意する。そんなことを聞いたら、公爵人が倒れてしまうかもしれない。
「そう言えばそんなことも」
遠い昔のことのようにディランが呟く。
レミとクリスは呆れた顔になった。自身が狙われたという自覚がまるでない。
「あのねえ、もうちょっとこう……まあいいや。そこがディランの良いところだ」
レミの声には諦めにも似た響きがあった。クリスも困った顔をして肩を落とす。
「謁見の間に犯人がいたら、締め上げてやるだけさ」
ニヤリと笑うレミの顔は、誰が悪者なのかわからなくさせるものだった。
お読みいただきありがとうございます。
ジオーラ子爵の手駒さんはルーナ便により出番がなくなりました。




