第32話 もう、大丈夫
レミは豪快に父親である風の精霊を地面に叩きつけた。
受け身を取る間もなく、風の精霊は頭から地面に叩きつけられる。凄まじい音に周囲の精霊たちは震えあがった。
レミはパッと手を放し、全身のバネを使って起き上がる。倒れる父に向ける目は冷たい。
「これでチャラにしてやる」
恨みとも、嫌悪とも違う眼差しが風の精霊に突き刺さる。
「レミ、いくら何でもやりすぎじゃ……」
ディランが進言すると、レミは視線の鋭さをそのままに彼を振り向く。ビクッと彼の肩が跳ね上がった。
「私のことはいい。でも、お母さんを一人にしたことは許さない」
レミの目に迷いはなかった。
ディランは彼女が父親に会ったらぶん投げると言っていたことを思い出した。
「このくらいのことは、覚悟していたよ……」
父は力なくつぶやいた。大の字に寝そべって天を仰ぐ。
頭部が少しだけ地面にめり込んでいることは、ディランもクリスも見ないことにした。
レミはフンと鼻を鳴らしてそっぽ向く。視線の先で、精霊たちが慌てて木の陰に姿を隠した。
「ねえ、やることやったし、帰ろうよ」
レミのボヤキにアルヴェントが素早く反応した。
「帰る!? この状況で!? まだ何も調べてないんだよ!?」
アルヴェントは信じられないと言いたげな顔だ。
これは簡単に帰れそうにない。
レミだけでなく、クリスもディランもそう思った。
アルヴェントは風の精霊に詰め寄る。
「精霊は人間界にもいますが、自分の意思で人間界へ行くことができるんですか?」
「あ、ああ。一定の力を持つ精霊は『精霊の通り道』という道を作って人間界と行き来できる」
「人間界にいる理由はあるんですか?」
「各々で違うが、居心地がいいと感じた者は人間界に居つくな」
あれやこれやと質問を投げかけるアルヴェントに、風の精霊は何とか答える。
それを見守っていたレミの元に、シャルティスとクロウスが飛んできた。
シャルティスはレミの首をガシッと掴み、クロウスはぴょいと腕の中に飛び込む。
「心配かけたね、二人とも」
レミが優しく二人を撫でる。
シャルティスはピアスに、クロウスはレミの中にスッと消えた。
「二人とも、すごく心配していたわ」
「こっちだって、独りで心細かったよ」
クリスの言葉に、レミは肩をすくめる。"狭間"に辿り着いた時、シャルティスとクロウスの存在を感じられず、心細かった。
「しかし、長くなりそうだな」
ディランがアルヴェントの様子を見ながらつぶやいた。レミとクリスもそちらに目を向ける。
アルヴェントの好奇心は留まることを知らない。今まで解明されていなかった謎の答えが目の前にある。そんな好機を逃すわけがない。
レミは呆れたため息をついて肩を落とす。
「この際だから徹底的に……したら、何か月になるだろ」
「少なくても一か月じゃ終わらない、かな」
ディランは苦笑いを浮かべた。クリスもため息をつく。
アルヴェントが調査に参加したのはある意味正解で、ある意味不正解だった。
待ちぼうけをしている彼らを見ていた植物の精霊が、ちょいちょいとレミの手をつついた。花びらの中に温和な顔がのぞいている。緑色の手足は葉っぱのようだ。
気付いたレミが振り返ると、蔓で出来た椅子が三脚、並べられていた。
「ありがとう」
レミがお礼を言うと、植物の精霊はニッコリと微笑んだ。それからクリスとディランを振り向く。
「座っていいって」
レミに促され、蔓の椅子に腰掛ける。しっかりとした造りで、体重を預けても歪む気配はない。むしろ、良い座り心地だ。
「そう言えば、レミ。ブレスレットはどうしたんだ?」
ディランが少し心配そうに尋ねた。レミはブレスレットがなくなった左手に目を落とす。腕が少しだけ、軽くなった気がする。
「ソールが巻き起こした魔粒子の風で外れちゃったんだ」
「けど、大事なものだったんだろう? いいのか?」
気軽に探しに行ける場所ではないことはわかっている。それでもディランは聞かずにいられなかった。
レミは黙って左手を見つめる。
――もう、大丈夫だな。
空耳かもしれない言葉が、レミの胸に響く。
「いいんだ。もう、大丈夫だから」
どこか晴れやかな声で、レミは穏やかに微笑んだ。
ディランは初めて見るその表情に、少しだけ目を見開いた。それから小さな笑顔を浮かべる。
「そうか」
レミが納得しているならそれでいい、とディランは思った。
お読みいただきありがとうございます。
アルヴェントが帰りたがりません。




