第31話 吹き抜ける風
色を失いかけている精霊界。そんな中で、騒ぐ三人の人間は目立つ。
精霊たちが遠巻きに彼らを見ていた。人間の姿だけでなく、鹿や兎、クロウスのような形が変形する者と様々だ。
だが、彼らはそれに気づく余裕がない。
クリスが頬に手を当ててオロオロする。
「ど、どうしよう!? 私が安易に手を繋げば大丈夫とか言っちゃったから……」
「いや、それは予測しようがないよ。とにかく、ここから"狭間"への入り口みたいなのを見つけないと」
アルヴェントも魔力の痕跡やそれらしきものはないか、周囲を見回す。
ディランはレミと手を繋いでいた自分の手を見つめた。通り抜けた瞬間、手の感触が消えた。一瞬にも満たない時間だったかもしれない。ディランは歯を食いしばり、掌を握りしめた。
「ここから"狭間"に行くことはできない」
「ああ、もう! なんで一方通行なんだよ!」と、頭をかくアルヴェント。
「せめて出口とか!」と、シャルティスと探すクリス。
「落ち着こう、焦ると良くないことばかり考えてしまう」と、二人を落ち着かせるディラン。
ふと、第三者の声が聞こえたことに三人は気付いた。声がした方を振り向く。
そこには、淡い緑色の髪の男性が立っていた。深緑のポンチョが色褪せた景色に浮かび上がる。
耳が人間よりも尖っていた。背丈はアルヴェントよりも少し低いくらいだろうか。
「あなたは……?」
ディランがつぶやくように尋ねた。男性の目元が、レミのそれと重なる。
「私は風の精霊だ」
「あの、"狭間"に行ったら出られないんですか?」
クリスは藁にも縋る思いで風の精霊と名乗った男性に詰め寄る。その勢いに押され、風の精霊は数歩下がった。落ち着いて、と両手で彼女をなだめる。
「理論上、出ることは可能のはずだ。ただ、出てきた者はいない」
クリスの顔が悔しさにゆがむ。何もできないことがこんなにも歯がゆいことだったのか。
その時、背後から巨大な光の柱が立ち昇った。
クリスが振り向くと、強い風が全身を襲う。銀色の柱は天を突きさすように真っ直ぐ伸びていた。
「わぁぁ!」
小さな悲鳴がクリスの耳に届いた。それはどんどん近づいてくる。
「あああっ!」
風に巻かれてぐるぐる回りながら何かが飛んできた。ゴロンと地面に転がる。レミだ。
「レミ!?」
クリスは駆け寄った。
目を回しているレミは起きれあがれないようで、脱力したまま動かない。
「レミ、大丈夫!?」
「なんとか~」
レミは声を返すだけで精一杯だ。額に左手を当てて唸っている。
クリスは深く息をついた。
ディランはその左手からブレスレットがなくなっていることに気付いた。
いつも大事にしていたものだったはずだ。まるでそれが、お守りであるかのように。
レミは何とか上体を起こして銀色の柱を見上げる。少し弱くなった風が彼女の黒髪を揺らした。
「これで魔粒子の流れは元に戻るはずだよ」
レミはアルヴェントに目を向けた。彼はぶつぶつと何かを言いながら銀色の柱を見つめている。考察中のようだ。
ディランがレミの隣に片膝をつく。
「やはり、ルーナの対は"狭間"にいたんだな」
「うん。白の子に、捕まってた」
レミの表情はどこかやるせない。ディランは驚いたが、彼女の肩にポンと手を乗せた。
「でも、レミが無事で良かった」
ディランの言葉に安堵の息が混じる。その手は少しだけ震えていた。
クリスも頷いている。
「ここは、精霊界?」
不意に誰かがつぶやいた。ソールを縛っていた白の子の青年だ。
ディランとクリスは訝しげに彼を見やる。レミとは反対の白い青年だ。
「アンタも飛ばされたみたいだね」
レミはそう声をかけて立ち上がった。右手で握っていた剣を鞘に納める。
風の精霊が青年に近づく。
「白の子か。迎えに行けず、すまなかった」
「迎え、だと……?」
青年の声には疑念が溢れていた。
「白の子も精霊。そう取り決めが成されたが、すでに"狭間"に送った子を連れ戻す方法が見つからなかったのだ」
申し訳なさそうに、風の精霊が言う。青年の首が小さく横に揺れた。
「そんなこと言われたって……信じられるわけないだろ!?」
「そう思われても仕方がない。だが、ここ数百年で新たに"狭間"へ送られた白の子はいたか?」
風の精霊の言葉に、青年は返答に詰まった。この数百年間、白の子は誰も"狭間"に来ていない。
「慣れないかもしれないが、これらは精霊界で暮らすといい」
そう言われた青年は戸惑いを隠せないようだ。視線を彷徨わせて地面を見つめている。
風の精霊はレミに向き直った。レミには自分に言うことがあるのかと不思議そうにする。
「お前にも苦労をかけたな。レミスオーネ」
レミは目を見開いた。その名前を知る者は、自分以外に誰もいない。知っている者がいるとすれば、それは父親だけだ。
「お父さん?」
レミは眉間にしわを寄せながら尋ねる。
風の精霊はゆっくり頷いた。
レミは風の精霊に駆け寄り、正面から抱きついた。彼女の頭が風の精霊のちょうど胸の高さに飛び込む。
風の精霊が抱きしめようとした瞬間、その背中でレミの指がグッと組まれた。
「こんの、クソ親父がぁっ!!!!」
「ごはぁっ!!」
レミは渾身のフロントスープレックスをぶちかました。
お読みいただきありがとうございます。
レミは簡単に感動的なシーンには持っていきません。宣言通りぶん投げます。話はそれから。




