第30話 黒白の世界
白と黒の世界に、レミは佇んでいた。耳が痛くなるような静寂に包まれている。
自分以外、何も存在しない。いや、自分が存在することすら危うい静けさだった。
空は黒より黒く、全てを飲み込んでしまいそうだ。
だが、視界は明るい。
白い大地は地平線までくっきりと見える。
植物の気配はない。草も、木も、花も、白い大地からは生えていなかった。
そして、暑くも寒くもない。風がないのだ。
ふと、銀色に光る何かを見つけた。周りに物がないため距離感ははっきりしない。
それでも、レミはそこを目指して歩くことにした。
ざりっと硬い足音が鳴る。
静寂を破るその音はレミを安心させた。自分の存在を、自分で感じることが出来る。
自分の存在を噛みしめるように、レミは進んだ。
銀色の正体は、小柄な竜だった。ルーナと同じ姿の、美しい銀色の身体を持った竜だ。この竜がルーナの対となるソールだろう。
ソールは白い縄のようなもので縛られている。
抵抗することに疲れたのか、ぐったりしていた。レミは慌ててソールに駆け寄る。
「誰だ!?」
ここに来て初めて、人の声を聴いた。レミは驚いて足を止める。
彼女を止めたのは、白い青年だった。真っ白な短い髪の毛、真っ白な瞳。
レミとは真逆の存在がそこにいた。
彼もレミを見て驚いている。
「お前、黒の子か? どうしてここにいる?」
「あたしは精霊界に行こうとしたらここに来ただけだ。アンタこそ、何でここにいる?」
レミは青年を睨みつけた。他の人がここにいるとは考えにくい。ならば、ソールにこんなことしたのは彼という可能性が高い。
「俺は、捨てられたんだ。白の子は"狭間"に捨てられる。寿命が尽きるその時まで、俺たちはここに閉じ込められるんだ!」
今まで言葉をため込んでいたかのように、青年は叫んだ。声は響くことなく、黒の空に吸い込まれる。
青年はソールを睨みつけた。
「俺たちの苦しみをあいつらにも与えてやるんだ。今、ここにいる白の子は俺が最後。皆の悲願を達成するためには、そいつがここにいる必要がある。お前、そいつに何をしようとした?」
青年の鋭い視線がレミに向けられる。レミは怯まない。
「ソールを解放する」
「ダメだ! お前だって黒の子なら、酷い扱いを受けてきたんだろう!? なんでそんなことをする必要がある!」
青年の言葉に、今まで投げつけられた無情な声がレミの心に蘇る。
――『魔力なし』のくせに生意気だ!
――なんて不吉なの。どこかに行ってくれないかしら。
――死ね! 父ちゃんが死んだのはお前のせいだ!
レミは奥歯を食いしばった。
そんな言葉だけをかけられてきたわけではない。だが、それはレミの心に深く刻まれてしまっている。
青年の苦しさはレミにもわかる。むしろ、青年のほうが辛い日々を送って来ただろう。
そうだとしても、譲れないものはレミにもある。
「あたしにだって、守りたいものがある!」
レミは今までの苦痛を吹き飛ばすように声を張り上げた。
そうだ。守りたいと思うものが、できた。もう、失くさない。
青年はギリッと歯を食いしばる。
「切れるものなら切ってみろ! あの縄は俺たちの髪の毛を編み込んで作られたものだ。簡単には切れないぞ」
青年はソールを縛る縄を指した。
レミは剣を抜いてソールに歩み寄る。髪で作られた縄に触れた。固く結ばれた感触が伝わってくる。まるで彼らの意思のようだ。
剣の根元を当て、一気に引いた。ざりっという音と共に縄に刃が食い込む。
思っていたよりも切れたのか、青年は焦りを見せた。
レミは構わず、もう一度同じ場所に刃を当てる。青年の言葉が頭をよぎった。
――酷い扱いを受けてきたんだろう!?
その通りだった。存在を否定され、拒否され、罵られてきた。今は人間なのか、精霊なのか、それすらわからない。
だが、わかっていることが一つだけある。
(誰に何を言われたって、あたしはあたし。レミだ!)
思い切り、勢いをつけて剣を引いた。
ザクッと縄が切れる。
それを待っていたかのように、ソールの目が見開かれた。銀翼を広げ、大きな咆哮を上げる。
無機質な世界が震えた。
レミは転びかけたが何とか堪える。
ソールの羽ばたきが魔粒子の渦を生んだ。風がなかった空間に、魔粒子が吹き荒れる。
レミと青年は思わず顔を腕で庇う。その間も魔粒子の流れは激しくなった。
ふわりと身体が浮いた。
「うわっ!」
レミが驚きの声を上げる。体勢を整える間もなく、吹き荒れる魔粒子の流れに乗せられた。ぐるんぐるんと回され、目が回りそうだ。
その時、パンッと左手のブレスレットが弾けた。
レミがハッと息を飲んだ。反射的に手を伸ばす。だが、指をかすめることなく、銀のブレスレットは飛んでいく。
――もう、大丈夫だな。
懐かしい声が、聞こえた気がした。
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